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第3章 魔女が怒ると吹雪が舞う

第28話 マキナvs佐々間鼎造

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 最初に寄ったのは、ウィッチ・ガーデンだった。

 ロッカールームで新人用のナイトドレスをいくつか選んでいたマキナさんは、一番清楚なデザインのドレスを、私に渡してきた。

「あの、マキナさん。これから何を……」
「パーティに出る。といっても、ウィッチ・パーティのことではないぞ。飲み食いできる豪勢なパーティのことだ。思う存分楽しもう」
「えっと、どこの、パーティですか」
「佐々間鼎造を囲む会だ」

 重たい木槌で頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 佐々間鼎造のパーティ!? それはもう、敵地のど真ん中、ということなのに、そこへマキナさんは飛びこもうとしてる!? ってか、私まで!?

「どどど、どういうことですか!? なんで急に!?」
「魅羅がお前に連絡するまでに、やたら時間がかかっただろ」

 フッ、とマキナさんは笑った。

「翼がクラブDAOに隠れていることなんて、最初からわかっていた。その上で、行動へと移すのに、時間がかかった。なぜか、わかるか?」
「いえ……さっぱり」
「少し話をしようか。まだ夜まで時間はある」

 無人のフロアに出て、マキナさんと私は、ソファに座った。いつもはお客さんやキャストの人たちでいっぱいのフロアに、いまは誰もいない。シンと静まり返っているのが、変な感じだった。

「順を追って考えるんだ。この一件が、玉雄だけをどうにかすればいい問題でないと、我々よりもよく理解していたのは、誰だと思う?」
「翼さん、ですか?」
「ああ。翼は、やつの背後に、佐々間鼎造がいることはよくわかっていたはずだ。クラブDAOに匿ってもらっていたのも、それが一番の理由だ」
「でも、逃げないで、素直に警察に自主したほうがよかったんじゃないですか?」
「それはお前が部外者だから、冷静に考えられるだけだ。翼の身になって考えてみろ。翼が恐れたのは、罪に問われることじゃない。自分の人生が佐々間親子に無茶苦茶にされることを恐れていた。そんな彼女を警察に出頭させるには『確証』が必要だった」
「確証?」
「彼女が釈放された後も、佐々間親子が何もできないよう、その動きを封じることだ」
「それって、どうやって……」
「実を言うと、私にもよくわからない。ただ、魅羅にすべてを任せている。この手の裏工作となると、彼女の得意分野だ」
「マキナさん。教えてもらえませんか。魅羅さんっていったいどういう人なんですか? 殺し屋に襲われたときの戦い方、ふつうの人じゃなかった」
「スタッフのプライバシーは、教えられない。たとえ同じスタッフでも、だ。どうしても知りたければ、魅羅本人から聞くといい」
「へたに関心持ってること知られたら、こっそり始末されそうで、怖いんですけど」
「ははは、面白いことを考えるな。まあ、謎は謎のままにしておくのも一興だ。さて、ここでの雑談はこれぐらいにして、ひとまず会場へ向かおうか。あそこのホテルのランチは絶品だぞ。今日は私がご馳走してやる。楽しい一日を過ごそうじゃないか」


 お店を出た後、タクシーで、金沢駅近くのホテルまで移動した。ロビーからして高級感漂うところで、早くも私は圧倒されそうになっていたけど、「堂々と振る舞え」とマキナさんに言われて、オシャレなドレスを着ている高揚感もあって、ちょっとばかりセレブの気分でにこやかに笑いながら、歩を進めた。

 マキナさんに連れていかれた高層階のレストランでは、窓際の席から市内を一望しながら、丁寧に作られたフランス料理に舌鼓を打った。

 男性的な口調のマキナさんと一緒にご飯を食べていると、なんだか、素敵な紳士とデートしているみたいな感じで、妙にドキドキさせられた。

 マキナさんは、夜まで私が退屈しないようあれこれ気配りしてくれた。

 ランチの後はホテル内のカフェに連れてって、おいしいご飯の話から政治の話まで、もはや何を話したのかよく憶えていないほどに、多岐に渡るジャンルのトークで、私を楽しませてくれた。この人が男性だったら、確実に心奪われてしまってただろう。

 おかげで、あっという間に時間はたち、夜になった。

「行くぞ。フィナーレだ」

 宴会場フロアへ行き、「佐々間鼎造を囲む会」と立て札の出ている会場へと進んでいく。そういえば、こういうパーティって招待状いるんじゃないっけ? と思っていると、マキナさんはサイドバッグからスッと一枚の紙を取り出した。それを受付のお姉さんに渡して、来場者名簿と照合してもらう。私は、同伴者として、特別に入場を認めてもらった。

 ふと、マキナさんの横から、名簿を覗いてみた。

(う、そ)

 株式会社レイズ 社長 宮守マキナ。

 レイズは、ウィッチ・ガーデンを経営している会社だ。マキナさんはガーデンのオーナーだけでなく、その母体となっている会社の社長だった。しかも、源氏名だと思っていたのは、ふつうに本名。

「招待、されてたんですか」

 会場内に入ってから、聞いてみた。

「たまたまな。もともと先代の社長は、ウィッチ・ガーデンをオープンする際に、土地のことなど、佐々間鼎造の口添えでなんとかしてもらっていたんだ。その関係もあり、やつとは面識がある」
「そしたら、大変じゃないですか。もし佐々間に何かあったら、うちの店は……」
「ははは、そんなことを気にしていたら、裏家業なんてやっていられないさ」

 パーティが始まった。壇上に、次から次へと、名だたる政治家や議員が現れては、挨拶する。佐々間鼎造は石川県にとって有益な人物であると、とにかく褒めまくる。

 佐々間鼎造は、ニコニコ笑っている。恰幅のいい体型に、丸顔。一見すると大らかな初老の男性に見えるけど、その目は細く、どこか底意地の悪さを感じさせる。ウィッチ・ガーデンで色んな男性を見てきた私からすると、あれは、信用してはならない人種に見えた。

 乾杯が終わり、歓談の時間になった。

「食べたいものを取ってこい。私は、ローストビーフと、寿司があれば十分だ」

 立食形式のバイキングだから、食事は自分で取ってくる必要がある。おいしそうなミートソースパスタや、中華の点心、カレーライス、それら全部好きなだけ食べていいとなって、敵地にいるというのに、ついついテンションが上がった。

 最終的に、マキナさんが頼んだローストビーフとお寿司に、私が食べたいものも加えて、計一〇皿をなんとか両腕と口を駆使して、テーブルまで運ぶことになった。何回かに分けて運べばよかったのかもしれないけど、それは面倒だった。周りから「なんだあの子」「曲芸師か」とヒソヒソささやき声が聞こえてきたけれど、気にしない。

 テーブルに戻ると、マキナさんが珍しく動揺した表情を見せた。

「一度にそこまで運ぶバカを……初めて見た……」
「バカってひどいですよ、マキナさん。はい、お寿司とローストビーフ。もうひと皿ずつ取ってきましょうか?」
「いらん」

 呆れた調子でマキナさんは突っぱねてきた。せっかく食べ放題なのに、もったいないなあ、と思いながら、私はミートソースパスタから食べ始めた。

 そこへ、佐々間鼎造が近づいてくるのが見えた。誰かに用事があるのかな、と思って見守っていると、マキナさんの前で、立ち止まった。

「……何か?」

 マキナさんはワインをひと口飲んでから、冷たい声を放った。

「久しく会っていませんからな、挨拶を、と思い」
「それはわざわざご丁寧に。でも、他に、真っ先に挨拶すべき方々がいるのでは」
「すでに会が始まる前に済ませておりますぞ」
「ほう。堂坂組とも?」

 二人の間の空気が凍りついた。堂坂組、という名前に、そういう世界に疎い私でも、きな臭いものを感じた。組、なんてつくのは、土木系の業者か、演劇関係か、そうでなければあと考えられるものは……。

「困りますなあ。そのような発言を軽はずみにされると。他人に聞かれると誤解されてしまう。冗談では済まない話だ」

 佐々間鼎造は笑っているけれども、全身から、圧迫感を発している。見た目以上に、とんでもなく大きく見える。これが、次期石川県知事の候補者と言われている人物の持つ力かと、納得させられるほどのものを感じさせられた。

 だけど、マキナさんは、少しも怯んでいない。

「なに、たまたま、最近ある事件の話を聞いて、頭の中に残っていたのですよ。この近くのナイトクラブへ、刀を持って襲撃を仕掛けようとした殺し屋が、よく堂坂組の仕事を請け負っている男だという話がありまして。それで、先生の顔を見たら、ふと思い出したのです。各方面でご活躍されている先生の陰には、堂坂組の尽力があると……」
「聞こえなかったか、小娘。洒落やジョークで言っていいことではない」

 もう笑顔すらも消して、佐々間鼎造はピクピクとこめかみを引きつらせながら、マキナさんを睨みつけた。目に見えて苛立ってる。

「佐々間先生を信じているからこそ、これはジョークで済むと思っているのですよ。先生に限って、そんなバカな真似をするはずがない」
「誰のおかげで市内の一等地にあのクラブを建てられたと思っている。これ以上調子に乗るならば、本気で、潰しにかかるぞ」
「魔女狩り、というわけですか」

 マキナさんが口の端を歪めて冷笑した、そのとき、会場内で拍手が巻き起こった。

 壇上に、鬼の面をつけた着物姿の集団が、ゾロゾロと集まっている。中央に太鼓を置いて、全員、ポーズを取った。

 たしかあれは、能登地方で観光客向けに行っている芸能「破陣太鼓」。

 戦国時代、上杉謙信が能登に攻めこんできたときに、ある部落の人々が鬼の面をつけて太鼓を打ち鳴らしながら戦ったという、民間伝承がもとになった芸能だ。

「催しが始まった。わしのために用意してくれたものだ、最前列で見るとしよう。失礼」

 佐々間鼎造はきびすを返して、去っていった。
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