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第27話 海の追撃
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夜まで、エイジとは面会できなかった。
なんでも、話を聞くと、高熱を出して、かなり苦しんでいたそうだ。
「もう会ってもいいよ」
日が落ちて、村の真ん中の広場で焚き火が焚かれている。その前で所在なげに座っていた私に、ティタマの祖母ヒネが声をかけてきた。
「エイジさんは、無事なんですか⁉」
「まだ本調子じゃあないけどね、薬草のスープを飲むくらいには回復しているよ」
ヒネに案内されて、村の奥へと入っていく。木造りの住居が建ち並んでいる、その一番奥に、エイジが休んでいる住居がある。ヒネの家だそうだ。
松明を頼りに進んでいくものの、あたりは真っ暗闇で、足元がよく見えない。星空はまばゆいのだけど、その光だけでは心許ない。何度か土が盛り上がっているところで蹴躓きそうになる。
私は、自然と息が荒くなっていた。エイジは回復した、と聞いているけど、実際にこの目で見るまで安心できない。
入り口の幕を開けて、中に飛び込むと、ちょうどティタマがエイジの体を濡れた布で拭いてあげているところだった。
細身でありながら、しっかり筋肉がついている、たくましい身体。汗を綺麗に拭かれた後だから、余計に艶が出ていて、息を呑むほど見栄えがいい。
「あ、ご、ごめんなさい。知らずに入っちゃって」
「いいよ、いいよ。気にしないで」
「ティタマはそうでも、エイジさんは気になるんじゃ。その……上半身、裸だし」
男の人の裸体なんてリアルに見たことがないから、顔を赤くして、もじもじしていると、エイジは冷ややかな目で私のことを見てきた。
「別に、そんなことで俺は恥ずかしがったりしないぞ」
「エイジさん、その、体調はもう大丈夫なの?」
これ以上、裸のことを話し続けるのも気まずかったので、話題を変えることにした。
「ああ。ここの人達のお陰で、一命は取り留めた。命の恩人だ。どう礼を返したらいいのか、わからないくらいに」
「お礼なんていらないよ、しっかり生きていてさえくれれば、それが何よりだから」
ティタマは優しく微笑んで、ポン、とエイジの肩に手を置いた。その眼差しは、どこか熱を帯びたような感じ。ジッとエイジのことを見つめている。
ん? と私は首を傾げた。
なんだろう、ティタマの様子に、すごく違和感を覚える。
「とりあえず無事で良かった。私、それじゃあ、これで」
どことなく、この場に居続けることが悪いような気がして、私は外へ出ようとした。
「おい、待て。どこへ行く」
「え。いや、その、お邪魔かな、って思って……」
「話がある。ここに残れ」
「ど、どんな話?」
私はドキドキしながら、エイジが寝ている寝台の側へと近寄った。ゼラに毒を盛ったこととか、コリントス王国を壊滅状態に追い込んだこととか、そのせいでエイジが怪我する羽目になったこととか、そういう諸々のことを責められるのかと思った。
ところが、エイジの口から出たのは、意外な言葉だった。
「国へ帰るぞ。その方法を、お前も一緒に考えろ」
「え⁉ で、でも、私達、追放されたのに」
「俺が王子を斬ったのは、魔女に操られてのことだった。少なくとも、俺は自分の意思では凶行を働いていない」
「わ、私だって」
「お前の場合は、自分から進んで毒を盛ったんだろうが」
「そうだけど、でも、仕方がなかったの!」
ここは物語の世界。放っておけば、悪役令嬢である私は、不幸な目に遭ってしまう。その運命を回避するために、毒の魔法を駆使した。そうせざるを得なかった。
そして、毒の魔法を私に付与したのは、魔女――元々の世界では、私のことをいじめていた女リセ。ある意味では、私だってはめられたようなものだ。
「ともあれ、お前のその毒の魔法は、危険だが、何かの役には立つ。協力してもらうぞ」
「そこまでして、国に戻って、何をするの?」
「魔女退治だ」
「えええ⁉」
「奴を捕まえて、国王陛下の前に突き出すんだ。魔女の口から、真実を語らせる。それで潔白を証明する」
「そんなに、上手く行くかな……」
「出来るかどうか、じゃない。やるんだ」
強い口調で、エイジがそう言い放った、その時だった。
足元に、何か冷たいものが触れた。
水だ。
なぜか室内に、水がチョロチョロと流れ込んできている。
「え? え? なんで?」
戸惑っている内に、水量は一気に増してきた。どんどん水位は上がっていき、足首まで水に浸かってしまう。
村は、海から離れた高台にある。津波を警戒しての立地だそうだ。それなのに、この水はどこから来ているのだろうか。
「何か起きてるみたい!」
ティタマは外へ飛び出した。私も、彼女の後を追って、幕をくぐり抜ける。
眼前に広がっている光景を見て、思わず息を呑んだ。
ずっと下のほうにあったはずの海面が、高台の高さまで上ってきている。その水かさはどんどん増しており、村は水没の危機にさらされている。
なぜこんな現象が起きているのか、その理由はすぐにわかった。
「スカーレット! 見つけたよ!」
海の魔女ベンテスが、海面から上体を出して、こちらを見ている。ニタァと不気味な笑みを浮かべ、私に向かって指を突きつけてきた。
「コリントス王国に弓引いた危険人物だよ、あんたは。新国王として、このあたしが、直々に成敗してやるさね」
「な、何言ってるのよ! 全部、あんたが仕組んだことでしょ!」
「証拠はあるのかい、証拠は」
ベンテスは自信たっぷりの態度を崩さない。
その時、パシャパシャと水音を鳴らしながら、ティタマの祖母ヒネが、私達の後ろから近付いてきて、通り越すと、ベンテスの前に立ちはだかった。
「やれやれ。海と陸、しっかり境界を分けて秩序を保っていたというのに、それをないがしろにするのかい、ベンテス」
「久しぶりだねえ、随分と老いたんじゃないかい、ヒネ」
どうやらヒネとベンテスは、顔見知りの関係のようだった。
なんでも、話を聞くと、高熱を出して、かなり苦しんでいたそうだ。
「もう会ってもいいよ」
日が落ちて、村の真ん中の広場で焚き火が焚かれている。その前で所在なげに座っていた私に、ティタマの祖母ヒネが声をかけてきた。
「エイジさんは、無事なんですか⁉」
「まだ本調子じゃあないけどね、薬草のスープを飲むくらいには回復しているよ」
ヒネに案内されて、村の奥へと入っていく。木造りの住居が建ち並んでいる、その一番奥に、エイジが休んでいる住居がある。ヒネの家だそうだ。
松明を頼りに進んでいくものの、あたりは真っ暗闇で、足元がよく見えない。星空はまばゆいのだけど、その光だけでは心許ない。何度か土が盛り上がっているところで蹴躓きそうになる。
私は、自然と息が荒くなっていた。エイジは回復した、と聞いているけど、実際にこの目で見るまで安心できない。
入り口の幕を開けて、中に飛び込むと、ちょうどティタマがエイジの体を濡れた布で拭いてあげているところだった。
細身でありながら、しっかり筋肉がついている、たくましい身体。汗を綺麗に拭かれた後だから、余計に艶が出ていて、息を呑むほど見栄えがいい。
「あ、ご、ごめんなさい。知らずに入っちゃって」
「いいよ、いいよ。気にしないで」
「ティタマはそうでも、エイジさんは気になるんじゃ。その……上半身、裸だし」
男の人の裸体なんてリアルに見たことがないから、顔を赤くして、もじもじしていると、エイジは冷ややかな目で私のことを見てきた。
「別に、そんなことで俺は恥ずかしがったりしないぞ」
「エイジさん、その、体調はもう大丈夫なの?」
これ以上、裸のことを話し続けるのも気まずかったので、話題を変えることにした。
「ああ。ここの人達のお陰で、一命は取り留めた。命の恩人だ。どう礼を返したらいいのか、わからないくらいに」
「お礼なんていらないよ、しっかり生きていてさえくれれば、それが何よりだから」
ティタマは優しく微笑んで、ポン、とエイジの肩に手を置いた。その眼差しは、どこか熱を帯びたような感じ。ジッとエイジのことを見つめている。
ん? と私は首を傾げた。
なんだろう、ティタマの様子に、すごく違和感を覚える。
「とりあえず無事で良かった。私、それじゃあ、これで」
どことなく、この場に居続けることが悪いような気がして、私は外へ出ようとした。
「おい、待て。どこへ行く」
「え。いや、その、お邪魔かな、って思って……」
「話がある。ここに残れ」
「ど、どんな話?」
私はドキドキしながら、エイジが寝ている寝台の側へと近寄った。ゼラに毒を盛ったこととか、コリントス王国を壊滅状態に追い込んだこととか、そのせいでエイジが怪我する羽目になったこととか、そういう諸々のことを責められるのかと思った。
ところが、エイジの口から出たのは、意外な言葉だった。
「国へ帰るぞ。その方法を、お前も一緒に考えろ」
「え⁉ で、でも、私達、追放されたのに」
「俺が王子を斬ったのは、魔女に操られてのことだった。少なくとも、俺は自分の意思では凶行を働いていない」
「わ、私だって」
「お前の場合は、自分から進んで毒を盛ったんだろうが」
「そうだけど、でも、仕方がなかったの!」
ここは物語の世界。放っておけば、悪役令嬢である私は、不幸な目に遭ってしまう。その運命を回避するために、毒の魔法を駆使した。そうせざるを得なかった。
そして、毒の魔法を私に付与したのは、魔女――元々の世界では、私のことをいじめていた女リセ。ある意味では、私だってはめられたようなものだ。
「ともあれ、お前のその毒の魔法は、危険だが、何かの役には立つ。協力してもらうぞ」
「そこまでして、国に戻って、何をするの?」
「魔女退治だ」
「えええ⁉」
「奴を捕まえて、国王陛下の前に突き出すんだ。魔女の口から、真実を語らせる。それで潔白を証明する」
「そんなに、上手く行くかな……」
「出来るかどうか、じゃない。やるんだ」
強い口調で、エイジがそう言い放った、その時だった。
足元に、何か冷たいものが触れた。
水だ。
なぜか室内に、水がチョロチョロと流れ込んできている。
「え? え? なんで?」
戸惑っている内に、水量は一気に増してきた。どんどん水位は上がっていき、足首まで水に浸かってしまう。
村は、海から離れた高台にある。津波を警戒しての立地だそうだ。それなのに、この水はどこから来ているのだろうか。
「何か起きてるみたい!」
ティタマは外へ飛び出した。私も、彼女の後を追って、幕をくぐり抜ける。
眼前に広がっている光景を見て、思わず息を呑んだ。
ずっと下のほうにあったはずの海面が、高台の高さまで上ってきている。その水かさはどんどん増しており、村は水没の危機にさらされている。
なぜこんな現象が起きているのか、その理由はすぐにわかった。
「スカーレット! 見つけたよ!」
海の魔女ベンテスが、海面から上体を出して、こちらを見ている。ニタァと不気味な笑みを浮かべ、私に向かって指を突きつけてきた。
「コリントス王国に弓引いた危険人物だよ、あんたは。新国王として、このあたしが、直々に成敗してやるさね」
「な、何言ってるのよ! 全部、あんたが仕組んだことでしょ!」
「証拠はあるのかい、証拠は」
ベンテスは自信たっぷりの態度を崩さない。
その時、パシャパシャと水音を鳴らしながら、ティタマの祖母ヒネが、私達の後ろから近付いてきて、通り越すと、ベンテスの前に立ちはだかった。
「やれやれ。海と陸、しっかり境界を分けて秩序を保っていたというのに、それをないがしろにするのかい、ベンテス」
「久しぶりだねえ、随分と老いたんじゃないかい、ヒネ」
どうやらヒネとベンテスは、顔見知りの関係のようだった。
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