魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

文字の大きさ
60 / 192
過去編

日常の終わり

しおりを挟む

 燃え盛る炎。阿鼻叫喚。死体。狂気に染まった兵士たち。死んでいく家族。覚えているのはそれだけです。村から逃げて、もう何日経ったのか。記憶があやふやではっきりしません。得意な狩りをする余裕もなく、走って走って走って走って、逃げ続けました。

 戦争がおこりました。共和国と帝国による。戦場ははるか遠くだったため、私も家族も対岸のこととして関心を持っていませんでした。あの日もいつもどおりに起きて、狩りをして、寝ようとしていました。

 軍が村に殺到しました。突然、どこから現われたのか定かではありません。武器を持って鎧に包まれた彼らは異様な目で、村を蹂躙しました。家々に無理やり押し入って食べ物、お金を手当たり次第に奪って女の人を襲って村人をいともたやすく殺していきました。

 お父さんが死ぬところを見ました。立ち向かったお母さんが首を刎ねられました。ヴァイツさんが姉さんを庇おうとして二人共炎に包まれ物言わぬ黒炭になりました。

 どうやって逃げたのか。覚えていません。どこへ逃げているのかわかりません。もう走る元気すらなく、よろよろと覚束ない足とりで歩いていました。川がありました。猛烈な喉の渇きが生じて、手で掬って飲みます。急いでいたわけではありませんが、咽せてしまいました。それから吐き気に襲われてげぇげぇ吐いてしまいます。せっかくの水を吐き出したあともとまらず、吐瀉物も胃液すらでない嘔吐きがずっと続きます。胃が震えているのでしょうか。とにかく気持ちが悪くて、辛くて。しゃくりが生じそうになって。目がじんわりと熱くなってきて。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 突然、感情が決壊しました。自分が生き残ることに精一杯だったからか、家族の死を意識しないようにしていました。ついこの間までののどかな幸せが嘘みたいです。姉さんの花嫁衣装。日取り。お互いの家族の顔合わせ。姉さんへの贈り物の準備。毎日泣きながら酒を飲んで窘められる父、呆れている母。ヴァイツさんが姉を好きになったきっかけを話してくれた日。姉さんが不安がっていた初夜についての。一緒に狩りをしたおじさんとおばさん。罠の作り方を教えてくれた人。厳しかった村長。なにもなくても平穏だった村の暮らし。

 なにもかもなくなりました。

「わあああああああああああああああああああああああ!! うわああああああああああああ!!」

 どうして。軍はどこの軍なのか。どうして村を襲ったのか。私たちがなにをしたのでしょうか。理不尽です。怒りました。兵士たちを憎みました。許さない。絶対に。

 おもいきり涙を流して大声で叫び続けたからでしょうか。もう気力も体力も尽き果てて横たわります。このまま寝て起きたら全部夢であってほしい。起きたら姉さんがいて、両親がいて、それから結婚式が始まっていて。こんな寂しげなひとりぼっちな上京じゃなくって皆元通りな幸せな時間を返してください。

 それが叶わないのならこのまま死なせてください。誰にむけての願いかもわかりませんが、そのまま眠りに落ちました。


 けど、現実はどこまでも残酷で。気がついたら私は囚われていました。うだるげに周囲を見渡すと檻が載った馬車にゆらゆら揺れて。いろんな種族の女の人がたくさんいて首輪を嵌められていました。ああ、あの地獄は夢じゃないんだ。これが現実なんだっておもいました。もうありはしない村も、死んでしまった家族たち。地獄の光景は実際にあったことで、私はひとりになったんだってひしひしとおもいしらされます。

 どうしてこうなったのかどこへ行くのか。それすら今は億劫です。もうなるようになればいい。投げやりとはちょっと違う、開き直ったわけでもない心の感情がすべてなくなった空虚さだけがありました。

「お前は奴隷になったのだ」

 食事を持ってきた男性が、そう告げます。奴隷。物。自由がない生き物以下。物語や噂程度でしか知らない存在にいつの間にかなったという驚きもありません。ああ、そうなんだってただありのまま受け入れた自身が不思議でした。ただ、食事である腐りかけの野菜を口に運び続けました。

「川辺で倒れているお前を、仲間が捕まえた。お前は若いし良い値段がつきそうだ。せいぜい優しいご主人様に買われるといいな」

 周りの子たちは、震えていました。泣いていました。けど、私はただ黙って座り込んでいました。感情の揺らぎも未来への恐怖も絶望もありません。川辺での激しい怒りも憎悪も微塵としてありません。どうでもよかったのです。首に付けられた首輪は特殊な魔法がかかっていて外そうとすると死に至ること、主の命令に絶対逆らえないことも説明されて、私の隣の子で実演されました。他の子たちが小さく悲鳴をあげて、ぶるぶると恐怖で震えます。涙と鼻水を啜る音が周りからして、男性が檻から出るとき、ギャハハハ、と愉快そうに笑っていました。

 膝を抱えます。ふと見るとひどい状態になっている尻尾が。お手入れもできておらず、汚れていて酷い匂いがします。姉と手入れをしあって、櫛で毛を整える日々をおもいだします。けど、なんの感情もわいてきません。誰に買われるのか。どこで暮らすのか。どんなことをさせられるのか。ふと、幼い頃姉に読み聞かされた絵本の内容をおもいだします。

 囚われたお姫様を助ける、魔法士のお話。どうして今あの絵本をおもいだしたのか。自分の境遇と重ねたのでしょうか。けど、ただの村娘で奴隷である私を助けてくれる魔法士なんて、いるわけがありません。そもそも魔法士もお姫様も恋に落ちて結ばれて幸せに暮らしました。けど、初恋がまだで恋にすら興味を持っていない私なんて、どだい無理でしょう。

 そして、現実は決して絵本の中にあるようなものほど優しくはありません。村を襲った兵士たちの中にも魔法士はいたのですから。氷、炎、伝え聞く魔法で蹂躙する人殺したち。家族と平穏を奪った人たち。

「おい、お前ら降りろ」

 馬車がとまって、全員外に出されます。どこかわかりませんが、ここが目的地だったのでしょうか。それすらどうでもいいです。なるようになってしまえばいい。好きにすればいい。ただもう私は以前の私には戻れない。それだけはっきり断言できます。一喜一憂することも、なにかに想いを馳せることも、誰かに心を開くことも、できはなしない。だって物ですから。奴隷ですから。感情すら必要ないのですから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

処理中です...