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九章

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「で?」

 エレクリオットが消え、説明しようとしていた俺達は、並んで正座させられた。逆らうなんて無理ゲーなほどで、抗議しようものならさっきのエレクリオットと同じ末路が待っている。そんな圧倒的プレッシャーと迫力、そして力を見せつけられた俺達三人は抗議することも身動ぎすることもできない。

 俺達三人とほぼ互角で、倒しきれなかったエレクリオットを消し去ったという事実と、あかりの態度。圧倒的強者を前に、後ろめたさと本能が告げている恐怖は尋常なものじゃない。


 痛々しいほどの静まった空間で、いたずらに睥睨していたあかりがようやく言葉を発したかとおもえば、「で?」というたった一言のみでどんな意図が含まれているのか把握するのも困難だった。

 ただチラ、チラッとお前が喋れ、いやお前がって三人とも目で合図をこっそりと送るのが関の山。

 ダァン!!(おもいっきり床を踏む音)
 
「「ひっ・・・・・・・・・」」
「で?」

 いや、でって。なにを聞こうとしてるんだろう。せめてそれだけでも――

 ダンダァン!!(連続で床を踏む音)

「で?」

 さっきよりも殺気を帯びた声音。ビリビリと震えている空気。勘違いじゃないなにかの力があかりから漏れだしているのか、淡く光っている。これ以上黙っていたら命が危ない。

「俺達は、その、この世界の人間じゃなくて、異世界から転生してきました・・・・・・・・・」 
「知ってる」

 え? と。意を決して話したことだけど、それじゃないの? と面喰らう。

「俺は元勇者で、桃音は元魔王。白亜は元魔王の部下のダークエルフでした」
「知ってる」
「それで、最初この二人には勇者だってバレないようにしてて、あと俺を連れ戻すために女神フローラってろくでもないやつがあかりの中に」
「知ってる」
「え、~~っと。それで、つまりあかりを巻きこんだり、記憶が曖昧になってたのも女神フローラのせいで」
「わかってる」
「えっとえっと。それで俺は白亜に協力してもらって女神フローラをなんとかしようとしていて」
「それも聞いた」
「えっとえっと・・・・・・・・・」
「私、この人に一度殺されました」
「ウチは転生魔法を完成させました」
「わかってる」

 あかりが聞きたいことが、俺にはわからない。ただあかりの不機嫌さと漏れだしている力が圧倒的に上がっているからなにを聞きたいんだ? なにを話せばいいんだ? って焦りだけが生じる。

「ね、ねぇあかりっち? 一つ聞いてもいい? あ、いや。聞いてもいいでしょうか?」

 ギロリ。一睨みされて背筋をピンと伸ばし、挙手をした白亜の前に悠々と移動した。

「えっと、どして異世界絡みのことそこまで把握できてん?」

 あ、そうだ。恐れ多くてスルーしてたけど。

「あと、さっきのあなたの力って女神フローラのものですよね? どうして自在に使えているんですか?」

 女神フローラに残された力は、あかりに取り憑くのが精一杯で時間的余裕がないほどだった。そもそも女神フローラはあんなに攻撃できる能力はない。
 
「さっき気を失っているとき、女神フローラってやつと話したのよ。それで全部の事情を聞かされたの」

「最初は夢だっておもったわ。でも、最近のこととかいやに具体的なこととか聞かされたり。実際に私に成り代わっているときにレオンにいろいろやっているときの記憶を見せられて、符に落ちたの。あ~~、そういうことだったんだなって」

 ふ、と全身に張っていた力が抜けて穏やかになった。

「それに、目を覚まして真っ先にあんた達が戦ってて。これで信じるなってのがおかしいでしょ? それに、あの力は聖剣と防具を利用したのよ」
「利用・・・・・・ですか?」
「そ。具体的には私も難しいんだけど。あいつの聖剣とか防具を女神フローラへの捧げ物として、自分のものにしたの。それを魔力に変換して魔法として操れるようになったってわけ」
「なるほど。魔族でいう生け贄で魔法を展開するのと同じ理論ですね」
「くそやべぇじゃん! あかりっちただのパンピーなのに!」
「・・・・・・・・・」
「あ、サーセン。マジパネッスあかりさん」
「レオン?」
「は、はいい!」

 名指しで指名されて、声が裏返るほど狼狽する。そのまま脳天に拳が振り下ろされた。


「なんであんた私に真っ先に言わなかったのよ。私おもっくそ巻きこまれてんじゃん。もう少しで私死ぬとこだったんでしょ」
「そ、それは・・・・・・」

 ドゴン! ともう一度拳が。

「なにコソコソと隠し事してんの。私が死んでもどうでもよかったってわけ? あんたにとって私って自分より優先順位低い存在なの?」
「ち、違う・・・・・・・・・」
「答えなさいよ、なんで、」

 拳は、こなくなった。頭が割れ、へこみ、脳みそがグチャグチャにシェイクされるほどの痛みがやんだ。代わりに生温かいものが。

「ずっと一緒だったでしょ、ずっと側にいたでしょ、なによ。なんで私には言わないで、内緒にしてたのにこの二人には言えてたのよ・・・・・・馬鹿、アホ・・・・・・マザコン。ファザコン・・・・・・・・・」

 泣いていた。大粒の涙がポタ、ポタ、と床に染みを作っていく。真っ先自分がすべきことを、事ここに至ってようやく理解できた。内緒にしていたこと。それはあかりを守るためだっておもってた。

 けど、内容自体はどうでもよくて。隠し事をしていたことが許せなかったのか。それだけ俺との関係と今まで積み重ねてきた時間が、否定された。そんなつもりは微塵もなかったけど、あかりにとってはショックだったんだ。

 他の人にはない、幼なじみって間柄を大切にしていたのは俺だけじゃなかった。あかりも捉え方は違うけど、俺と同じだった。嬉しくて、申し訳なくて。
 
「ごめん。ごめんあかり」
「許さない・・・・・・絶対に許さない・・・・・・・・・」
「ごめん。内緒にしてて、なにも言わないでごめん」

 あかりがこんなに泣きじゃくるのは、いつぶりだったろう。なんだか場にふさわしくないくらい懐かしくなって、そして申し訳なさすぎて、頭を撫でてしまった。

「あんたの前世がなんだろうと幼なじみだってことは変らないでしょ」
「うん。ごめん」
「つぅか何よ勇者ジンって。よく今まで隠せてたわね。おもえば幼稚園の頃から―――」
「ごめん。ごめんなあかり」
「許さない。絶対許さない」

 俺はあかりに謝り続け、あかりは俺に文句を言い続けた。    

「いい? 今度から隠し事は絶対なしだからね」

 どれくらい経っただろう。あかりは泣きすぎてすっきりしたってかんじで、いつもの調子で偉そうに指を突きつける。白亜も桃音もいつの間にか正座を解いている。

「はぁ~~~。それにしてもとんでもない有様ね。これどうすんのよ」

 崩壊しかけの体育館に、操られて気絶している人達。

「ひとまず、私と白亜は魔法使えますし修復と後始末ができますけど」
「あ、それありー。あかりっちも魔法使えるんだし三人でやれば秒でいけるっしょ?」
「じゃあ俺は―――」
「あんたは掃除」
「・・・・・・・・・あい」
「というか委員長。あんた魔王だったのね。どこからどう見てもおもえないわ」
「桃音でいいですよ。白亜もそう呼んでください。もう過去に拘るのやめたんで」
「お、マジで!? さっすが元魔王話がわかるぅ~~!」
「おっけ。じゃあ桃音ね」

 異世界絡みの問題を乗り越えたっていう共通の認識のおかげか。三人は和気藹々としている。女神とダークエルフ、魔王、そして勇者。それぞれが敵対し、憎みあっていた転生前では信じられない光景だ。

 もしかしたら、俺が気にしすぎていたのかもしれない。最初からこうやって転生前どうだったとかに囚われないで正直に話していれば、もっと早く仲良くなれていたんじゃ?

 とはいえ、終わったことを論じてもしょうがない。これから俺達の新しい関係を築いていけばいい。

「ちょっとあかりさん? 女神の力のせいで私の魔法が強制キャンセルされてしまうんですが。もう少し離れてもらっていいですか?」
「そんなこといわれても細かい制御まだできないのよ!」
「やべ。ちょち写めっとこ」

 ・・・・・・・・・うん。大丈夫。きっと大丈夫。

 さぁ~って、掃除しようか。それにしても、どこから掃除するか。
 
「そういえばレオン。ちょっち聞いてもいい?」
「ん、なんだよ白亜」
「あんたいつの間に委員長と下の名前で呼び合ってんの?」
「え?」
「「あ」」

 一斉に、空気が変った。主に桃音とあかり。

「そういえばそうね。なんで?」
「男女がいきなり下の名前で呼び合う。つまりはそういうことです」
「・・・・・・・・・は? ちょっとどういうこと?」
「いや、あのな?」
「いいです、レオン。私から説明しましょう」

「私達は過去の因縁を乗り越えました。勇者として魔王として啀みあい争っていた過去よりも、これから新しい関係性のために、呼び方を変えたのです」
「あ、そう。そういうことね。なぁ~んだ。びっくりした。まぁ、友達なんだから下の名前で呼び合うなんて普通よね」
「ええ。そうですね。たしかに友達です。今は」
「・・・・・・・・・い ま は?」

 なんだか不穏な流れになってきた。

「ええ。これからどうなるか。それは私達にもわからないでしょう。元魔王と元勇者が友達になるなんてありえないことだったんですから。恋人になるか夫婦になるかラマンになるかカキタレになるか。未来のことなんて誰にもできません」
「へ、へへへへへへぇぇ~~~。そうなんだぁぁぁ~~~。へぇ~~~~~~」
「ちなみに、レオンもそれを肯んじてくれました」
「ちょ、おい!?」

 女神の力が、突如としてこっちに迫ってくる。間一髪、バチィン! と桃音の魔法が相殺。 

「ちょっとレオン! どういうこと!? 桃音とどういう関係になってんの!?」
「いや、落ち着け。女神の力使ったら―――」
「そうです。非常識ですよ」
「うるさい! なに魔王と勇者が意見揃えてんのよ! 禁止! あんた達下の名前で呼び合うの禁止! そうしないと世界の均衡が壊れてしまうの! 女神がそう囁いているんだから!」

 嘘つけ。そんなこと聞いたことないぞ。


「もうそれは過去のことです。過去に囚われ、未来の可能性を潰してはいけません。むしろ過去の戒めとして勇者と魔王が結ばれるのは自然のこと。それに私達はもう只の男と女。ある意味ただぼんやりと側にいただけの幼なじみなんていう属性よりも転生前からの知り合いだったのですから」

 二人がヒートアップして、魔法がバシ、ドガ、ボゴン! と飛び交う。

「は、はああああ!? 委員長で元魔王っていう属性てんこ盛りなんかより慣れ親しんだ関係のほうがいいに決まってるでしょ! 前世からの知り合いだからなによ! それを言うなら私だって転生前はレオンの幼なじみだったのよあんたより関係長いの! さっきおもいだしたわ!」

 なんだろうこれ。なんでさっきまで和気藹々としていたのに、血で血を洗う死闘勃発寸前みたいなかんじ?

「このままでは埒があきません」
「そうね。ちょっとレオン」
「はい?」

「女神フローラの依り代となった幼なじみと」
「転生前から因縁のある元魔王で委員長と」
「「どっちを選ぶ!?」」
「とりあえず、掃除しない?」

 二人の魔法が、息が揃ったように直撃した。

「こうなったら・・・・・・・・・」
「とことん決着をつけるしかないですね」
 
 物騒な言葉を残し、二人は宙に浮く。手を伸ばすけど、今の俺には届かない。

「いやぁ~~。まずいことになっちったねぇ~~。ウチが余計なこと聞かなきゃよかったかも~~」

 白亜は携帯で動画を撮りつつ、俺を中心に淡い膜、防御魔法を発動してくれた。

「とりま、二人の魔力が無くなるまで放置っきゃないっしょ~~」
「なぁ、白亜。あの二人友達になれるとおもうか?」
「ん~~? 無理っしょ。キャハハハ」

 ・・・・・・・・・猛烈に。十年以上ぶりに。元の異世界に帰りたくなった。  
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