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一章
Ⅴ
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デートとは、異性同士が買い物や遊びに行くこと。恋人、夫婦、友人、お互いを意識している者同士がデートしてながらキャッキャウフフしていたのは、昔からよく見かけていた。けど、別にうらやましくなかった。恋にうつつを抜かすより、魔道士になる夢が大事だった。
「ここはいろいろな種類の食器が売ってある。種類も豊富だし、使いたいものを選んだらいい。お、これなんてよくないか?」
そんな俺がまさか好きな子とデートする日がくるとは。普通を装っているけど、内心緊張している。手は汗まみれだし、声も震えさせないようにするのが精一杯。笑えてるか? 変だと思われてないか?
「ではこれで」
ルウはさっき勧めた食器ではなく、別のを選んだ。
「私は奴隷ですので、好みなんてどうでもよいのです。一番安いこれで結構でございます」
いろいろな店を巡ってきたけど、ルウは毎回必ずこう答えるので、不安になってしまう。遠慮しているんじゃないかって。
「本当にいいのか、これで?」
ルウは黙ってうなずいた。そうしたら無理強いできず、買うしかなくなる。街のいたるところを案内しても、反応が薄かった。会話も続かない。というよりテンションが低い。正直、せっかくのデートなのにこれでは少し・・・・・・。ルウは楽しくないんだろうか? どうでもいいんだろうか?
だいたい必要なものは購入して、最後に俺の買い物。歩いているときも昨夜と同じく並行することはない。会話もない。甘酸っぱさとかイチャイチャとか期待していた。これをきっかけに距離を縮めようと努力もした。けど、途中からこれデートじゃなくね? と心中何度も悩んだ。
「やぁ、ユーグの旦那。お久しぶりですね」
なじみ深い店に来て、懐かしい店員と会ったときはほっとした。豚に似た小太りなオークの青年は、懐かしくも以前と同じように話しかけてくれた。
「やぁ、マット。儲かってるか?」
苦笑して明言しないから、なんとなく察してしまう。このマットは出稼ぎで帝都に来ている。普段仕入れや交渉で忙しい店主に代わって店を任されているから信用されているし、仕事もできるんだろう。将来は自分の店を持つことを目標にしているらしい。
「かれこれ何年ぶりですかねぇ。近頃はとんと魔法士の方たちも来てくれないんで、店主も困ってまさぁ」
「そんなに来ないのか?」
「まぁ、扱っている商品が商品ですからね。旦那みたいに魔道士(予定)も、魔道士の人がそもそも少ないし。普通の人は素材なんて買いませんから、個人で素材を求めるなんて物好きが希少なんですよ。戦争で物価は上がってたし、それに流通自体も悪くなってましたから。安心したんですよ。戦争しているときは早く終わってくれって願ってましたけど、終わって流通も物価も安定してきたってのにねぇ」
「大変だな。というか魔道士(予定)って、客に失礼すぎるだろ。いい加減怒るぞ」
「だったら早く(予定)を外せるようになってくださいよ」
そんな態度も、なんとなく許せてしまう。付き合いが長いというのもあるけど、店内にある商品はどれも魅力的だし、なにより独特の店内の匂いも、落ち着くのもあった。ちなみに魔道士(予定)というのは、いつの間にか呼ばれるようになったあだ名みたいなもので、
「おや? そっちにいるのは誰ですかい?」
目敏く気づいたマットに、ルウを紹介する。マットは奴隷ということに目を丸くして、俺たちを交互に観察する。
「へぇ。奴隷かい。そいつぁ難儀だねぇ」
それだけぼやくと会話を終わったので、俺は素材の吟味に移った。
「これは、すべて同じに見えますが違いはあるのですか?」
「全然違うぞ!? どれを選ぶかによって作ったものの効果が変わってしまうし失敗してしまうことだってあるんだ!」
「は、はぁ」
「例えばこのマンドラゴラは普段使っている薬草よりも、少し効果が強力なんだ。その分毒性が強くて処理がめんどうだし高価。普段は鎮痛剤として使われるけど、鼠の肝と混ぜることで熱冷ましの薬にもなる!」
「はぁ」
「この霊木は素材自体が魔力を帯びている。魔導書や簡単な魔導具を作るのに向いているが、すぐ駄目になりやすい。だからこっちのクスノキは値段高くて丈夫だし長持ちする。この魔石は新しい魔法を作るときの必需品だ! ほら、微妙に色が違うだろう? 魔力をどれだけ帯びているか色によって変わるんだ! そうそう、魔法といえば――」
ついテンションが上がってしまって、ルウにしゃべり続ける。自分の好きなことを好きな人に知ってもらいたいって熱がとまらない。けどルウは対照的に冷めている。
「申し訳ありません。外でお待ちしていていいでしょうか」
興味がなかったからか、そう尋ねてきた。俺は今更ながら無理をさせていたと恥ずかしくなって、首肯した。
「旦那、女の子の扱い方が下手ですね」
会計のときに、マットがにやつきながら言ってきた。
「女の子ってのは、専門分野、特に男の趣味とか好きなことってのにあまり関心持たないんですよ」
「そうなのか?」
「それに、こういうところってのも色気がなくていけません。あの子をものにしたいなら、もっと女の子受けのいいところに連れてったほうがいいですぜ」
「ものにしたいって・・・・・・」
「だって旦那、あの子にほれてるんでしょ?」
「っ!?」
なんでそれを!? と激しく動揺して買ったものをばらまきそうになった。
「顔に書いてあるし、それにあの子への態度とか話し方とか見て気づかないほうがおかしいでさぁ」
・・・・・・そんなにわかりやすい? もしかして、ルウも?
「それにしても、ウェアウルフですかい。生まれはどこなんですか?」
「南のほうらしい」
「じゃあだいぶ遠くから来たんですねぇ。多分ですけど、戦争で奴隷にされたんでしょう? まぁ命があればいいってわけじゃないですけど、できるだけ優しくしてやってくださいよ。たまに酷い扱いを受けてる奴隷ってかわいそうじゃないですか。主のほうも、人としての品性ってんですか? 性格ですか? そういうのがさらけだされてて。見ていて嫌な気分になりません?」
「・・・・・・たしかにな」
「まぁユーグの旦那はそんな人じゃないって信じたいですけど、あの子に、この人に買われてよかったっておもわれるような主になってくださいよ。ただでさえ好きな子を奴隷にしちまったんですから」
? 最後の言葉が引っかかるが首肯して、店を後にした。雨が振りだしたらしく、外で待っていたルウはずぶ濡れだった。
「屋根があるところで待ってたらよかったじゃないか。風邪ひくぞ」
「問題ございません。ウェアウルフは風邪をひきません」
嘘つけ。とりあえず手ぬぐいで拭いていこうとしたが、ルウに触れてしまうのが恥ずかしくて、手渡しして促した。不思議そうに手ぬぐいを見つめていたルウは、おずおずと受け取って躊躇いながら体を拭いていく。
「私は、雨なんてどうでもよいのです。体が濡れようとどうなろうと。主が奴隷に対してこのようなことを施すのが、当たり前なのでしょうか? 逆ではないでしょうか?」
「・・・・・・他なんて知らん。俺が嫌なだけだ」
ルウは元々こうなのだろうか? 自分のことなのに興味がなさそうというか、執着がないというか。おざなりすぎる。
「ありがとうございます」
声が小さく、おもわず聞き逃すところだった。照れくさくて、返事はしなかった。ようやく拭き終わったところで、雨がやんだ。どうやら通り雨だったらしい。
「ちょうどいい時間だし、食事に行こう」
提案してみたが、ルウはテンションが低いまま、若干悪化しているような気さえする。それからなんとか勇気を振り絞って、会話を試みる。けど、あいあいにはならない。いつしか、諦めて語りかけることをやめてしまった。
やっていけるんだろうか? この子と一緒に暮らして。
「平和ですね」
呟くような小声と突然だったことで急に反応できなかった。ルウは眺めていた。街の人。行き交う人たち。噴水前ではしゃぐ子供たち。竜車を操る御者と談笑するパン屋。時折喧けんかやもめをおこしてもいるが、皆笑顔で、たしかにこの風景は平和そのものを象徴している。
「つい少し前まで戦争があったなんて、うそみたいだな」
本当ならこの風景に、俺も混じっていた。何気ない毎日、いつもどおりの街の一部として。平和を生きる帝都の住民として。かぎりなく尊いことなんて意識すらしないで日々を暮らしていた。
けど、今はそんな風景に違和感を抱いている。
まるで街に越してきたばかり。もっというなら違う世界からやってきた心境が近い。戦場での暮らしが長かったからだろうか、とにかく慣れない。馬車が走る度に石畳をたたく音、子供の泣き声、笑い声。笑顔。どれもついぞなかったものばかりだ。
「それもありますが、人がたくさんいます」
「そりゃあ街だからな」
「私の村の人口何倍でしょうか。こうして見える人たちだけでも、村人の数をこえています。なにゆえこれほど人がいるのでしょうか。今日はお祭りですか?」
「いつもこんな風だし、皆この街に暮らしているやつらだよ。いろいろ金がいい仕事とかあるし物とか集まるからだろうな」
「そうですか。これほど人が多いところは初めてなので、少々酔いました」
「酔ったって? 人混みにか?」
ふるふると首を振って否定され、不思議になる。
「匂いにです。村とこの街の匂いは、すごく違います」
「そんなに違うのか?」
「はい。空気も生活臭も人々の発する体臭も。いろいろ雑多で混ざり合っていて、今まで嗅いだことがない匂いです」
それがテンションが低くてて楽しそうじゃなかった理由なのか。今までの環境と違いすぎて、不安になっているんだろうか。俺は、自分のことしか頭になくて、好きになった子を気にかける余裕がなかった。
・・・・・・なに勝手に不安がってたんだ、俺。
「これから行く料理屋な。けっこう美味しいんだ」
少しでもルウを元気つけたくて、そう提案した。けど、変わらないままみたいだ。食べ物でつろうってのが浅はかなんだろうけど。それでも、話を続ける。
「中でも肉料理は種類が多くて量も――」
「お肉ですかっ」
会話にかぶせる勢いで、くい気味になって尋ねてきた。・・・・・・なんかさっきより声が弾んでいる?
「どんなお肉がありますか。豚ですか。牛ですか。鳥ですか」
「それと、あとはワイバーンの肉とかもあるけど・・・・・・」
「ワイバーンですかっ、そうですかっ」
ブンブンブンブン。尻尾が激しく振られているのから察するに、喜んでいる? 楽しみにしている? 俺と二人でデートするよりもテンションが上がっている・・・・・・? なんだろう、この敗北感。
「ご主人様、どうかされたのですか?」
気遣ってくれるのは嬉しいけど、つらい。これからのルウとの生活、大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫にしなければ。俺自身の力で、ルウと仲良くならなければ。
して必ず相思相愛になってみせる!
「よぉし、やるぞ! 俺は!」
「やかましいです平気なのでしたらお早くお進みください」
「あ、うん」
「ただでさえご主人様は・・・・・・いえ失礼しました」
「なにが!? ただでさえなに!?」
「この先はご主人様の生死に関わることなので」
「逆に不安になるわ! どういうことだ! 駄目なところか!? 嫌なところか!? 教えてくれないと生死に関わるんだろ?!」
「ご安心ください。直接生死に直結することではございません。具体的にはご主人様のメンタル、羞恥心プライド。それに属する問題でございます」
「安心できるかぁ!」
・・・・・・本当、やっていけるんだろうか、俺。
「ここはいろいろな種類の食器が売ってある。種類も豊富だし、使いたいものを選んだらいい。お、これなんてよくないか?」
そんな俺がまさか好きな子とデートする日がくるとは。普通を装っているけど、内心緊張している。手は汗まみれだし、声も震えさせないようにするのが精一杯。笑えてるか? 変だと思われてないか?
「ではこれで」
ルウはさっき勧めた食器ではなく、別のを選んだ。
「私は奴隷ですので、好みなんてどうでもよいのです。一番安いこれで結構でございます」
いろいろな店を巡ってきたけど、ルウは毎回必ずこう答えるので、不安になってしまう。遠慮しているんじゃないかって。
「本当にいいのか、これで?」
ルウは黙ってうなずいた。そうしたら無理強いできず、買うしかなくなる。街のいたるところを案内しても、反応が薄かった。会話も続かない。というよりテンションが低い。正直、せっかくのデートなのにこれでは少し・・・・・・。ルウは楽しくないんだろうか? どうでもいいんだろうか?
だいたい必要なものは購入して、最後に俺の買い物。歩いているときも昨夜と同じく並行することはない。会話もない。甘酸っぱさとかイチャイチャとか期待していた。これをきっかけに距離を縮めようと努力もした。けど、途中からこれデートじゃなくね? と心中何度も悩んだ。
「やぁ、ユーグの旦那。お久しぶりですね」
なじみ深い店に来て、懐かしい店員と会ったときはほっとした。豚に似た小太りなオークの青年は、懐かしくも以前と同じように話しかけてくれた。
「やぁ、マット。儲かってるか?」
苦笑して明言しないから、なんとなく察してしまう。このマットは出稼ぎで帝都に来ている。普段仕入れや交渉で忙しい店主に代わって店を任されているから信用されているし、仕事もできるんだろう。将来は自分の店を持つことを目標にしているらしい。
「かれこれ何年ぶりですかねぇ。近頃はとんと魔法士の方たちも来てくれないんで、店主も困ってまさぁ」
「そんなに来ないのか?」
「まぁ、扱っている商品が商品ですからね。旦那みたいに魔道士(予定)も、魔道士の人がそもそも少ないし。普通の人は素材なんて買いませんから、個人で素材を求めるなんて物好きが希少なんですよ。戦争で物価は上がってたし、それに流通自体も悪くなってましたから。安心したんですよ。戦争しているときは早く終わってくれって願ってましたけど、終わって流通も物価も安定してきたってのにねぇ」
「大変だな。というか魔道士(予定)って、客に失礼すぎるだろ。いい加減怒るぞ」
「だったら早く(予定)を外せるようになってくださいよ」
そんな態度も、なんとなく許せてしまう。付き合いが長いというのもあるけど、店内にある商品はどれも魅力的だし、なにより独特の店内の匂いも、落ち着くのもあった。ちなみに魔道士(予定)というのは、いつの間にか呼ばれるようになったあだ名みたいなもので、
「おや? そっちにいるのは誰ですかい?」
目敏く気づいたマットに、ルウを紹介する。マットは奴隷ということに目を丸くして、俺たちを交互に観察する。
「へぇ。奴隷かい。そいつぁ難儀だねぇ」
それだけぼやくと会話を終わったので、俺は素材の吟味に移った。
「これは、すべて同じに見えますが違いはあるのですか?」
「全然違うぞ!? どれを選ぶかによって作ったものの効果が変わってしまうし失敗してしまうことだってあるんだ!」
「は、はぁ」
「例えばこのマンドラゴラは普段使っている薬草よりも、少し効果が強力なんだ。その分毒性が強くて処理がめんどうだし高価。普段は鎮痛剤として使われるけど、鼠の肝と混ぜることで熱冷ましの薬にもなる!」
「はぁ」
「この霊木は素材自体が魔力を帯びている。魔導書や簡単な魔導具を作るのに向いているが、すぐ駄目になりやすい。だからこっちのクスノキは値段高くて丈夫だし長持ちする。この魔石は新しい魔法を作るときの必需品だ! ほら、微妙に色が違うだろう? 魔力をどれだけ帯びているか色によって変わるんだ! そうそう、魔法といえば――」
ついテンションが上がってしまって、ルウにしゃべり続ける。自分の好きなことを好きな人に知ってもらいたいって熱がとまらない。けどルウは対照的に冷めている。
「申し訳ありません。外でお待ちしていていいでしょうか」
興味がなかったからか、そう尋ねてきた。俺は今更ながら無理をさせていたと恥ずかしくなって、首肯した。
「旦那、女の子の扱い方が下手ですね」
会計のときに、マットがにやつきながら言ってきた。
「女の子ってのは、専門分野、特に男の趣味とか好きなことってのにあまり関心持たないんですよ」
「そうなのか?」
「それに、こういうところってのも色気がなくていけません。あの子をものにしたいなら、もっと女の子受けのいいところに連れてったほうがいいですぜ」
「ものにしたいって・・・・・・」
「だって旦那、あの子にほれてるんでしょ?」
「っ!?」
なんでそれを!? と激しく動揺して買ったものをばらまきそうになった。
「顔に書いてあるし、それにあの子への態度とか話し方とか見て気づかないほうがおかしいでさぁ」
・・・・・・そんなにわかりやすい? もしかして、ルウも?
「それにしても、ウェアウルフですかい。生まれはどこなんですか?」
「南のほうらしい」
「じゃあだいぶ遠くから来たんですねぇ。多分ですけど、戦争で奴隷にされたんでしょう? まぁ命があればいいってわけじゃないですけど、できるだけ優しくしてやってくださいよ。たまに酷い扱いを受けてる奴隷ってかわいそうじゃないですか。主のほうも、人としての品性ってんですか? 性格ですか? そういうのがさらけだされてて。見ていて嫌な気分になりません?」
「・・・・・・たしかにな」
「まぁユーグの旦那はそんな人じゃないって信じたいですけど、あの子に、この人に買われてよかったっておもわれるような主になってくださいよ。ただでさえ好きな子を奴隷にしちまったんですから」
? 最後の言葉が引っかかるが首肯して、店を後にした。雨が振りだしたらしく、外で待っていたルウはずぶ濡れだった。
「屋根があるところで待ってたらよかったじゃないか。風邪ひくぞ」
「問題ございません。ウェアウルフは風邪をひきません」
嘘つけ。とりあえず手ぬぐいで拭いていこうとしたが、ルウに触れてしまうのが恥ずかしくて、手渡しして促した。不思議そうに手ぬぐいを見つめていたルウは、おずおずと受け取って躊躇いながら体を拭いていく。
「私は、雨なんてどうでもよいのです。体が濡れようとどうなろうと。主が奴隷に対してこのようなことを施すのが、当たり前なのでしょうか? 逆ではないでしょうか?」
「・・・・・・他なんて知らん。俺が嫌なだけだ」
ルウは元々こうなのだろうか? 自分のことなのに興味がなさそうというか、執着がないというか。おざなりすぎる。
「ありがとうございます」
声が小さく、おもわず聞き逃すところだった。照れくさくて、返事はしなかった。ようやく拭き終わったところで、雨がやんだ。どうやら通り雨だったらしい。
「ちょうどいい時間だし、食事に行こう」
提案してみたが、ルウはテンションが低いまま、若干悪化しているような気さえする。それからなんとか勇気を振り絞って、会話を試みる。けど、あいあいにはならない。いつしか、諦めて語りかけることをやめてしまった。
やっていけるんだろうか? この子と一緒に暮らして。
「平和ですね」
呟くような小声と突然だったことで急に反応できなかった。ルウは眺めていた。街の人。行き交う人たち。噴水前ではしゃぐ子供たち。竜車を操る御者と談笑するパン屋。時折喧けんかやもめをおこしてもいるが、皆笑顔で、たしかにこの風景は平和そのものを象徴している。
「つい少し前まで戦争があったなんて、うそみたいだな」
本当ならこの風景に、俺も混じっていた。何気ない毎日、いつもどおりの街の一部として。平和を生きる帝都の住民として。かぎりなく尊いことなんて意識すらしないで日々を暮らしていた。
けど、今はそんな風景に違和感を抱いている。
まるで街に越してきたばかり。もっというなら違う世界からやってきた心境が近い。戦場での暮らしが長かったからだろうか、とにかく慣れない。馬車が走る度に石畳をたたく音、子供の泣き声、笑い声。笑顔。どれもついぞなかったものばかりだ。
「それもありますが、人がたくさんいます」
「そりゃあ街だからな」
「私の村の人口何倍でしょうか。こうして見える人たちだけでも、村人の数をこえています。なにゆえこれほど人がいるのでしょうか。今日はお祭りですか?」
「いつもこんな風だし、皆この街に暮らしているやつらだよ。いろいろ金がいい仕事とかあるし物とか集まるからだろうな」
「そうですか。これほど人が多いところは初めてなので、少々酔いました」
「酔ったって? 人混みにか?」
ふるふると首を振って否定され、不思議になる。
「匂いにです。村とこの街の匂いは、すごく違います」
「そんなに違うのか?」
「はい。空気も生活臭も人々の発する体臭も。いろいろ雑多で混ざり合っていて、今まで嗅いだことがない匂いです」
それがテンションが低くてて楽しそうじゃなかった理由なのか。今までの環境と違いすぎて、不安になっているんだろうか。俺は、自分のことしか頭になくて、好きになった子を気にかける余裕がなかった。
・・・・・・なに勝手に不安がってたんだ、俺。
「これから行く料理屋な。けっこう美味しいんだ」
少しでもルウを元気つけたくて、そう提案した。けど、変わらないままみたいだ。食べ物でつろうってのが浅はかなんだろうけど。それでも、話を続ける。
「中でも肉料理は種類が多くて量も――」
「お肉ですかっ」
会話にかぶせる勢いで、くい気味になって尋ねてきた。・・・・・・なんかさっきより声が弾んでいる?
「どんなお肉がありますか。豚ですか。牛ですか。鳥ですか」
「それと、あとはワイバーンの肉とかもあるけど・・・・・・」
「ワイバーンですかっ、そうですかっ」
ブンブンブンブン。尻尾が激しく振られているのから察するに、喜んでいる? 楽しみにしている? 俺と二人でデートするよりもテンションが上がっている・・・・・・? なんだろう、この敗北感。
「ご主人様、どうかされたのですか?」
気遣ってくれるのは嬉しいけど、つらい。これからのルウとの生活、大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫にしなければ。俺自身の力で、ルウと仲良くならなければ。
して必ず相思相愛になってみせる!
「よぉし、やるぞ! 俺は!」
「やかましいです平気なのでしたらお早くお進みください」
「あ、うん」
「ただでさえご主人様は・・・・・・いえ失礼しました」
「なにが!? ただでさえなに!?」
「この先はご主人様の生死に関わることなので」
「逆に不安になるわ! どういうことだ! 駄目なところか!? 嫌なところか!? 教えてくれないと生死に関わるんだろ?!」
「ご安心ください。直接生死に直結することではございません。具体的にはご主人様のメンタル、羞恥心プライド。それに属する問題でございます」
「安心できるかぁ!」
・・・・・・本当、やっていけるんだろうか、俺。
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