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第2章 魔女は空から降ってくる
第18話 張り込み
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二日後、エリカさんから電話がかかってきた。
『いますぐ来て』
場所は富山県に新しくできたアウトレットモールだ。車を運転できない私は、金沢からは電車で一時間ほどかけて移動しないといけなかった。
最寄り駅に着き、そこから歩いて三〇分ほどで、アウトレットモールに到着した。
待ち合わせ場所のコーヒーショップで合流する。すでにソイラテを飲んでいたエリカさんは、二杯目のソイラテを頼み、私はキャラメルマキアートを頼んだ。
「いいよお金は。私が出すから」
「あ……ごちそうさまです」
出しかけた硬貨を、また財布にしまった。
お互い、しばらく無言で、飲み物をのどに流しこむ。気まずいことこの上ない。私は、エリカさんがなんの用事で、わざわざ隣県のアウトレットモールへ呼び出したのか、その理由がわからずにいた。
「このモールに、瞬一郎が定期的に現れてるって情報が入ってきた」
「え!?」
つい、店の外へと顔を向ける。フロア内は買い物客でごった返している。押し合いへし合い、間をすり抜けるのは困難だ。こんな場所だと、貴重品を盗まれたとしても、気が付きにくいだろう。スリをやるにはピッタリだ。
「狂介に調べてもらったの。ここ数ヶ月で、近江町市場以外に、スリが多発しているところを。そうしたら、このアウトレットモールが浮上してきたわけ」
「だけど、犯人はわかってないんですよね? 本当に同じ人なのか……」
「もちろん他にも調べてるわよ。近江町市場でのスリや窃盗が週の初めに集中しているのに対して、このアウトレットモールでは週末しか事件が発生していない。それに、近隣で瞬一郎らしい男の姿を見かけた人もいる」
「それが事実だとして、どうして市場だけでスリをしないで、こんなアウトレットモールでも行ってるんでしょう? 捕まるリスクが高くなるだけだと思うんですけど」
「仕事場をこまめに切り替えるほうが、捕まるリスクは低い、って考えてるんじゃない」
「本当に、来るんでしょうか」
「あれだけの騒ぎを起こしたから、もう近江町には寄れないでしょ。そうなれば、このアウトレットモールで稼ぐしかない。特に今日は週末でお客さんも多い」
「だけど……仮に来たとしても……エリカさんは、止められますか?」
先輩相手に失礼を承知で、とても心配だった。暴力を振るわれた、という過去の思い出が、エリカさんの行動の妨げになっている。その恐怖を乗り越えて戦えるのだろうか、と疑ってしまう。
「うるさい。あんたはおとなしく、私のサポートをしてればいいの。いやなの?」
「いえ、そんなことないです」
エリカさんは、森瞬一郎に勝つことで、自分の中の壁を乗り越えようとしてる。そんな先輩のために、今度こそ役に立ちたい。
「じゃあそろそろ移動するわよ。このアウトレットモールでは、正午以降によく盗難が発生してる。いまは一一時半。あいつがいるなら、そろそろ動き出すころだわ」
店を出てから、私はそのまま一階にスタンバイし、エリカさんは二階へと上がった。
下から、二階の通路を見上げると、エリカさんの姿が見えた。あの高い場所からなら、こっちのフロアが一望できるだろう。
スマホが震えた。エリカさんからの電話だ。
『ちゃんと聞こえる?』
「なんとか。周りはうるさいですけど、集中すれば大丈夫です」
子どものはしゃぐ声、女の子たちの笑い声、色んな音が四方八方から押し寄せてくる。それでも片耳を手で塞げば、電話の声はかろうじて聞こえる。
『切らないでね。通話状態のまま、キープしてて。どっちかがやつを発見したら、すぐに報告するわよ』
三〇分が経過した。ただ人混みだけを見続けているというのは、かなりしんどい。お昼ご飯をまだ食べていないから、お腹ペコペコなのに、眠気は増してきている。
不意に、エリカさんが喋り出した。
『ちっちゃいころから、障害物が嫌いだったの』
「障害物、ですか?」
『色んな意味で。実際に目の前にある障害物も、心の中の壁も、どちらも。私は前に進みたい。それなのに、フェンスがある。柱がある。壁がある。行きたいところに思うように行けない。そのことに腹が立って仕方がなかった』
「なんだか、わかる気がします。自分はもっと何かやれるんじゃないかって思うのに、色んなことが邪魔してきて、何もできない感じって、すごくいやです」
『そう。毎日、なにかモヤモヤしてた。私の世界はなんて狭いんだろう、って。だけど中学生になったころ、インターネットで、フリーランニングの動画を見たの』
「ああ! フリーランニング!」
先日、近江町市場で見たエリカさんの動きを思い出して、私は納得の声を上げた。
フリーランニングは、段差や障害物がある中で、いかに効率的に移動するかを追及した技術だ。映画やゲームでよく取り入れられてるから、そういうのがあるのは知っていた。エリカさんの動きは、まさにそれだった。
『世界が違って見えた。この技術を自分のものにできたら、どんなに未来は明るくなるだろう、って思った。だから金沢の、小規模だけど練習しているチームに入れてもらって、ひたすら技を磨き続けた。おかげで、どんな場所でも、自在に動き回れるようになった』
市場で見せたエリカさんの技術は、また一段と凄まじいものだった。フリーランニングで求められるものは体幹の力であって、跳躍力じゃない。しかしエリカさんの場合は、空中を飛んでいた。常人ではありえない高さと飛距離だった。
すさまじい練習量と、天賦の才能があって、初めてなしえる技。
けど――とエリカさんは語を継いだ。
『瞬一郎がいた。何度も、あいつに対する恐怖心を克服しようと、頑張った。越えられないのが悔しかった。心の中にある障害物が、ずっと私の行く先を邪魔している』
「だからこそ、今日、あいつに打ち勝つんですよね」
『当たり前でしょ! もうこれ以上、私の人生を邪魔させてなるもんか!』
『いますぐ来て』
場所は富山県に新しくできたアウトレットモールだ。車を運転できない私は、金沢からは電車で一時間ほどかけて移動しないといけなかった。
最寄り駅に着き、そこから歩いて三〇分ほどで、アウトレットモールに到着した。
待ち合わせ場所のコーヒーショップで合流する。すでにソイラテを飲んでいたエリカさんは、二杯目のソイラテを頼み、私はキャラメルマキアートを頼んだ。
「いいよお金は。私が出すから」
「あ……ごちそうさまです」
出しかけた硬貨を、また財布にしまった。
お互い、しばらく無言で、飲み物をのどに流しこむ。気まずいことこの上ない。私は、エリカさんがなんの用事で、わざわざ隣県のアウトレットモールへ呼び出したのか、その理由がわからずにいた。
「このモールに、瞬一郎が定期的に現れてるって情報が入ってきた」
「え!?」
つい、店の外へと顔を向ける。フロア内は買い物客でごった返している。押し合いへし合い、間をすり抜けるのは困難だ。こんな場所だと、貴重品を盗まれたとしても、気が付きにくいだろう。スリをやるにはピッタリだ。
「狂介に調べてもらったの。ここ数ヶ月で、近江町市場以外に、スリが多発しているところを。そうしたら、このアウトレットモールが浮上してきたわけ」
「だけど、犯人はわかってないんですよね? 本当に同じ人なのか……」
「もちろん他にも調べてるわよ。近江町市場でのスリや窃盗が週の初めに集中しているのに対して、このアウトレットモールでは週末しか事件が発生していない。それに、近隣で瞬一郎らしい男の姿を見かけた人もいる」
「それが事実だとして、どうして市場だけでスリをしないで、こんなアウトレットモールでも行ってるんでしょう? 捕まるリスクが高くなるだけだと思うんですけど」
「仕事場をこまめに切り替えるほうが、捕まるリスクは低い、って考えてるんじゃない」
「本当に、来るんでしょうか」
「あれだけの騒ぎを起こしたから、もう近江町には寄れないでしょ。そうなれば、このアウトレットモールで稼ぐしかない。特に今日は週末でお客さんも多い」
「だけど……仮に来たとしても……エリカさんは、止められますか?」
先輩相手に失礼を承知で、とても心配だった。暴力を振るわれた、という過去の思い出が、エリカさんの行動の妨げになっている。その恐怖を乗り越えて戦えるのだろうか、と疑ってしまう。
「うるさい。あんたはおとなしく、私のサポートをしてればいいの。いやなの?」
「いえ、そんなことないです」
エリカさんは、森瞬一郎に勝つことで、自分の中の壁を乗り越えようとしてる。そんな先輩のために、今度こそ役に立ちたい。
「じゃあそろそろ移動するわよ。このアウトレットモールでは、正午以降によく盗難が発生してる。いまは一一時半。あいつがいるなら、そろそろ動き出すころだわ」
店を出てから、私はそのまま一階にスタンバイし、エリカさんは二階へと上がった。
下から、二階の通路を見上げると、エリカさんの姿が見えた。あの高い場所からなら、こっちのフロアが一望できるだろう。
スマホが震えた。エリカさんからの電話だ。
『ちゃんと聞こえる?』
「なんとか。周りはうるさいですけど、集中すれば大丈夫です」
子どものはしゃぐ声、女の子たちの笑い声、色んな音が四方八方から押し寄せてくる。それでも片耳を手で塞げば、電話の声はかろうじて聞こえる。
『切らないでね。通話状態のまま、キープしてて。どっちかがやつを発見したら、すぐに報告するわよ』
三〇分が経過した。ただ人混みだけを見続けているというのは、かなりしんどい。お昼ご飯をまだ食べていないから、お腹ペコペコなのに、眠気は増してきている。
不意に、エリカさんが喋り出した。
『ちっちゃいころから、障害物が嫌いだったの』
「障害物、ですか?」
『色んな意味で。実際に目の前にある障害物も、心の中の壁も、どちらも。私は前に進みたい。それなのに、フェンスがある。柱がある。壁がある。行きたいところに思うように行けない。そのことに腹が立って仕方がなかった』
「なんだか、わかる気がします。自分はもっと何かやれるんじゃないかって思うのに、色んなことが邪魔してきて、何もできない感じって、すごくいやです」
『そう。毎日、なにかモヤモヤしてた。私の世界はなんて狭いんだろう、って。だけど中学生になったころ、インターネットで、フリーランニングの動画を見たの』
「ああ! フリーランニング!」
先日、近江町市場で見たエリカさんの動きを思い出して、私は納得の声を上げた。
フリーランニングは、段差や障害物がある中で、いかに効率的に移動するかを追及した技術だ。映画やゲームでよく取り入れられてるから、そういうのがあるのは知っていた。エリカさんの動きは、まさにそれだった。
『世界が違って見えた。この技術を自分のものにできたら、どんなに未来は明るくなるだろう、って思った。だから金沢の、小規模だけど練習しているチームに入れてもらって、ひたすら技を磨き続けた。おかげで、どんな場所でも、自在に動き回れるようになった』
市場で見せたエリカさんの技術は、また一段と凄まじいものだった。フリーランニングで求められるものは体幹の力であって、跳躍力じゃない。しかしエリカさんの場合は、空中を飛んでいた。常人ではありえない高さと飛距離だった。
すさまじい練習量と、天賦の才能があって、初めてなしえる技。
けど――とエリカさんは語を継いだ。
『瞬一郎がいた。何度も、あいつに対する恐怖心を克服しようと、頑張った。越えられないのが悔しかった。心の中にある障害物が、ずっと私の行く先を邪魔している』
「だからこそ、今日、あいつに打ち勝つんですよね」
『当たり前でしょ! もうこれ以上、私の人生を邪魔させてなるもんか!』
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