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第2章 完全自己中、2年D組

第10話 『炎上系自己中』

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「はぁッ、はぁッ!」

僕たちは急いで階段を駆け上がる。途中、何人かの生徒_____3階は1年生の教室なので、1年生か_____とすれ違った。大方、火元から逃げているところなのだろうが...。

「なんか、数が、少なくないか!?」

「言ったはずだよ不動くん。日常を繰り返すだけの存在だ、非日常には対応できない」

涼しい顔で階段を登っていく上方。運動不足の僕とは比べ物にならないくらい綺麗なフォームだ。

「え...じゃあさっきの放送は...」

お嬢が困惑の声をあげる。

そう、火災を認識できるのは自己中だけなのだから、つまり______。

「今、ここにいるみたいだな。僕たち以外にも自己中が」

「話は後だ、2人とも。目の前の敵に集中しようじゃないか」

上方に促され、前を向く。

そこには、勢いよく燃え上がる1-Aの教室があった。まだ生徒が何名か残っているのが見える。

「おい、これ不味くねぇか!?」

「さっきの放送のおかげで大多数が避難しているのは助かるね」

冷静に答える上方。こいつの冷静さが今はありがたいが、それは置いといて僕はドアを勢いよく開ける。

「熱ッ!!」

教室内は物凄い熱気に包まれていた。まるでサウナだ。

「早く逃げて!!早く!!」

僕たちの突然の来訪に戸惑う生徒たちを外に逃し(やはりこの炎を認識できていないようだ)、改めて教室内を見渡す。

「ってあれ!? お嬢は?」

「外に避難中だよ」

ドアに目を向けると、上方の言う通りお嬢は教室の外に立っていた。

「お嬢、どうしたの?」

「どうしたの...って無理でしょこんな所に入るの! 逆にアンタたちなんで平気なのよ!!」

心なしか顔が赤い。お嬢は暑いのが苦手なのだろうか。確かにこの空間は暑いけど、耐えられないほどではないと思う。

「俺の炎に耐えるとはやるなぁ、お前ら何もんだ?」

突然、あらぬ方向から声がした。

見れば、ボロボロに崩れ、倒れたロッカーの後ろに人影がある。

「アンタかよ、この炎の元凶は」

「ザッツライ」

耳に障るカタカナ英語と共に、制服姿の男が姿を現した。

 ...僕たちと同じ、高校生か_____?

男がパチン、と指を鳴らすとまるでライターのように指先に火が灯った。

「見ての通り、俺は炎の能力者だ。見たところお前らも能力者だろ?」

 能力、か。

この世界のことをちゃんと分かっている人間は想像以上に少なそうだ(上方の推測が当たっているかどうかもまだ分からないが)。

「何故学校に放火した?」

疑問を投げかけると、男はへらへらと笑って、

「あん? に決まってんだろ。ここ現実世界じゃないし、何やってもお咎め無しだし」

「_____馬鹿が」

今になって、だんまりを決め込んでいた上方が吐き捨てる。珍しく苛立っているように見えるが...。

そんな上方に気づいているのかいないのか、男は軽薄な笑みを浮かべたまま言葉を並べ立てる。

「この力があれば何でもできるんだよ! 今まで俺を馬鹿にしてた連中も、この力で見返してやるんだ。奪って、犯して、殺してやる_____」

「そいつぁ、流石の僕も見逃せないなぁ」

この男を世に放てば大変なことになるなんて、この僕でも分かる。

「だったらどうする。俺の炎の餌食になるか!?」

再びパチン、と指を鳴らす音。

するとほぼ同時に、サッカーボールくらいの大きさの火球がこちらに向かって飛んできた。

「うわっ!」

ほぼ倒れ込むように転がって避ける。何とも惨めだが、直撃するよりは百倍マシだ!

「というか上方、お前ちょっとは手伝えよ!」

「君のエゴイスティック・シンドロームを明らかにするために来たんだぞ。あの男は君が片付けろ」

コイツ...この期に及んで仁王立ちを...!!

さらに、テコでも動こうとしない上方に苛立ったのか、男の額に青筋が浮き出る。

「舐めやがって...!!!」

「危ない!!!」

お嬢の悲鳴にも近い警告が聞こえた瞬間、僕は思わず上方を突き飛ばしていた。

「なっ...! 不動くん!?」

刹那、上方のいた位置_____すなわち今僕のいる位置に向かって、青白い炎の渦が襲いかかる。

「ハッ、直撃だ!!消し炭になりやがれ!!」

「嘘______」

「勝手に殺すなよ!あっちぃ!!」

視界を遮る煙を両手で払い、僕は火炎使いの男に向かって走り出す。

「は?」

そして、唖然としている男の顔に、全力のパンチを叩き込んだ。

「がッ!!」

うめき声をあげて男がよろめく。

「上方、無事か!?」

「...私は避けなくても問題なかったんだ。まったく、不動くんも無茶をする...」

不服そうにそっぽを向く上方。

というかそうだ、上方にもエゴイスティック・シンドロームはあるのだから、わざわざ僕が庇わなくても本当に大丈夫だったのかもしれない。普通の女子高生にしか見えないから咄嗟に庇ってしまったが。

件の上方はそっぽを向いたまま、

「ま、まぁでも、礼は言っておくよ。...ありがとう」

「え!?」

嘘だろ、あの上方が礼を言うなんて!! こりゃ目が覚めたら雪でも降ってるかもしれないな。

「本当に失礼だな君は...」

上方は頬を膨らませ怒っている様子だ。だが僕は、その頬がほんのり赤くなっていることを見逃さなかった。

「なにイチャイチャしてんのよ!前見なさい!!!」

お嬢の言葉で再び現実に引き戻される。残念ながら、上方恥じらいタイムは終了のようだ。

「なんで俺の炎が、効かないんだよ!?」

男は苦悶の表情を浮かべて頬を抑える。やはりと言うべきか、喧嘩慣れしていない僕の拳ではあまりダメージを与えられていないらしい。

その代わり、こっちも致命的な傷はない。多少火傷を負った可能性はあるが、まだ動ける。

「諦めてさっさとこの学校から出てけ。お前じゃ僕は倒せねーよ」

ダメ押しのハッタリ。自分のエゴイスティック・シンドロームがどういうものなのかも分かっていない僕が吐いていいセリフではなかった。

額に滲む汗を拭う。教室内の熱気は更に酷くなってきたが、この汗はもしかしたら冷や汗かもしれない_____そのくらい、緊迫した沈黙が続いた。

「_____チッ」

永遠に続くかに思えた沈黙を破ったのは、男の舌打ちだった。

彼は苛立ちを抑えようともせず、

「今度会ったらぶっ潰してやる____」

と呟き、僕たちに背を向けた。

終わった、のか_____?

長いようで短かった戦いの終わりを実感し、一気に安堵が込み上げる。

「みんな、無事か_____」

思わず、お嬢のいる方を振り返ったその時だった。

「な~んてな!!!!」

背を向けたはずの男の声が聞こえ、刹那、火球が僕のすぐそばを横切った。



「お嬢!!!!」

ドォン!!と凄まじい爆音が空気を震わせる。お嬢がいた場所に煙が上がっていた。

「敵を信用するなって親に教わらなかったか、ボケが! テメェらは俺がここでぶっ潰さないと気が済まねぇんだよ!!」

「くそっ、この野郎!!」

後悔が雪崩のように僕を襲う。完全に油断していた。あの時振り向かなければ、お嬢への攻撃にも対応できていたはずなのに。

そんな僕の肩を上方が元気づけるように叩いた。

「不動くん、大丈夫だ」

「大丈夫って...」

大丈夫って、何が?

僕の心情を見透かしているのかいないのか、上方は続ける。

「どうやら、プリンスのご登場みたいだぜ」

「プリンス____?」

言葉の意図が読み取れず、後ろを振り向く。

煙は既に晴れ、尻餅をついているお嬢が視界に映る。

そして、彼女の前に仁王立ちしている男が1人。

「た、小鳥遊!!」

そこには、お嬢の思い人、『小鳥遊 遊』の姿があった。












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