魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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九章

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 疲労を覚えることもできないまま、帰路につく。ご令嬢の甘い誘いを断ったよりも、彼女に膨れっ面をさせてしまったほうが心苦しかった。いつもなら次に会う約束をして去るけど、そんな余裕はさすがになかった。営舎に戻る途中、ネフェシュと合流して買ってもらっておいたものを確認する。

「商人なんだがな。出入りしているのも普通の客と業者だった。モーガンはついぞ現われなかったな。今日一日調べたかぎりでだがな」
「中には入れなかったのかい?」
「俺みたいなやつが入って見つかったらどうなるか想像くらいできるだろ」

 不平そうに尖らせた口をつまんでみょ~んと伸ばす。不思議な柔らかさと伸縮性が、こいつには不愉快らしい。けど、これくらいいいだろ? こうでもさせてもらわないと、頭がどうにかなりそうなんだ。

 モーガンと商人だけじゃない。騎士団長も加わってしまったんだ。どう動くべきか。少しでも判断を間違えてしまえば、次捕まるのは僕。いや、まずければ処断されるかもしれない。なにか適当な罪をかぶせるだけじゃない。もしかしたら、今このときにも誰か襲いかかってくるかもしれない。

 まぁ、だからといってやられる僕じゃないけど。逆にとっ捕まえてやる。そうすれば拷問にもかけられるし。あ、じゃあこれから営舎に帰って騎士団長を拷問すればいいんじゃないかな。そうすれば手間はぶけるし。むしろ皆拷問すれば楽に終われるんじゃないかな? まぁあとで不正だなんだ。自白の強要なんだとうるさいだろうけど、そうしたら口封じに殺して証拠を出せばいい。

 うん、よし。

「お前今碌なこと考えてねぇだろ」

 ハッとする。ずばり言い当てられた気まずさと恥ずかしさ、そしてネフェシュが僕のことをわかったっていう怒りから八つ当たりしたいけど、今は人目がある。小声で唸って落ち着かせる。

「精錬潔白なシエナ様が、今にも犯罪をしそうな顔してたら皆どん引くだろうな」
「安心したまえよ。僕は精錬潔白じゃないし。それは君をこうして生き恥を晒させている時点で、とっくにご存じだろう?」
「・・・・・・・・・」
「とっくに僕の手は汚れきっているんだよ。騎士になったおかげでね。だから、あのとき君を殺さなかったというのはついででしかない」
「・・・・・・・・・午後になって商人が店を出た」

 おや、あからさまな逸らし方だなって感心してしまったよ。

「奴隷市場で奴隷を買ってたぜあいつ」

 別に怪しいことじゃない。商人が労働力を増やすために奴隷を買うのは誰でもやっている。低コスト、高生産性もあるからね。逆に奴隷がいなくなったらこの帝都の経済は傾いてしまうんじゃないかな。それに、ルウが追っていた奴隷も死んだ(もしくは消えた?)から、補充したいのかもしれない。

「十人ばかりの奴隷を買ってたが、今回が初めてじゃない。それでも、店に奴隷は一人もいなかった」
「・・・・・・・・・その奴隷はどこへ消えた?」
「不明だ。おかしな話だろ」

 笑えはしない。けど、一体なにをするつもりなのか。ルウと倒した奴隷の姿、魔導具。あれとなにか関係あるんだろうか? 騎士団長の執務室を調べてみようか。圧倒的に人手が足りない。

「あ」

 一体なにをしているのか。ルウはぽつねんと乞食に混ざって茣蓙に座っている。まずぴくりと耳が大きく反応した。鼻をひくつかせて犬の仕草そのもののまま、僕を発見した途端目に光が灯る。まったく、ユーグに出会ったときからそんな殊勝さを発揮すればいいのに。

 僕は、そんな彼女に気づかない素振りのまま通り過ぎる。

「あとであの子と情報交換をしておいてくれ」
「いいのか?」

 僕がおもむろにあの子と話していたら。それを誰かに見られていたら。僕の個人的感情を抜きにしても、ここは接触しないほうがいい。

「すっっっっげぇ睨んでるぜあいつ」
「ほうっておいていいさ」

 どこか適当なところで、着替えようとした。マンティコアはネフェシュに任せて、用意してもらった女の子の服を一回払った。眺めながら、自嘲する。騎士になってからこんな服を着るなんて。これを皮肉って呼ぶのかな。

「ん? お前シエナじゃねぇか」

 おもわずびくついて、服を袋に入れられないまま後ろ手に隠す。騎士隊の連中が五人ばかし。それから従者も何人か。様子から察するに酒でも飲みに行く途中だったんだろう。

「お前、こんなところでなにしてんだ?」
「逢い引きの余韻を楽しんでいたところだよ。むさ苦しい営舎に戻るのがもったいないからね。皆は仕事終わったの?」
「ちぇ、くそが。もてやがって。俺なんてフラれたんだぞ」
「けど、ちょうどよかった。お前も付き合え」
「いやだよ。リリアンヌ様との鮮烈な記憶を汚されたくない」
「はは、言ってくれるじゃねぇか。いいからこいよ」
 
 がっしりと両方から肩を掴まれてそのまま一緒になってしまった。本当は遠慮したいけど、下手に断ったらおかしいかな? それに、情報収集にはもってこい。酒が入ると、人は単純になってしまう。

「いやぁしかし懐かしいなぁ。まさかシエナが酒を飲める日がくるなんて」
「そーそー。従者だったときはミルクか水だったなんてなぁ。今のこいつらみたいに」
「もう何百回目さ。皆に付き合わされて、酒飲みになったの。だから皆のせいさ」
「はっはっは! 我らマンティコア騎士隊! 死をおそれず敵をおそれず酒をおそれず!」
「ただ名誉を求め忠義を尽くし礼節を胸に!」

 気持ちのいい時間だった。ユーグのことがなかったら、素直に楽しめただろう。それさえも酒のせいにできる。肩を組んで腕を振って楽器もない武勲詩を酔いのまま熱唱する騎士から外れただらしのない姿が店中に伝わって、賑やかさを増していく。従者を気遣いつつ、僕もその輪に加わる。

「そういえば、騎士団長最近どこかに行ってますよね」
「あ~。それな。あの人もいろいろたまってんだろ」
「どういうことでしょうか?」

 こっそり薄めていた酒のおかげで、雑踏の中でも聞き耳をたてられた。

「色街だろ色街。いいなぁ。俺も隊長になれれば毎日そこ行けるんだろうなぁ」
「色街・・・・・・ですか。それってえっちなことをするお店がいっぱいあるところですよね?」
「けど元々あの人そんなとこいかなかったじゃねぇか」
「上との接待とか付き合いで行くようになってはまったんじゃねぇの?」
「なんだ、お前ら行きたいのか? がははは! 今度連れてってやるよ!」
「と、とんでもないです! 僕たちまだ騎士にもなれていませんから!」
「馬鹿者ぉ! 男たらんとするならば色をしれぇ! うだうだ悩んでいる暇があったら色街に行けという名言を知っらんのか!」

 いつもどおりの下品さで話が脱線したけど、重要なことを聞けたぞ。団長はもしかしたら色街で商人と会っているのかもしれない。モーガンは・・・・・・・・・どうかわからないけど。今まで色街関連に結びつけたことはなかったけど。

「あ、すみません騎士様」 

 考え事をしていたからか、店員が落とした料理が服にべっちょりかかってしまった。咄嗟に拭こうとしてきた店員の手が胸に触れる前に、がっしりと掴んで防いでしまう。条件反射的に動いてしまってけど、きょとんとした店員の顔からあ、やっべと焦ってしまう。

「ああ、ごめんよ。君のかわいらしさで手元が狂ってしまったんだ。君の人魚そっくりの手に、汚れ仕事をしてもらいたくなくてね」

 まぁ、とうっとりとしたところで更に追い打ち。にっこりと笑いかけて手を優しく包み込む。

「お名前を聞いてもいいかな? 美しい人」

 どうやら出稼ぎできた子かな。普通のお店だったらこういった手合いに慣れっこだけど。そういう子には貴族にはないよさがある。例えるなら手入れされてない野原に咲く一輪の花。心から出てくる言葉に、ぼぼぼぼぼぼ、と赤くなり続ける。ふふ、楽しいしかわいい。

 皆に気づかれて、舌打ちをしつつ店員を解放して、話に戻る。
 
「あの、シエナ様」
「うん?」

 従者の一人が、いつの間にか僕の隣に座っていた。酒は飲んでいないはずだけど、少し赤くてどこかおもいつめている。なんだろう。

「色街って、行ったことありますか? いや、決して行きたいわけじゃなくて」

 はは。うぶだなぁ。純粋。まだなんの汚れもない。興味を持っているけど恥ずかしさもある。そんな微妙さ。

「残念だけど、僕は知らないなぁ。そこへ行かなくても、女の子といつでも遊べるしね」
「それはそれで軽薄じゃないですか?」
「はっはっは。幻滅するかい?」

 それから、従者の夢や目標、今の仕事について話しはじめた。懐かしくて泣きそうになる。僕も昔こうだったんだろうか。ちょっと事情は違ったけど、自分の中の正義が絶対的で、夢を持って騎士団に入った。けど、この子もいつか僕みたいになるんじゃないかな。なってほしいな。ならないならなんかずるいじゃん。

 騎士団長の味方なんだろうな。酒を飲んでいるフリをして、僕を見張るために騎士団長に命じられているんじゃないかな。こんなことを考えてる僕は、従者たちにどう映るだろう。今の従者は、過去の僕だ。憧れてくれるだろうか。それとも幻滅するだろうか。

 どちらかっていえば、幻滅してもらったほうがいいね。そもそもが立派な騎士じゃないんだし。騎士団に入った段階で己を偽って現在進行形で国に背くことをしているんだし。秘密の爆弾を抱えてしまっているし。

 けど、だからこそ守りたいものがある。もう過ちをおかしちゃいけない。不正をただし、汚れ仕事でさえもこなす。仲間たちも疑う。国を守る。例え誰に幻滅されたってかまわない。

 再認識して、適当に話を合わせながら今後の作戦を頭で組み立てる。
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