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第1章 魔女のキックが世界を変える
第1話 恋の終わりと物語の始まり
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恋の終わりは呆気なかった。
「ちっくしょー!」
お母さんが聞いたら絶対に怒りそうな、汚い言葉を叫びながら、暗い夜道を自転車で全力疾走する。
夜一〇時とはいっても、まだ人は歩いている。みんなビックリして私のことを見てくる。こんな時間に、大声で喚いて自転車をこいでいる女の子がいれば、何ごとかと驚くだろう。それだけ注目されても、私は叫ばずにいられなかった。
簡単に言えば、カレシにフラれた。
しかも二股をかけられて。
信じられない。カレシ――安西先輩には、他にも本命のカノジョがいたのだ。
わかったのは、ついさっき。デートでバイパス近くのレジャー施設に行き、そこで、まさかのもう一人のカノジョとのご対面となった。
安西先輩が今年の三月に卒業して以来の、久しぶりデートだと思って浮かれて、親に気付かれないようにこっそり家を抜け出し、るんるん気分で自転車をこいでいた、あの時間はなんだったのか。
おそらく、先輩は、私ともう一人のカノジョ、それぞれ日をずらして約束したつもりだったのだろう。だけど、私にメールを送るときに、たぶん日付を間違えたのだ。
私がレジャー施設に着いたときには、すでに先輩はもう一人のカノジョと手を握り合って、ゲームコーナーに歩いていくところだった。
その手の握り方から、全てを察した。
本命はあっちのカノジョ。私は単なる遊び相手だった。
「先輩!」
黙って帰るなんて、私にはできなかった。
予想外の声に驚いてか、安西先輩は目を丸くして振り返り、体をよろめかせた。
「ナナ!? どうして、お前」
「今日、私とデート、でしたよね!」
涙がこぼれ落ちた。声も震える。しっかりしろ、自分。先輩の本命カノジョの前で弱いところを見せたくなくて、拳を握り締め、安西先輩を強く睨みつけた。
本命カノジョは私もよく知っている人だ。安西先輩と同じように、今年、うちの高校を卒業した元生徒。在学中からすでにどこかの事務所に所属していたモデルだそうで、顔がちっちゃくて体もスマートな、華やか系女子。私とは真逆の人種だ。
私は、男にも見える顔立ちで、ショートヘアだから本当に男子に間違われたこともあるし、体も部活動のせいで筋肉がついていてガッシリしてる。女子としては、先輩の本命カノジョに、完全に見劣りしている。
「どうして、その人と、デートしてるの!」
「あは」
先輩の本命カノジョは、楽しそうに笑っている。自分だって二股をかけられていたのに、動じていない。
「やるじゃん『先輩』。でもさあ、あたしのサブが、あれ? タイプ違くない?」
「告られたからな」
「おいおい、告白なんて珍しいことでもないっしょ。なんであれはオッケー?」
「俺のあと継いで部長になったやつだから、やる気無くされてもいやだったんだよ」
「マジうけるんですけど。部長のくせに部内恋愛に夢中になってもいいわけ? ってか、まさかあれとヤったの?」
「冗談言うなよ。そこまで見境なしじゃない」
「だよねー。意外とゲテモノ食いだったら、どうしようと思った!」
あまりの暴言に、私の頭の中は真っ白になった。
先輩は優しいから、私のことを大事に扱ってくれてるんだと思ってた。でも、実際は違った。先輩にとって私は単なる遊び相手であり、しかも手を出すほどの価値も無かった、ということ。とんでもない侮辱! 本命カノジョがケラケラ笑う声が、ぼんやりする頭の中に響くたびに、私の胸に開いた傷がどんどん広げられていく。
「ナナ。悪い。そういうことだ」
先輩は私に謝ってきた。声に気持ちがこもっていない。そこから「別れよう」の意思を読み取れないほど、私は鈍感ではない。
付き合い始めてから、一年。一緒に色んなところを回って、遊んだ。キラキラ輝いていた青春の思い出は、何もかもが偽物だったのだと知った瞬間から、一気に色あせてきた。
「ふざけんなー!」
最後に大声で怒鳴りつけてから、レジャー施設を飛び出した。
家に帰りたくなかった。
ここで左に曲がれば家の方向、というところで、あえて十字路をまっすぐ突っ切った。
繁華街に行きたかった。夜中に高校生の女子が行く場所ではないけど、あそこなら深夜でも賑やかで、むしゃくしゃした心を紛らわせてくれそうだ。
「もー、思いっきり歌ってやる!」
しばらく暗い道を走っていると、やがて光で溢れた空間が目の前に現れた。
北陸最大の繁華街、片町。
生まれたときから金沢に住んでいる私でも、用が無ければあまり訪れない。放課後にちょっと遊びに行くにしても、学校から家までのルートを一度外れないといけない。いつもは面倒だから立ち寄りたくない場所だけど、今日は違った。この光と音と人の洪水に呑まれることで、脳味噌を麻痺させて、失恋のショックを忘れたかった。
カラオケでは歌いまくった。あと食べまくった。ポテトフライとオニオンリング、明太子スパゲティ、焼きうどん、チャーハン、カレーライス、とにかくどんどん注文した。友達からは「食べ過ぎ」といつも言われるけど、その分運動してるから、気にしない。食べ物を運んでいた店員さんの表情が、途中から凍りついた笑顔に変わっていったけど、いつものことだから慣れっこだ。
歌いたい失恋ソングを一通り歌ったところで、スマホを見た。日付は変わって、深夜一時。いつの間にかこんな遅くなってる。
あまり気は晴れなかったけど、仕方なく、外に出た。
この日は、私の人生において、大きな分かれ道だったと思う。
もしもあのカラオケボックスに行こうと思わなければ、きっと一生、あの人に出会うことはなかっただろう。
魔女との出会いは、自転車を取りに行ったときに、訪れた――
「ちっくしょー!」
お母さんが聞いたら絶対に怒りそうな、汚い言葉を叫びながら、暗い夜道を自転車で全力疾走する。
夜一〇時とはいっても、まだ人は歩いている。みんなビックリして私のことを見てくる。こんな時間に、大声で喚いて自転車をこいでいる女の子がいれば、何ごとかと驚くだろう。それだけ注目されても、私は叫ばずにいられなかった。
簡単に言えば、カレシにフラれた。
しかも二股をかけられて。
信じられない。カレシ――安西先輩には、他にも本命のカノジョがいたのだ。
わかったのは、ついさっき。デートでバイパス近くのレジャー施設に行き、そこで、まさかのもう一人のカノジョとのご対面となった。
安西先輩が今年の三月に卒業して以来の、久しぶりデートだと思って浮かれて、親に気付かれないようにこっそり家を抜け出し、るんるん気分で自転車をこいでいた、あの時間はなんだったのか。
おそらく、先輩は、私ともう一人のカノジョ、それぞれ日をずらして約束したつもりだったのだろう。だけど、私にメールを送るときに、たぶん日付を間違えたのだ。
私がレジャー施設に着いたときには、すでに先輩はもう一人のカノジョと手を握り合って、ゲームコーナーに歩いていくところだった。
その手の握り方から、全てを察した。
本命はあっちのカノジョ。私は単なる遊び相手だった。
「先輩!」
黙って帰るなんて、私にはできなかった。
予想外の声に驚いてか、安西先輩は目を丸くして振り返り、体をよろめかせた。
「ナナ!? どうして、お前」
「今日、私とデート、でしたよね!」
涙がこぼれ落ちた。声も震える。しっかりしろ、自分。先輩の本命カノジョの前で弱いところを見せたくなくて、拳を握り締め、安西先輩を強く睨みつけた。
本命カノジョは私もよく知っている人だ。安西先輩と同じように、今年、うちの高校を卒業した元生徒。在学中からすでにどこかの事務所に所属していたモデルだそうで、顔がちっちゃくて体もスマートな、華やか系女子。私とは真逆の人種だ。
私は、男にも見える顔立ちで、ショートヘアだから本当に男子に間違われたこともあるし、体も部活動のせいで筋肉がついていてガッシリしてる。女子としては、先輩の本命カノジョに、完全に見劣りしている。
「どうして、その人と、デートしてるの!」
「あは」
先輩の本命カノジョは、楽しそうに笑っている。自分だって二股をかけられていたのに、動じていない。
「やるじゃん『先輩』。でもさあ、あたしのサブが、あれ? タイプ違くない?」
「告られたからな」
「おいおい、告白なんて珍しいことでもないっしょ。なんであれはオッケー?」
「俺のあと継いで部長になったやつだから、やる気無くされてもいやだったんだよ」
「マジうけるんですけど。部長のくせに部内恋愛に夢中になってもいいわけ? ってか、まさかあれとヤったの?」
「冗談言うなよ。そこまで見境なしじゃない」
「だよねー。意外とゲテモノ食いだったら、どうしようと思った!」
あまりの暴言に、私の頭の中は真っ白になった。
先輩は優しいから、私のことを大事に扱ってくれてるんだと思ってた。でも、実際は違った。先輩にとって私は単なる遊び相手であり、しかも手を出すほどの価値も無かった、ということ。とんでもない侮辱! 本命カノジョがケラケラ笑う声が、ぼんやりする頭の中に響くたびに、私の胸に開いた傷がどんどん広げられていく。
「ナナ。悪い。そういうことだ」
先輩は私に謝ってきた。声に気持ちがこもっていない。そこから「別れよう」の意思を読み取れないほど、私は鈍感ではない。
付き合い始めてから、一年。一緒に色んなところを回って、遊んだ。キラキラ輝いていた青春の思い出は、何もかもが偽物だったのだと知った瞬間から、一気に色あせてきた。
「ふざけんなー!」
最後に大声で怒鳴りつけてから、レジャー施設を飛び出した。
家に帰りたくなかった。
ここで左に曲がれば家の方向、というところで、あえて十字路をまっすぐ突っ切った。
繁華街に行きたかった。夜中に高校生の女子が行く場所ではないけど、あそこなら深夜でも賑やかで、むしゃくしゃした心を紛らわせてくれそうだ。
「もー、思いっきり歌ってやる!」
しばらく暗い道を走っていると、やがて光で溢れた空間が目の前に現れた。
北陸最大の繁華街、片町。
生まれたときから金沢に住んでいる私でも、用が無ければあまり訪れない。放課後にちょっと遊びに行くにしても、学校から家までのルートを一度外れないといけない。いつもは面倒だから立ち寄りたくない場所だけど、今日は違った。この光と音と人の洪水に呑まれることで、脳味噌を麻痺させて、失恋のショックを忘れたかった。
カラオケでは歌いまくった。あと食べまくった。ポテトフライとオニオンリング、明太子スパゲティ、焼きうどん、チャーハン、カレーライス、とにかくどんどん注文した。友達からは「食べ過ぎ」といつも言われるけど、その分運動してるから、気にしない。食べ物を運んでいた店員さんの表情が、途中から凍りついた笑顔に変わっていったけど、いつものことだから慣れっこだ。
歌いたい失恋ソングを一通り歌ったところで、スマホを見た。日付は変わって、深夜一時。いつの間にかこんな遅くなってる。
あまり気は晴れなかったけど、仕方なく、外に出た。
この日は、私の人生において、大きな分かれ道だったと思う。
もしもあのカラオケボックスに行こうと思わなければ、きっと一生、あの人に出会うことはなかっただろう。
魔女との出会いは、自転車を取りに行ったときに、訪れた――
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