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五章
Ⅷ
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全身に走る痛み。まずかんじたのはそれだった。眠りに似ている意識が覚醒しつつも、なにがあったのかすぐに思いだせない。唐突過ぎる痛みに呻きながら目を開ける。ぼやけていた視界が次第に元に戻っていく。ルウの顔が真正面、それも至近距離にあった。そのせいで脳が混乱する。
・・・・・・え? なんで? どうしてルウの顔がこんなとこに? 食べちゃいたいくらい奇麗でかわいい・・・・・・。じゃなくて、これはまさか夢だろうか。もしくは幻覚か。俺の潜在的欲望が見せているのだろうか。
「おはようございます」
あ、いとおしい。それだけはわかる。。後頭部に柔らかい感触から、これは現実だと把握する。こんな素晴らしい感触が夢や幻覚で味わえるわけない。体勢から察するに膝枕されているんだろう。とてもいい。ルウの顔を眺めながら、ルウの膝を堪能できる。最高。ルウとルウのサンドイッチじゃないか。
「なんだか気持ちの悪い顔をしていますけど、覚えていらっしゃいますか? なにがあったのか」
記憶をさかのぼる。エドガーと戦闘。そして森でのこと。つい先程あったことだ。それなのに、なんでこんなことになっているのか。けど、どうでもいい。幸せすぎる。ずっとこのままでもいい。
「血を、流しすぎたのでしょう。気を失って、ご主人様は倒れられたのです」
だいぶ傷つけられたからな。視線だけで、自分の体を眺める。確かめる。痛みは若干残っているものの、所々布や包帯を巻かれている。
「シエナ様が、応急処置をなさってくださったのです。私はどうしていいかわからず。シエナ様がいてくださって、よかったです。本当に」
「あいつは? どうなった? 森は?」
「ご主人様が倒れられたあと、シエナ様は半日戦い続けられました。私とご主人様を守って。そして、まどっろこしい、と叫ばれまして、森全体をれんきん? というもので金属に変えて・・・・・・とにかく覆ってしまったのです」
「・・・・・・・・・」
単純明快。かつ大胆。俺がシエナに指示しようとしたことを見事にやってくれていた。魔法薬は地面から影響を与えていた。なら、その地面を錬金で全部金属に変えてしまえれば死者たちも植物と動物も、魔法薬の影響を絶って、無効化できるんじゃないか。確証があるわけじゃなかった。
けど、結果は大成功らしい。しかし、半日戦い続けて、それだけのことができる魔力があるなんて、もう・・・・・・。シエナの魔力は化け物じみている。
「全部あいつ一人でいいんじゃないかな・・・・・・」
「それから数時間後、森を元に戻して安全をたしかめた後、シエナ様は白目になって倒れました。駆けつけた騎士様達に運ばれて、私たちは今森の外です」
数時間後ってことは効果時間が短いな。それもまだ未完成ゆえか。
「なんだったら膝枕をしていてやれ。君がそうしたらユーグは喜ぶと最後にシエナ様は仰っていましたが、どういうことでしょうか?」
「・・・・・・・・・さぁな」
余計な気を回しやがって。グッジョブだ。今度おごろう。
「そもそも、あいつはなんでここに来たんだろうな」
「この森に、怪しい人物が出入りしているという報告があったそうです。それで、あの人かもしれないから調べにきたと」
運がよかった。もう少しその情報が入ってくるのが遅かったら、俺もルウも今頃は・・・・・・。最悪な事態を想像して、背筋が寒くなる。
「あのときの動物の魔法は、新しく作られた魔法なのでしょう?」
「ああ。そうだ。よくわかったな」
「なんとなくです。シエナ様と死者とは違っていたような気がして。今までの魔法と違うのでしょうか?」
「目のつけどころがいいなっ」
おもわず起き上がりそうになる
ほどテンションが急上昇した。そのせいで全身の傷が悲鳴をあげる。それでも嬉しさを我慢できず、魔法の解説をする。
「形だけなら、どんな魔法でも動物の形をさせて動かすことができる。それを操ることも。シエナのゴーレムも同様だ。けど、そうすると魔法の制御と指示に意識をとられる。万が一魔法士自身に危険が及んだときの対処が遅れる。だから、『炎獣』にはある程度の基礎となる指示、俺の意志を込めながら発動する。エドガーを探して見つけたら追い続けて攻撃し続けろとか。そうすれば発動以降は俺が操作しなくても自立で行動する。魔法士本人が操らなくてもいい完全自立行動する魔法なんだっ」
結果は上々。何体か発動すれば探索・攻撃の範囲が広がるだろう。けど、デメリットがある。一つは俺と距離ができすぎる、少しの時間で消えてしまうということだ。
「まだまだ改善しなきゃいけないな・・・・・・とはいえまだできたばかりだし、それに新しい魔法も創りたいし」
そのまま新しい魔法について説明しようとしたとき、傷が微妙に痛んだ。どうやら顔にも傷ができたようで、痛んだ箇所を手で擦る。
「?」
違和感がした。本来あるべきところにはなにもなく、懐かしいザラッとした痕を触ったときの。嘘だ、と半ば笑いながら顔をべたべたと触りまくり、途中で焦って、最後には恐怖する。
心臓が早鐘のように。背筋が凍りついていく。サー・・・・・・ッと血の気が失われていく。しかし、やはり間違いない。布がない。普段顔を隠すために巻かれている、布が。
つまり、顔の傷痕を、見られている。好きな子に。
「ご主人様?」
「あ、ぅ、」
ルウに、顔を見られている?この、傷を?自分の失敗、愚かさの象徴であるこの傷を――。
「うわああ!」
叫びながら、立ち上がりかけた。傷と急な動いたせいでふらっとしてまた倒れる。けど、そのままルウから離れる。
「見るな、見ないでくれ」
近付きながら、こちらに手を伸ばしかけて、戸惑ったのか引っ込める。一定の距離を保って、そのまま動こうとしない。それが助かった。もう俺は動くこともできずに惨めにブルブル震えながら縮こまって顔を隠すことしかできていない。
ふとした拍子にこの顔を見られたことが、過去に数度あった。皆顔をしかめて、背けて、不愉快そうだった。仕方ない。俺自身もそうなのだから。この顔を見るのは、耐えられない。魔物よりもおぞましい。それだけでなく、自分の過ち、失敗の証として一生残り続けるものでもある。
ローブで顔を覆う。他の誰かに見られるのはまだいい。罵倒されたり拒絶されるのもなんとか耐えられる。けど、ルウにだけは見られたくない。この子にこの傷を見られて、気味悪がられたりするのだけは、耐えられない。隠しておきたかった。けど、もう終わりだ。
「そのような反応をなされるのは、その傷のせいなのでしょうか? それとも、傷ができた理由でしょうか? その傷は、どのような理由でついたのでしょうか?」
ルウは、どんな気持ちで話しかけているのか。それを慮ることも今はできない。話したくない。まさにそうだ。そうなんだ。だから聞かないでくれ。恥ずかしい。情けない理由なんだ。
「教えてはくださらないのでしょうか?」
知りたいのだろうか? けど、教えたくない。この子にだけは。あれは俺の汚点なんだ。
「シエナ様はご存じなのですよね。なのに私には内緒になさるのは、寂しいような・・・・・・いえ私は奴隷ですから親友であるシエナ様とは違うとは承知してしますが」
「っ」
ああ、ああ・・・・・・!
好きだ。どうしようもないくらい自分の、恥ずかしさとか愚かさとか、自分を優先したいって気持ちより、ルウの教えてほしい、寂しいという気持ちを優先してしまいたいくらい。
ローブを、外す。ぷるぷると震えながら、ルウに見せる。いつもと同じだった。表情を一切変えない、感情がないルウの反応。尻尾と耳すらも動かない。今は、それが嬉しかった。
頬がなくなって、歯茎と奥歯がはっきりさらされている。ひたいから顎にかけて皮膚、上下の唇が完全に消失し、火傷で白くただれた筋肉がグロテスクに露出している。一目見たら忘れられない。右側が完全になくなった面貌。例えるならそうだろう。
「痛かったのでしょうね」
本当に、ルウの感想はそれだけなんだろう。体中から徐々に緊張が抜けていく。
「・・・・・・つまらない話だ」
魔道士を目指して、自分だけの魔法を作りだそうとしはじめたとき。あるアイディアが浮かんだ。もしかしたらって好奇心で。取り憑かれたように研究をした。こんな魔法が創れないだろうか? と。いつもと同じだった。そして、完成させられた。
この魔法ができた瞬間、早速試そうとした。反動と副作用に驚いて、魔法が暴走した。失敗作だった。簡単なミスに気づかないまま発動したせいで、魔法が暴走した。違和感を抱いたときには遅く、この顔になった。
そして、意図せずに、義眼に宿ってしまった。義眼を使っていると、自動で発動してしまう。完全な失敗作。制御できず、本来の用途とは異なる使い方。すべてが後悔そのもの。
「以前エドガー様の魔法から守ってくれたときも、その魔法を使ったのですか? 使いたくない魔法を?」
「・・・・・・ああ。自然とな。ああしなければ間に合わなかった」
「己の失敗からついた傷、そして魔法だから見られたくないし使いたくないということでしょうか?」
「それだけじゃない。この魔法の効果だ」
魔道士を目指すものならば忌むべき魔法。自分自身で自分だけの魔法を編み出す。それが魔道士。ある意味この魔法は、正反対に位置する、俺が忌むべき魔法。今でも後悔している。なんであんな発想をしてしまったんだ。よくよく考え直せばすぐにでも・・・・・・!
けど、時間は戻せない。戒めとして、今の魔導書には記載していない。残してはいけない魔法だとおもっている。俺だけじゃなくて、他の魔法士や魔道士たちだって嫌悪するだろう。
「本当に、最低で最悪な魔法を俺は創ってしまったんだよ」
どんな魔法か、説明を終えてぐったりとしてしまう。自嘲から、笑みがこぼれる。す、とルウから布が差し出される。これで顔を隠せという優しさだろう。その布をとろうと伸ばした手が、ルウの手で包まれた。温かく、柔らかい。なぜか涙ぐんでしまうくらい。そのまま優しく引き寄せられ、肩を優しく押さえられる。ローブが自然と外れてしまう。そしてそのままルウは俺の傷を眺める。
かつてこんな近くにルウの顔があっただろうか。不覚にもドキドキする。
どんな感情を持ったのか。なにを考えているのかその表情からは読めない。耐えられない。視線をそらして、逃げようとする。けど、突然ルウが、俺の顔を舌でぺろりと舐めた。
「っっっ!?!?!?!?!?!?」
一回、二回。ためらうようにゆっくりだったその行為が、次第に連続で行われる。舌先が、懸命に動いてる。ぺろぺろぺろと勢いよく忙しなく傷全体をゆっくりと舐め尽くされていく。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
なに? なにがおこってる? なんで? え!? え!?!?
右半分は既に痛覚も触覚も壊死している。だから、感触もなにもかんじない。ただ、好きな子が自分の顔を舐めているという倒錯的な行為に、パニックになってされるがまま任せてしまう。
「私の両親は、けがをしたらこうやって傷を舐めて癒やそうとしていました。きっと、ウェアウルフ特有のことかもしれません」
名残惜しそうに離れたルウの熱い吐息。そして舌先から伸びる唾液の線。それがいやらしくて。
「今更ご主人様の傷を舐めて、傷が治るわけがありません。しかし、気づいたらこうしていました。ご主人様の傷を、心を、癒やしたいと、そう思ってしまったのでございます」
この子は、なんて優しいのだろうか。俺を慮ってくれるなんて――。
「ですぎたまねをいたしました。奴隷の私がしていいことではありませんでした。もうしわけ――」
「・・・・・・好きだ」
言葉にしていた。せずにはいられなかった。え、とルウが目を見開く。聞き間違いか、それとも聞き逃してしまったのか。どちらにせよもう一度伝えたかった。
「好きだ。ルウ。君が好きだ」
ぽかん、としている。口はあんぐりとだらしなく、目はいつもより大きく開かれている。恥ずかしい。こわい。けど、我慢できなかった。ルウと出会えたこと。一緒に暮らすきっかけ。さまざまな説明を、集約した言葉。ここで伝えたかった。今ここで伝えられなかったら、きっと一生できない。
「ひとめぼれした。だから、奴隷として買った。無意識だった。けど、誰のものにもしたくなかった。だから・・・・・・好きだから。ずっと一緒にいてほしい。奴隷と主という関係じゃない、恋人に・・・・・・なりたい」
表情と違って、ルウの動きは人間めいている。次第にそわそわと落ち着きがなくなっている。尻尾が尋常ではない勢いでぶんぶんぶんぶん! と激しい動きをして、耳を縦に横に引っ張ったり引っ込めたり折りたたんだり。
「・・・・・・・・・ありがとうございます。嬉しくぞんじます」
ややあって、口を開いた。最後の言葉を半ば予想して歓喜と緊張で、今か今かと待ち続け――
「ですが、無理です」
そして、フラれた。
・・・・・・え? なんで? どうしてルウの顔がこんなとこに? 食べちゃいたいくらい奇麗でかわいい・・・・・・。じゃなくて、これはまさか夢だろうか。もしくは幻覚か。俺の潜在的欲望が見せているのだろうか。
「おはようございます」
あ、いとおしい。それだけはわかる。。後頭部に柔らかい感触から、これは現実だと把握する。こんな素晴らしい感触が夢や幻覚で味わえるわけない。体勢から察するに膝枕されているんだろう。とてもいい。ルウの顔を眺めながら、ルウの膝を堪能できる。最高。ルウとルウのサンドイッチじゃないか。
「なんだか気持ちの悪い顔をしていますけど、覚えていらっしゃいますか? なにがあったのか」
記憶をさかのぼる。エドガーと戦闘。そして森でのこと。つい先程あったことだ。それなのに、なんでこんなことになっているのか。けど、どうでもいい。幸せすぎる。ずっとこのままでもいい。
「血を、流しすぎたのでしょう。気を失って、ご主人様は倒れられたのです」
だいぶ傷つけられたからな。視線だけで、自分の体を眺める。確かめる。痛みは若干残っているものの、所々布や包帯を巻かれている。
「シエナ様が、応急処置をなさってくださったのです。私はどうしていいかわからず。シエナ様がいてくださって、よかったです。本当に」
「あいつは? どうなった? 森は?」
「ご主人様が倒れられたあと、シエナ様は半日戦い続けられました。私とご主人様を守って。そして、まどっろこしい、と叫ばれまして、森全体をれんきん? というもので金属に変えて・・・・・・とにかく覆ってしまったのです」
「・・・・・・・・・」
単純明快。かつ大胆。俺がシエナに指示しようとしたことを見事にやってくれていた。魔法薬は地面から影響を与えていた。なら、その地面を錬金で全部金属に変えてしまえれば死者たちも植物と動物も、魔法薬の影響を絶って、無効化できるんじゃないか。確証があるわけじゃなかった。
けど、結果は大成功らしい。しかし、半日戦い続けて、それだけのことができる魔力があるなんて、もう・・・・・・。シエナの魔力は化け物じみている。
「全部あいつ一人でいいんじゃないかな・・・・・・」
「それから数時間後、森を元に戻して安全をたしかめた後、シエナ様は白目になって倒れました。駆けつけた騎士様達に運ばれて、私たちは今森の外です」
数時間後ってことは効果時間が短いな。それもまだ未完成ゆえか。
「なんだったら膝枕をしていてやれ。君がそうしたらユーグは喜ぶと最後にシエナ様は仰っていましたが、どういうことでしょうか?」
「・・・・・・・・・さぁな」
余計な気を回しやがって。グッジョブだ。今度おごろう。
「そもそも、あいつはなんでここに来たんだろうな」
「この森に、怪しい人物が出入りしているという報告があったそうです。それで、あの人かもしれないから調べにきたと」
運がよかった。もう少しその情報が入ってくるのが遅かったら、俺もルウも今頃は・・・・・・。最悪な事態を想像して、背筋が寒くなる。
「あのときの動物の魔法は、新しく作られた魔法なのでしょう?」
「ああ。そうだ。よくわかったな」
「なんとなくです。シエナ様と死者とは違っていたような気がして。今までの魔法と違うのでしょうか?」
「目のつけどころがいいなっ」
おもわず起き上がりそうになる
ほどテンションが急上昇した。そのせいで全身の傷が悲鳴をあげる。それでも嬉しさを我慢できず、魔法の解説をする。
「形だけなら、どんな魔法でも動物の形をさせて動かすことができる。それを操ることも。シエナのゴーレムも同様だ。けど、そうすると魔法の制御と指示に意識をとられる。万が一魔法士自身に危険が及んだときの対処が遅れる。だから、『炎獣』にはある程度の基礎となる指示、俺の意志を込めながら発動する。エドガーを探して見つけたら追い続けて攻撃し続けろとか。そうすれば発動以降は俺が操作しなくても自立で行動する。魔法士本人が操らなくてもいい完全自立行動する魔法なんだっ」
結果は上々。何体か発動すれば探索・攻撃の範囲が広がるだろう。けど、デメリットがある。一つは俺と距離ができすぎる、少しの時間で消えてしまうということだ。
「まだまだ改善しなきゃいけないな・・・・・・とはいえまだできたばかりだし、それに新しい魔法も創りたいし」
そのまま新しい魔法について説明しようとしたとき、傷が微妙に痛んだ。どうやら顔にも傷ができたようで、痛んだ箇所を手で擦る。
「?」
違和感がした。本来あるべきところにはなにもなく、懐かしいザラッとした痕を触ったときの。嘘だ、と半ば笑いながら顔をべたべたと触りまくり、途中で焦って、最後には恐怖する。
心臓が早鐘のように。背筋が凍りついていく。サー・・・・・・ッと血の気が失われていく。しかし、やはり間違いない。布がない。普段顔を隠すために巻かれている、布が。
つまり、顔の傷痕を、見られている。好きな子に。
「ご主人様?」
「あ、ぅ、」
ルウに、顔を見られている?この、傷を?自分の失敗、愚かさの象徴であるこの傷を――。
「うわああ!」
叫びながら、立ち上がりかけた。傷と急な動いたせいでふらっとしてまた倒れる。けど、そのままルウから離れる。
「見るな、見ないでくれ」
近付きながら、こちらに手を伸ばしかけて、戸惑ったのか引っ込める。一定の距離を保って、そのまま動こうとしない。それが助かった。もう俺は動くこともできずに惨めにブルブル震えながら縮こまって顔を隠すことしかできていない。
ふとした拍子にこの顔を見られたことが、過去に数度あった。皆顔をしかめて、背けて、不愉快そうだった。仕方ない。俺自身もそうなのだから。この顔を見るのは、耐えられない。魔物よりもおぞましい。それだけでなく、自分の過ち、失敗の証として一生残り続けるものでもある。
ローブで顔を覆う。他の誰かに見られるのはまだいい。罵倒されたり拒絶されるのもなんとか耐えられる。けど、ルウにだけは見られたくない。この子にこの傷を見られて、気味悪がられたりするのだけは、耐えられない。隠しておきたかった。けど、もう終わりだ。
「そのような反応をなされるのは、その傷のせいなのでしょうか? それとも、傷ができた理由でしょうか? その傷は、どのような理由でついたのでしょうか?」
ルウは、どんな気持ちで話しかけているのか。それを慮ることも今はできない。話したくない。まさにそうだ。そうなんだ。だから聞かないでくれ。恥ずかしい。情けない理由なんだ。
「教えてはくださらないのでしょうか?」
知りたいのだろうか? けど、教えたくない。この子にだけは。あれは俺の汚点なんだ。
「シエナ様はご存じなのですよね。なのに私には内緒になさるのは、寂しいような・・・・・・いえ私は奴隷ですから親友であるシエナ様とは違うとは承知してしますが」
「っ」
ああ、ああ・・・・・・!
好きだ。どうしようもないくらい自分の、恥ずかしさとか愚かさとか、自分を優先したいって気持ちより、ルウの教えてほしい、寂しいという気持ちを優先してしまいたいくらい。
ローブを、外す。ぷるぷると震えながら、ルウに見せる。いつもと同じだった。表情を一切変えない、感情がないルウの反応。尻尾と耳すらも動かない。今は、それが嬉しかった。
頬がなくなって、歯茎と奥歯がはっきりさらされている。ひたいから顎にかけて皮膚、上下の唇が完全に消失し、火傷で白くただれた筋肉がグロテスクに露出している。一目見たら忘れられない。右側が完全になくなった面貌。例えるならそうだろう。
「痛かったのでしょうね」
本当に、ルウの感想はそれだけなんだろう。体中から徐々に緊張が抜けていく。
「・・・・・・つまらない話だ」
魔道士を目指して、自分だけの魔法を作りだそうとしはじめたとき。あるアイディアが浮かんだ。もしかしたらって好奇心で。取り憑かれたように研究をした。こんな魔法が創れないだろうか? と。いつもと同じだった。そして、完成させられた。
この魔法ができた瞬間、早速試そうとした。反動と副作用に驚いて、魔法が暴走した。失敗作だった。簡単なミスに気づかないまま発動したせいで、魔法が暴走した。違和感を抱いたときには遅く、この顔になった。
そして、意図せずに、義眼に宿ってしまった。義眼を使っていると、自動で発動してしまう。完全な失敗作。制御できず、本来の用途とは異なる使い方。すべてが後悔そのもの。
「以前エドガー様の魔法から守ってくれたときも、その魔法を使ったのですか? 使いたくない魔法を?」
「・・・・・・ああ。自然とな。ああしなければ間に合わなかった」
「己の失敗からついた傷、そして魔法だから見られたくないし使いたくないということでしょうか?」
「それだけじゃない。この魔法の効果だ」
魔道士を目指すものならば忌むべき魔法。自分自身で自分だけの魔法を編み出す。それが魔道士。ある意味この魔法は、正反対に位置する、俺が忌むべき魔法。今でも後悔している。なんであんな発想をしてしまったんだ。よくよく考え直せばすぐにでも・・・・・・!
けど、時間は戻せない。戒めとして、今の魔導書には記載していない。残してはいけない魔法だとおもっている。俺だけじゃなくて、他の魔法士や魔道士たちだって嫌悪するだろう。
「本当に、最低で最悪な魔法を俺は創ってしまったんだよ」
どんな魔法か、説明を終えてぐったりとしてしまう。自嘲から、笑みがこぼれる。す、とルウから布が差し出される。これで顔を隠せという優しさだろう。その布をとろうと伸ばした手が、ルウの手で包まれた。温かく、柔らかい。なぜか涙ぐんでしまうくらい。そのまま優しく引き寄せられ、肩を優しく押さえられる。ローブが自然と外れてしまう。そしてそのままルウは俺の傷を眺める。
かつてこんな近くにルウの顔があっただろうか。不覚にもドキドキする。
どんな感情を持ったのか。なにを考えているのかその表情からは読めない。耐えられない。視線をそらして、逃げようとする。けど、突然ルウが、俺の顔を舌でぺろりと舐めた。
「っっっ!?!?!?!?!?!?」
一回、二回。ためらうようにゆっくりだったその行為が、次第に連続で行われる。舌先が、懸命に動いてる。ぺろぺろぺろと勢いよく忙しなく傷全体をゆっくりと舐め尽くされていく。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
なに? なにがおこってる? なんで? え!? え!?!?
右半分は既に痛覚も触覚も壊死している。だから、感触もなにもかんじない。ただ、好きな子が自分の顔を舐めているという倒錯的な行為に、パニックになってされるがまま任せてしまう。
「私の両親は、けがをしたらこうやって傷を舐めて癒やそうとしていました。きっと、ウェアウルフ特有のことかもしれません」
名残惜しそうに離れたルウの熱い吐息。そして舌先から伸びる唾液の線。それがいやらしくて。
「今更ご主人様の傷を舐めて、傷が治るわけがありません。しかし、気づいたらこうしていました。ご主人様の傷を、心を、癒やしたいと、そう思ってしまったのでございます」
この子は、なんて優しいのだろうか。俺を慮ってくれるなんて――。
「ですぎたまねをいたしました。奴隷の私がしていいことではありませんでした。もうしわけ――」
「・・・・・・好きだ」
言葉にしていた。せずにはいられなかった。え、とルウが目を見開く。聞き間違いか、それとも聞き逃してしまったのか。どちらにせよもう一度伝えたかった。
「好きだ。ルウ。君が好きだ」
ぽかん、としている。口はあんぐりとだらしなく、目はいつもより大きく開かれている。恥ずかしい。こわい。けど、我慢できなかった。ルウと出会えたこと。一緒に暮らすきっかけ。さまざまな説明を、集約した言葉。ここで伝えたかった。今ここで伝えられなかったら、きっと一生できない。
「ひとめぼれした。だから、奴隷として買った。無意識だった。けど、誰のものにもしたくなかった。だから・・・・・・好きだから。ずっと一緒にいてほしい。奴隷と主という関係じゃない、恋人に・・・・・・なりたい」
表情と違って、ルウの動きは人間めいている。次第にそわそわと落ち着きがなくなっている。尻尾が尋常ではない勢いでぶんぶんぶんぶん! と激しい動きをして、耳を縦に横に引っ張ったり引っ込めたり折りたたんだり。
「・・・・・・・・・ありがとうございます。嬉しくぞんじます」
ややあって、口を開いた。最後の言葉を半ば予想して歓喜と緊張で、今か今かと待ち続け――
「ですが、無理です」
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