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三章

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「と、いうわけです。思い出しましたか?」
「いえ、全然」

 がっくりと女神は肩を落とす。あれから説明をされているうちに、この自称女神をおもいだした。

 俺を勇者に選んだやつだ。あ~~、そうだった懐かしい。最近、受験勉強と高校入学の準備で、すっかり忘れていた。というか元の仲間達と女神の顔なんて、もうとっくの昔に忘れてたっけ。

「勇者ジン。私は――――」
「いや、俺レオンなんで。知らないので。前世とかどうとか言われても困ります。異世界になんていきません」
「いや、こっちの世界がむしろあなたには異世界で――――」
「俺高校入学するんで。こっちでの生活もあるし。ゲームだってしたいし」
「・・・・・・・・・・やはり、記憶が失われているのでしょうか。だって魂は絶対に勇者ジンと一緒だし」

 というか、今更なんだこいつは。俺がどれだけ葛藤と苦悩を経て青井レオンとして順応したか知らねぇだろ。というか、元々そういう女神だった。一緒に冒険をしてくれるわけでもないのに、戦いが終わった途端、啓示を授けて次はあの街へいけ、次はあそこにいけ、って指示だけだった。

 あ~~、むかついてきた。それに、一度死んだやつを自分たちの都合で呼び戻すなんてどんだけ勝手なんだ。滅びればいいのに。今まで散々放置してきやがったくせに。

 しかも、俺が死んだあとの説明受けたけど、どうも内輪揉めしているみたいだし。魔王という共通の敵がいなくなってしばらく平穏だったみたいだけど。勇者である俺がどうこうできる問題じゃないだろそれ。むしろ悪化するし、率直にいえばめんどくさい。

 けどこれは好都合。こいつは俺に記憶がないって勘違いをしている。このまま勘違いを押し通させてもらおう。今更電気もネットも漫画もテレビも娯楽もないあんな辺境世界に戻ってたまるか。ようやく念願の高校生活が幕をあけるんだ。

 それに、あかりの告白(?) だってまだ途中なんだ。

「あなたが女神だってのは、一先ず信じます。でも、何度も言いますけど俺勇者じゃないです。というかもう帰ってください。俺忙しいんで」
「え? え~~。ちょっと待っていただけます? 私も想定外すぎて・・・・・・・・・・・・・」

 わざとイライラしているってアピールとして舌打ち、貧乏揺すりを加える。

「あ、じゃあこうしましょう! あなたを異世界に戻せば前世の記憶が戻るかも!」
「戻らなかったらどうするんですか? 俺になにかメリットあります?」
「世界を救うことができます。それに、やりがいと人々から尊敬されてあなたの偉業が歴史として残ります」
「ゲームでもう世界何度も救ってるんで。自分の命を犠牲にしてまでやりたくないです」
「あなたにしかできないのです。あなたの使命、役割です」
「関係ないです」
「どうしよう、一筋縄じゃいかないわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 途方に暮れている女神に、俺は心中でほくそ笑む。このままいければ、諦めて帰るだろう。

「あの、本当にもう帰らせてください。寒いし腹減ったし。それに、幼なじみも大事な話の途中で――――」
「世界を救うのと自分の事情、どちらが大切なのですか?」
「もちろん自分に決まってんだろ」

 いい加減まじでむかついてきた。勝手に勇者に選んだくせに、今更俺のささやかで希望に満ちた日常を奪おうってのか? 

「そう・・・・・・・・・・・・・・。本当に忘れてしまったのですね」

 悲しそうに笑った女神に、俺は勝利のガッツピーズをしそうになる。

「そうね。急いてはことをし損じるって諺もあるし。出直します」
「できれば二度と来ないでください。聖剣も今返しますよ」
「いえ、それはまだ持っていて――――――――ってちょっと待って? 私聖剣の話なんてしましたっけ?」
「え? あ――――」

 しまった! 油断して下手こいたああああああああ!! 俺の馬鹿あああああ!!

「ええ。あなたが女神とか異世界とか勇者の説明をしてるときに、ちらっと。俺が聖剣を所有しているとかその気になれば、とかなんとか」
「ええ? そうだったかしら?」
「ええ。忘れたんですか?」

 ごまかせ! 盛大にごまかせ俺! ノリと勢いとテンションを最大限使え! 怪しがりはじめてる女神を全力で騙すんだ!

「そういえば、国王のお姫様のこと覚えていますか? あなたの後を追って入水自殺したんですよ?」
「え!? レイア姫が!?」
「あなたやっぱり覚えているでしょう!」
「ぎゃあああああああああああああ!! しまったああああああああああああああああ!! はめられたああああああああああああああ!! 汚いぞ女神いいいいい!!」
「どうして嘘をついていたんですか!」
「違う!! 俺は悪くないいいいいいい!!」

 ギャアギャアと叫びあって、落ち着くのに時間がかかった。

「よいですか。勇者ジンよ。嘘をついたことと、戦いと使命から逃げようとしたことは不問にいたします」

 なんか俺が悪いって流れになってるのが気に入らない。

「ですが、あなたも人の子。使命から解き放たれて知らない世界で生きて、離れがたい気持ちとなるのも理解できます。しかし、ある種の試練です。己の我執と欲望への未練を断ち、再び勇者として帰還するための必要措置。心の弱さを克服し次なる高みに至るため。そう。この世界での時間はすべて休息だったのです」
「はぁ」
「それでは改めて――――――――――」

 息を一端整えて厳かに、女神フローラが告げる。ここまできたら、俺も覚悟をしなきゃいけない。

「さぁ勇者ジン、今一度己の使命を果たすのです」
「いやだ!」
「え? え? なんで?」

 これは、決別だ。俺がこれから勇者としてじゃなく、青井レオンとして生きるための覚悟を示さないといけない。

「俺はもう、勇者には戻らない! 一人の人間として、ここで生きるんだ!」
「そ、そんなわがまま――――」
「大体、なんで今更なんだ! どうせだったら俺が赤ん坊のころとかに迎えにこいやぁ! なにしてやがったんだこの無能!」
「む、無能って。女神に対してなんという無礼な――――」
「やかましい! 俺の苦労もなにも知らないでなに偉そうに有能ぶってやがる! 第一てめぇ女神だってんなら自分一人でなんとかしてみやがれ! もっともらしいことほざいてるけど自分がめんどくさいだけだろ!」
「ち、違います。私は世界に直接干渉することができないのです。今こうして時間を止めていられるのも私の精一杯で――――」
「だったらもっとできるように努力しろや! 自分の無力さと怠慢を棚にあげて人に押しつけて責任とらせようとしてんじゃねぇ! パワハラ上司かてめぇは!」
「ぱ、ぱわはら?」
「そもそも一度死んだ人間を嫌々戻して戦わせるなんて魔王より最低じゃねぇか! 俺はもう異世界では死んでるんだよ! こっちの世界でようやく当たり前の幸せと平穏を享受してるんだよ! それを奪うなんざ魔王より極悪じゃねぇか! 女神じゃなくて悪魔だ悪魔!」
「あ、悪魔って言っていいことと悪いことが――――」
「とにかく! 俺はもう勇者には戻らねぇ! 絶対だ!」
「そ、そんな。あなたの愛した世界も人々もどうでもよいと?」
「当たり前だろ! そんなもんポテトチップスとコーラとオンラインゲームにも劣るわ! 今生だけじゃなくて来世も来来来世でもごめんこうむりたいね!」 

 一息に、全部ぶちまけたおかげで、喉が痛いし息切れする。ぽかんと間の抜けた顔をさらしていた女神フローラは、へなへなと力なくその場に座りこんだ。

「昔はこんな子じゃなかったのに・・・・・・・・・・・・・・・もっと素直で実直で真面目な子だったのに・・・・・・・・・・・・」

 母親かおのれは。

「・・・・・・・・・・・うん、わかりました。説得は不可能なのですね。なら私も」

 お、諦めたか。へへラッキー。女神フローラが指パッチンをすると、世界が途端に動きだした。ほっと胸を撫でおろしたけど、なにかが倒れた音が。あかりがその場に伏せている。

「あかり! 大丈夫か!? おい!」
「う、うう~~ん」

 よかった。命に別状はないらしい。女神の魔法の影響か? だとしてもどうしてあかりだけ? 一番近くにいたから? なんにしろ、女神ろくなやつじゃねぇ。今度会ったら殴る。

「なぁ、あかり。お前大丈夫か?」
「わ、私、どうして? あれ? レオン?」
「立ち眩みかな。大丈夫か?」
「う、うん。私、レオンに――――」

 立ち上がろうとするあかりを支えて、なんとか立ち上がる。まだ足どりは怪しいままけど時間が経てばなんとかなるか?

「ひとまず、帰ろう。卒業式で緊張してたんじゃないか? それで、気が緩んだとか。それかお前昨日夜更かししたんじゃねぇか? はは」

 もう告白どころじゃない。少し残念だけど、まだ機会はいくらでもある。

「この子には、そんな優しい顔で喋るんですね。安心しました」
「え? あかり?」
「ぎりぎり間に合いましたね。よかった」

 声音。口調。表情。視線。俺の知っているあかねといきなり別人のようだと錯覚した。いや、錯覚であってくれ。このかんじ、まさかと恐怖せずにいられない。

「私です。勇者ジンよ。女神フローラです。この子の魂の一部に私の人格を埋め込みました」
「は、はああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 錯覚じゃなかった。

「頑なすぎるあなたを説得するための、応急的手段です。この子の中であなたが元の世界に戻る方法を探ります。どうかよろしく」
「なにをしてんのだあああああああああ!! このくそ女神がああああああああああああああああ!!」

 頭を抱えて膝をついて絶叫する。くそめんどうなことしやがって。なに人の幼なじみ乗っ取ってくれてんだ。人の人生なんだとおもってんだ。

 夢に描いていた高校生活は、白紙に戻った。それだけがたしかだった。
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