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五章
Ⅳ
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陽気な昼下がり、普段から手入れが行き届いている庭園は、緑豊の色がかで目が痛くなるくらい心地よい。少し冷たい風にたなびく木々と草は名が揺れる音を聞きながらとる昼食は、本当なら格別なんだろう。まるで祝い事かちょっとしたパーティーかってくらい豪勢な食事ではあるけど、俺はさほどテンションが上がっていない。ろくに味わえないまま飲み込み、商人との会話に相づちをする。
商人が開けたワインの説明を、愛想笑いしながら受取るけど、適当な感想ですませてしまう。貧乏舌だからというわけではない。当初の予定を果たせなかっただけではない。ルウが俺を恨んでいたっていう大変ショッキングな話を聞いてしまってそれどころじゃないんだ。もう帰りたい。
酒に酔ったからか、そのまま商人は庭を案内すると言いだしたのだ。植えられている木々や草、はてはそして花壇に使われている煉瓦や土にもこだわりがあるらしく、どこどこから買ってきて取り寄せた、譲ってもらったと延々と話してくれる。けどもう帰りたい。
「どうです? いい香りでしょう? 花も見事ですが、この香りが私は好きでしてねぇ」
「ええ。たしかに」
正直俺には花の香りとかは理解できない。たしかにどれも色とりどりで美しいというざっくばらんなイメージでしか語れないんだ。
「ご主人様」
ルウが遠慮がちにローブの袖ををちょいちょいと引っ張ってきた。非常にいとおしいしぐさだけど、今の俺には素直に喜べない。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの。少しなのです」
ん? と続きを促すけど、ルウは指で示した先、花壇。けど別にどこも変哲なところはない。
「匂いが変なのです。花の香りではなく、別の匂いも混じっています。その・・・・・・」
ためらっているのか、言いよどむルウに、つい眉間にしわが寄ってしまう。
「死体の匂いがするのです」
死体。さっと血の気が引いた。ルウは鼻が敏感だ。だからそれは間違いようがない事実。ここで嘘をつく理由は無いだろう。けど、どうしてこんな似つかわしくない場所に死体が?
「そうだ。あなた方に一輪プレゼントしましょう」
止めるまもなく、商人は花壇に足を踏み入れた。声を上げようとした瞬間、地面から得体のしれないものが飛びだしてきて、商人に襲いかかった。
まだ酔っていて状況を判断できていないのか、それとも倒れた拍子に頭を打ったからか、とにかく商人のリアクションはなかった。それよりも突如として現れたそれに注視してしまう。
所々肌が剥げて肉が削げ、骨が丸見えの腐敗した人の形をしたもの。到底生きているわけがない、生者からかけ離れたもの、それは紛れもなく死体。通常と違うのはそれが動いて、声にならない呻きを発しながら商人の足を引っかいてかみつきだしたことだ。
奴隷達の悲鳴。舞い散る鮮血。とっさに死体に向かって大きく跳躍する。商人と動く死体を引き離そうとしたら、腕がぐちょ、と脆くも取れてしまった。ドロドロとした腐敗した筋肉と神経と骨の断面、鳥肌がたつほどぞっとする。みみずみたいにはいずってこちらに向かってくるおぞましさと生者そっくりに動く姿は、生きている者なら必ず抱くであろう生理的嫌悪感をもたらしてくる。
死体の頭を、力任せにつかみ、そのまま魔力を流しこんで魔法を発動させる。けたたましい破裂音と紫の粉塵が巻き起こる。ともに死体の頭が吹き飛んだ。対象の内側に炎を発動させて爆発させる、『発火』。以前スラム街でも使用した、延焼することなく対象物のみを破壊できる魔法。『紫炎』を使ってしまえば庭に燃え移って被害が出る。
骨だけでなく、残っている腐った脳みそと眼球、それらに類するしぶきを浴びた顔を拭う間もなく、残った体の部位一つずつにも同じように『発火』の魔法で確実に破壊する。しかし、驚いたことに離れた死者の一部(腕とか足)はなおも可動を続けている。欠けてすでに通常の動きができなくなった口は上下の運動を繰り返し、ひびわれて崩れつつある指も芋虫みたいにこちらに這ってくる。徹底的に『発火』で跡形もなくなるほど攻撃しまくる。
それでも安心できなかった。残った細胞すらも、襲ってくるのではないかと恐怖してしまう。いつしか汗まみれで息も絶え絶えになっていた。ルウの呼びかけで、警戒しながらも商人の元へ行った。傷はどれも深いが、命に危険はない。医者にかかればすぐに治るだろう。
「シエナを呼んできてくれ、騎士団のところだ!」
ひとまず応急処置の準備をしながら、指示を出す。ルウは呆然としたえいるけど、何度目かの呼びかけに応えて頼りない足どりで駈けていく。追いかけるように奴隷が何人か走って行った。止血と簡単な手当てをしながら、想起していた。さっきまであった死体のほうに視線を。
死霊術。死者を蘇らせて操る禁じられた魔法。まぎれもなく、断言できる。今現在この世界で扱える魔法士など存在しない。いや、正確にはその死霊術を別の方法で完成させようとしているやつならいる。
「エドガー・・・・・・!」
死霊薬。エドガーの語っていたこと。復讐。関連づけないほうがどうかしている。漠然とした疑問が、半ば確信に変わるとともに憤怒が駆け巡る。偶然にしてはできすぎている。この人がエドガーの復讐の対象に含まれていたのか。それとも単なる死霊薬の実験目的か。
どちらにせよ――
「ご主人様、大丈夫ですか!?」「しっかりしてください!「うわあああん、死んじゃやだあああ!」「ど、どうすればいいでしょうか!」「ユーグ様どうかご主人様をお助けください!「ええそのとおりです! ご主人様をお助けできるならなんでもいたします!」
「っ」
許せない。こんな奴隷たちに慕われているなんの罪もない人を傷つけるなんて。幸せを享受していた人々から笑顔を奪い去るなんて。例えどんな理由があろうと、絶対に。
商人が開けたワインの説明を、愛想笑いしながら受取るけど、適当な感想ですませてしまう。貧乏舌だからというわけではない。当初の予定を果たせなかっただけではない。ルウが俺を恨んでいたっていう大変ショッキングな話を聞いてしまってそれどころじゃないんだ。もう帰りたい。
酒に酔ったからか、そのまま商人は庭を案内すると言いだしたのだ。植えられている木々や草、はてはそして花壇に使われている煉瓦や土にもこだわりがあるらしく、どこどこから買ってきて取り寄せた、譲ってもらったと延々と話してくれる。けどもう帰りたい。
「どうです? いい香りでしょう? 花も見事ですが、この香りが私は好きでしてねぇ」
「ええ。たしかに」
正直俺には花の香りとかは理解できない。たしかにどれも色とりどりで美しいというざっくばらんなイメージでしか語れないんだ。
「ご主人様」
ルウが遠慮がちにローブの袖ををちょいちょいと引っ張ってきた。非常にいとおしいしぐさだけど、今の俺には素直に喜べない。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの。少しなのです」
ん? と続きを促すけど、ルウは指で示した先、花壇。けど別にどこも変哲なところはない。
「匂いが変なのです。花の香りではなく、別の匂いも混じっています。その・・・・・・」
ためらっているのか、言いよどむルウに、つい眉間にしわが寄ってしまう。
「死体の匂いがするのです」
死体。さっと血の気が引いた。ルウは鼻が敏感だ。だからそれは間違いようがない事実。ここで嘘をつく理由は無いだろう。けど、どうしてこんな似つかわしくない場所に死体が?
「そうだ。あなた方に一輪プレゼントしましょう」
止めるまもなく、商人は花壇に足を踏み入れた。声を上げようとした瞬間、地面から得体のしれないものが飛びだしてきて、商人に襲いかかった。
まだ酔っていて状況を判断できていないのか、それとも倒れた拍子に頭を打ったからか、とにかく商人のリアクションはなかった。それよりも突如として現れたそれに注視してしまう。
所々肌が剥げて肉が削げ、骨が丸見えの腐敗した人の形をしたもの。到底生きているわけがない、生者からかけ離れたもの、それは紛れもなく死体。通常と違うのはそれが動いて、声にならない呻きを発しながら商人の足を引っかいてかみつきだしたことだ。
奴隷達の悲鳴。舞い散る鮮血。とっさに死体に向かって大きく跳躍する。商人と動く死体を引き離そうとしたら、腕がぐちょ、と脆くも取れてしまった。ドロドロとした腐敗した筋肉と神経と骨の断面、鳥肌がたつほどぞっとする。みみずみたいにはいずってこちらに向かってくるおぞましさと生者そっくりに動く姿は、生きている者なら必ず抱くであろう生理的嫌悪感をもたらしてくる。
死体の頭を、力任せにつかみ、そのまま魔力を流しこんで魔法を発動させる。けたたましい破裂音と紫の粉塵が巻き起こる。ともに死体の頭が吹き飛んだ。対象の内側に炎を発動させて爆発させる、『発火』。以前スラム街でも使用した、延焼することなく対象物のみを破壊できる魔法。『紫炎』を使ってしまえば庭に燃え移って被害が出る。
骨だけでなく、残っている腐った脳みそと眼球、それらに類するしぶきを浴びた顔を拭う間もなく、残った体の部位一つずつにも同じように『発火』の魔法で確実に破壊する。しかし、驚いたことに離れた死者の一部(腕とか足)はなおも可動を続けている。欠けてすでに通常の動きができなくなった口は上下の運動を繰り返し、ひびわれて崩れつつある指も芋虫みたいにこちらに這ってくる。徹底的に『発火』で跡形もなくなるほど攻撃しまくる。
それでも安心できなかった。残った細胞すらも、襲ってくるのではないかと恐怖してしまう。いつしか汗まみれで息も絶え絶えになっていた。ルウの呼びかけで、警戒しながらも商人の元へ行った。傷はどれも深いが、命に危険はない。医者にかかればすぐに治るだろう。
「シエナを呼んできてくれ、騎士団のところだ!」
ひとまず応急処置の準備をしながら、指示を出す。ルウは呆然としたえいるけど、何度目かの呼びかけに応えて頼りない足どりで駈けていく。追いかけるように奴隷が何人か走って行った。止血と簡単な手当てをしながら、想起していた。さっきまであった死体のほうに視線を。
死霊術。死者を蘇らせて操る禁じられた魔法。まぎれもなく、断言できる。今現在この世界で扱える魔法士など存在しない。いや、正確にはその死霊術を別の方法で完成させようとしているやつならいる。
「エドガー・・・・・・!」
死霊薬。エドガーの語っていたこと。復讐。関連づけないほうがどうかしている。漠然とした疑問が、半ば確信に変わるとともに憤怒が駆け巡る。偶然にしてはできすぎている。この人がエドガーの復讐の対象に含まれていたのか。それとも単なる死霊薬の実験目的か。
どちらにせよ――
「ご主人様、大丈夫ですか!?」「しっかりしてください!「うわあああん、死んじゃやだあああ!」「ど、どうすればいいでしょうか!」「ユーグ様どうかご主人様をお助けください!「ええそのとおりです! ご主人様をお助けできるならなんでもいたします!」
「っ」
許せない。こんな奴隷たちに慕われているなんの罪もない人を傷つけるなんて。幸せを享受していた人々から笑顔を奪い去るなんて。例えどんな理由があろうと、絶対に。
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