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十一章
Ⅴ
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騎士隊のせいで、あちこち荒れ果てた我が家。それ以外は相変わらずで代わり映えないけど、それでも感慨深い。ここに帰ってこれた、ルウと一緒に日常をまた送ることができる。それだけで胸が一杯になる。
ブルーノとアコ―ロンは逮捕された。同時に俺とシエナの罪は自然と帳消しとなった。シエナは騎士隊に復帰して目下動き回っているらしい。ゲオルギャルスとモーガンは行方を眩ましている。共和国に亡命したんじゃないかってもっぱらの話だけど、もうどうでもいい。
すべて終わったんだ。憧れだった魔道士であるモーガンに対しておもうことはある。けど、もうなにもできることはない。そんなことなんかよりも、もっと優先しなければいけないことがある。魔法の研究だ。魔道士になるための試験は、試験官だったモーガンがいなくなったため延期することになる。その間、空いた時間を有意義に使わなきゃいけない。
「ご主人様。こちらの薬草はどちらに?」
ひょっこりと頭だけ出して尋ねるルウ。ああ、尊い。ルウと一緒にいれる時間が、どれだけ貴重でありがたいことか。もう語りかける声と言葉、立ち振る舞い、動作、一つ一つが当たり前のことじゃなくて、いつなくなってしまうかわからない大切なことなんだって感動がひしひしとあって、泣きそう。
「なんで泣いているのですか?」
「ちょっと埃が」
やべぇ、まじで泣いちゃってた。涙を拭いながらごまかして、ルウに指示を出す。それからも二人でそれぞれ手分けして掃除や整理をするけど、それどころじゃない。どうしようもなくルウのことに注目してしまう。
額に汗をかきながら働くルウ、かわいい。いとおしい。
よいしょと重い物を運ぶルウの姿、健気で好き。
床を雑巾で奇麗に掃除して頑張っているルウ、大好き。
「はあああああぁ~~~~~~」
ただルウを眺めているだけで、それだけで幸せで、もう好きで好きでたまらなくなって爆発しそうで、ルウへの気持ちが我慢できない。今までいられなかった分、ルウと一緒にいる日々を全力で楽しんでいる。一挙一動を具に記憶に刻まなければいけないと心で理解しているのか。
いや、違う。きっと本能に刻まれているんだ。
「ああ、嬉しい・・・・・・・・・」
「なにを死にかけの芋虫みたいに微妙に悶えているんですか気持ち悪い。さっさと働いてください」
いけない。手がとまっている。ルウだけ動いている。これはいけない。
「私だけを働かせて私が苦しむ姿を楽しんでいるのですか。牢獄でご主人様は変態的趣味に目覚めたのですか」
「違うよ! なににも目覚めていないよ! 強いていうなら俺は最初からルウへの愛にしか目覚めていない!」
「ずっと牢獄にいればよかったのに。いえ、間違えました。いっそのこと男性に掘られて特殊な性癖が芽生えればよかったのに」
「掘られるって・・・・・・・・・お前どこでそんなこと覚えたんだ!」
「私の姉がそのような本を持っていたので」
「お前の姉さんすごいないろいろ!」
「牢獄では性欲の発散方法がないので、男性同士で行為をするのが多いそうです。特に新入りの生意気さに全員が腹をたてて皆で輪姦――――」
「ストップ! その先は喋らないでくれ!」
「ご命令ですか?」
「久しぶりだなおい!」
冗談です、とルウがこつんと自分の頭を小突く。悪戯っぽさと無表情さの相乗効果でかわいさが尋常じゃないから許す。というか、こんなやりとりも本当に久しぶりだから嬉しくて、なんだか笑えてくる。
自然な流れで、小休止をとることになった。奇麗にしたカップで入れたお茶を啜って、静かで穏やかになっていく。落ち着く空気感に、おもわずだらしなく机に寝そべってしまいそう。
「それで、実際はどうだったのですか?」
「なにが?」
「牢獄には本当にそっち系の人はいたのですか?」
「まだ引っ張るかその話! 終えとこうよ!」
「個人的に気になるので。それともなんですか? 話せない事情でもおありで? まさかご主人様?」
まさかってなに? なんで口に手を当ててとんでもなく深刻さを醸しだしてるの? なんで気の毒そうになってるの?
「いえ、なんでもございません。えっと、椅子に敷くクッション買ったほうがいいですか?」
「わかったぞ! なにを勘違いしているかが!」
「いえ、私はなにも申し上げません。私は奴隷ですので。主の名誉と気持ちを最優先しながらそっとさりげない心遣いをいたすだけです」
「全然さりげなくない!」
「なんですか? 私の心遣いが気に入らないのですか?」
「なんで急に喧嘩腰!? 本当になんでもなかったから! そりゃあ変なやつはたくさんいたけど! 作業意外はずっと牢屋で魔法の研究続けてたし! というか一人部屋だったし!」
「・・・・・・・・・・・・そうですか」
「なんでちょっと残念そうなんだ!」
「掘られていれば私への気持ちを諦めてくれると。淡い期待でした」
「天地が滅びても輪廻転生したとしても永遠に永劫にルウへの気持ちを諦めることなんてないから! 例え掘られたとしても! なにがあったとしても!」
そんなやりとりを経て、夜になる頃にはすっかり奇麗になっていた。簡単な食事しか作れないのを気にしているみたいだけど、ルウの手料理というだけで、どんな高級料理にだって負けないから充分すぎる。一口スープを飲み込むたびに、ああ・・・・・・これがルウの味だ、ルウ自身といっても過言じゃない、って飲み込むのに一苦労だった。
「大げさすぎます」
ルウはそうやって呆れていたけど、『念話』でもこの気持ちは伝わらないだろう。
「ご主人様、このあとどうなさいますか?」
「ちょっと工房で研究しようとおもう」
新たに完成させた『念話』、そして義眼の魔法から抽出して創りだした魔法だけじゃない。義眼の魔法そのものがまだ完成させられていない。モーガンの『転移』を制御するときに負担は減っていたけど、それでもまだ中途半端。けど、希望は掴みかけている。このまま続ければ、義眼を取り出しても命に別状がないレベルまでいけるんじゃないか。
いつの間にか、トラウマになっていた過去は発動と躊躇いを生む原因ではなく、むしろ原動力の一つになっているのは複雑だけど。
「まったく、ご主人様には困ったものです。あれだけのことがあったというのに」
「しょうがないだろ。好きなんだから。じゃあルウ、先に寝ていいよ」
おやすみ、と最後に言ってそのまま移動しようとしたけど、なにか小さい力に引っ張られて留まる。なんだろうとおもうと、ルウが袖口を掴んでいた。がっしりとではなく、ちょん、とだけだったから最高にかわいかった。
「どうかしたのか?」
「・・・・・・・・・今回私は頑張ったとおもうのです」
うん?
「ご主人様の濡れ衣を晴らすため、危ないことになりました。怪我もしましたし、骨もなくなりました」
うん。
「ご主人様は、奴隷である私を好きという変わり者で、大切にしてくれています。変態ですが。私のしていることに感謝と愛情を抱いてくれていると自負しています」
当たり前のことを言っているだけだから、逆になんで止めたのかわからない。
「・・・・・・・・・奴隷であっても、奴隷だからこそ、なにか励みとなることをされると嬉しいとおもうのです」
なんでわからないんだって不満がありありと声音と尻尾の動きで伝わってくる。
「なにかって、具体的になに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ」
本当にだめだこいつってかんじのがっかり具合。というか最後舌打ちした? だめだ、ちょっと『念話』でたしかめてみよう。言葉に出さなくても意志の疎通できるから、ルウの心がわかるはず。
――――なんでこんな人が私のご主人様なんでしょう。私のこと好きだと常々ほざいているくせに――――
え、なんか悲しい。
――――せめて――――――
せめて、なんだ?
コンコン、ガチャ。
「やぁユーグ! 釈放おめでとう! お酒持って来たよ呑もう!」
「シエナてめええええええええええええええええええええええええええ!!」
そこで『念話』が中断される。あと一歩だったのに邪魔しやがって。というかなんでいきなり入ってきてるんだ。しかもちょっと酔っ払ってるし。
「お互い助かってよかったね。本当によかった! うんうん!」
しきりに肩をばんばん叩いているシエナは、とりとめのない話をしてくる。よっぽど嬉しかったのか。親友であるシエナにそんなことをされたから毒気を抜かれてしまう。できれば今じゃないほうがよかった。しばらくはルウと二人っきりでいたかった。
ネフェシュは呆れたかんじで眺めているだけだったけど、腕を組んで貧乏ゆすりをしだした。
「おい主どの。そんな話をしにきたんじゃないだろ。さっさとやれ」
「う・・・・・・・・・・・・・・・」
「酒を飲んで気まずさとかごましたかったから、こんな遅くになったんだろうが。明日も早いんだろうが。俺も眠いんだよ。誰かさんに眠る暇もないほど働かされてたからな」
「う、うう・・・・・・・・・」
シエナは恥ずかしそうに唇を尖らせて人差し指同志をちょんちょんとくっつけて離すということを繰り返している。どれだけ恥ずかしいことなのか。
「えっと、その・・・・・・・・・ルウ?」
どうやら俺にじゃなく、ルウに用件があったらしい。俺とルウは互いに顔を見合わせてしまう。
「えっと、今まで態度が悪くて、ごめん。君のこと許せないで、ごめん。それからありがとう」
頭を下げたシエナの後頭部を、ルウは黙って見つめている。ちょっと前まで、シエナはルウが俺に復讐しようとしていたことと裏切ったことを許せないでいた。そのことを謝りにきたのか。律儀なやつだな。けど、ありがとうってなんだろう。
ルウは、一度横目で俺をチラ見した。
「大丈夫です。安心なさってください」
シエナが、驚いて顔をあげた。
「そのようなことを気になさっていたのですか? 私は別に気にしていません。致し方のないことです。それに、別に私には得なことがありませんから。私はご主人様のためにしたいことをした。そしてシエナ様はご自分の心に従った。それだけです。奴隷である私に、そのようなことはそもそも無用でございます」
「奴隷とかそんなんじゃないよ。僕がしたくてしているんだ。それにあのことも――――」
「あのこと? ああ」
もう一度、チラ見される。
「シエナ様と一緒に行動しているとき、ネフェシュ様の愚痴に付き合ったことですね。大丈夫です。誰にも漏らしません。知ったことは墓場まで持っていきます。ご主人様にも教えません」
いや、別に知りたくないけど。
「そ、それは・・・・・・・・・ありがたいけどいいのかい?」
シエナも俺をチラチラと確認している。なにその二人にしかわからない意味深なやりとり。使い魔の愚痴くらいでとやかく文句垂れないわ。
「ええ、かまいません。いざというときは舌を噛み切ってごらんにいれます」
「そこまでしなくていいよ!?」
「それに、どちらかといえば私がシエナ様に謝らなければいけません。地下のとき、私を庇って怪我をなさって」
「いや、あのときは咄嗟に動いちゃって。君はユーグの大切な子だし」
「私は奴隷です」
「関係ないさそんなこと。奴隷とか騎士なんて」
「ありがたいお言葉でございます」
「うん・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・」
シエナはゆっくり噛み締めるように、わなわなと震えて口角をあげて頷いている。ルウに対するわだかまりがなくなったのか。二人が仲良くなったみたいで、良かったことは良かった。親友が自分の好きな子を認めていなくて嫌っているってのは嫌だったから。ほっとする。
そして、それからすぐにシエナは帰っていった。
「どうも邪魔したな」
「あの、ネフェシュ様」
「あん?」
先に歩いていったシエナはスキップしながらもう彼方へと消えている。酔いとルウに認めてもらったのが嬉しかったのか。ネフェシュはルウに呼び止められてなにかひそひそと耳打ちされている。離れたあと、ネフェシュはルウをまじまじと見つめる。
「わかったよ。あんがとな」
そのまま羽ばたいて去っていく。突然の来訪が嵐のように過ぎ去って、どっと疲れてしまった。
「なぁ、ルウ。最後ネフェシュになにを伝えていたんだ?」
どこか深刻そうに、ルウは黙りこんでしまう。不吉な様子に、よもやと悪い想像をしてしまう。
「まさかやっぱり俺のいない間にシエナとなにかあったのか? それでシエナのことが好きになったとか恋人になったとかデートの約束を!?」
だとしたら俺はシエナを許せん。あいつと刺し違えてやる。
「それはございません。絶対に」
そう? ならいいんだけど。でも絶対って言い切ってるのがなんか逆に不安すぎて・・・・・・・・・・・・あ、もしかして俺のことが好きになったからシエナのことは絶対に眼中にないってことか!?
「それもございません。絶対に」
さっきよりも力強い言葉に、泣きそうになった。けど、そんな強情なルウも好き。
ブルーノとアコ―ロンは逮捕された。同時に俺とシエナの罪は自然と帳消しとなった。シエナは騎士隊に復帰して目下動き回っているらしい。ゲオルギャルスとモーガンは行方を眩ましている。共和国に亡命したんじゃないかってもっぱらの話だけど、もうどうでもいい。
すべて終わったんだ。憧れだった魔道士であるモーガンに対しておもうことはある。けど、もうなにもできることはない。そんなことなんかよりも、もっと優先しなければいけないことがある。魔法の研究だ。魔道士になるための試験は、試験官だったモーガンがいなくなったため延期することになる。その間、空いた時間を有意義に使わなきゃいけない。
「ご主人様。こちらの薬草はどちらに?」
ひょっこりと頭だけ出して尋ねるルウ。ああ、尊い。ルウと一緒にいれる時間が、どれだけ貴重でありがたいことか。もう語りかける声と言葉、立ち振る舞い、動作、一つ一つが当たり前のことじゃなくて、いつなくなってしまうかわからない大切なことなんだって感動がひしひしとあって、泣きそう。
「なんで泣いているのですか?」
「ちょっと埃が」
やべぇ、まじで泣いちゃってた。涙を拭いながらごまかして、ルウに指示を出す。それからも二人でそれぞれ手分けして掃除や整理をするけど、それどころじゃない。どうしようもなくルウのことに注目してしまう。
額に汗をかきながら働くルウ、かわいい。いとおしい。
よいしょと重い物を運ぶルウの姿、健気で好き。
床を雑巾で奇麗に掃除して頑張っているルウ、大好き。
「はあああああぁ~~~~~~」
ただルウを眺めているだけで、それだけで幸せで、もう好きで好きでたまらなくなって爆発しそうで、ルウへの気持ちが我慢できない。今までいられなかった分、ルウと一緒にいる日々を全力で楽しんでいる。一挙一動を具に記憶に刻まなければいけないと心で理解しているのか。
いや、違う。きっと本能に刻まれているんだ。
「ああ、嬉しい・・・・・・・・・」
「なにを死にかけの芋虫みたいに微妙に悶えているんですか気持ち悪い。さっさと働いてください」
いけない。手がとまっている。ルウだけ動いている。これはいけない。
「私だけを働かせて私が苦しむ姿を楽しんでいるのですか。牢獄でご主人様は変態的趣味に目覚めたのですか」
「違うよ! なににも目覚めていないよ! 強いていうなら俺は最初からルウへの愛にしか目覚めていない!」
「ずっと牢獄にいればよかったのに。いえ、間違えました。いっそのこと男性に掘られて特殊な性癖が芽生えればよかったのに」
「掘られるって・・・・・・・・・お前どこでそんなこと覚えたんだ!」
「私の姉がそのような本を持っていたので」
「お前の姉さんすごいないろいろ!」
「牢獄では性欲の発散方法がないので、男性同士で行為をするのが多いそうです。特に新入りの生意気さに全員が腹をたてて皆で輪姦――――」
「ストップ! その先は喋らないでくれ!」
「ご命令ですか?」
「久しぶりだなおい!」
冗談です、とルウがこつんと自分の頭を小突く。悪戯っぽさと無表情さの相乗効果でかわいさが尋常じゃないから許す。というか、こんなやりとりも本当に久しぶりだから嬉しくて、なんだか笑えてくる。
自然な流れで、小休止をとることになった。奇麗にしたカップで入れたお茶を啜って、静かで穏やかになっていく。落ち着く空気感に、おもわずだらしなく机に寝そべってしまいそう。
「それで、実際はどうだったのですか?」
「なにが?」
「牢獄には本当にそっち系の人はいたのですか?」
「まだ引っ張るかその話! 終えとこうよ!」
「個人的に気になるので。それともなんですか? 話せない事情でもおありで? まさかご主人様?」
まさかってなに? なんで口に手を当ててとんでもなく深刻さを醸しだしてるの? なんで気の毒そうになってるの?
「いえ、なんでもございません。えっと、椅子に敷くクッション買ったほうがいいですか?」
「わかったぞ! なにを勘違いしているかが!」
「いえ、私はなにも申し上げません。私は奴隷ですので。主の名誉と気持ちを最優先しながらそっとさりげない心遣いをいたすだけです」
「全然さりげなくない!」
「なんですか? 私の心遣いが気に入らないのですか?」
「なんで急に喧嘩腰!? 本当になんでもなかったから! そりゃあ変なやつはたくさんいたけど! 作業意外はずっと牢屋で魔法の研究続けてたし! というか一人部屋だったし!」
「・・・・・・・・・・・・そうですか」
「なんでちょっと残念そうなんだ!」
「掘られていれば私への気持ちを諦めてくれると。淡い期待でした」
「天地が滅びても輪廻転生したとしても永遠に永劫にルウへの気持ちを諦めることなんてないから! 例え掘られたとしても! なにがあったとしても!」
そんなやりとりを経て、夜になる頃にはすっかり奇麗になっていた。簡単な食事しか作れないのを気にしているみたいだけど、ルウの手料理というだけで、どんな高級料理にだって負けないから充分すぎる。一口スープを飲み込むたびに、ああ・・・・・・これがルウの味だ、ルウ自身といっても過言じゃない、って飲み込むのに一苦労だった。
「大げさすぎます」
ルウはそうやって呆れていたけど、『念話』でもこの気持ちは伝わらないだろう。
「ご主人様、このあとどうなさいますか?」
「ちょっと工房で研究しようとおもう」
新たに完成させた『念話』、そして義眼の魔法から抽出して創りだした魔法だけじゃない。義眼の魔法そのものがまだ完成させられていない。モーガンの『転移』を制御するときに負担は減っていたけど、それでもまだ中途半端。けど、希望は掴みかけている。このまま続ければ、義眼を取り出しても命に別状がないレベルまでいけるんじゃないか。
いつの間にか、トラウマになっていた過去は発動と躊躇いを生む原因ではなく、むしろ原動力の一つになっているのは複雑だけど。
「まったく、ご主人様には困ったものです。あれだけのことがあったというのに」
「しょうがないだろ。好きなんだから。じゃあルウ、先に寝ていいよ」
おやすみ、と最後に言ってそのまま移動しようとしたけど、なにか小さい力に引っ張られて留まる。なんだろうとおもうと、ルウが袖口を掴んでいた。がっしりとではなく、ちょん、とだけだったから最高にかわいかった。
「どうかしたのか?」
「・・・・・・・・・今回私は頑張ったとおもうのです」
うん?
「ご主人様の濡れ衣を晴らすため、危ないことになりました。怪我もしましたし、骨もなくなりました」
うん。
「ご主人様は、奴隷である私を好きという変わり者で、大切にしてくれています。変態ですが。私のしていることに感謝と愛情を抱いてくれていると自負しています」
当たり前のことを言っているだけだから、逆になんで止めたのかわからない。
「・・・・・・・・・奴隷であっても、奴隷だからこそ、なにか励みとなることをされると嬉しいとおもうのです」
なんでわからないんだって不満がありありと声音と尻尾の動きで伝わってくる。
「なにかって、具体的になに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ」
本当にだめだこいつってかんじのがっかり具合。というか最後舌打ちした? だめだ、ちょっと『念話』でたしかめてみよう。言葉に出さなくても意志の疎通できるから、ルウの心がわかるはず。
――――なんでこんな人が私のご主人様なんでしょう。私のこと好きだと常々ほざいているくせに――――
え、なんか悲しい。
――――せめて――――――
せめて、なんだ?
コンコン、ガチャ。
「やぁユーグ! 釈放おめでとう! お酒持って来たよ呑もう!」
「シエナてめええええええええええええええええええええええええええ!!」
そこで『念話』が中断される。あと一歩だったのに邪魔しやがって。というかなんでいきなり入ってきてるんだ。しかもちょっと酔っ払ってるし。
「お互い助かってよかったね。本当によかった! うんうん!」
しきりに肩をばんばん叩いているシエナは、とりとめのない話をしてくる。よっぽど嬉しかったのか。親友であるシエナにそんなことをされたから毒気を抜かれてしまう。できれば今じゃないほうがよかった。しばらくはルウと二人っきりでいたかった。
ネフェシュは呆れたかんじで眺めているだけだったけど、腕を組んで貧乏ゆすりをしだした。
「おい主どの。そんな話をしにきたんじゃないだろ。さっさとやれ」
「う・・・・・・・・・・・・・・・」
「酒を飲んで気まずさとかごましたかったから、こんな遅くになったんだろうが。明日も早いんだろうが。俺も眠いんだよ。誰かさんに眠る暇もないほど働かされてたからな」
「う、うう・・・・・・・・・」
シエナは恥ずかしそうに唇を尖らせて人差し指同志をちょんちょんとくっつけて離すということを繰り返している。どれだけ恥ずかしいことなのか。
「えっと、その・・・・・・・・・ルウ?」
どうやら俺にじゃなく、ルウに用件があったらしい。俺とルウは互いに顔を見合わせてしまう。
「えっと、今まで態度が悪くて、ごめん。君のこと許せないで、ごめん。それからありがとう」
頭を下げたシエナの後頭部を、ルウは黙って見つめている。ちょっと前まで、シエナはルウが俺に復讐しようとしていたことと裏切ったことを許せないでいた。そのことを謝りにきたのか。律儀なやつだな。けど、ありがとうってなんだろう。
ルウは、一度横目で俺をチラ見した。
「大丈夫です。安心なさってください」
シエナが、驚いて顔をあげた。
「そのようなことを気になさっていたのですか? 私は別に気にしていません。致し方のないことです。それに、別に私には得なことがありませんから。私はご主人様のためにしたいことをした。そしてシエナ様はご自分の心に従った。それだけです。奴隷である私に、そのようなことはそもそも無用でございます」
「奴隷とかそんなんじゃないよ。僕がしたくてしているんだ。それにあのことも――――」
「あのこと? ああ」
もう一度、チラ見される。
「シエナ様と一緒に行動しているとき、ネフェシュ様の愚痴に付き合ったことですね。大丈夫です。誰にも漏らしません。知ったことは墓場まで持っていきます。ご主人様にも教えません」
いや、別に知りたくないけど。
「そ、それは・・・・・・・・・ありがたいけどいいのかい?」
シエナも俺をチラチラと確認している。なにその二人にしかわからない意味深なやりとり。使い魔の愚痴くらいでとやかく文句垂れないわ。
「ええ、かまいません。いざというときは舌を噛み切ってごらんにいれます」
「そこまでしなくていいよ!?」
「それに、どちらかといえば私がシエナ様に謝らなければいけません。地下のとき、私を庇って怪我をなさって」
「いや、あのときは咄嗟に動いちゃって。君はユーグの大切な子だし」
「私は奴隷です」
「関係ないさそんなこと。奴隷とか騎士なんて」
「ありがたいお言葉でございます」
「うん・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・」
シエナはゆっくり噛み締めるように、わなわなと震えて口角をあげて頷いている。ルウに対するわだかまりがなくなったのか。二人が仲良くなったみたいで、良かったことは良かった。親友が自分の好きな子を認めていなくて嫌っているってのは嫌だったから。ほっとする。
そして、それからすぐにシエナは帰っていった。
「どうも邪魔したな」
「あの、ネフェシュ様」
「あん?」
先に歩いていったシエナはスキップしながらもう彼方へと消えている。酔いとルウに認めてもらったのが嬉しかったのか。ネフェシュはルウに呼び止められてなにかひそひそと耳打ちされている。離れたあと、ネフェシュはルウをまじまじと見つめる。
「わかったよ。あんがとな」
そのまま羽ばたいて去っていく。突然の来訪が嵐のように過ぎ去って、どっと疲れてしまった。
「なぁ、ルウ。最後ネフェシュになにを伝えていたんだ?」
どこか深刻そうに、ルウは黙りこんでしまう。不吉な様子に、よもやと悪い想像をしてしまう。
「まさかやっぱり俺のいない間にシエナとなにかあったのか? それでシエナのことが好きになったとか恋人になったとかデートの約束を!?」
だとしたら俺はシエナを許せん。あいつと刺し違えてやる。
「それはございません。絶対に」
そう? ならいいんだけど。でも絶対って言い切ってるのがなんか逆に不安すぎて・・・・・・・・・・・・あ、もしかして俺のことが好きになったからシエナのことは絶対に眼中にないってことか!?
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さっきよりも力強い言葉に、泣きそうになった。けど、そんな強情なルウも好き。
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