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二章

十二話 ~意図せぬ任務~

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「そなたはこれがどういう意味かわからないか?」

 想定外だとばかりに長い睫を瞬かせられる。ウィリアム王太子は意味を介しているのか、念のため少し時間をもらって吟味してみるが、やはりサッパリだ。

「さっぱりです」
「いやはやこれは・・・・・・・・・・・・・せめてもの救いというか・・・・・・・・・妹が哀れというか」
「惚の字であろう」

 おもわず、声が出そうになった。

「恋している乙女の字であろう! 文章であろう内容であろうがああああああああああああああああああああああ!!」
「父上を黙らせろ」
「「「はっ」」」
「もが!? ふふぇいほほ~~~~!!」

 護衛達に後ろから羽交い締めにされたまま、ばたつかせた手足が更に挙動の激しさを増してまるで暴れ猪だ。一国の主とはおもえない。

 というよりもこんな人に今まで仕えていたのか・・・・・・・・・? 素知らぬ顔を維持している護衛達が多少不気味だ。こんなことを実はよくしているのだろうか?

「まぁ、父上は放っておくとして。シャルロットが君をどう想っているかどうかはわからんが。少なくとも嫌ってはいないのはたしかだ。うん。もしかしたら命を助けたことから信頼できるとおもったんだろう。うん。それと恩返しをしたいとおもっているのかもしれない。うん」
「はぁ」
「そういうことだな、うん。それでいい」
「かしこまりました」
「それに、私や父上をこれ以上自分のことで悩ませるのが忍びなかった。刺客がどこかにいるかもしれない。自分の側にいる誰かかもしれない。そんな不安と恐怖に怯え続けるのも耐えられなかったんだろう。うん」

 そういうことならば・・・・・・・・・・・・この手紙に書かれていることにも筋が通っている・・・・・・・・・・とおもえるが。

 だったら何故焦っているのだろうか? 何故残念そうに、そしてホッとしたように俺を見ているのだろうか?

「ともかくだ。離宮にシャルロットがいると周囲におもわせる準備は整った。だがシャルロット自身をどこに行かせるか。それについて父上と話しあっている間にシャルロットが提案してきた。エリク・ディアンヌの屋敷に赴くと」
「王女殿下が自ら?」
「そのとおり。父上はあのように猛反対した。そうしたら赴きたい、是非、お願いしますと必死に嘆願してきた」

 シャルロット王女は、国王陛下とウィリアム王太子を慮ったのだろうか。例え自らの生命の危機だとしても、なにかしたかったのだろうか。

 王族としての義務。責任感。あの小さくて可憐な少女、世間の穢らわしさなどなにも知らないという純粋さ。空回りしている女中としての仕事。それらの一切の裏に、隠された本心にはそこまでも覚悟があったのか。

「土下座をしてまでな」
「・・・・・・・・・・・・」
「必死すぎて身内である私も少し引いた・・・・・・・・・・・・困っていたが」
「お二人を助けたいという気持ちが強い御方なのですね」

 そうフォローするしかなかった。

「そしてその夜シャルロットは姿を眩ました」
「何故ですか!」
 
 つい叫ばずにはいられない。急展開すぎる。

「侍女とともに城を抜けだしたらしい。当然、驚いた」
「そうでありましょうとも・・・・・・・・・・・・」
「また刺客に攫われたかどこに消えたのか。だが手紙を見つけたし、侍女から連絡があってなそなたの屋敷にいると知った」
「そういう経緯があったのですか・・・・・・・・・・」
「そなたに身分と事情を教えていないのは・・・・・・・・・そうだな。うむ」
「だからこやつにシャルロットは――――もが!?」
「敵を騙すにはまず味方から。木を隠すなら森の中。そういう諺を実践しているのだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
「君に教えれば、忠義深く真面目な君のことだ。王女として接してしまい、周囲に怪訝がられるとおもったのだろう」

 逆に仕事ができなさすぎるせいで、屋敷の者達から怪訝がれておりますが。そんな事実を話すのは憚られた。 

「しかし、成程。わかりました」

 何故王女が身分を隠しているのか。何故急にやって来たのか。謎がすべて詳らかに。突拍子もない行動にもすべてに意味があり、肩の荷が下りた。

 だとするなら、俺のとるべき道は一つ。

「では私は今後、シャルロット王女を屋敷にて保護、護衛を続けるということでよろしいのですか?」

 それが俺の新たな使命。以前よりもより気が抜けない。王族を守るという身に余る任務は、これまで体験した戦いや事件、騎士隊の仕事と一線を画している。

「正体を知らないという体を装えばよろしいのですね? そして周囲にも隠しておく」
「ほう、頭の回転が早いのう」

 落ち着きを取り戻した国王陛下は、鼻を鳴らしながら護衛達を押しのける。ウィリアム王太子と並んで真剣味に溢れた顔つき、眼光。固めた決意がキュッと更に引き絞られる。

「通常の任務はいかが致しましょう。それと刺客の捜査に関しては?」
「うん。刺客に関してだが、こちらで進めるからそなたは気にせずとも良い。随時情報を共有するために連絡を取り合うよう取り計らっておくが。騎士団の仕事に関しては・・・・・・・・・怪しまれるかもしれんから普段どおりだ。だが団長には話を通しておこう。長時間シャルロットの側を離れるような任務からは外すようにとな」
「かしこまりました」
「なんだ、妙に物分かりがよいではないか」
「使命でありますから」
「なに?」
「守りぬきましょう。我が命に代えても」

 改めて騎士としての礼をとり、誓いを示した。

「ふん、」
「父上はああだが。妹を頼む」
「全力を尽くしましょう。シャルロット王女様には何人たりとも触れさせません。また私もシャルロット王女様を守ることのみに集中いたします」
「うん、そうか・・・・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・・・・喜んで良いのか同情すれば良いのか」
「?」
「呪いを受けたことについて、調べさせてもらった。噂は聞いていたが、実際どんな者なのか詳しく知っていなかったからな」
「・・・・・・・・・・・・」
「頼みにしている」

 同情か。憐憫か。瞳の奥に眠っている感情が僅かに垣間見えた気がした。それがどんな色なのか。呪われ騎士である俺にどんな気持ちがあるのか。

 だが、俺にはその言葉だけで充分だ。

「それで? 他になにか申しておくことはないか?」
「ではそうですね・・・・・・・・・最後に一つだけよろしいでしょうか?」
「なんじゃ」
「シャルロット様は動物がお好きで?」
「ん? ああ、そうだな。それが?」
「尻尾がある動物は特にではないでしょうか?」
 
 つまらないことだが、気になる点といえばもうそれしかおもいつかない。他愛ないことだが、今後の生活のためにも役立てることができるだろう。

 もしそうならば、シャルロット王女が妙に毛や尻尾に興味津々というのも説明ができる。

「・・・・・・・・・・・・なにかあったのか?」
「いえ、それは――――――――」
「よもや、貴様よもや!」
「エリク隊長。もう良い。下がっていい」

 またもや荒ぶる間際の気配を滲ませると、ウィリアム王太子が先んじてくれた。

「それでは、失礼いたします」

 これ幸いにと退室する。通路を歩いているとこれからのことが次々と思い浮かぶ。

 ひとまず、シャルロット王女の女中としての仕事はさせず。さりとてマリーにもサムにも違和感を抱かれないように刺客が捕まるまで安全に誰にも知られないようにすること。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな方法があるのか?

 今まで護衛をしたことは何度もあるが、どれも今回のような特殊な事例に比べても参考にはできない。

「エリク」

 部屋に残ったはずのウィリアム王太子殿下、どうやら国王陛下とのやりとりを終えて、先に公務に戻るらしい。さほど急いでいたというわけではないみたいだが、立ち話の体をとることになった。

「父上はシャルロットのことになると、我を失う。それだけ愛が深いということの証だが、あのような姿を晒されるのは・・・・・・・・・忘れてくれると助かる」

 苦労が垣間見える疲れたウィリアム王太子、きっとあんな国王陛下をこれまでも何度となく見てきたのだろうと察することができた。

 というか誰かに漏らしてもきっと信じないだろう。あんな国王陛下の話など。

「まぁ、仕方がない。それにしても女中とはなぁ・・・・・・・・・・・・」
「おもいきりましたな」
「うん、あの子は昔からそうだった。一旦決めたら周りが見えなくなるというか、一直線というか」
「わかる気が致します」
「はははっ。そうだろう。裏表がないからな。なに。それほど長い間、というわけではない」
「はい」
「ああ、そうだ。言い忘れていたことがある」
「? なんでしょうか」
「シャルロットは年頃だ。まだ未婚だし、当然誰かと愛しあったこともない」
「は、」
「いずれどこかに嫁ぐことになったとしても、騎士と、男と一つ屋根の下で暮らしているとなれば風聞に関わる」
「はい・・・・・・・・・・・・・・・」
「  手  を  出  す  な   よ   ?  」

 マジだ。マジの目をしている。

 それまでの爽やかさはどこへやら。一変して鋭い目つき。冗談なんてどこにもない。今までこういう目を何度も見てきた経験が、勘が、第六感がブワッと警鐘を鳴らし全身の毛が、一気に逆立ち尻尾が垂直に固まる。

「もしも手を出したら・・・・・・・・・・・・」
「打ち首、八つ裂き、晒し首ですか?」
「はっはっは。そんなことするか。父上でもあるまいし・・・・・・・・・生かしてはおく」

 国王陛下とは少し違う危なさを覚え、もう一度誓いをたてた。
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