クラスの訳あり女子の悩みを溶かしたら、甘々彼女になった。

あすれい

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栞の過去

やり直しの約束

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 時間が経つのは早いもので、美紀さんとの約束の日を迎えた。

 気が気じゃない俺とは反対に栞は落ち着いている。落ち着いてるというより、忘れてるんじゃないかって思ってしまうくらい平然としてるし、話題にも出さない。

 一昨日の夕飯の時はともかくとして、昨日なんかは花火大会以前と全く変わらない一日を過ごした。

 今日も昼過ぎからうちにやってきて、今は俺の部屋でダラダラしている。宿題に関しては割と進んでいるので今日はお休みということに。

 相変わらず俺に寄りかかって俺の蔵書を読む栞に、本当に忘れてないか心配になってくる。

「ねぇ、栞? 今日、だよね?」

「ん? なにが? あっ、私の誕生日なら今日じゃないよ?」

「誰が誕生日の話をしてるのよ……」

「ちなみに10月27日だから覚えておいてね?」

「だから、誕生日の話じゃ──」

「ねぇ、涼のはいつ?」

「え? 俺は9月25日だけど……」

「ん、覚えとく。お祝いしてあげるから、私のも忘れないでよ?」

 お祝いしてくれるのは嬉しいし、せっかく知ることができた栞の誕生日は忘れないようにするけど、今はそんな話じゃなくて。

「栞……、わざとやってる?」

「バレた?」

「そりゃあ無理矢理すぎるし」

「だって、私よりも涼の方が不安そうなんだもん。少しリラックスさせてあげようと思って」

「俺そんなに不安そう……?」

「うん。ずっと表情が硬いし、私のことチラチラ見てるし、わかりやすいよ?」

 普段通りにという栞の言葉に従って、表面は取り繕っていたはずなのに、全然できていなかったらしい。

「ごめん……」

「ううん、いいよ。私のこと心配してくれてるんでしょ?」

「それは、まぁ……」

「大丈夫だよ。涼は何も考えずに、ただ隣に座っててくれたらいいから」

「うん、わかった……」

 確かにそれ以上にできることなんてないかもしれない。俺が間に入ったところで話がややこしくなるだけだろうし。さすがに罵声が飛び交うような事態になったら止めに入るつもりではいるが。今の栞の様子を見るに、そんなことにはならなそうな予感はしてる。

「それじゃちょっと早いけどもう行こっか。急ぐと暑いし、ゆっくり行きましょ?」

 *

 外に出ると容赦ない日差しが俺達を照りつける。なんで一番暑い時間帯を指定してしまったのかと後悔したけど、その後に黒羽家からの呼び出しが待っているのでちょうどよくはある。

 指定したファミレスに着くと、店員に後でもう一人来ることを告げ、なるべく目立たない席に通してもらう。とりあえずドリンクバーを三人分注文して喉の乾きを癒して。10分そこそこしか歩いていないのに俺も栞も少し汗ばんでいる。

 待ち合わせ時間の5分前に俺に着信が入る。どうやら向こう到着したらしい。俺達はもう店内にいることと、席の場所を告げた。

 さて、これからだ。俺にできるのは栞の隣で成行きを見守ることだけだけど。

「お待たせしちゃった、かな。ごめんなさい」

 美紀さんは俺達の前まで来ると立ったまま頭を下げる。

「美紀、とりあえず座って。立ったままじゃ話できないでしょ?」

 大丈夫だと言っていただけあって、栞は落ち着いてる。口調も穏やかだし。あの日、取り乱して逃げ出した時とはまるで違う。その目は真っ直ぐに美紀さんを見据えていた。

「あ、ごめん……」

 美紀さんが座ると今度は俺に向けて。

「涼。悪いんだけど美紀にコーラ、とってきてもらえるかな?」

「いや、そんな……自分で」

「いいから美紀は座ってて。コーラ、好きだったでしょ? それに外、暑かったでしょ? 話をする前に少し落ち着きなよ」

 この辺りが付き合いの長さだろうか。それにちゃんと気も遣って、投げやりなんかじゃなくて、しっかり向き合おうという栞の意思が見える気がする。

「う、うん……」

 俺達もそうだったけど、店内に入ってきたばかりの美紀さんの額には汗が滲んでいる。しっかり話をしてもらうためには、栞の言う通り落ち着く時間も必要そうだ。

「じゃあちょっと行ってくるね」

「うん、ごめんね」

 ドリンクバーから戻ると、二人は黙って向かい合っていた。俺は美紀さんの前にグラスを置いて、先程まで座っていた位置、栞の隣に腰を落ち着ける。

「ありがとう、ございます……」

「いえいえ。俺は栞に頼まれたことをしただけなので」

 美紀さんがコーラを飲むのを見届けた後、栞が静かに宣言する。

「じゃあ、話を聞きましょうか」

 栞がどんな決断をするのかはまだわからないけど、それをしっかり見届ける覚悟をする。どんな結末になったとしても、俺は栞の意思を尊重する。何があっても栞の味方でいるつもりだから。

 そして、終わった後は頑張ったね、と労ってあげるつもりだ。たぶんそれが俺がここにいる意味だと思うから。

「そうね。まずは、その……、ごめんなさい」

「それは何に対しての謝罪なの?」

 話を始めてから栞の纏う雰囲気が変わったような。圧があるというか。怒っている感じはないし、薄く笑みすら浮かべているのに。

「それはっ……、あの時、あんな事を言って栞を傷付けて……」

 逆に美紀さんの方は完全に栞のペースにのまれている気がする。

 その時、美紀さんから見えないテーブルの下、ソファの上で栞が俺の方へと手を伸ばしてきた。その手が少しだけ震えていることに気付いて、迷わず握りしめる。

 するとあっさり震えは止まって。感じてた圧も消えて、栞は小さく深呼吸して口を開く。

「うん、そうだね。傷付いたよ、苦しかったし、たくさん悩んだ。誰も信じられなくなって一人ぼっちになって……、寂しかった。でもね、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。あの時の言葉の理由が知りたいんだよ。私のこと嫌いになったの? それならいつから? 私なにか美紀にしちゃったかな? それとも他になにか理由があった?」

 俺の予想だけど、栞は怖かったんだと思う。大切に思ってた人に嫌われてたんじゃないかって確認するのが。平気と強がっても、やっぱり怖いものは怖いんだ。

「栞は、悪くない……。全部私のせい。私が弱くて自分勝手だったせいだよ」

「……どういうことか教えてくれる?」

「うん……。栞のことは、昔からずっと変わらずに大好きな親友だと思ってたよ。でも、私怖くなっちゃったんだ。栞と一緒にいることで、私まで標的にされるんじゃないかって」

「私のこと、嫌いになったんじゃないの……?」

 その問いに美紀さんは答えなかった。代わりに小さく首を横に振って。

「ねぇ、知ってた? あの子達が直接栞を攻撃しなかったわけ。栞は成績も優秀だったし真面目だから、先生達からの評価が高くてさ。学校にバレた時問題が大きくならないようにってあの程度、って言うと変だけどそれ以上のことをしてこなかったの」

「それは……知らなかった……。あの人達には興味なかったから。鬱陶しいとは思ってたけど」

「そっか……。それはまぁ、いいの。ここからが私の話ね……。私、怖かったんだ。私は栞と違って平凡だからさ。私が狙われたら何されるかわからないなって。だから、保険をかけようとしたの。まさか栞に聞かれてるとも知らずに、ね。バカだよね、私……」

「それならなんでもっと早く──」

「ごめん……。言えなかったんだ。栞が学校を休んだ後、登校してきた日に栞の顔見たら……。取り返しのつかないことをしちゃったって、そう思って……」

 自嘲するように話していた美紀さんの目に涙が浮かんだ。

「じゃあなんで今になって……?」

「ずっと後悔してたの。でもあの日、栞の姿を見たら止められなくなっちゃった。自分から謝りに行くこともできない私に、誰かがチャンスをくれたのかなって、そう思っちゃったから」

 偶然によって気持ちが変わることもある。あの日の栞がそうだったように。でもそれは、俺が追いかける選択をして無事に栞を見つけることができたから。

 なら美紀さんも同じように考えたとしても不思議じゃない。ずっと後悔していたのなら尚更だ。

「……ねぇ、美紀はこの話をして、私にどうしてほしい?」

「別にどうも。許されないことをしたってわかってるから……。って言わなきゃいけないところなんだろうけど……」

「うん」

「本当は昔みたいに戻りたいよ。自分勝手だってわかってる。でも、今でも栞は私の大切な人だもん……。それなのに自分で壊しちゃった……。辛いのは栞の方なのに、栞のこと思い出すだけで後悔ばっかりで、辛くて……」

 美紀さんの目から涙が雫となって零れ落ちる。俯き、それ以上は言葉にならず嗚咽がもれるだけ。

 その姿を見た栞は優しい目になって、一度俺の方を見た後、そのままの表情で美紀さんに対して口を開く。

「じゃあ、次は私の番だね。ひとまず、美紀の謝罪を受け入れるよ」

「いい、の……?」

「うん。嫌われてなかったみたいだし、泣くほど大切に思ってくれてたってわかったから。けどまだ謝罪を受け入れるだけだよ」

「う、うん……」

「で、その理由なんだけど、一つ目は私が美紀の気持ちに気付いてあげられなかったから。あれだけ一緒にいたのに美紀が怖がってたことに気付けなかった私にも責任があるから。本当は……、あんなことになる前に言ってほしかったけどね」

「ごめん……」

「ううん、それはいいよ。たぶん、私を不安にさせないように黙ってたんでしょ?」

「なんでわかるの……?」

「なんとなく、ね。なんだかんだで美紀とは付き合い長いもの。今の話を聞いたら、多分そうなんだろうなって思ったの。それから二つ目ね。あれのおかげで涼に出会えたから。あのことがなかったら涼と出会うことはなかっただろうから」

「涼って……?」

 美紀さんが俺の方を見たので頷いておいた。電話をした時には名字しか名乗らなかったから。

「涼はね、今の私の一番大切な友達、だよ。涼がいたから今、私はここにいるの。こうやって美紀とも向き合える」

 俺達を交互に見て、納得した顔を浮かべた。栞が時々俺の方を見ていたのに気付いたのかもしれない。

 ちょっとだけ照れくさくはあるけど、俺の出る幕ではないので黙っておく。

「そっか。羨ましいね……」

「それから三つ目。美紀のおかげで私は大切なものを失わずに済んだから。これは詳しくは言わないけどね」

 また俺の方を見ていたずらっぽく笑う栞。お礼は言わないって言ってたのに。

「本当はね、全部許してあげたい気持ちもあるの。でもやっぱりまだ無理かな。理由がわかってスッキリはしたけど、それでも辛かった時間はなかったことにできないから。美紀のことを憎んでた時期もあったし」

「そう、だよね。虫が良すぎるってわかってるから大丈夫」

「だから、チャンスをあげる。またこないだみたいにどこかで偶然会うことがあったら、その時はまた一から、普通の友達からやり直そ?」

 その言葉で美紀さんの目に少しだけ輝きが戻る。

 俺もこの言葉には驚いた。と同時に栞はすごいなって思った。話を聞いて、この短時間でここまでのことを考えていたなんて。

 もしかすると、栞も美紀さんを問い質さなかったことを後悔していたのかも。俺もその期間のことを全て聞けたわけじゃないから憶測に過ぎないが。

「栞は、それでいいの? それだけであんなひどいことした私を許してくれるの?」

「言っとくけど偶然会ったら、だからね? 家まで押しかけてきたり、後をつけたりしたらこの話はなしだから。今はまだ気持ちの整理がつかないから、その時間もほしいしね」

「……可能性を残してくれただけで満足だよ。わかった、ありがとう」

「ううん、これが精一杯でごめん」

「いいよ、悪いのは私だから。また栞に会える日までしっかり反省するよ」

「うん。それじゃ、もう話は終わり、かな?」

 二人とも晴れやかな表情になって、俺も話がうまくまとまったことに肩の荷が下りる思いだった、のだが……。

「うん。じゃあ、私はこれで帰るね」

 美紀さんが席を立ち、俺の方を向くと

「高原さん、栞のこと、よろしくお願いします」

 そう言って、頭を下げた。

「え、俺、ですか……?」

 まさか最後に俺に話が向くとは。

「はい。栞はしっかりしてるように見えて、寂しがり屋の甘えん坊ですから。誰かが側にいてくれたら私も安心、というか……」

「ちょっと美紀?! 涼に余計なこと──」

「本当のことでしょ? それに高原さんを見る栞の目が──」

「やめてって言ってるでしょ! それ以上言うとさっきの話、なしにするからね?」

「そんなに照れなくてもいいのに。ま、栞が怖いから今度こそ帰るね。栞、またね」

「もう……。またね、美紀」

 美紀さんは伝票を持ってさっさと出ていく。

 俺は最後のやりとりで二人のかつての姿を見た気がした。一度は壊れてしまったけども、お互いに大切に思っていればきっとやり直せる。

 『またね』にこめられたたくさんの意味。

 美紀さんの後ろ姿を見送りながら、二人が再開する日は近いのかもしれないな、そんなことを思った。
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