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十三章
Ⅱ
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用意が全部終わって、帝都を出発する。故郷までは遠いから、馬車か竜車を使おうかと悩んだけどルウに止められた。
「できるだけお金は使うべきではありません。野宿でも動物でも魔物でも捕らえれば節約できます。今後のためにも出費は控えるべきです」
う~~ん、しっかり者のルウも素敵だ。
「たとえご主人様の食べる分を確保できなくても、私は自分の分だけは確保できる自身があります」
う~~~~~~~~~ん、強かなルウも素敵だ。
「大丈夫だ。いざというときは俺を食べていい」
ドン、と胸を叩くけどルウは距離をとってしまった。そのまま二人で帝都の城門を目指す。荷物は少なめにしたから身軽だけど、それでも知り合いに会うときは驚かれてしまった。擦れ違う人、話す人皆が俺ではなくルウに話しかけていて心配をしている。
俺の知らないところでも、しっかりコミュニケーションをとっていたんだなって涙がほろりと出そうになった。皆に好かれている証だと、ルウをもっと好きになった。
「調子のよい人達ですね」
ぼそり、と二人になったときルウが呟いたけど、どういう意味だろう?
城門で手続きと説明をして、やっと外に出れた。広い緑と大地が広がっている。帝都の賑やかさがまったくなく、どこまでも大きく静かな風景は果てることがない。調査の名目で外に行く機会は多かったけど、魔導具で空から眺めているだけだったけど、自分で歩いて見渡すとまるで違う。故郷までの道のりがとてつもないほど遠いと錯覚してしまう。
日が暮れてきて、もう野宿をするしかなくなるとルウは俺に断りを入れて獲物を探しにいった。その間、俺は寝床と火の準備をする。慣れたもので、簡単に終わったあと、歩き疲れた足を揉む。体力には自信がなかったわけじゃない。それでも、一日ずっと歩き続けていたことなんて今までなかったから酷く固くなっていてしまっている。強く押し込むと気持ちのいい痛さが広がって、何度か繰り返す。
靴を履くのもなんだか億劫で、なんとなく暗くなった世界を見渡す。どこにも灯りがなく、風が揺らす草木の音は俺の暮らしとはかけ離れていて、それでいてひどく心細い懐かしさを覚える。この懐かしさは、なんだろう。
そうだ。戦争のときだ。
懐かしさは、戦場でのことだ。焚火の前でじっとしていると、部隊の皆で飯を食べたりなにかを語っていた。夜は危険だった。いつ敵襲がくるかもしれない。そんな恐怖と緊張を常にかかえ、満足に寝ることもできなかった。俺達はそれをごまかすために、わざと明るく振る舞っていた。
もう遠い過去のように、消えていったはずの戦争の記憶が不意に蘇った。人の気配がした。咄嗟に振り返って立ち上がる。
「お待たせいたしました、ご主人様」
背中に巨大な獲物を背負って、のっしのっしと現われたルウの顔が、焚火の光で徐々に浮かんできた。
「どうされたのですか? 『紫炎』を発動して」
「あ・・・・・・・・・・・・・・・」
指摘されて、慌てて魔法をとめる。ルウは、はてな? と首を傾げるけど、すぐにどうでもよくなったらしい。獲物を地面に投げ捨てて、そのまま解体をはじめる。
「これ、ヒポグリフじゃないか」
馬と鷹を合わせ持つ魔物は、目を開いたままじ、と虚空を見据えている。そのまま動きだすんじゃないかって不気味さがある。
「野草を探しているときに、出くわしました。縄も罠もなくて苦戦しましたがなんとか」
首をナイフで切ると、勢いよく血が噴出した。少しすると、血の出る量が減ってきた。
「ゴブリンもいましたが、ゴブリンは不味いので除外しました」
そのまま野草を水で洗って揉んでテキパキと準備をしていく。野草を刻んで、そのまま鍋で煮込んでいく。塩だろうか。ぱらぱらっと投入すると、少し火の勢いを弱めて蓋をした。
ヒポグリフのお腹を、いきなり裂いた。手を突っ込んで胃腸を引きずりだし、中を開く。そのまま未消化状態のドロドロしたものを捨て、奇麗にしていく。
器用にも毛皮と肉を解体して手足と頭を落としした。随分小さくなったけど、それでも両手で持たないといけないほどの大きさの肉を、棒を突き刺して焚火から離したところで焼いていく。脂が滴って、時折焚火が小さく爆ぜる。煙が上がりながら食欲を刺激する匂いが鼻腔を擽る。
手を伸ばしかけて、ルウに叩かれた。
少し肉を焚火から離しながら位置を変えていく。てらてらと脂で輝くお肉に、ルウはなにかを振りかけた。途端にスパイシーななんともいえない美味しそうな匂いに変わった。
「すごいなルウ。どんな魔法なんだ?」
「魔法ではありません。野草の中に、香辛料の元となる草があったのでついでに調達しておいたのです」
尻尾でお玉を掴んで鍋の中身をかき混ぜながら、ぶよぶよした胃腸を切り分ける。そのまま、また鍋に投入した。
「もう少し多かったら、臓物にも使えるのですが」
「どう使うんだ?」
「匂いを消すのと、柔らかくするのです。場合によっては生でも食べられますが」
「生!?」
「特に生の心臓は、とてつもなく美味なのです」
「心臓!?」
うっとりとしたかんじで頬をおさえるルウは、心臓の味をおもいだしているんだろうか。今まで肉を、というか魔物の胃腸を食べたことがない俺には想像できない。火を通して食べるのが当たり前という固定観念を壊されそう。
「そんなに美味しいの?」
「ええ。ご主人様は食べたことないのですか?」
「なかった」
「フッ」
ん? 今鼻で笑った?
「そうですか。それはおかわいそうに。ですが、無理して食べなくてもよろしいですよ? 人間とウェアウルフは味覚も食感も違いますし。おかわいそうですが」
急にすごい上から目線?
「なので、ヒポグリフの心臓は私がいただきますね。これは致し方のないことなのであしからず」
生々しく、少しおぞましい見た目の臓器、おそらく心臓。それををルウは真っ二つにした。水の中に浸しながらぎゅ、ぎゅ、と揉む。あっという間に水が赤く染まった。薄くスライスした心臓をひとつまみ、口に放りこむ。表情は変わらないのに、全身で味わっているという仕草。身を捩り、耳と尻尾を激しく波打たせている。つい喉がなった。
「俺も、ちょっと食べさせてくれ」
危ないんじゃないか。お腹を悪くしないかって不安は小さい。それよりどんな味なのかたしかめてみたくなった。
「ふっ」
また鼻で笑われた。
「お断りします。狩人の鉄則として獲物の心臓は仕留めた者だけが食べられると決められているので」
「それ本当なのか? 今おもいついたことじゃないの?」
「尻尾に賭けて誓います」
じゃあ本当なんだろう。
「一切れだけでもだめ?」
「はぁ、ご主人様はしょうがないお人ですね。私は特別優しい奴隷なので、一族と狩人の鉄則をあえて、しょうがなく破ってご主人様に恵んでさしあげます」
「ルウ、時々奴隷ってこと忘れてない?」
無視をされて、ひとつまみ。手触りはぶよぶよとしていて、普通のお肉とは全然違う。薄い桃色の表面に、線のような皺と血管が生々しくて食べる気持ちを萎えさせる。けど、一息に口に入れた。
「? ・・・・・・・・・・・・・・・・!!??」
噛んでいくうちに、感動が広がっていく。コリッとしつつも柔らかく歯切れの良い食感。まろやかな旨みが噛むたび強くなっていく。
「んんんん~~~~~~~!! 美味しい!!」
「そうでしょうそうでしょう」
飲み込んだのを、惜しんでしまった。
「もう一枚!」
「あ、もうひわふぇごふぁいまふぇん。ごくん。もう無くなってしまいました。ふぅ」
「今急いで食べたろ!」
「なにか証拠でも?」
「この目で見たよ!」
「しょうがありませんね。では別の料理で我慢してください」
やれやれ、としたかんじで焼いていたお肉をずいと渡してくる。大きすぎて扱いに困ったけど、ルウの真似をしてがぶりとおもいきりかぶりついた。引き締まった肉と詰まっていた汁、それとスパイシーな味がなんともいえない。さっきの心臓が驚くほどの美味しさだとしたら、こっちのお肉は安心する穏やかな美味しさだ。温かく、美味しさがぎゅっと詰まっている。
「家で食べるお肉と全然違うよ、これ」
「調理の仕方が変わってしまうので。火に近づけすぎないで、小さい熱で徐々に温めるのです。普通の竈だと難しいのですよ。できないかもしれません」
「へぇ~。なるほどなるほど」
舌鼓を打っていたけど、そのうち鍋の料理が完成したらしい。お椀に注がれたスープを一口啜ると、感嘆しか出ない。野草の苦みと内臓の味が塩によってひきたてられつつ、沁み渡っている。シャキシャキとした食感も、腸と胃の
面白い食感もやみつきになる。
「美味しい。美味しいよルウ」
「泣くほどですか?」
「幸せだ。幸せの味だ・・・・・・・・・・・・」
「もう勝手になさってください」
ほろりと静かに泣いてしまう。あれ? でもルウ、最初料理苦手じゃなかったっけ?
「これは、どちらかというと料理とは違うのではないかと。狩りに出掛けたとき、よく父が作ってくれていたものです。家で作れるような料理とは別と考えていたので」
「はぁ、なるほどなぁ。お父さんから教わったのか」
「厳密には教わったというようなものでは。一人で狩りをしたとき、お腹が空いたり森で泊まらなければいけないとき真似をして作るようになりました。というよりも私と父だけでなく、狩人の間では誰でもできていたものです」
「じゃあよく食べていたのか?」
「よくは食べていません。捕らえた獲物は売らなければいけませんし、勝手に食べることも禁止されていました。ですが、多めに捕らえられたときは」
ルウの村での暮らしの一端を改めて知って、想像してしまう。家族と、仲間と一緒にこうした料理を楽しんでいるルウを。
「ですがよく一人で狩りに出掛けてお肉を調達しようとして怒られました。仕事でもないのに生き物の命を奪ってはいけないと」
それも容易に想像できた。
「お前一人で森の生き物全部食べ尽くしてしまう気か、と」
我慢できず、笑いだしてしまう。「なにゆえ笑うのですか?」と不思議がっているルウをごまかすため、料理を食べ進める。
「ずっとこうしていられたらいいのにな」
ルウと二人でこうして旅みたいなことをして。ルウが作ってくれた料理を囲んで焚火を前にして、語り合う。あ、すごくいい。そうして夜空を眺めて。冬だったら寒いだろうから二人で同じ毛布にくるまって暖をとって。それでそのまま・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
『ご主人様』
『ルウ』
見つめ合って、そのまま唇が重なって・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
うん、すごくいい。
「いやです私は。ベッドも毛布も料理するのもめんどうです。たまに食べられるからいいのです。毎日食べていたらありがたみも失せてしまいます。それに、必ず獲物を捕らえられるというわけではありません」
「おおう、現実的」
「ご主人様が妄想しがちなのです」
そうして、話をしながら食べていって、もうなにも食べられないし食べたくないとなった。それくらいお腹が膨れて息苦しい。
「そろそろ寝ようか」
「ええ、おやすみなさい。私はメインディッシュが残っているので」
「ん?」
もう横になったとき、意外な一言に首だけおこす。
「まだヒポグリフの頭部と目玉と脳みそが残っているので。私はそれらを食してから寝ます」
「目玉!? 脳みそ!?」
さっきの心臓と胃腸どころじゃない。とてつもない衝撃に素っ頓狂に叫んでしまう。
「というかまだ食べるの!?」
「私が仕留めたので。それに放っておいたら腐ってしまいますし。もったいないので。ですが、ご主人様はお疲れですし、私が処理いたします。ええ、ご主人様のために捕らえたのに残してしまったお肉を、奴隷として処分いたします。私も食べきれるか自信がありませんが。ご主人様の不始末を奴隷として責任をとります」
そんなこと言われたら、俺も食べるしかないじゃないか。
「無理しなくてよろしいですよ」
「いや、二人ならなんとか食べられるだろ」
「チッ。しょうがないですね」
まさか一人だけ味わいたかったってわけじゃないよね?
「できるだけお金は使うべきではありません。野宿でも動物でも魔物でも捕らえれば節約できます。今後のためにも出費は控えるべきです」
う~~ん、しっかり者のルウも素敵だ。
「たとえご主人様の食べる分を確保できなくても、私は自分の分だけは確保できる自身があります」
う~~~~~~~~~ん、強かなルウも素敵だ。
「大丈夫だ。いざというときは俺を食べていい」
ドン、と胸を叩くけどルウは距離をとってしまった。そのまま二人で帝都の城門を目指す。荷物は少なめにしたから身軽だけど、それでも知り合いに会うときは驚かれてしまった。擦れ違う人、話す人皆が俺ではなくルウに話しかけていて心配をしている。
俺の知らないところでも、しっかりコミュニケーションをとっていたんだなって涙がほろりと出そうになった。皆に好かれている証だと、ルウをもっと好きになった。
「調子のよい人達ですね」
ぼそり、と二人になったときルウが呟いたけど、どういう意味だろう?
城門で手続きと説明をして、やっと外に出れた。広い緑と大地が広がっている。帝都の賑やかさがまったくなく、どこまでも大きく静かな風景は果てることがない。調査の名目で外に行く機会は多かったけど、魔導具で空から眺めているだけだったけど、自分で歩いて見渡すとまるで違う。故郷までの道のりがとてつもないほど遠いと錯覚してしまう。
日が暮れてきて、もう野宿をするしかなくなるとルウは俺に断りを入れて獲物を探しにいった。その間、俺は寝床と火の準備をする。慣れたもので、簡単に終わったあと、歩き疲れた足を揉む。体力には自信がなかったわけじゃない。それでも、一日ずっと歩き続けていたことなんて今までなかったから酷く固くなっていてしまっている。強く押し込むと気持ちのいい痛さが広がって、何度か繰り返す。
靴を履くのもなんだか億劫で、なんとなく暗くなった世界を見渡す。どこにも灯りがなく、風が揺らす草木の音は俺の暮らしとはかけ離れていて、それでいてひどく心細い懐かしさを覚える。この懐かしさは、なんだろう。
そうだ。戦争のときだ。
懐かしさは、戦場でのことだ。焚火の前でじっとしていると、部隊の皆で飯を食べたりなにかを語っていた。夜は危険だった。いつ敵襲がくるかもしれない。そんな恐怖と緊張を常にかかえ、満足に寝ることもできなかった。俺達はそれをごまかすために、わざと明るく振る舞っていた。
もう遠い過去のように、消えていったはずの戦争の記憶が不意に蘇った。人の気配がした。咄嗟に振り返って立ち上がる。
「お待たせいたしました、ご主人様」
背中に巨大な獲物を背負って、のっしのっしと現われたルウの顔が、焚火の光で徐々に浮かんできた。
「どうされたのですか? 『紫炎』を発動して」
「あ・・・・・・・・・・・・・・・」
指摘されて、慌てて魔法をとめる。ルウは、はてな? と首を傾げるけど、すぐにどうでもよくなったらしい。獲物を地面に投げ捨てて、そのまま解体をはじめる。
「これ、ヒポグリフじゃないか」
馬と鷹を合わせ持つ魔物は、目を開いたままじ、と虚空を見据えている。そのまま動きだすんじゃないかって不気味さがある。
「野草を探しているときに、出くわしました。縄も罠もなくて苦戦しましたがなんとか」
首をナイフで切ると、勢いよく血が噴出した。少しすると、血の出る量が減ってきた。
「ゴブリンもいましたが、ゴブリンは不味いので除外しました」
そのまま野草を水で洗って揉んでテキパキと準備をしていく。野草を刻んで、そのまま鍋で煮込んでいく。塩だろうか。ぱらぱらっと投入すると、少し火の勢いを弱めて蓋をした。
ヒポグリフのお腹を、いきなり裂いた。手を突っ込んで胃腸を引きずりだし、中を開く。そのまま未消化状態のドロドロしたものを捨て、奇麗にしていく。
器用にも毛皮と肉を解体して手足と頭を落としした。随分小さくなったけど、それでも両手で持たないといけないほどの大きさの肉を、棒を突き刺して焚火から離したところで焼いていく。脂が滴って、時折焚火が小さく爆ぜる。煙が上がりながら食欲を刺激する匂いが鼻腔を擽る。
手を伸ばしかけて、ルウに叩かれた。
少し肉を焚火から離しながら位置を変えていく。てらてらと脂で輝くお肉に、ルウはなにかを振りかけた。途端にスパイシーななんともいえない美味しそうな匂いに変わった。
「すごいなルウ。どんな魔法なんだ?」
「魔法ではありません。野草の中に、香辛料の元となる草があったのでついでに調達しておいたのです」
尻尾でお玉を掴んで鍋の中身をかき混ぜながら、ぶよぶよした胃腸を切り分ける。そのまま、また鍋に投入した。
「もう少し多かったら、臓物にも使えるのですが」
「どう使うんだ?」
「匂いを消すのと、柔らかくするのです。場合によっては生でも食べられますが」
「生!?」
「特に生の心臓は、とてつもなく美味なのです」
「心臓!?」
うっとりとしたかんじで頬をおさえるルウは、心臓の味をおもいだしているんだろうか。今まで肉を、というか魔物の胃腸を食べたことがない俺には想像できない。火を通して食べるのが当たり前という固定観念を壊されそう。
「そんなに美味しいの?」
「ええ。ご主人様は食べたことないのですか?」
「なかった」
「フッ」
ん? 今鼻で笑った?
「そうですか。それはおかわいそうに。ですが、無理して食べなくてもよろしいですよ? 人間とウェアウルフは味覚も食感も違いますし。おかわいそうですが」
急にすごい上から目線?
「なので、ヒポグリフの心臓は私がいただきますね。これは致し方のないことなのであしからず」
生々しく、少しおぞましい見た目の臓器、おそらく心臓。それををルウは真っ二つにした。水の中に浸しながらぎゅ、ぎゅ、と揉む。あっという間に水が赤く染まった。薄くスライスした心臓をひとつまみ、口に放りこむ。表情は変わらないのに、全身で味わっているという仕草。身を捩り、耳と尻尾を激しく波打たせている。つい喉がなった。
「俺も、ちょっと食べさせてくれ」
危ないんじゃないか。お腹を悪くしないかって不安は小さい。それよりどんな味なのかたしかめてみたくなった。
「ふっ」
また鼻で笑われた。
「お断りします。狩人の鉄則として獲物の心臓は仕留めた者だけが食べられると決められているので」
「それ本当なのか? 今おもいついたことじゃないの?」
「尻尾に賭けて誓います」
じゃあ本当なんだろう。
「一切れだけでもだめ?」
「はぁ、ご主人様はしょうがないお人ですね。私は特別優しい奴隷なので、一族と狩人の鉄則をあえて、しょうがなく破ってご主人様に恵んでさしあげます」
「ルウ、時々奴隷ってこと忘れてない?」
無視をされて、ひとつまみ。手触りはぶよぶよとしていて、普通のお肉とは全然違う。薄い桃色の表面に、線のような皺と血管が生々しくて食べる気持ちを萎えさせる。けど、一息に口に入れた。
「? ・・・・・・・・・・・・・・・・!!??」
噛んでいくうちに、感動が広がっていく。コリッとしつつも柔らかく歯切れの良い食感。まろやかな旨みが噛むたび強くなっていく。
「んんんん~~~~~~~!! 美味しい!!」
「そうでしょうそうでしょう」
飲み込んだのを、惜しんでしまった。
「もう一枚!」
「あ、もうひわふぇごふぁいまふぇん。ごくん。もう無くなってしまいました。ふぅ」
「今急いで食べたろ!」
「なにか証拠でも?」
「この目で見たよ!」
「しょうがありませんね。では別の料理で我慢してください」
やれやれ、としたかんじで焼いていたお肉をずいと渡してくる。大きすぎて扱いに困ったけど、ルウの真似をしてがぶりとおもいきりかぶりついた。引き締まった肉と詰まっていた汁、それとスパイシーな味がなんともいえない。さっきの心臓が驚くほどの美味しさだとしたら、こっちのお肉は安心する穏やかな美味しさだ。温かく、美味しさがぎゅっと詰まっている。
「家で食べるお肉と全然違うよ、これ」
「調理の仕方が変わってしまうので。火に近づけすぎないで、小さい熱で徐々に温めるのです。普通の竈だと難しいのですよ。できないかもしれません」
「へぇ~。なるほどなるほど」
舌鼓を打っていたけど、そのうち鍋の料理が完成したらしい。お椀に注がれたスープを一口啜ると、感嘆しか出ない。野草の苦みと内臓の味が塩によってひきたてられつつ、沁み渡っている。シャキシャキとした食感も、腸と胃の
面白い食感もやみつきになる。
「美味しい。美味しいよルウ」
「泣くほどですか?」
「幸せだ。幸せの味だ・・・・・・・・・・・・」
「もう勝手になさってください」
ほろりと静かに泣いてしまう。あれ? でもルウ、最初料理苦手じゃなかったっけ?
「これは、どちらかというと料理とは違うのではないかと。狩りに出掛けたとき、よく父が作ってくれていたものです。家で作れるような料理とは別と考えていたので」
「はぁ、なるほどなぁ。お父さんから教わったのか」
「厳密には教わったというようなものでは。一人で狩りをしたとき、お腹が空いたり森で泊まらなければいけないとき真似をして作るようになりました。というよりも私と父だけでなく、狩人の間では誰でもできていたものです」
「じゃあよく食べていたのか?」
「よくは食べていません。捕らえた獲物は売らなければいけませんし、勝手に食べることも禁止されていました。ですが、多めに捕らえられたときは」
ルウの村での暮らしの一端を改めて知って、想像してしまう。家族と、仲間と一緒にこうした料理を楽しんでいるルウを。
「ですがよく一人で狩りに出掛けてお肉を調達しようとして怒られました。仕事でもないのに生き物の命を奪ってはいけないと」
それも容易に想像できた。
「お前一人で森の生き物全部食べ尽くしてしまう気か、と」
我慢できず、笑いだしてしまう。「なにゆえ笑うのですか?」と不思議がっているルウをごまかすため、料理を食べ進める。
「ずっとこうしていられたらいいのにな」
ルウと二人でこうして旅みたいなことをして。ルウが作ってくれた料理を囲んで焚火を前にして、語り合う。あ、すごくいい。そうして夜空を眺めて。冬だったら寒いだろうから二人で同じ毛布にくるまって暖をとって。それでそのまま・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
『ご主人様』
『ルウ』
見つめ合って、そのまま唇が重なって・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
うん、すごくいい。
「いやです私は。ベッドも毛布も料理するのもめんどうです。たまに食べられるからいいのです。毎日食べていたらありがたみも失せてしまいます。それに、必ず獲物を捕らえられるというわけではありません」
「おおう、現実的」
「ご主人様が妄想しがちなのです」
そうして、話をしながら食べていって、もうなにも食べられないし食べたくないとなった。それくらいお腹が膨れて息苦しい。
「そろそろ寝ようか」
「ええ、おやすみなさい。私はメインディッシュが残っているので」
「ん?」
もう横になったとき、意外な一言に首だけおこす。
「まだヒポグリフの頭部と目玉と脳みそが残っているので。私はそれらを食してから寝ます」
「目玉!? 脳みそ!?」
さっきの心臓と胃腸どころじゃない。とてつもない衝撃に素っ頓狂に叫んでしまう。
「というかまだ食べるの!?」
「私が仕留めたので。それに放っておいたら腐ってしまいますし。もったいないので。ですが、ご主人様はお疲れですし、私が処理いたします。ええ、ご主人様のために捕らえたのに残してしまったお肉を、奴隷として処分いたします。私も食べきれるか自信がありませんが。ご主人様の不始末を奴隷として責任をとります」
そんなこと言われたら、俺も食べるしかないじゃないか。
「無理しなくてよろしいですよ」
「いや、二人ならなんとか食べられるだろ」
「チッ。しょうがないですね」
まさか一人だけ味わいたかったってわけじゃないよね?
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