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五章

四十一話 ~転落。呪われ騎士の誕生~

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王都にやって来てから早二年、エリクは十七歳になっていた。

 配属された隊にも慣れ、充実した日々を送っている。地味だが、実直に勤務して成果も上げている。エレオノーラとの恋人関係も順風満帆で結婚を意識するようになっていた。

「陛下がセイルンという場所に赴かれる」

 見合いをしないかという両親からの提案に、断りの手紙を返そうとしていた矢先だった。隊長からそんなことを言われたのは。

 セイルンというのは、古くから交易の拠点になっている王国の重要地。商人が集まり、観光に来る者も多く貴族達も避暑地として利用する。

 陛下が視察に赴く護衛に騎士団からも隊員を出す。エリクも加わるようにと命令されたのだ。

 上司から直々にそのような声がかかるということは実力を認めてもらっている、つまりは目をかけているということだ。エリクの同期では選ばれた隊員は騎士団にいない。つまり今後の昇進にも多大な影響するということだ。

 どこから噂を聞いたのか、昼食中に不平とも羨望ともとれるアランをやり過ごし。エレオノーラに会ったときにも報告する。視察の日程はまだ決まっていないが会えなくなるだろう、と。

「なにを膨れているんだ?」

 任務によっては数日~数ヶ月会えないのもザラにある。寂しがり心配したりすることはあれど、ありありと不満をわかりやすく態度に出すことは今までなかった。

「仕方がないわ。お仕事なんですもの。私が不満なのはそっちじゃなくてよ」
「じゃあなんだ?」
「貴方がお仕事の話をするときって、大抵嬉しそうにしているのがまるで恋人の惚気を語っているみたい」
「おいおい・・・・・・・・・」

 嫉妬だった。

「いいえ、いいわ。だってエリクの小さなときからの夢なのだしね。それに、私も誇らしいの。本当よ。毎度の社交界に招待されているのに断って会場の警備に就いて私とダンスするのも断る熱中するほど」

 だが、そんなエレオノーラも可愛いとおもってしまう。なにかお土産を買ってこようと決意した。

「とにかく。これ以上浮気しちゃダメってこと」
「浮気って、おいエレオノーラ。そもそも俺は遊びに行くんじゃないんだぞ」
「でも色々な人が集まるのでしょう。それこそ外国から来た女性や。海辺だから王都じゃ見ないような日焼けした肌の女性も」
「社交界になんて出る必要も、そんな女性達に目をくれるつもりもない」

 君がいるからだと囁いた。ムッとしていたエレオノーラ頬に朱がさした。

「狡いわ、私の騎士様」

 すっかりエレオノーラの口癖に、吹きだしそうになる。そのまま手を重ねたが、拒みも受け入れもせず。軽く頬にキスをされた。

 そのまま彼女と体を重ねたときに味わう情熱と快感も連想してしまう。

 そして先程の決意が変わった。帰ってきたらプロポーズしようと。

 それからは慌ただしかった。移動のための準備、陛下の宿泊する場所と港街の地形、日程とスケジュール。綿密な会議と日々の業務は目が回りそうだった。

 そして視察当日。エリク達は騎乗して陛下の周りをぐるりと囲んでいる。馬車の近くには親衛隊が固まっていて王族専用の馬車さえも目にすることができない。というよりも暇もない。

 時折挟む休憩中にさえ気が抜けない。見回り、道程の確認と道を先行して偵察しなければいけない。念には念を、というのはわかるが常にピリピリとした緊張感が漂っている。

 セイルンに到着してから、ようやく少し息をつくことができた。そして想定されていた事態が起らず、平穏な滞在だった。

 そして二日目の夜。見張りの交代のため戻ろうとしたときのことだった。

「弛んでいる。気を引き締めろ」

 厳かな低い声だった。つい背筋が伸び、こわばる程に。装いと横顔から誰かわかった。

「「「「申し訳ございません!」」」」

 泣きそうになりながら敬礼をした隊員達を一瞥すると、こちらに歩みを再開した人物に瞠り、頭を下げた。

「君は」

 通り過ぎるかとおもったが、自身に鷹のように鋭い視線を注ぎ続けている。そのままの姿勢を保ち、

 オーラン・ウェスタル。騎士団の実務を取りしきっている人物だ。

 剣術、武術、馬術においては騎士団では最強の呼び名高い。現場からの叩き上げで自他ともに厳しく、痩せこけて尖った顔つきと鋭い眼光から鬼とも例えられている。

 それでいて教養高く、優雅さを失っていない。赤みを帯びた焦げ茶色の髪の毛をオールバックに纏めていて口元と顎の髭を綺麗に整えられていて紳士然とした見た目からはまさしく騎士という印象がある。

 団長に就任するのも遠くないと噂されているほどの大人物だ。

「エリク・ディアンヌです。仮眠を終えたので見張りに戻るところであります!」
「ん、なにか変わったことは?」
「特にございません!」
「そうか。ご苦労。だが、どこか痛めているのか?」
「はい?」
「立ち方に違和感がある」
「! は、申し訳ございません。強いて挙げれば、馬でしょうか」
「なに?」

 ここまでの移動中、エリク達は馬に乗り通しだった。鞍がついているとはいえ、乗り慣れていないので腰と股に力を入れなければならない。鍛錬を欠かしていないとはいえ、普段使わない箇所が痛くなる。

 痛みがまだとれていないのだ。

「馬の動きに合せて、体を上下させられていないのだろう。それか軸がぶれて左右に揺れている」

 成程。たしかにそうだったかもしれない。訓練のときはできていたが、舗装されていない街道では難しい。

「鐙に体重をかける姿勢を維持できれば、負担は減る。乗りやすくなるだろう」
「ありがとうございます。次からはそう意識します」
「しかし、舟を使えば、そのようなこともなかったのだが」
「彼らのように余計なことはせずしっかり休んでおくことだ。しかし、他にもそういう隊員はいるのか?」
「数人は、いるようです」
「ふむ。舟を使えばそんなこともなかったのかな」
「舟、でありますか?」

 王国の領土内にはいくつか巨大な川がそこかしこに点在している。副団長によれば、一本は王都近くまで繋がっている。だから舟を使って川を遡上すれば・・・・・・・・・とのことだ。

「ここにも一日で到着しただろう。離宮と街道を隔てている川には漁師や商人が行き交ってるし、住んでる。川縁には船がいくつも並んでいるから、金を払えば泊まる金よりも安く済むだろう」
「よくご存じですなのですね」
「陛下はそんなことに使われないだろうが」
「何故でしょうか?」
「商人や荷物を狙った賊も現れるかもしれないからだ」
「あ、」
「常に最悪の想定をしなければならない」

 小さく微笑んだ副団長、オーランはエリクの肩をポンと叩き、期待していると短く言ってそのまま去っていった。

 今のエリクにとってオーランは雲の上の存在と同義だった。そんな人に叱咤ではなく、直接声をかけてもらったのは激励に近い。

 やる気が漲り、担当していた場所に赴く。

 すべてが順調だ。夢も仕事も恋も。人生はこれから絶頂に差し掛かっていくと自惚れていた。

 異変を感じとったのは交代する見張りの騎士がいなくなっていたからだ。

 周囲を探り、血の跡を発見した。

 海の漣、温い風に吹かれた草木の擦れ合う長閑さに紛れて。怪鳥の嘶きにも似た獰猛な唸りが聞こえた。

 血の跡を辿るより、他の隊員達を呼ぶより先に異質な気配が近づいてくる。

 生き物の形をしていた。だが、それは生き物の概念からは外れた異様な容貌だった。猪のようであり、豚のようでもあり、牛のようでもあった。腸のように細い首に皮から骨が露出している。

 血よりも深く濃く、赫々とした二つの宝石、いや眼球。そして闇の中でも輝く靄が纏いついている。おどろおどろしい影のような光を。

 そこから先のことは覚えていない。それに襲いかかられ、無我夢中で剣を振った。

 刃を突き立て、斬り、そして同じだけ傷を負った。それがピクリとも動かなくなると、冷や汗がとまらなくなった。

 内側から焼け尽くされていくようなジリジリとした痛み。筋肉の一本一本を焦すようなビリビリとした痺れ。否応なく痙攣が体のあちこちで生じる。寒くもないのに震えがとめられず、全身の毛という毛が逆立つ。

 暴れていた。体の中でなにかが。臓腑をすべて食い尽されているかのような苦しさが突然襲いかかる。

 意識を失ったあとも終始、そんな具合だ。全身が永劫に引き裂かれているように痛く苦しく。灼熱の業火で焼かれているほど熱い。

 目を覚ましたとき、化け物の姿となっていた。

 どんな物語にも登場しないような醜い姿だ。当然周囲からのエリクへの反応、態度、視線は残酷なものだった。

 人々はエリクに降りかかった出来事を、ある事象になぞらえた。あらゆる手段を使い調べて辿りついた結論も同じだ。

 呪い。

 古より語られている神話、伝承、絵物語の中に登場するありふれたまじないだ。むしろそうでなければ説明ができない。

 呪いと判明しても元に戻ることは叶わなかった。呪いについて詳細に記されている文献などどこにもないし、実例も皆無。どのようにしてかかるのか、どうすれば解くことができるのかも知っている者などいるはずもない。

 襲ってきたあれがなんであったのかさえ、既に消え去っていて調べようがないのだ。

 元に戻ることもできず己に降りかかった悲劇に嘆き狂い。化け物として忌み嫌われ蛇笏の如く扱われ。手に入れようとしたものの殆どを失った。

 悲しみのあまり自死すら試みたエリクは、やがて諦めた。そして受け入れた。

 唯一残った生き方を拠り所としながら貫くしかなく、いつしか呪われ騎士と呼ばれるようになった。 
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