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一章

七話 ~再会。メイドになった王女~

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家に帰って早々、いつもの出迎えがなく訝しく首を傾げる。外套と布を取りながら暫く歩んでいると、普段使われていない応接室のほうから漏れ聞こえる賑やかしげなやりとり。自然と足が向かって扉の前に立つタイミングで、マリーが出てきた。

「あ、旦那様」
「マリー。誰か来たのか?」
「はい。応募を見てやってきた女中と庭師が」
「もうか?!」
「はい」

 いくらなんでも早すぎる。応募を出したのはつい先日だというのに。それも二人揃ってだ。

「今面接をしていますが、旦那様もこれからお会いになられますか?」
「ああ、そうだな。そのあと――――」

 ごく自然な動きで持とうとしたマリーの間で外套とフードがピン、と張った。

「・・・・・・旦那様?」
「いや。俺はいい。きっと怯えさせるだろう」
「ですが、旦那様のことを知った上で応募してきました。なので旦那様を見ても大丈夫ではないでしょうか」
「だが――――」
「行き遅れの女中が差出がましいのは重々承知ですが」

 ・・・・・・サムと話していたことをまだ根に持っているのか? それもだいぶ歪んだ解釈をして。

 グイ。グイグイ、とフードを引っ張る仕草は女中としての仕事をなそうとしている意志だけではない。せかせかと急かしていながらお冠だ、腹を立てているぞという色を滲ませている。

「風呂に入りたいし・・・・・・」
「まだ沸かせておりません」
「腹も減ってる」
「まだ夕食の準備もしておりません」
「・・・・・・・・・少し休みたい」
「お部屋のお掃除も終えていません」
「なにしてたんだ今日一日っ」
「旦那様? どうされたのですか? 大声で」

 ひょっこりと扉から頭を出して来たサムに、グッと静止してしまう。

「ちょうど良かった。今応募に来た者達の面接をしておりますが」

 扉を開け放たれ、室内が開けっぴろげにされた。当然面接していた者達からも俺が見られてしまっている。いよいよ引き下がることができなくなった。

「マリー。こっちはいいから夕食の仕上げをしてきて良いよ」
「はい」
「夕食の仕上げって、ちょっと待てっ」

 さっきのこと全部嘘ついたってことじゃないか。マリーめ、主に嘘つきやがって。

 窘めようとしても、振り返ることなくさっさと支度室へと去ってしまう。しかもフードまでいつの間にやら奪われているじゃないか。

「マリーがなにか?」 
「いや、もういい・・・・・・」

 痛くなりつつあるこめかみを押さえていると、諦めの境地へと到達することができた。鬱々とした気分で奥の長椅子へと腰を下ろした。気後れめいた心持ちであるため、対面に座っている二人の顔も見ることが億劫だ。

「この屋敷の主、エリク・ディアンヌだ」
「シャルと申します」
「ジャンです」

(ん?)

 なんの変哲もない町娘の服に身を包んでいたが、どこか覚えのある声に意識を集中させる。それに伴って新しく雇う女中のシルエットをマジマジと観察することになった。

「よろしくお願い致します旦那様・・・・・・・・・」

 魚の骨のように細かく編み込んで一纏めにしている髪の毛は眩い黄金色でツヤツヤしている。整っている顔立ちは化粧っけがなくとも血色と肌つやがよく目を奪われるほど白い。

 (ん?)

「末永く・・・・・・・・・末永く♡」

 町娘、それも女中になる女性が単なる美少女であるならば、ここまでマジマジと見つめなかっただろう。既視感がありすぎて、つい最近まで見知っていた少女と重なってしまうのが信じられないんだ。

「旦那様? いかがされましたか?」
「いや・・・・・・・・・」

 サムの問いかけにもまともに答えることができないほど動転してしまっている。目を擦って穴が空くほどジ~~~~ッと見つめるのを止められない。

(いや、まさか・・・・・・・・・そんなはずは・・・・・・・・・)

 その少女がここにいるはずがない。だが、これほどまでに似ているなんてことがありえるだろうか。

「もしや旦那様はこちらのシャルという子に一目惚れをされたのでは?」
「ちょ、いやですわジャンヌ――――う゛う゛んっ。やめてくださいましジャンさん。旦那様が私のような平民の小娘にいきなりそんな・・・・・・・・・」
「しかし旦那様の食い入るような目線。上気した頬。逆立たれている毛並み。そうとしかおもえません」
「・・・・・・ほう? なるほど・・・・・・・・・」
「きゃっ♪」

 違う。断じて違う。

 したり顔で顎に手を添えているサムとジャン、という少年が想像していることじゃない。何故かモジモジと恥ずかしがりながらチラ、チラ、と奥ゆかしく上目遣いをしているのもこの際置いておこう。

(何故だ・・・・・・・・・)

「悪いがもう一度名前を教えてくれるか?」
「シャルでございます。旦那様♪」
「そうか・・・・・・・・・・・・一つ聞きたいのだが・・・・・・・・・」
「はい、なんでございましょう? あ、私はしがない町娘。年齢は十七歳で恋人はおりません。好きなことは本と詩を読むこと。それから――――」
「そんなことじゃない」
「あ、今まで働いたことはございませんが一生懸命邁進する所望です。得意なことはご飯を食べることで好きな食べ物は――――」
「そんなことでもない」

 爛々と目を輝かせ荒くなった鼻息を隠そうともしていない。両手でガッツポーズをとっている明るい様相は、ひたむきさよりも圧を感じるほどだ。

「あなた、シャルロット様ですよね?」

 ある種の確信を得た疑問、いや指摘をするとピシリ。まるで石と化したように硬直した。

「な、なんのことでございましょうか? わ、私はシャルロット王女ではございませぬことよ? お、おほほほ、ほほ・・・・・・・・・」

 そのまま瞼を激しく瞬かせながら両の眼を右往左往させている。額にじんわりと汗が浮かび舌が縺れているのか笑い声が空回りしている。

 わざとらしい。わざとらしすぎる。逆にそうです大正解ですと自ら証明しているときの容疑者と同じ狼狽ぶりじゃないか。

「離宮にいらっしゃるのでは?」
「ああ。あれはお父様と兄上様が――――」
「やはりシャルロット様ですよね?」
「はっ!? な、なんのことでございますか!? 私ちんぷんかんぷんです!」

 そのリアクションは、本当に隠そうとする意図があるのか。それとも元来の性格故か。騙るに落ちると呼ぶのもおこがましい。

 なんにしろ大きく脱力していってしまう。

「わ、私が刺客に襲われて離宮に移されることになったシャルロット様なわけないではございませんか! お、おかしなことをおっしゃいますこと! そもそも私は今日出稼ぎに王都へやってきたばかりの右も左もわからない田舎娘ですわよ!? いえ、ですよ!?」

 間違いようがない。今目の前にあたふたと焦りながら説明している女中志望の少女はレヒュブルク王国の第一王女。シャルロット・シャルロット・ティア・ノイマールその人だ。

 そうでしかない。いや是非違っていてほしいけど。もしも違ったらどんなにいいかと願わずにはいられないけど。

「あ、でもでもエリク様が私をシャルロット王女と同じく美しいとおもっている証!? であるならばありがたいことです私照れてしまいますわっ♪」

 いやんいやんと赤くなった頬を押さえながら身体を捻る少女、シャルロット王女を俺は――――――いや。三人はシラ~~~~ッとしたかんじで眺める。

「田舎・・・・・・・・・? おや? シャルさん、さっき私に教えてもらった経歴と違いませんか?」
「ああ、これは! ついうっかり! いえサム殿それは――――」
「はぁ~~~~~~~~~~~・・・・・・・・・」
「旦那様? 一体どういうことでございましょう?」
「さぁな・・・・・・・・・」

 何故仕えるべき王女が女中としてやってきたのか。そしてそれを隠そうとしているのか。とりあえず一つハッキリしているのはただ一つ。

 酷い眩暈に襲われまともに頭が働かないということだけだ。
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