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第2章 完全自己中、2年D組

第11話 『小鳥遊という男』

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「小鳥遊...?」

尻餅をついたまま、お嬢が困惑の声を上げる。

そう、彼女を火球から庇ったのは紛れもなく小鳥遊 遊だった。火球を真正面から浴びたはずの彼はまっすぐ前を見据えていた。

「な、なんなんだ、お前ら?」

制服の男が怯えたように後退りを始める。

「クソが!!舐めやがって!!どいつもこいつも俺を舐めやがってぇ!!!!」

怒声とは裏腹に、体は後ろに下がり続ける。そのことにさらなる苛立ちを覚えたのか、男は両手を前方に掲げた。

「死ね!!!」

「不味い!小鳥遊、避けろ!」

男の両手から無数の火球が発射される。それは無慈悲にも小鳥遊の体に直撃し_______。

「...んでだよ」

結果はそれこそよりも明らかなはずだった。

「なんで倒れねぇんだテメェはぁ!!!」

それでも、小鳥遊は微動だにせずにお嬢の前に立っていた。

僕は、なんだかその姿に場違いな安心感すら覚えたのだが、戦いはまだ終わっていない。

「不動くん。そろそろ終わらせてあげなよ」

上方のその声を聞き終わる前に、僕は拳を固めて男の方に走り出していた。

「て、めぇ!!」

男が両手を僕に向ける。完封されてもまだ攻撃を仕掛けてくるとは、相当諦めが悪いらしい。

ただ、今回は火球を出すより僕の拳が届く方が早かった。

拳に鈍い衝撃。同時に男の体が後ろに吹っ飛び、そしてそのまま起き上がってくることはなかった。どうやら気を失ったようだ。

「なんとか...なったな」

勝利を脳が認識した途端、僕の体はその場にへたり込んだ。

「小鳥遊くん______。なかなか面白い自己中だよ、彼も」

「お前はずっと呑気だな、上方」

上方に突っ込みを入れつつ、僕は改めて小鳥遊の方へと目を向ける。

「おい小鳥遊、助かっ_____」

「シッ、不動くん」

小鳥遊への感謝が上方の言葉に遮られる。何事かと彼女に文句を言おうとしたが、すぐに僕はその言葉の真意を知った。

「無茶しすぎよ! もしかしたら死んじゃってたのかもしれないのよ!?」

「お前なぁ。ありがとうくらい_____いや、まぁいいか」

教室の入り口の方から二人の会話が聞こえてくる。

「お嬢が無事だったならそれでいい。ほんと、無事で何よりだ」

「~~~ッ!! ...ま、みんな無事だし結果オーライよね。ほんとありがとね、小鳥遊」

わずかに頬を染めるお嬢と、彼女の頭を優しく撫でる小鳥遊。

そんな二人の間に誰が割って入れるというのか。

「上方。お前、意外と空気読めるんだな」

「流石にあれは邪魔しちゃ悪いだろうからねぇ。いくら私でも茶化したりなんてできないさ」

「言えてるな」

それは血生臭い戦闘の後には似合わない、何とも微笑ましい光景だった。生温かい視線に気付いたお嬢が慌ててこちらに駆け寄ってくるまで、僕たちはその光景を静かに眺めていた。















































「それで、一体これからどうするのよ」

「くっくっく。先ほどまであんなにデレデレとしていたのに切り替えが早いな、お嬢さんも」

「上方、お前はなぜここでは空気を読まないんだ。あ~ほらお嬢が般若の形相だ」

炎上男を無事打倒した(あの後彼の体は縛って校庭の倉庫に押し込んだ)僕たちは、これからの予定を立てている最中だった。

「おいおいお嬢落ち着けって」

「元はと言えばアンタが原因_____でしょうが...」

言葉が尻すぼみになっていくお嬢。小鳥遊と一緒にいる時の彼女は非常に失言が多いため見ていて飽きない。

「俺が? どういうことだ?」

さらに面白いのは、お嬢がどれだけ失言をしても小鳥遊がお嬢からの好意に気付くことはないということだ。______いや、これは彼女からすればまったく面白いことではないか。

もはやお嬢に残された手段はストレートに告白することだけなのだが、どっちかと言えばツンデレ寄りの彼女に無論そんなことできるはずもなく...。

「まぁまぁお嬢さん...くく...落ち着いて...ふふふ...みんなで考えようじゃないか...ふひひ」

とまぁ、上方にこんな笑い方をさせるくらい面白い状況ではある。

「そうだ、三人よれば文殊の知恵だ。そしてここには四人いる。この世界_____イセカイの謎もきっと解けるさ」

とは言えこのままでは埒が明かないので、僕が無理やり話を本筋に戻す。お嬢への助け舟だ。

「そ、そういえば!やっぱり上方さんって不動の彼女なんじゃないの!?」

「こ、コイツ! 助け舟を沈めるどころか血迷って攻撃してきやがった!!」

恐らく動揺して助け舟に気付かなかったのか、お嬢が突然矛先を僕に向ける。

(上方を含めた)視線が集まるのを感じ、僕は慌てて言葉を紡ぐ。

「何度でも言うけど、上方とはそういう関係じゃない!」

「で、でも一緒に登校してきたって」

「偶然だ!!たまたま会っただけ!」

「不動も意外と照れ屋だな。俺は見たぞ。マンションからお前らが二人で出てくるところをな」

「小鳥遊てめぇ!どこで見てやがった!」

「不動くん...私とは遊びだったのかい...?」

「ええい話をややこしくするな上方! 確かに顔はタイプと言ってもいいが、所詮顔だけ! 僕の彼女には相応しくない!!」

「顔はタイプ...ほう」

「何ちょっと照れてんだよ!いつもみたいに軽く受け流せよそこは!!」

いかん、このままではツッコミ死する!お嬢が動揺してボケに回っている今、僕だけじゃ捌ききれない!

「と、とりあえず学校から出ない? 校庭とはいえここじゃ相談しづらいだろ?」

「そうだな、もっと静かなところがいい。不動の恋の相談にも乗ってやらないといけないしな」

「そうそう、例えばおしゃれなカフェとか______って違う!! 決して今相談すべきなのは恋の悩みではない!!」

恋の悩みなどないと言えば嘘になるが、絶対に今ではない。というかそもそもコイツらに恋の悩みを相談したくない。

「はぁ...何もしてないのにどっと疲れたよ。まぁ、とりあえずは僕の家でいいか」

イセカイに関して相談したいことなら山ほどある。先ほど学校で火災の放送をした謎の自己中も気になるし。...どうでもいいけど、他の生徒を逃すために放送を行った人物を自己中呼ばわりするのは何とも微妙な気分だ。

こうして、僕は半ば強引にみんなを納得させ、半ば強制的にみんなを自宅へと招待したのだった。










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