6 / 34
二人の距離
久しぶりの感情
しおりを挟む
◆黒羽栞◆
なんなのよ、あの人は……!
なんであんな……!
彼の言葉は真っ直ぐ私の心に突き刺さった。必死で隠して、誰からも見えないようにしていた、私の心の一番柔らかいところに。
グルグルと思考が定まらない。そんな頭で、ようやく通い慣れてきた帰り道をフラフラと歩いている。
ここのところ私はずっとおかしい。いや、もっと前からおかしかったけど、今回のはそれとはまた別。傷付くことを恐れていたはずなのに、孤独に耐えられなくなって高原君に近付いた。そしたらなんとなく受け入れてもらえた気がして浮かれていた。
そう、浮かれていたんだ。久しぶりに誰かと話をするのは思ったよりも楽しくて気が緩んでいた。
でも……。
初めは勉強の話だったのに、口をついて出た言葉で我に返ってしまった。思い出してしまった。
私は自分の言葉に動揺した。
一人でも平気だったはずじゃない。そう思い込むことでどうにかここまでやってきたじゃないって。
なのに寂しいってどういうこと? これ以上傷付きたくなかったんじゃないの? あの苦しみを忘れてしまったの?
傷付きたくないのは今だって同じだ。怖いって思ってる。
でも……でもっ!
『本当は誰かと話がしたかったんじゃないの? 他のやつが嫌なら俺だけでもいい。俺ならいくらでも相手してやる』
あの言葉が頭から離れない。
なんでわかるの? もしかしたらわかってくれるかもって打算はあったけど、こんなに早く。話をしたのだって今日で2回目のはずなのに。
自信のなさそうな顔をしてるくせに、友人の一人も作れないくせに!
……違う、彼の本質はそこじゃない。
きっと彼は優しい人なんだ。ただ臆病なだけで。そして私と同じで孤独に悩んでいる。だから私のことを……。
あぁ、私は嬉しかったんだ。
不意に涙が溢れて飛び出してきてしまったけど、あれはきっと嬉し涙だ。この苦しみを、一部とは言え理解してくれたことが嬉しかったんだ。
そう理解した瞬間、私の中で何かが弾け飛んだ。それはきっと押し殺していた感情の箍《たが》。
堰《せき》を切って溢れ出した感情に、私は流されていく。
久しぶりのこの感情は私には刺激が強すぎた。あまりに甘美だった。それは私の心を狂わせ、貪欲にしていく。
もっと、もっとって。
彼にもっと近付きたい、彼に私のことを知ってもらいたい、彼にこの心を救って欲しい、それになにより私が彼のことをもっと知りたい。
確信はないけど、きっと彼は私を傷付けない。
だったら、我慢しなくても、いいよね?
気持ちが溢れ出して止まらなくなって、こんなのもう制御なんてできない。
「高原君……」
無意識に名前を口にしていた。
そうだ、謝らなくちゃ。全てはそれからだ。
***
そこから私はすぐに行動を開始した。翌日、いつもより少し早く登校して図書室へ向かい、図書委員の当番表を書き換えた。翌週からの当番を全て私の名前にしておいた。
『放課後、暇なので私が全て引き受けます 黒羽』
そんな書き置きを残して。
どうせ誰もやりたがらない仕事だし構わないだろう。それに私の話は学年中に広まっているらしいから、何か言ってくる人なんてきっといない。
これでとりあえずの準備はできた。月曜日の放課後に高原君と話をするって決めた。これまでと同じ曜日だと、私を避けて彼が来ないかもしれないから。
週末は何も手につかなかった。部屋に引きこもって、ただただ高原君の顔と言葉ばかり思い浮かべていた。
月曜日が待ち遠しかった。いつもなら月曜日なんて永遠に来なければいいと思っていたのに。
日曜日の夜、遠足の前日の小学生のようになかなか寝付けなかった。それなのに朝は目覚ましがなる前に目が覚めて。朝食をとって、身支度を整え終わってもいつもより1時間は早い。でも、もう居ても立っても居られずに登校することにした。
「えっ? 栞? もう出るの?」
玄関でお母さんに声をかけられたけど、無視してそのまま飛び出した。
早く登校したところで、やることなんてないわけで。教室にいても居心地が悪くて、図書室で時間を潰すことにした。
放課後と同じで早朝の図書室も無人だった。静かで、古い本の匂いがして、私は結構この空間が好きだった。でも今は物足りない。大事なピースが欠けているから。
これまでに二度、高原君と言葉を交わした席に座ると、少しだけ怖くなってきた。
今日、彼はここに来てくれるだろうか?
謝って、許してもらえるだろうか?
いろんな不安が湧き上がってくるけど、今日の私はそれに負けるつもりはない。頭を振って不安を払って、それから目を閉じて心を落ち着ける。
きっと大丈夫……。大丈夫だから……。
祈るように、自分に言い聞かせるように。始業ギリギリまで私はそうしていた。
なんなのよ、あの人は……!
なんであんな……!
彼の言葉は真っ直ぐ私の心に突き刺さった。必死で隠して、誰からも見えないようにしていた、私の心の一番柔らかいところに。
グルグルと思考が定まらない。そんな頭で、ようやく通い慣れてきた帰り道をフラフラと歩いている。
ここのところ私はずっとおかしい。いや、もっと前からおかしかったけど、今回のはそれとはまた別。傷付くことを恐れていたはずなのに、孤独に耐えられなくなって高原君に近付いた。そしたらなんとなく受け入れてもらえた気がして浮かれていた。
そう、浮かれていたんだ。久しぶりに誰かと話をするのは思ったよりも楽しくて気が緩んでいた。
でも……。
初めは勉強の話だったのに、口をついて出た言葉で我に返ってしまった。思い出してしまった。
私は自分の言葉に動揺した。
一人でも平気だったはずじゃない。そう思い込むことでどうにかここまでやってきたじゃないって。
なのに寂しいってどういうこと? これ以上傷付きたくなかったんじゃないの? あの苦しみを忘れてしまったの?
傷付きたくないのは今だって同じだ。怖いって思ってる。
でも……でもっ!
『本当は誰かと話がしたかったんじゃないの? 他のやつが嫌なら俺だけでもいい。俺ならいくらでも相手してやる』
あの言葉が頭から離れない。
なんでわかるの? もしかしたらわかってくれるかもって打算はあったけど、こんなに早く。話をしたのだって今日で2回目のはずなのに。
自信のなさそうな顔をしてるくせに、友人の一人も作れないくせに!
……違う、彼の本質はそこじゃない。
きっと彼は優しい人なんだ。ただ臆病なだけで。そして私と同じで孤独に悩んでいる。だから私のことを……。
あぁ、私は嬉しかったんだ。
不意に涙が溢れて飛び出してきてしまったけど、あれはきっと嬉し涙だ。この苦しみを、一部とは言え理解してくれたことが嬉しかったんだ。
そう理解した瞬間、私の中で何かが弾け飛んだ。それはきっと押し殺していた感情の箍《たが》。
堰《せき》を切って溢れ出した感情に、私は流されていく。
久しぶりのこの感情は私には刺激が強すぎた。あまりに甘美だった。それは私の心を狂わせ、貪欲にしていく。
もっと、もっとって。
彼にもっと近付きたい、彼に私のことを知ってもらいたい、彼にこの心を救って欲しい、それになにより私が彼のことをもっと知りたい。
確信はないけど、きっと彼は私を傷付けない。
だったら、我慢しなくても、いいよね?
気持ちが溢れ出して止まらなくなって、こんなのもう制御なんてできない。
「高原君……」
無意識に名前を口にしていた。
そうだ、謝らなくちゃ。全てはそれからだ。
***
そこから私はすぐに行動を開始した。翌日、いつもより少し早く登校して図書室へ向かい、図書委員の当番表を書き換えた。翌週からの当番を全て私の名前にしておいた。
『放課後、暇なので私が全て引き受けます 黒羽』
そんな書き置きを残して。
どうせ誰もやりたがらない仕事だし構わないだろう。それに私の話は学年中に広まっているらしいから、何か言ってくる人なんてきっといない。
これでとりあえずの準備はできた。月曜日の放課後に高原君と話をするって決めた。これまでと同じ曜日だと、私を避けて彼が来ないかもしれないから。
週末は何も手につかなかった。部屋に引きこもって、ただただ高原君の顔と言葉ばかり思い浮かべていた。
月曜日が待ち遠しかった。いつもなら月曜日なんて永遠に来なければいいと思っていたのに。
日曜日の夜、遠足の前日の小学生のようになかなか寝付けなかった。それなのに朝は目覚ましがなる前に目が覚めて。朝食をとって、身支度を整え終わってもいつもより1時間は早い。でも、もう居ても立っても居られずに登校することにした。
「えっ? 栞? もう出るの?」
玄関でお母さんに声をかけられたけど、無視してそのまま飛び出した。
早く登校したところで、やることなんてないわけで。教室にいても居心地が悪くて、図書室で時間を潰すことにした。
放課後と同じで早朝の図書室も無人だった。静かで、古い本の匂いがして、私は結構この空間が好きだった。でも今は物足りない。大事なピースが欠けているから。
これまでに二度、高原君と言葉を交わした席に座ると、少しだけ怖くなってきた。
今日、彼はここに来てくれるだろうか?
謝って、許してもらえるだろうか?
いろんな不安が湧き上がってくるけど、今日の私はそれに負けるつもりはない。頭を振って不安を払って、それから目を閉じて心を落ち着ける。
きっと大丈夫……。大丈夫だから……。
祈るように、自分に言い聞かせるように。始業ギリギリまで私はそうしていた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる