魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

文字の大きさ
上 下
49 / 192
七章

しおりを挟む
「もう充分だろうユーグ。貴様には、これ以上の絶望を味あわせてから殺してやるぞ」

 エドガーは完全に俺をここで殺すつもり。魔導書を片手に死者の大軍を率いている。それに、俺の使う魔法についても知っている。

 体への痛みは、まだある。圧倒的に不利。メンタルもボロボロ。そして、なによりルウが去っていってしまった。それだけでもう泣きたい。

「・・・・・・お?」

 それでも、俺は立ち上がるしかない。残っていることがある。それは魔道士としての矜持。研究員としての使命。親友の救出。なにより夢がある。せめて残ったもののために、俺はここで死んでやるわけにはいかない。

「なんだ、やる気なのか?」

 すでに勝利を確信しているからか、余裕なエドガーに対する苛立ちを、一瞬で戦意に変える。ルウに裏切られていたこと、ルウが去ってしまったこと、そもそもこいつがいなければルウは裏切らなかったんじゃね? いなくならなかったんじゃね? という負の感情もまとめて戦意に。

「覚悟しやがれ・・・・・・骨も残らねぇほど燃やし尽くしてやる・・・・・・!」
「できるものならやってみてほしいが、血涙を流しているのはなんなんだ・・・・・・」

 死者達が飛びかかってくる。『炎獣』を三体発動し、それぞれ自立行動させながら続けざまに魔法を発動する。炎で鞭を作り、シエナをこちらへ引っ張って回収したところで、『天啓』を発動、防御を担当させる。

すぐさま『天啓』は死者たちの攻撃を察知して四方に炎の壁を作る。闇雲に突撃してくる死者たちは肉体が消失して、骨まで黒焦げになるも、なおも向かってくる。簡単な予備動作で吹き飛ばす。

 壁の範囲を徐々に大きくし、さらには火柱を形成する。それを壁ごと回転させて攻撃に転じる。壁を通じてあらゆる形の武器を『紫炎』、を無尽蔵に放出する。『天啓』、『炎獣』。とにかくありったけの魔法、あらんかぎりの攻撃をする。

魔力がどれだけ残っているか、どれだけ戦えるか。そんな理性は必要無い。ここにはルウはいない。誰に配慮することもない。戦争と同じだ。ただ相手を殺すためだけにあらゆる手段を使えばいい。

そして、できるだけエドガーに近付いていく。魔法士は基本的に接近戦が苦手だ。懐に飛び込まれたら魔法を発動している少しの間に、もしくは判断が遅れて次の行動をミスってしまって対処がしづらいから。

 そういう俺も、魔法の発動が間に合わず、襲いかかる死者を殴って死者の頭を吹き飛ばす。そのまま『発火』で死体ごと爆発させながら動く前へと進む。小さい『炎球』を連続で発射しながら死者達の足を狙い行動を制限し、足で踏み砕いて進む。足に絡みつかれ、かみつかれる。足に『紫炎』を一瞬だけまとって消し炭にする。

 戦いはこちら側が優勢でも、劣勢ではない。『炎獣』は暴れ回って死者達を引っかき回している。『天啓』もシエナと俺を防御しつつ随時攻撃しているから、死者たちは確実に減っていっている。エドガーに近付いているとはいえ、俺のほうは余裕がないから一進一退。

 エドガーが俺の魔法に対する対抗策というのは、単純に死者たちなのか。魔力を消費して発動させる魔法と、魔法薬で操る死者たちとでは、こちらが先に戦えなくなる。現に死者たち以外の攻撃はしてこない。
 なんらかの気配をかんじて、瞬時に『炎球』を放つ。

 それはシャボン玉のようにふわふわ漂っているだけだったが、ぱぁん! とすぐに破裂・蒸発。なんの意図があったのか不明だけど、消しておくにこしたことはない。

 気づくと、周囲にはシャボン玉があちこち漂っている。それらをすぐに撃ち抜き、無効化していく。死者たちが、俺目掛けてやってくる。壁を形成して盾に――

「な!?」

 魔法が発動しない。死者が腕に噛みついた。そのまま『発火』で吹き飛ばそうとしても、それも無理。あらゆる魔法が使えなくなっている。

「なんだ、どういうことだ!」

 たまらずシエナを連れて逃げ回る。エドガーがなにかしたのか!?

「ははは! お前、俺が創った薬は知っているだろう!?」

 魔法薬。暴走させる薬と死霊薬。それを使ったというのか。だとしたらさっきのシャボン玉、あれは魔法薬を水魔法で操っていたものなのか。

「気体となった暴走薬を、お前は嗅いだんだ! 無臭だったからわからなかっただろう!」

 蒸発しきる少ない間に生じた匂い。それから発動している効果。しかし、あれは植物と生き物の理性を失わせる薬。人に使ったらどうして魔法が使えなくなるっていうんだ。

「あれは・・・・・・魔力を暴走させる薬だ・・・・・・。研究所が、騎士団がそう判断した・・・・・・教えておくべきだったかもね」

 担いでいるシエナが、わずかに呟いた。魔力を暴走させる。魔力とは生命力。誰でもなんにでもある。生き物は自らの生命力を暴走させられ暴れ回る。魔法士に使用したら、俺みたいに魔法が使えなくなるということか。応用が効く魔法薬じゃないか。

 だとしても!

「お?」

 エドガーの暴走薬。あれの材料はすべて覚えている。薬草と素材は組み合わせによって効果を打ち消すものがある。鞄の中にある、いざというときに持ってきていた薬草、カエルの心臓とクスノキの根っこ。それぞれを鞄から取り出して噛まずに飲んでいく。嘔吐いたけど、すぐに効果を実感する。魔法が再び使える。

「やるじゃねぇか・・・・・・忌々しい。だが、これならどうだ!!」

 エドガーは大量の小瓶を宙にばらまく。中身がシャボン玉を形成していく。赤、青、緑、黄。すべての色だけでなく、元となっている魔法薬が違うんだろう。

 流石に色だけで魔法薬を見抜くことはできない。下手に攻撃すれば、気体を吸い込んでしまう。動けばシャボン玉に触れる。そして大量の死者。どうするか。しこたま『眼』を発動する。エドガーの隙、死者たち、魔法薬を監視する。下手に動けず打開策もなければせめてこれしかない。

「戦いながら考えてしまうのは、ユーグ、君の悪い癖だよ」

いまだうずくまってなにかつぶやいているシエナを無視し、『天啓』を発動した。

「大体把握したぞ」

 不意に、一変した。空間を眩いほど染め尽くしていた紫の太陽、『天啓』が一瞬で黒一色に染まった。次には氷の壁へと変貌してしまい、ぐるぐると上空を回転しながらから四方八方にけたたましい音とともに地面に鎮座、そのまま巨大で鋭いつららが飛んでくる。

 冷気をまとった氷の攻撃が、脇腹をこすって足甲に貫通する。そのまま傷口は凍りついてしまい、地面に足が固定されて倒れそうになる。

「なんだ!?」

 俺の魔法が、氷魔法になった? 魔法薬には、なんの攻撃もしていない。疑問をふっしょくする間もなく、視界のあちこちでまたもや異変が。

 『紫炎』が、また黒に染まる。いつの間にか身にまとっていたはずの炎は金属の刀剣類になって、高速に回転しながら全身を斬り裂いていく。悲鳴とともに、鮮血と抉られた肉が飛び散る。

「てめぇ、なにをした!?」

 エドガーがなにがしかをして魔法を阻害しているのか。けれどあいつの属性は水のみ。氷魔法も、金属を出現させる芸当なんて、不可能だ。ろくに対処法を見いだせないまま、周囲に散っていた氷の壁が突如大量の水となって襲いかかる。津波、濁流と呼ぶべき激しい勢いに飲み込まれていった。


 透き通るほど澄んでいた水が、濁って途端に気持ちのわるいドロドロとしたヘドロへ。そのヘドロの効果なのかちくちくと肌を刺す痛みがやがて焼ける痛みになり、酸でできているととっさに判断して脱出を試みる。けど、まるで泥だ。腕を懸命にかいて浮上しようとするも、無残に底へと沈んでいく。

 両手と両足の先から『紫炎』を放射し、その勢いを使って無理やり脱出を図る。けど安心できる暇もない。地上では俺が発動していった魔法、が次々と黒くなってなにかに変わって俺に襲いかかってくる。
 
大量の虫、それも通常の虫ではなく魔力を帯びた魔虫。十や二十なんて数じゃない。百~二百ほどの大量の虫が肌と肉にかみつき、引きちぎっていく。たまらず『発火』。魔虫が爆発する直前、『発火』が雷の蛇へとなって俺の全身に絡みついて、電撃をしこたま浴びせる。情けない悲鳴をあげながら落下して受け身もとれず固い地面に衝突。

 蛇の全身が電撃を発しつづけ、体の水分を蒸発させて内部から焼いていく。脳が、思考そのものが痺れれて、なにも考えられない。

「理解できたか? これが、この魔導書の力だ」

 『天啓』が黒い球体になって、帯状の鋭くとがった攻撃が幾重も殺到してくる。貫かれるたびに、死んでしまいたくなるほどの吐き気と痛み、内側からは今も尚刺さり続けている黒い帯状のものが伸びて、侵入してかき回される。

 電の蛇が離れていく。拷問に等しかった攻撃が終わったあとも、電撃の残滓で痙攣してしまう。視力とまともな思考回路が戻ったときには、死者達の大軍は、俺とシエナを囲んでそのまま動こうとしない。

「さすがは大魔道士、伝説とうたわれただけはある。これさえあれば俺の魔法薬は完成するかもしれん」
 
雄たけびをあげながら走り出し、魔法を発動させる。合計で十体。上下左右前後。すべての方向から『炎獣』を襲いかからせる。フェイントを混ぜて炎をはく巨大な蛇を操作して、そのまま八つの首に分裂させて攻撃させる。そのすべてが無効化されて、別のものへと変えられていく。

銀色の、刀剣のように鋭く巨大な花びらが舞い、ずたずたに引き裂かれる。白い炎の車輪が俺にぶつかってそのままひいて質量を持った灼熱の炎が体を一瞬で消し炭にするほど焼く。緑色の液体が俺を包み、の内側から痛みと苦しみを与える。

 あらんかぎりの魔法を発動する。あらゆる使い方をする。けど、どれも通用しない。俺が創りだした魔法すべてが塗りつぶされて別のエドガーに乗っ取られる。

「く、そ・・・・・・」

エドガーにたどりつくこともできず、ついには倒れた。息をするのすら精々といった情けない姿の俺に、エドガーは不敵に笑って愛おしそうに魔導書の背表紙をなぜた。

「ふふふ、不思議だろう? なんでこんなことが可能なのか」

 すべて魔導書の力なのか。そうだとしたらおかしい。魔導書とはただの設計図、魔法の発動方法や構築法、やり方を記したものでしかない。こんな短期間で、そのすべてを習得するほどの能力はエドガーにはない。

 いや、例えどんな魔法士でも、魔道士でもできはしない。それに、統一性がない。俺の魔法を、すべて別のなにかに変えてしまう。系統のみならず無機物生物。魔道士の得意とする系統の魔法に則用字のっとって、なんらかの特徴を持つはずだが、それもない。でたらめすぎる。

「ふふふ、冥土の土産に教えてやろう。この魔導書は、既存のものとは一線を画している。設計図ではなく魔法そのものだ」
「な、んだと?!」

 魔導書が魔法そのもの? こいつはなにを言っているんだ? たしかに、魔導書は使用される素材や名付けのときに魔力を込め、魔力を帯び続ける。特殊なものだ。魔導具に似てはいるものの、同じではない。

「記されている呪文を唱えれば、そのまま発動する。習得する必要も魔法陣を描く必要もない。ただ、読みあげるだけでよいのだ」
「そんなことが、可能なわけないだろうが・・・・・・!」
「察しが悪いな、おまえもこの遺跡で同じものを体験しただろうに」
「なに・・・・・・!? そ、うか・・・・・・!」

 ある種の閃きが走る。この遺跡にあった迷路。空間の柱、壁にある種の規則性、素材。それらを魔法的効果を発揮させるように配置して、魔法陣にする。きっとあの魔導書に記されているあらゆるもの、文字、言語、色、素材、スペース、羅列。ありとあらゆるものが、それと同じように記載されているんだろう。

 言い換えれば、あの魔導書自体が魔法陣。すでに魔法陣は描かれているから所有者が呪文を唱えるだけで魔法が発動する。しかし、そんなことを可能にするまで一体どれだけの長い時間試行して研究されていたのか。

それが、大魔道士か。だからこその大魔道士なのか。

「そしてこの魔導書は、なんでもできる魔導書だ。いうなれば万能。使用者の願いに応じた呪文を唱えれば、あらゆる事象を現実に反映させられることが可能なのだ! この世に存在するすべてを俺の意志でつくりかえる。できないことがない! まさに無敵の魔導書だ!」

 万能。無敵。さっきのでたらめな攻撃、現象を受けた側からすると、うなずくより他にない。現代の魔法は一応のルールの上で作られている。しかし、この魔導書にはルールがない。決まりが、形がない。まだエドガーはすべてを解読しきっていない。けど、すべて解読しきってしまえば。

 こいつはそもそも、対抗策を考え出していなかったのか。魔導書を手に入れられるから、それを使って俺をなんとかしようと? もし魔導書がなかったら、俺の魔法をどうにかできる類いのものじゃなかったらどうしていたのか。それともルウが味方だったから見通しが甘くなっていたのか。

 いや、俺の油断を誘ったのか。それともわざとそう伝えることで疑心暗鬼にさせたのか。いや、そんなことよりも今は気になってしまう。

魔導書に記されている呪文は、一体いくつあるのか。エドガーはページをめくりながら呪文を詠唱していく。

 そして自分が作りだした死者を媒体にして、新しいなにか、魔法、生物、金属、武器を産みだしていく。きっと、どんなことまで可能なのか試しているのだろう。研究所の連中が目撃すれば腰を抜かすであろう既存の魔法に縛られない、あらゆる奇跡を実現している。


俺も、見てみたい。魔導書の呪文を、調べたい。試したい。どんな素材を使えば可能なのか。知りたい。死にかけているというのに、研究欲がとまらない。
けど、驚きに比例して違和感が大きくなっていく。エドガーがなにかを産みだすたび、顕著になる。けど、ダメージを受けすぎている影響か、違和感をかき消せず答えも出ない。

「すごい、すごいぞ! これさえあればもう魔法薬完成なんて遠回りをしなくてすむ! このまま復讐ができるんだ! ははは、いや、もう取引も金も必要もない! はははははははははは!」

 手を広げて踊るように回り続けるエドガー。狂ったように歓喜する様は、恐怖をかきたてる。こいつがこんな魔導書を使ってしまえば。最悪の想定が実現してしまう。

「ははははははは! 魔道士も、貴族も騎士も! 王族さえも俺に敵うわけがない! いいや、例え神さえいたところで俺にかしづくだろう! 世界中の人間が、世界そのものが俺のものだぁ!」

 野望か暴走か。世界や神なんておこがましい字せりふも、達成できてしまうだろう。けど、それはエドガーの力ではない。大魔道士の魔導書の力なのだ。そんな方法で、こいつは・・・・・・。

「満足かい? 他人の、力で目的を達成して」
 
もはや虫の息のシエナが、あざけりを含んだ大声で問いかけておもわずぎょっとした。シエナが喋ったことだけでない。俺が内心言おうとしていたことだったからだ。

「なんだって・・・・・・? ええ、おい?」
「いや、別に。随分格好の悪い復讐者そうあきれただけだよ・・・・・・」

 血を時折はき、鼻を鳴らすシエナ。挑発ともとれる行為にエドガーはこめかみに血管が浮かべるほど怒りをあらわにする。

「目的のためならば、手段を選ばないといえば、一種の美徳でもあるけれど、自分の力で成し遂げようという気概がない。芯がないんだね、貴様には。妙に自尊心とプライドだけ立派で、他人に認められないのが許せない。だから他人すべてが憎くなる。自己肯定が強く、自分以外は愚かだと見下している。なのに実力と釣り合っていない。復讐もそもそもそれが発端なんだろう?」
「黙れ・・・・・・!」
「貴様と短い間一緒にすごすことになって、観察して、貴様という人間を理解できた。己の弱さと欠点を受け入れられず、他者に原因があると責任転嫁している。いうなれば完全な逆恨み。しょうもない。自分の力じゃなくて別の人が編みだしたものを借りて、自分の力だって勘違いしている。君がやろうとしていることは復讐なんてものじゃない。周りに僕すごい力持ってる、だからすごいと認めなきゃ許さないぞ、っていう子供のわがままさ。しかもそのまま頭の中が変わらないまま成長してしまって、大人の醜さと身勝手さで悪化している。気持ちが悪い。いい大人がすることじゃないよね」
「もういい、やめろシエナ!」

頻りに挑発するシエナは、俺の制止もかまわずに続ける。苛立ちからか、シエナに向かう途中のエドガーに蹴られて頭が揺れた。もう黙っていろ、シエナ。どういうつもりか知らないが、それ以上挑発していたらただじゃすまないぞ。

「貴様になにがわかる! 貴様の俺のなにが!」
「ただ僕は、僕の親友と貴様があまりにも違いすぎて、イライラしてしまうだけさ」
「・・・・・・・・・は?」

「僕の親友はな、過去にどんなことがあったか、赤裸々に語ってくれた。普通であるなら恥ずかしくて他人に打ち明けられないであろうことをさ」

 なにを言ってんだこいつは、と間の抜けた顔はきっと俺もしているんだろうか。

「わかるか? 僕の親友は、ユーグは、貴様とは違う。己の弱さを認め、他者にそれを打ち明けている勇気がある。それも、立派な強さだ。それを恥じていない。むしろ夢の原動力にしている。過去にこだわらないで未来へと進もうとしている。貴様は誰かにそうやって弱さをみせることができたか? 無理だっただろう。プライドだけは一人前だったんだろうからね。貴様の姿は、ユーグとは違いすぎる。かつての友で、同じ夢を追っていた貴様の今の姿は、ユーグを侮辱しているんだよ。親友である僕が、イライラするのも当然だろう!」

 ああ、こいつはそこなしの馬鹿だ。命を落としてしまうのもかまわないで、親友とやらのために、怒っている。

「そしてこの僕を汚い手を使ってしか倒せない、卑劣な男だ。しょせん貴様はその程度だ。なにも成し遂げられはしないよ。全財産賭けてもいいね」
「こ、この・・・・・・!」
「なんだ、卑劣とののしられて腹がたつか? 腹がたつということの意味がわかるか? 本当に的外れであるならば、笑いとばすものさ。貴様自身、自覚していたんじゃないか? 自分はしょうもない小さくて汚いやつだってさ!」

 すでにエドガーは血管が浮かぶほど怒っている。詠唱するが、怒っているせいで呪文を間違えたのか、なにもおきない。

「ふん、醜いな。ああ醜い。なんだ、また僕を痛めつける気か? なら目からやってくれ。貴様の醜悪な顔を、これ以上視界に入れたくなどない。ああ、それか耳でもいいね。貴様の声はしゃくに触る」
「このくそったれがあああああああああああああああああああ!!」

 相当怒り狂っているのか、魔導書の背表紙でシエナの鼻を、頬をたたく。本とはいえ、相当固い材質だから痛いだろう。それでも、シエナは悲鳴をあげない。エドガーを睨み続けている。

「おまえなんかになにがわかる! あいつらみたいに貴族で、騎士なんて恵まれているくそが! その見下した目で俺を見るのをやめろおおおおおおおおおおおおおお!」

 つい、顔に巻かれている布に手をやる。その勢いのまま引きちぎろうとしてとまってしまう。思い出してしまう。あの魔法が完成してしまったとき。この義眼に備わった魔法が暴走して俺の顔を焼いて、顔を半分失ったとき。苦痛。絶望。屈辱。後悔。嫌悪。恐怖。当時のあらゆる感情がよみがえってくる。

 そして、最後に誇りが邪魔をする。魔道士を目指す者として、あの魔法は忌むべき効果を発揮する。俺の在り方を根底から否定してしまう、最低な力。使っていいのか、これを? 二度と使わないという誓いはどうした? 自らに問いかける。

「う、ぐ、ああ・・・・・・!」

 親友を救いたい。けど、これを上手用字うまく使いこなせるか。今度は俺だけじゃない。シエナまで巻き込んでしまうんじゃないか? けがじゃすまさない、死んでしまったら――

「殺す殺す! 全員ぶっ殺す! おまえらのせいで俺がどれだけ苦しんできたか! どれだけおおまえらに人生を! 台無しにされ惨めに生きてきたか!」
 
完全に常軌を逸している。叫んでいることも、表情も目も。くるりとこちらを振り向いたエドガーは背筋がぞくりとした。

「こんなやつになにができる! 何年も魔道士になれずにくすぶり続けている、こんなやつに! ほれた相手にすら捨てられ、憎まれていた、そんな事実にも気づかなかったこんな情けないやつに!」

 ルウのことを言われて、心が折れた。ああ、そうだ。結局俺はそんなやつだ。力が、緩んでいく。この義眼を使ってでもエドガーに勝ち、シエナを助けたいという気概。魔道士を目指す者の誇り。二つのせめぎ合いが完全に消えた。

死者に、無理やり起こされる。痛覚があるのが恨めしいほどの激しい痛みに目眩がする。

 死者が、一瞬で巨大な槍用字やりへと変貌する。形は変哲もないが、一体どんな魔法的効果が付与されているのだろう。穂先が触れるだけで空気が、空間が裂けて地面がえぐれていく。

この槍は、どうやったら俺でも創れるだろうか。一体どんな魔法助効果があるのか。痛みはあるのか。ふと、自分の命なんかよりそんなことが気になった。
しおりを挟む

処理中です...