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一章

三話 ~困惑~

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シャルロット王女が刺客に襲われてから数日が経過した。警戒と警備が厳重になっている宮廷は、取り繕ったような静々しい雰囲気だ。騎士団長に追従し、あちこちを駆け巡っていると

 逃げた刺客に関する捜索と情報収集の報告。その他関連するやりとりを交すことが目的だが、成果は芳しくない。

「ここで待っているように」

 会議室の前で待機をしていくらか時間が経つと、何人かと擦れ違う。その度に俺にとっては慣れた反応をされるが、別に苦ではない。
 
(またか)

 カツカツカツ、というヒールが石を叩くリズムがすぐ近くで途絶える。それから視界の端に映っていたシルエットが影も残さず移動し、廊下の端で隠れながらジ~~~~~~~~ッとこちらを見つめている視線。溜息が出そうになる。

 ここ数日、彼女、シャルロット王女とうっかり遭遇すると、このような具合だ。

「お、王女殿下」
「シッ、静かになさって!」

 ひそひそと声を落としたやりとりも聞き取れているが、バレていないとおもっているのだろうか。なんにせよ、

 気づいていない風を装うには理由がある。例えば目が合う。そうなるとシャルロット王女は固まり、硬直状態になってしまう。不敬に当たるため、会釈をすると顔を真っ赤にしたまま口をパクパクさせて隠れてしまう。もしくは背中を向けて護衛や侍女を置き去りにして颯爽と走り去ってしまう。

 毎回そうなのだ。最初はなんなのかとおもっていた。俺の呪いの件を聞いたのか。俺の見た目か、襲撃されたときと関係あるのかともおもった。

 だが、いくら考えても答えは出ない。いつしかこちらがリアクションをしなければ良いのだと、触らぬ神に祟り無しという境地に至って気づいていないという体を装うようになった。

(というよりも、出歩いていいのだろうか?)

「シャルロット王女殿下。いつまでそうなさっているのですか?」
「だ、だって・・・・・・・・・」
「まったく、焦れったい。付き合わされる我々の都合もお考えください。そもそも部屋の外に出るのだって」
「う、うう・・・・・・・・・」
「親衛隊の皆様もご覧になってください。無言の圧力を感じていらっしゃるでしょう?」
「うううう・・・・・・・・・」

 なにをしているんだろうか、本当に。

「ああ、もう」
「あ、ちょっと、ジャンヌ!」
「エリク隊長。少しよろしいでしょうか?」
「・・・・・・・・・なにか?」

 凜々しい顔つきのメイド。こちらを見上げている瞳には冷静さと感情の色、物怖じした態度がない。すぐに後ろに隠れていた王女の背中をグイ、グイグイグイ、と引っ張って押して体面
 
 ひゃああああ、と小さく呻いた王女は湯気がたち昇りそうなほど赤面し、俯いてモジモジと小さい身体を更に縮こませてしまう。

「さぁ、シャルロット様」
「あ、あの・・・・・・・・・・・・エリク様」
「は」
「お、おはようございます・・・・・・・・・」
「おはようございます」
「きょ、今日はお日柄もよく。ご機嫌いかがでしょうか?」
「いかがと聞かれましても、普段どおりでしょうか・・・・・・」
「さ、さようで・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 なんなのだろう、これは。

「お早くなさってください。我々の都合もございます」

 あからさまに苛立っているメイドは、ちょっと離れたところで控えている数人の護衛へと視線を誘導させる。

 とてもじゃないが、王族の側に仕えている人間の言動ではない。

「え、えっと。その・・・・・・・・・しゃ、シャルロット・ティア・ノイマールと申します」
「存じあげております」
「で、ですわよね・・・・・・ほほほ。私ったら、何を・・・・・・ではご趣味はなんでしょうか?」
「は?」
「す、好きな食べ物はございますか? 休日はなにを? 普段どのように過ごされているのですか?」
「王女殿下。一体?」
「そ、それと・・・・・・・・・恋人はいらっしゃるのでしょうか? 先程侍女長の」
「エリク隊長。シャルロット様は貴殿にお礼を申し上げたいのです」
「お礼?」
「さぁ、王女様」
「う、うう・・・・・・・・・え、エリク様」

 
「改めて、助けていただいてありがとうございます。お礼を申し上げるのを忘れていたました」

(ああ、そういうことか)
 
 このとき、やっとこれまで何度か見つめられていたのか。遠巻きでこちらを気にしていたのかの理由。たった一言お礼を伝えるためだったのだと。

「お礼には及びません。弱気を助け強気を挫く。忠誠を貫き、女性を守るのが騎士であります」
「そ、それでも・・・・・・・・・」
「それよりも、シャルロット殿下は大丈夫なのでしょうか」
「え?」
「お加減です。気分や体調はよろしいので?」
「~~~~~~~~~~~っっっ!」

「し、心配してくださるのですか・・・・・・・・・?」
「は。勿論です」
「~~~~~! ~~~~!!」

 もしやまだ体調が悪いのだろうか? 息が詰まったように胸を押さえ、フラフラと身体が揺れ、く、う、と呻いている。

「え、ええ・・・・・・・・・・宮廷医からも診察をされたり。お食事もお部屋に届けてもらっているのですが。あまり食が進んでおりません・・・・・・・・・私、忘れることができず・・・・・・・・・あのときのことが・・・・・・」

(無理もない)

「今でも目を閉じると、胸のうちが苦しくなるのです・・・・・・・・・」

 (心因的な問題で心臓へ負担がかかっているのか)

「そして、瞼の裏に浮かび上がるのです。たくましい腕、凜々しい顔つきの中にある可愛らしい双眸。頬を撫でるふさふさの毛並み」

(ん?)

「冴え渡る剣術もしなやかな動き。抱えられているときの温もりと安心感。太くて大きくて立派なお尻尾・・・・・・」
「あの、王女殿下?」
「太陽の光をたくさん浴びたお布団のように落ち着く体臭、幅の広い肩、それから・・・・・・手で触れたらどのような、と考えてしまうこともしばしばで夜も寝ることができません。それと」
「シャルロット様」
「はっ!? 私ったらはしたない!」

 なんだか、妙だった。恐怖に打ち震えているというわけでなく、想いを馳せている乙女めいていた。傅き、仕える尊い存在ではなく、どこにでもいる女の子のような身近な親しみを覚えてしまいそうなほど可憐だ。

(何故この御方が狙われたのだ?)

 ふと、もしもこの少女が住んでいる王宮に刺客がまだ潜んでいるとしたら。ここにいる誰かが差し向けたという疑惑が薄れていってしまう。

「エリク様?」
「なんでございましょうか」
「あの、体調で思い出して。その尻尾のことで」
「尻尾?」
「申し訳ございません。エリク隊長。シャルロット様は動物に目がなく」
「・・・・・・・・・そのようですね」

 目を輝かせながらキラキラと見つめているあどけなさは、好奇心いっぱいというのがありありと示している。そういえば庭園で出会ったときも兎を追いかけていたと言っていた。

「先程から、お尻尾にあまり元気がないようですが」
「いつもこんなかんじです」
「ですが、尻尾は感情や体調を表すと本で読んだことがありますが」

 犬扱いか?

 試しに一回尻尾を横に振ると、そちらに視線が。反対に振るとそちらに。少し早く動かすとそれにつられてあっちへこっちへ視線が目まぐるしく右往左往していく。

「このように私のほうは問題ございません」

 気の毒そうな表情でこちらを見るメイドにはこの人はいつもこうなんですというのが滲んでいる。

「そ、そのようですね。ですが、触らせてもらうことはできませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」

 この人は・・・・・・本当に・・・・・・とげんなりしたメイドと同じような表情になっていないだろうか。

「シャルロット様。流石にそれははしたないです」

 止められた王女は、残念とばかりにしょぼついているが勘弁してほしい。尻尾には一応触覚があるので王女に、それも美少女に触れられるのはよろしくない。なにより、呪いが罹っている身からすればおいそれと触れさせるわけにはいかない。

 彼女からすれば、単なる呪いを受けた恐ろしい化け物ではなく、命を助けてもらったという感謝があるのだろう。もっというなら親しみを覚える愛玩動物というイメージが強いのかもしれない。

いい加減、まだか? という護衛の圧を感じてきた。そもそも俺は団長が戻ってくるまではここを離れられない。なんとかするならばシャルロット王女が去ってもらうのが一番なんだが。

「殿下。どちらかに行かれる途中だったのでは?」
「あ、ええ。父上と兄上に呼ばれておりまして。おそらくは今後の私の生活についてでしょう」
「ほう」
「致し方がないとはおもうのですが、そのせいで政務も手伝うことも夜会や社交会も出られません。中止になって、あ。そうですわ。もしよろしければ・・・・・・・・・落ち着いた頃合いに夜会やお茶会、お食事にご招待したいのですが」
「・・・・・・・・・」
「もしも、ご都合がよろしければですが・・・・・・・・・。私が襲撃された一件が落ち着けばでしょうが・・・・・・・・・」
「ありがたいお言葉ではありますが。職務がありますので」
「そ、そうですか。お仕事に真面目なのですね・・・・・・・・・」
「それしか能がございませんので。それに、そのような場はできるだけ避けるようにしております」
「・・・・・・・・・何故にですか?」
「・・・・・・・・・」
「あ。無理にとは言いません。ですが、いずれ」
「あまり無理強いなさっては。エリク隊長もご都合というのがあるでしょう」
「え、ええ。ジャンヌ。そうね・・・・・・」
「こうしてお会いでき、お言葉をかけていただくだけでも一介の騎士には喜ばしいほど光栄です。近頃は王宮に来る頻度が多いですが、今日で最後になるでしょうし」
「え・・・・・・・・・」
「元々は騎士団長と共に来ているので。騎士隊の職務には関わりがない王宮に来ることはそもそもないのです」
「では、今後お会いすることは、ないと?」
「おそらく」
「・・・・・・・・・」
「シャルロット様。そろそろ参りましょう。宮廷医がお待ちです」
「そ、そうね。そうですわね・・・・・・・・・では、エリク様」

 スカートの裾を持ち、膝を曲げて完璧な角度でお辞儀をした。それは、王族が行うにふさわしい優雅な挨拶だ。だが、臣下にするには仰々しく、恐れ多い振る舞いだった。

 ワンアクション遅れてすぐに礼を返そうとしたが、名残を惜しむような憂いと潤いを含んだ瞳に、つい止まりかけた。

 姿が見えなくなるまで、シャルロット王女はこちらを何度もチラ、チラ、と振り向いている。それがどことなく寂しそうで。

(なんなんだ・・・・・・)

 気づいていない風を装おうとするのが少し難しく、へたっている尻尾が疎ましく感じて、無理やり力をこめた。
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