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第92話 出発の朝
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「なんでまた、ユナっちまでドラゴンレースに参加したいの?」
「きっと、ガルズバル帝国も参戦すると思うの。だから、その、私が無事であることを知らせたくって」
なんて正直な子なのだろう、とニハルは目を丸くした。言い訳をしてきてもおかしくないのに、素直に、目的を教えてくれた。
だけど、それをそのまま受け止めるわけにはいかない。
「それで無事だって知らせたら、どうするの? ガルズバル帝国に戻るつもり?」
「いや……そこまでは、考えてなかったけど……」
ユナは目を泳がせた。
半分は嘘だろう。まさか、まったく何も考えていないわけがない。当然、帝国の騎士団に戻りたいと思っているはずだ。
だけど、半分は、迷いを抱いているのかもしれない。
これまでのユナの言動を見ていると、だいぶニハル達に心が傾いてきているようだ。ガルズバル帝国に戻る気は、薄れてきている可能性がある。
どうしよう、とニハルは困ってしまい、イスカの顔を見た。無言で、助け船を求めたつもりだったが、イスカには伝わらなかったようで、キョトンとしている。
そんなニハルに対して、決意を帯びた表情で、ユナは口を開いた。
「あの……私、戻らないから」
「え?」
「だって、『悪魔』のことが何もわかっていない。私を砂上船から突き落とした、あいつの正体。あいつの狙いを探り当てるまでは、騎士団には戻れないわ」
「騎士団に戻ってからも、調査は出来るんじゃないの?」
「なんだか予感がするの……きっと、『悪魔』は私が助かって、ガルズバル帝国に帰還することまで、先読みしていると思う」
「それが『悪魔』の策略、っていうわけね」
「何を目的としているのか、わからない。だから、慎重に動かないといけない」
ガルズバル帝国に戻る気は無いけれど、騎士団に無事を知らせたい。それだけだったら、連れていっても問題ないかもしれない。
ただ、ドラゴンに乗れるのは一頭につき二人までだ。ミカと一緒に暴れ竜のノワールに乗るのはニハル。そして、おとなしいブランに乗るのは、獣人チェロとイスカの予定である。
消去法で考えるなら、イスカと交代してもらうしかない。
「お願い。私を、連れていって」
ユナの懇願に、ニハルは心がぐらついていたが、それよりも先にイスカのほうが湯女の願いを受け入れた。
「僕はいいよ。ユナさんと代わっても」
イスカのその言葉を受けて、ニハルは心を決めた。
もともと、ユナに対して悪感情はない。彼女のために協力してあげたい気持ちもある。
「わかった。じゃあ、イスカ君の代わりに、ブランに乗ってね」
このニハルの判断が吉と出るか、凶と出るか。
それは、まだこの時点では、誰にもわからなかった。
※ ※ ※
とうとうドラゴンレース開催日を迎えた。
昨日までの嵐が嘘だったかのように、空は快晴である。
カジノの前に、二頭のドラゴン、ブランとノワールが連れ出されて、それぞれチェロとミカにおとなしくさせられている。
ブランは、もとから静かなドラゴンなので、白い毛並みを風にそよがせながら、お利口さんに時が来るのを待っているが、一方で、ノワールはフンフンと鼻息荒く、ミカに制御されなければすぐにでも飛び立つか、ブランに飛びかかりそうな、とにかく危なっかしい様子だ。
その周りに、カジノの関係者達が集まっている。乗り手となるニハル達以外にも、イスカやライカといったバニーガール達もおり、みんな緊張の面持ちで、二頭のドラゴンを眺めている。
青空の下、どこまでも砂漠が広がっている。その遙か向こうへと飛んでいった先に、目指すべき地、ダマヴァント山脈はある。
「お二人とも、先に、鞍に乗ってください。その後、私達騎手が乗ります」
ミカに促されて、ニハルとユナは、それぞれのドラゴンの上に乗った。
ニハルは、ノワールの黒い毛並みを、スッと撫でてみた。ツヤツヤで手触りが良く、何度でも触りたくなる。面白がって、手で毛を梳いていると、グルルルとノワールが唸り声を発した。嫌がっている。ニハルはクスクスと笑いながら、一応は撫でるのをやめた。でも、また撫でてみたい。
ブランにチェロが、ノワールにミカが、それぞれ乗り込み、手綱を握り締めた。
いよいよ出発の時である。
「うーん、ドラゴンを駆るのは始めてだニャ」
「大丈夫よ、チェロ。昨日私が教えたとおりにすれば、特にブランはいい子だから、問題なく飛べると思う」
「だといいんだけどニャ~」
そう言いつつ、チェロは、ブランの首筋をポンポン、と軽く叩いてやった。ドラゴンにもよるが、聞き分けがよく頭のいいブランは、それだけで察してくれる。
音もなく、砂の上から、ブランは浮かび上がった。脚や腹に付着した砂がサラサラとこぼれ落ちていく。
わあ! と周りを囲むバニーガール達が歓声を上げた。
続いて、ノワールである。
ミカは表情を強張らせながら、バシンッ! と鞭でノワールの首筋を叩いた。鞭は、ドラゴンによっては、びっくりして萎縮してしまう恐れもあるが、ノワールの場合、乗り手を自分より下に見がちなので、舐められては終わりである。乗り手は強気でいないといけない。
ギロリ、とノワールはミカのことを睨みつけたが、意外と素直に、宙へと浮かんだ。
「やった! 飛んだ!」
心配そうに見ていたライカが、喜びの声を上げた直後――
ドンッ! と衝撃波を放ちながら、凄まじい勢いで、ノワールはあらぬ方向へ向かって飛び立った。それは、ダマヴァント山脈とは全然関係のない方角。
「え⁉ えええええ⁉」
ライカは叫び声を上げ、他のバニーガール達もポカンと開いた口が塞がらずにいる。
唯一の救いは、乗っているニハルやミカが、ベルトで座席に固定されているから、振り落とされずに済んでいることだ。
だけど、かなりまずい状況であることには変わりない。
「チェロ! 追いかけて!」
ユナの指示に従い、チェロもまた、ブランを勢いよく出発させた。
「きっと、ガルズバル帝国も参戦すると思うの。だから、その、私が無事であることを知らせたくって」
なんて正直な子なのだろう、とニハルは目を丸くした。言い訳をしてきてもおかしくないのに、素直に、目的を教えてくれた。
だけど、それをそのまま受け止めるわけにはいかない。
「それで無事だって知らせたら、どうするの? ガルズバル帝国に戻るつもり?」
「いや……そこまでは、考えてなかったけど……」
ユナは目を泳がせた。
半分は嘘だろう。まさか、まったく何も考えていないわけがない。当然、帝国の騎士団に戻りたいと思っているはずだ。
だけど、半分は、迷いを抱いているのかもしれない。
これまでのユナの言動を見ていると、だいぶニハル達に心が傾いてきているようだ。ガルズバル帝国に戻る気は、薄れてきている可能性がある。
どうしよう、とニハルは困ってしまい、イスカの顔を見た。無言で、助け船を求めたつもりだったが、イスカには伝わらなかったようで、キョトンとしている。
そんなニハルに対して、決意を帯びた表情で、ユナは口を開いた。
「あの……私、戻らないから」
「え?」
「だって、『悪魔』のことが何もわかっていない。私を砂上船から突き落とした、あいつの正体。あいつの狙いを探り当てるまでは、騎士団には戻れないわ」
「騎士団に戻ってからも、調査は出来るんじゃないの?」
「なんだか予感がするの……きっと、『悪魔』は私が助かって、ガルズバル帝国に帰還することまで、先読みしていると思う」
「それが『悪魔』の策略、っていうわけね」
「何を目的としているのか、わからない。だから、慎重に動かないといけない」
ガルズバル帝国に戻る気は無いけれど、騎士団に無事を知らせたい。それだけだったら、連れていっても問題ないかもしれない。
ただ、ドラゴンに乗れるのは一頭につき二人までだ。ミカと一緒に暴れ竜のノワールに乗るのはニハル。そして、おとなしいブランに乗るのは、獣人チェロとイスカの予定である。
消去法で考えるなら、イスカと交代してもらうしかない。
「お願い。私を、連れていって」
ユナの懇願に、ニハルは心がぐらついていたが、それよりも先にイスカのほうが湯女の願いを受け入れた。
「僕はいいよ。ユナさんと代わっても」
イスカのその言葉を受けて、ニハルは心を決めた。
もともと、ユナに対して悪感情はない。彼女のために協力してあげたい気持ちもある。
「わかった。じゃあ、イスカ君の代わりに、ブランに乗ってね」
このニハルの判断が吉と出るか、凶と出るか。
それは、まだこの時点では、誰にもわからなかった。
※ ※ ※
とうとうドラゴンレース開催日を迎えた。
昨日までの嵐が嘘だったかのように、空は快晴である。
カジノの前に、二頭のドラゴン、ブランとノワールが連れ出されて、それぞれチェロとミカにおとなしくさせられている。
ブランは、もとから静かなドラゴンなので、白い毛並みを風にそよがせながら、お利口さんに時が来るのを待っているが、一方で、ノワールはフンフンと鼻息荒く、ミカに制御されなければすぐにでも飛び立つか、ブランに飛びかかりそうな、とにかく危なっかしい様子だ。
その周りに、カジノの関係者達が集まっている。乗り手となるニハル達以外にも、イスカやライカといったバニーガール達もおり、みんな緊張の面持ちで、二頭のドラゴンを眺めている。
青空の下、どこまでも砂漠が広がっている。その遙か向こうへと飛んでいった先に、目指すべき地、ダマヴァント山脈はある。
「お二人とも、先に、鞍に乗ってください。その後、私達騎手が乗ります」
ミカに促されて、ニハルとユナは、それぞれのドラゴンの上に乗った。
ニハルは、ノワールの黒い毛並みを、スッと撫でてみた。ツヤツヤで手触りが良く、何度でも触りたくなる。面白がって、手で毛を梳いていると、グルルルとノワールが唸り声を発した。嫌がっている。ニハルはクスクスと笑いながら、一応は撫でるのをやめた。でも、また撫でてみたい。
ブランにチェロが、ノワールにミカが、それぞれ乗り込み、手綱を握り締めた。
いよいよ出発の時である。
「うーん、ドラゴンを駆るのは始めてだニャ」
「大丈夫よ、チェロ。昨日私が教えたとおりにすれば、特にブランはいい子だから、問題なく飛べると思う」
「だといいんだけどニャ~」
そう言いつつ、チェロは、ブランの首筋をポンポン、と軽く叩いてやった。ドラゴンにもよるが、聞き分けがよく頭のいいブランは、それだけで察してくれる。
音もなく、砂の上から、ブランは浮かび上がった。脚や腹に付着した砂がサラサラとこぼれ落ちていく。
わあ! と周りを囲むバニーガール達が歓声を上げた。
続いて、ノワールである。
ミカは表情を強張らせながら、バシンッ! と鞭でノワールの首筋を叩いた。鞭は、ドラゴンによっては、びっくりして萎縮してしまう恐れもあるが、ノワールの場合、乗り手を自分より下に見がちなので、舐められては終わりである。乗り手は強気でいないといけない。
ギロリ、とノワールはミカのことを睨みつけたが、意外と素直に、宙へと浮かんだ。
「やった! 飛んだ!」
心配そうに見ていたライカが、喜びの声を上げた直後――
ドンッ! と衝撃波を放ちながら、凄まじい勢いで、ノワールはあらぬ方向へ向かって飛び立った。それは、ダマヴァント山脈とは全然関係のない方角。
「え⁉ えええええ⁉」
ライカは叫び声を上げ、他のバニーガール達もポカンと開いた口が塞がらずにいる。
唯一の救いは、乗っているニハルやミカが、ベルトで座席に固定されているから、振り落とされずに済んでいることだ。
だけど、かなりまずい状況であることには変わりない。
「チェロ! 追いかけて!」
ユナの指示に従い、チェロもまた、ブランを勢いよく出発させた。
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