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六章
Ⅰ
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所長室に入った瞬間、否が応でも緊張してしまう。厳かな調度品、家具は研究所職員にふさわしいものばかりだし、部屋の主が無口でにこりともしない厳格な人物だから、自然と背筋が正されて息も詰まるほどの圧迫感がある。
「お呼びでしょうか?」
ただでさえメンタルボロボロの俺は、それでも姿勢を崩せない。社会人として養われた力だろうか。
「君は奴隷を所有しているそうだな」
所長の意図がわからず、返答に困ってしまった。単なる世間話として尋ねたはずがない。いぶかしんでいると、猛禽類そっくりの鋭い眼光でぎろりとひとにらみされて「はいそうですが」と返した。
「うわさを耳にしたのでな。君が奴隷に破廉恥なことをさせている、と」
「・・・・・・ちなみにどのような?」
「毎晩嫌がる奴隷を性的な奉仕をさせているとか」
「誤解です」
「服屋に行ったとき、無理やりいやらしい下着や服を着させて、周囲もはばからず楽しんでいたとか」
「・・・・・・誤解です」
「奴隷が原因でけんか沙汰になって、三十人を死に至らしめて、騎士団に連行されたというのは?」
「・・・・・・それも誤解です」
身の覚えがあることばかりだが、尾ひれが付きまくってとんでもないことになってる・・・・・・!
「そうか。では最近、巷を騒がせている魔法士、エドガーと親友だというのも誤解か?」
表情が強ばった。動揺が声になって漏れかけた。
「騎士団や大臣達ともなにかと知り合いが多い。彼らと会ったときにそれらしい話を聞いた。どうもそのエドガーというのは死霊術に傾倒して、なにかと事件をおこしている。最近では正式に指名手配されて追われているそうではないか。そんなやつと親しい者がわが研究所にいるとなれば・・・・・・なにかとな」
所長は疑っているのか、俺を。あんなやつと俺が友で仲間だと。今も協力していると。所長の立場からすれば、当然の対応。なにかあれば所長の責任を問われる立場だと納得させて苛立ちを鎮める。
「それは完全なる誤解、自分は潔白です。たしかに、学生時代のごく短い期間、親しい友人関係でありました。今は絶縁しております。俺も騎士団に知り合いがいるので最近のエドガーのやっていることは知っております」
所長は難しい顔のまま、俺の話を聞き続けている。事実を淡々と述べているが、信じている様子はない。
「魔法に身を捧げる立場にいる俺としては、エドガーのしていることは許せるものではありません」
不愉快だった。エドガーの仲間だとおもわれた。あいつがやっていることに共感していると、そんなやつあると疑われるのが悔しくて、腹立たしかった。エドガーの魔法薬。それは個人的には興味をひかれた。けど、それだけだ。そんな魔法薬を創ろうとしたエドガーをすごいともおもった。だが、あいつのやっていることは俺の目指す魔道士とは真逆にある。
「君は魔道士を志していたな」
所長に夢の話をしたことは一度もない。責任者だからか、勤めている魔法士達のことは少なからず把握しているのか。だから、驚きや不快感はなかった。所長の顔の険しさが若干和らいだ。魔法を研究している者として、エドガーのしていることが許せない。その一点についてだけは共感してくれたのかもしれない。
「そうか。話はわかった。だが、疑いを持たれれば、それを払拭するのは難しい。すべての者が私みたいに魔道士を志しているからだと聞いても納得できんだろう」
嫌な予感がした。
「君に、遺跡調査に行ってもらいたい」
表情に出なかっただろうか。まさか俺にそんなことをやらせるために話をしていたのか。回りくどい。普通に仕事として命じればいいものを。
「最近、他の部署の研究員が、ある文献の解読に成功した。文献には、遺跡の場所が記されていた。私はすぐに詳細な報告書を国に提出し、調査へ向かえと命じられた」
遺跡は、古代の魔道士が拠点としていた研究施設。中には資料や魔導書、貴重なものが残っている可能性が高い。もちろん、簡単ではない。侵入者を妨げる罠や危険がわんさかある。
おそらく勅書、国からの正式な命令書なのだろう。王族しか扱えない紋章をかたどった封蝋が剥がされた封筒を、こちらに差しだしてくる。急かすような手つきに、感情を隠して恭しく受け取って読んでいく。読んでいくうちに、陰鬱なものは消し飛んだ。驚いて命令書を三回も読み直す。
「そこの遺跡は、大魔道士のものなのですか?」
「文献が正しければな」
古代の情報、それも文献に描かれている内容はでたらめなことが多い。遺跡があると判明し、苦労してたどり着いたらすでに誰かが入っていて何も残っていなかった、そもそも場所が間違っていたと。挙げればキリがない。つまり骨折り損だ。
けど、もしこれが本当にあったとしたら。大魔道士の資料は山ほどあっても、大魔道士自身が残したものは圧倒的に少ない。
「大魔道士の遺跡ともなれば、結界や呪い、とにかく通常の遺跡以上の危険に陥りやすい。そこを突破して、なにがしか持ち帰れれば、国の命令を忠実に応えたことになる。疑惑は払拭できるだろう。私もなにか便宜をはかれるかもしれない」
「ありがとうございます」
疑惑なんてものが本当にあるのか。便宜とやらを本当にはかるつもりなのか。今はそんなことどうでもいい。内心喜んでいた。大魔道士の遺跡。一体なにがあるのか。資料はまだしも、侵入者を排除する罠だって、大魔道士ならではの仕掛けがあるはず。今からワクワクがとまらない。
「それに、給料上げてやろう」
「ありがとうございますっ、喜んでお受けいたします!」
それは素直に嬉しい。現金だろうがなんだろうが、二人暮らしの身。かつかつなんだ。
「出発は三日後、準備しておけ」
新たに渡された羊皮紙には、遺跡の詳細な情報が記されている。俺の魔導具を使えば半日で行ける距離にある。
「はい。それから、旅費や必要経費は?」
「・・・・・・・・・研究所も予算を削られていてな。国に申し出たが・・・・・・」
つまり自腹ってことか。世知辛い。
「楽しみにしているのか?」
「は?」
「口元が緩んでいるぞ」
慌てて隠す。まさか表情に出ていたとは。けど、所長はフッと小さく笑って、
「期待しているぞ」
それからいくつかの確認作業をして所長室を出た。すぐに、スキップしたいのを押さえるがそれでも早足に。研究員として、魔道士として、そしてなによりルウと一緒にいる立場として。
ルウと離れられることになって、今は嬉しい。
「お呼びでしょうか?」
ただでさえメンタルボロボロの俺は、それでも姿勢を崩せない。社会人として養われた力だろうか。
「君は奴隷を所有しているそうだな」
所長の意図がわからず、返答に困ってしまった。単なる世間話として尋ねたはずがない。いぶかしんでいると、猛禽類そっくりの鋭い眼光でぎろりとひとにらみされて「はいそうですが」と返した。
「うわさを耳にしたのでな。君が奴隷に破廉恥なことをさせている、と」
「・・・・・・ちなみにどのような?」
「毎晩嫌がる奴隷を性的な奉仕をさせているとか」
「誤解です」
「服屋に行ったとき、無理やりいやらしい下着や服を着させて、周囲もはばからず楽しんでいたとか」
「・・・・・・誤解です」
「奴隷が原因でけんか沙汰になって、三十人を死に至らしめて、騎士団に連行されたというのは?」
「・・・・・・それも誤解です」
身の覚えがあることばかりだが、尾ひれが付きまくってとんでもないことになってる・・・・・・!
「そうか。では最近、巷を騒がせている魔法士、エドガーと親友だというのも誤解か?」
表情が強ばった。動揺が声になって漏れかけた。
「騎士団や大臣達ともなにかと知り合いが多い。彼らと会ったときにそれらしい話を聞いた。どうもそのエドガーというのは死霊術に傾倒して、なにかと事件をおこしている。最近では正式に指名手配されて追われているそうではないか。そんなやつと親しい者がわが研究所にいるとなれば・・・・・・なにかとな」
所長は疑っているのか、俺を。あんなやつと俺が友で仲間だと。今も協力していると。所長の立場からすれば、当然の対応。なにかあれば所長の責任を問われる立場だと納得させて苛立ちを鎮める。
「それは完全なる誤解、自分は潔白です。たしかに、学生時代のごく短い期間、親しい友人関係でありました。今は絶縁しております。俺も騎士団に知り合いがいるので最近のエドガーのやっていることは知っております」
所長は難しい顔のまま、俺の話を聞き続けている。事実を淡々と述べているが、信じている様子はない。
「魔法に身を捧げる立場にいる俺としては、エドガーのしていることは許せるものではありません」
不愉快だった。エドガーの仲間だとおもわれた。あいつがやっていることに共感していると、そんなやつあると疑われるのが悔しくて、腹立たしかった。エドガーの魔法薬。それは個人的には興味をひかれた。けど、それだけだ。そんな魔法薬を創ろうとしたエドガーをすごいともおもった。だが、あいつのやっていることは俺の目指す魔道士とは真逆にある。
「君は魔道士を志していたな」
所長に夢の話をしたことは一度もない。責任者だからか、勤めている魔法士達のことは少なからず把握しているのか。だから、驚きや不快感はなかった。所長の顔の険しさが若干和らいだ。魔法を研究している者として、エドガーのしていることが許せない。その一点についてだけは共感してくれたのかもしれない。
「そうか。話はわかった。だが、疑いを持たれれば、それを払拭するのは難しい。すべての者が私みたいに魔道士を志しているからだと聞いても納得できんだろう」
嫌な予感がした。
「君に、遺跡調査に行ってもらいたい」
表情に出なかっただろうか。まさか俺にそんなことをやらせるために話をしていたのか。回りくどい。普通に仕事として命じればいいものを。
「最近、他の部署の研究員が、ある文献の解読に成功した。文献には、遺跡の場所が記されていた。私はすぐに詳細な報告書を国に提出し、調査へ向かえと命じられた」
遺跡は、古代の魔道士が拠点としていた研究施設。中には資料や魔導書、貴重なものが残っている可能性が高い。もちろん、簡単ではない。侵入者を妨げる罠や危険がわんさかある。
おそらく勅書、国からの正式な命令書なのだろう。王族しか扱えない紋章をかたどった封蝋が剥がされた封筒を、こちらに差しだしてくる。急かすような手つきに、感情を隠して恭しく受け取って読んでいく。読んでいくうちに、陰鬱なものは消し飛んだ。驚いて命令書を三回も読み直す。
「そこの遺跡は、大魔道士のものなのですか?」
「文献が正しければな」
古代の情報、それも文献に描かれている内容はでたらめなことが多い。遺跡があると判明し、苦労してたどり着いたらすでに誰かが入っていて何も残っていなかった、そもそも場所が間違っていたと。挙げればキリがない。つまり骨折り損だ。
けど、もしこれが本当にあったとしたら。大魔道士の資料は山ほどあっても、大魔道士自身が残したものは圧倒的に少ない。
「大魔道士の遺跡ともなれば、結界や呪い、とにかく通常の遺跡以上の危険に陥りやすい。そこを突破して、なにがしか持ち帰れれば、国の命令を忠実に応えたことになる。疑惑は払拭できるだろう。私もなにか便宜をはかれるかもしれない」
「ありがとうございます」
疑惑なんてものが本当にあるのか。便宜とやらを本当にはかるつもりなのか。今はそんなことどうでもいい。内心喜んでいた。大魔道士の遺跡。一体なにがあるのか。資料はまだしも、侵入者を排除する罠だって、大魔道士ならではの仕掛けがあるはず。今からワクワクがとまらない。
「それに、給料上げてやろう」
「ありがとうございますっ、喜んでお受けいたします!」
それは素直に嬉しい。現金だろうがなんだろうが、二人暮らしの身。かつかつなんだ。
「出発は三日後、準備しておけ」
新たに渡された羊皮紙には、遺跡の詳細な情報が記されている。俺の魔導具を使えば半日で行ける距離にある。
「はい。それから、旅費や必要経費は?」
「・・・・・・・・・研究所も予算を削られていてな。国に申し出たが・・・・・・」
つまり自腹ってことか。世知辛い。
「楽しみにしているのか?」
「は?」
「口元が緩んでいるぞ」
慌てて隠す。まさか表情に出ていたとは。けど、所長はフッと小さく笑って、
「期待しているぞ」
それからいくつかの確認作業をして所長室を出た。すぐに、スキップしたいのを押さえるがそれでも早足に。研究員として、魔道士として、そしてなによりルウと一緒にいる立場として。
ルウと離れられることになって、今は嬉しい。
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