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一章
Ⅳ
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夢の名残が、体を震わせ続ける。最悪の目覚めだった。気分も体調も、最低の部類に入る。よりにもよってあの頃が夢になってしまうとは。
つい最近まで、あの夢は現実のものだった。生きた心地がしなかった、つい数週間前までの記憶。魔法士としての義務で徴兵された、帝国と共和国のおよそ一年に渡る戦争。帰ってきた今では、あれは本当のことだったのかと疑わしいほど記憶の鮮烈さが薄れていく。
だというのに、さっきみたいな悪夢にしょっちゅううなされて、見た後は一日なにもしたくなくなる。五体満足で生きて帰ってきたというだけで儲けもので、恋人や家族が戦死して失った人たちがいるのも知っている。だが、俺は今こうして生きていることを受け入れられない。悪夢のことだけじゃない。普通の生活に、違和感を抱いている。例えば、地面や草木の上で寝るのに慣れたから、このベッドと毛布の柔らかさが不自然で仕方がない。そして街中での和気あいあいとした人々の姿。食事をしているとき。以前まではなんでもない普通の暮らしであったのに、どうにもしっくりこない。
「あ~くそ」
独りごちながら、また寝転がる。
ふにっ。
手のひらの中に、不思議な感触がした。もう一度動かすとやはりふにっとした何かがあった。気持ちがよくて、にぎにぎと何度も感触を確かめる。
柔らかくてふわふわしている。中の方は弾力があってずっとこうしていたい。それに触れていると、なぜか癒やされていく。さっきの悪夢も気分も、和らいで穏やかになっていく。
触っているうちにおおよその大きさもシルエットもなんとなく把握できた。きっと俺が全身で抱きしめられるくらいあるだろう。抱きしめてみた。顔に当たる感触が、なんともいえない。頬ずりしてみる。気持ちが良い。
しかし、これはなんなのだろう。俺の記憶にないだけでクッション的なものでもあったのだろうか。
「おはようございますご主人様」
「ああ、おはよう」
ルウのあいさつも、また気分を良くしてくれる。もう一度眠れるのではないだろうか。
「もうそろそろお目覚めになられますか?」
「いや、まだだな」
「かしこまりました。しかし、さすがに私の尻尾をそのように扱われますと、こそばゆくてくすぐったいのですが」
そうか。これはルウの尻尾なのか。だからこんなに気持ちが良いのか。さすがだ。
・・・・・・・・・ん?
眼を開ける。ルウの顔がそこにあった。俺と同じようにベッドで寝ているんだろう。やはり朝でもルウのかわいさは変わらない。好き。そして、今両腕で抱きしめて、頬ずりをして、胸に寄せている、何かに視線を移す。
間違いなようがなく、ルウの尻尾だった。髪の毛と同じく金色で、大きく太い。そうか、ルウは尻尾までかわいいのか。なんて最高の触り心地でさすが――。
「ってなにがさすがだああああああああ!!!」
飛び上がってそのままベッドで飛んだまま降りる。
「朝からうるさいですね。申し訳ありません適切ではなかったです。やかましいです。これも違いますか。けたたましいですね」
「す、すまない。無意識だった」
俺は慌てて謝罪しながらベッドの上で正座となる。
「よろしいのです。ご主人様のなさりたいようになさって。ご主人様の手触りと鼻息と呼気で、全身に悪寒が走りますが、大丈夫です」
「どこが大丈夫なんだ!」
逆に好きな子にそんな我慢を強いる俺が大丈夫じゃねぇよ!
「私は耐えられる子ですので」
「無理して耐えてもらっても嬉しくねぇよ!」
ルウにそんな気持ちを抱かれているという事実に俺が耐えられねぇよ!
ふと、窓から陽光が。もう朝らしい。懐中時計を取って時間を確認すると、朝食には早いころ。今日は休日だから、仕事もなくてゆっくりしていられる。
促して、朝食にした。ルウが我が家にいるというのが慣れないから、口数が少なくなって静かに食べ進めている。けど、なかなか進まない。理由はルウがかわいすぎるから。もっというなら好きすぎるから、食べているだけの姿に見とれて手がとまってしまう。
会話がなくて嫌だったから、仕事の話をした。俺が勤めている研究所の主な役割。研究している過去の魔法士達の解析、解読。現代での応用。新たな発見や理論。俺的には自分の研究に役立つし、魔法が好きだから楽しく話せていた。
「研究所。成程。ご主人様は御立派なお仕事をされているのですね」
「それほどもない」
「それだけでなく、あれほど強い魔法を扱え、戦えるのですね。尊敬いたします」
「別にそれほどのことじゃないから、褒めるな。照れる」
「お世辞です」
「・・・・・・そうか」
それからもテンション高めで話を続けるけど、ルウの反応は薄くてむなしさが強くなっていく。
「ご主人様、今日のご予定などはございますか?」
「ん~? あ~。特にないなぁ」
朝食後、改めて室内を案内して少し椅子に座ってゆったりしていた。休日だし、なにもすることがない。だからこのまま二人で穏やかに過ごしていたいのが本音だ。
いや、ちょっと待てよ? よくよく考えれば生活に必要なものは一人分しかなかったじゃないか。ルウの分の食器や布団。本当は一組でも俺は十分(嬉しい)だけど、さすがにこの子はつらいだろう。
「いろいろ買わなきゃいけない物があるから、出掛けようか。ルウに街を案内したいし」
「かしこまりました」
振り返って尻尾がフリフリしている仕草にキュン、としたあと重大な事実に気付く。
これ、デートってやつじゃね?
つい最近まで、あの夢は現実のものだった。生きた心地がしなかった、つい数週間前までの記憶。魔法士としての義務で徴兵された、帝国と共和国のおよそ一年に渡る戦争。帰ってきた今では、あれは本当のことだったのかと疑わしいほど記憶の鮮烈さが薄れていく。
だというのに、さっきみたいな悪夢にしょっちゅううなされて、見た後は一日なにもしたくなくなる。五体満足で生きて帰ってきたというだけで儲けもので、恋人や家族が戦死して失った人たちがいるのも知っている。だが、俺は今こうして生きていることを受け入れられない。悪夢のことだけじゃない。普通の生活に、違和感を抱いている。例えば、地面や草木の上で寝るのに慣れたから、このベッドと毛布の柔らかさが不自然で仕方がない。そして街中での和気あいあいとした人々の姿。食事をしているとき。以前まではなんでもない普通の暮らしであったのに、どうにもしっくりこない。
「あ~くそ」
独りごちながら、また寝転がる。
ふにっ。
手のひらの中に、不思議な感触がした。もう一度動かすとやはりふにっとした何かがあった。気持ちがよくて、にぎにぎと何度も感触を確かめる。
柔らかくてふわふわしている。中の方は弾力があってずっとこうしていたい。それに触れていると、なぜか癒やされていく。さっきの悪夢も気分も、和らいで穏やかになっていく。
触っているうちにおおよその大きさもシルエットもなんとなく把握できた。きっと俺が全身で抱きしめられるくらいあるだろう。抱きしめてみた。顔に当たる感触が、なんともいえない。頬ずりしてみる。気持ちが良い。
しかし、これはなんなのだろう。俺の記憶にないだけでクッション的なものでもあったのだろうか。
「おはようございますご主人様」
「ああ、おはよう」
ルウのあいさつも、また気分を良くしてくれる。もう一度眠れるのではないだろうか。
「もうそろそろお目覚めになられますか?」
「いや、まだだな」
「かしこまりました。しかし、さすがに私の尻尾をそのように扱われますと、こそばゆくてくすぐったいのですが」
そうか。これはルウの尻尾なのか。だからこんなに気持ちが良いのか。さすがだ。
・・・・・・・・・ん?
眼を開ける。ルウの顔がそこにあった。俺と同じようにベッドで寝ているんだろう。やはり朝でもルウのかわいさは変わらない。好き。そして、今両腕で抱きしめて、頬ずりをして、胸に寄せている、何かに視線を移す。
間違いなようがなく、ルウの尻尾だった。髪の毛と同じく金色で、大きく太い。そうか、ルウは尻尾までかわいいのか。なんて最高の触り心地でさすが――。
「ってなにがさすがだああああああああ!!!」
飛び上がってそのままベッドで飛んだまま降りる。
「朝からうるさいですね。申し訳ありません適切ではなかったです。やかましいです。これも違いますか。けたたましいですね」
「す、すまない。無意識だった」
俺は慌てて謝罪しながらベッドの上で正座となる。
「よろしいのです。ご主人様のなさりたいようになさって。ご主人様の手触りと鼻息と呼気で、全身に悪寒が走りますが、大丈夫です」
「どこが大丈夫なんだ!」
逆に好きな子にそんな我慢を強いる俺が大丈夫じゃねぇよ!
「私は耐えられる子ですので」
「無理して耐えてもらっても嬉しくねぇよ!」
ルウにそんな気持ちを抱かれているという事実に俺が耐えられねぇよ!
ふと、窓から陽光が。もう朝らしい。懐中時計を取って時間を確認すると、朝食には早いころ。今日は休日だから、仕事もなくてゆっくりしていられる。
促して、朝食にした。ルウが我が家にいるというのが慣れないから、口数が少なくなって静かに食べ進めている。けど、なかなか進まない。理由はルウがかわいすぎるから。もっというなら好きすぎるから、食べているだけの姿に見とれて手がとまってしまう。
会話がなくて嫌だったから、仕事の話をした。俺が勤めている研究所の主な役割。研究している過去の魔法士達の解析、解読。現代での応用。新たな発見や理論。俺的には自分の研究に役立つし、魔法が好きだから楽しく話せていた。
「研究所。成程。ご主人様は御立派なお仕事をされているのですね」
「それほどもない」
「それだけでなく、あれほど強い魔法を扱え、戦えるのですね。尊敬いたします」
「別にそれほどのことじゃないから、褒めるな。照れる」
「お世辞です」
「・・・・・・そうか」
それからもテンション高めで話を続けるけど、ルウの反応は薄くてむなしさが強くなっていく。
「ご主人様、今日のご予定などはございますか?」
「ん~? あ~。特にないなぁ」
朝食後、改めて室内を案内して少し椅子に座ってゆったりしていた。休日だし、なにもすることがない。だからこのまま二人で穏やかに過ごしていたいのが本音だ。
いや、ちょっと待てよ? よくよく考えれば生活に必要なものは一人分しかなかったじゃないか。ルウの分の食器や布団。本当は一組でも俺は十分(嬉しい)だけど、さすがにこの子はつらいだろう。
「いろいろ買わなきゃいけない物があるから、出掛けようか。ルウに街を案内したいし」
「かしこまりました」
振り返って尻尾がフリフリしている仕草にキュン、としたあと重大な事実に気付く。
これ、デートってやつじゃね?
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