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九章

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「こ、こいつら・・・・・・!」

 ようやく一撃を加えられた。こちらは三人とはいえ、消耗が激しい。女神の加護は、あとどれだけ使えるのか。桃音は体力と気力に負担がかかりすぎている。白亜もどれだけ魔法を放てるか。

「こんなこと許しておいていいわけが・・・・・・・・・」
「「うらああああああああああ!!」」

 ここしかない。エレクリオットに追撃する。俺と桃音でしがみつく。もつれあいながら絡みあうように倒れこんだ。聖剣の柄で顔面を殴りまくる。

「おらああ! おらおらおらああ!」
「ぐ! ぶべ! へぶ!」

 もう手段は選んでいられない。なりふりかまえない

「こ、この! やめろおお! 正々堂々と! それでも元勇者か!?」

 正々堂々? なにを甘いことを。

「助太刀するし!」 
「良く来た白亜!」
「白亜鎧脱がせなさい! もしくは無効化しなさい!」

 ナイス指示、桃音。エレクリオットの防具は魔法の効果があるから、無効化できれば有利になる。

「追い剥ぎか貴様ら!」 
「黙れ!」
「あ、白亜! ベルト外せ! 服もきっと魔法かかってるぞ! 全裸にしろ全裸に!」
「やめろおおおおお!!」

 エレクリオットの抵抗が、一層激しくなった。三人がかりとはいえ、押えるのが難しい。
 
「勇者の聖剣を触れない! ちょ、熱い! 髪の毛焦げてる!」
「あ、そだ! 勇者の股間攻撃しろし! そうすりゃ勇者の勇者が立ち直れなくなんじゃね!?」
「それだ! やれ!」
「く、くそ! 私が何故こんな目に!」

 桃音の全力のストンピングが股間に踏み下ろされた。魔王の魔法が加わっている重く鋭すぎる攻撃がどれだけエレクリオットにとって痛く残酷なことか。「~~~~っっっ!!」という声にならない悲鳴が二度三度聞く度に股間がひゅっとした感覚に陥る。

 同じ男として同情しながらも、聖剣を蹴り遠くのほうへ。白亜と一緒に鎧を脱がしにかかる。ズボンに手をかけるところまでいって、ぶわっとエレクリオットを中心とした強い波動に吹き飛ばされた。

「くそ、もう少しで両方潰せたのに・・・・・・・・・」

 桃音の物騒すぎる後悔を横で聞き、ゾッとする。
 
「き、貴様らあああああ・・・・・・・・・許さん、許さんぞおおお・・・・・・!」

 パンツ一丁で腰が引けて足がプルプルと内股になっているエレクリオットには、勇者らしさなんて欠片もない。よくて不審者、変態だ。さっきまでの圧倒的強者である要素は微塵もない。

 こいつにはもうなにもない。猛威を振っていた力はどこにもなく、聖剣も手から離れている。であっても、情けなく弱々しい姿は哀れみを誘う。弱い者いじめするみたいだ。

「改めて、貴様らがどれだけ危険な存在か理解できた! 勇者として、この屈辱は晴らさせてもらう!」

 こいつ、今の自分の格好に気づいているのか? 気づいているけどそれでも勇者ぶってんのか? だとしたら本物だ。俺だったらできねぇよ。

「ほう? どうやって晴らすっていうんですか?」
「だよね~~魔王様。こいつすっぽんぽんでなに勇者ぶってんだってかんじだし! 誰も今のこいつ勇者なんて信じねっの!」

 桃音と白亜は全力で煽っててめっちゃ楽しそう。魔王の頃の残忍さと、ダークエルフの頃の酷薄さが滲んでる。エレクリオットが弱体化したから気持ち的に余裕ができたんだろう。よくて五分。いや、人数が多い分こっちが有利と確信しているのか。

「その強気がどこまで通せるか見物ですね」
「まぁウチら殺そうとしてきたのそっちだしね~~」

 まぁ俺も全力でやらせてもらうけど。命をとるまではいかなくていい。けど、もう俺達に関わってこないという徹底した敗北を与えるだけでいい。

「う、うううう・・・・・・・・・」

 ダッ! と身を翻して脱兎のごとく駈けだした。反射的に俺も目的を察知できて、同じ方向へ。お互いの手が聖剣に触れるか触れないか。どちらにせよ、これさえ奪えれば。

「「え?」」

 聖剣が、消失した。フッと跡形もなく消え、エレクリオットの頭と自分のがごっつんこと盛大にぶつかった。

「ど、どうして・・・・・・」

 俺よりダメージを受けていないのか、もんどり打っている俺とは違い、聖剣があった位置を呆然と見つめている。

「き、貴様ら。聖剣をどうした!」

 エレクリオットのみならず、俺達にだって状況が飲み込めない。白亜、桃音を交互に確認の意味で見やるけど横に首を振るだけだ。

「答えろ! 私の聖剣をどこに!」
「うるっさいわね。いい加減にしてくれる?」
 
 エレクリオット、そして俺達以外の人物、聞き覚えのありすぎる女の子の声が耳朶を打った。

「うっわ、体育館とんでもないことになってるじゃない。あんたこれ直してくれるんでしょうね? それとも警察に通報しようか?」

 今の今まで蚊帳の外に置いておくしかなかった、幼なじみのあかりがスタスタとやってきた。

「あ、あかり?」
「うん。おはよう」

 呑気な挨拶をしたあと、あかりはいつも通りの様子できょろきょろと見回しはじめた。え? え? どうしよう?  と意味もなく忙しなく焦ってしまう。

「お前どうして。あ、いやこれはな?」
「その話はあと。今はこの新しい勇者に話したいことがあるから」
「え?」

 今新しい勇者って?
 
「き、貴様は・・・・・・・・・?」
「私は谷島灯。こいつ、青井レオンの同級生で幼なじみ。それで女神フローラの依り代ってやつ?」

 勇者エレクリオットが表情を一変させた。一気に警戒の色を漲らせて距離をとる。今まであかりは女神のことも、異世界に関わることは内緒にしていた。けど、今の口ぶりだと。

「あんたの聖剣? 私と女神フローラが預かってる。力が無くなりかけてるとはいえ、それくらいのことはできるのよ。勇者ジンに与えた聖剣が折れたから、あんたのを新しい聖剣に選んだの」
「な、なにを勝手に!」
「勝手? 勝手はそっちでしょ? 自分達の都合が悪いときには助けを求めてありがたがってたくせに。こっちの都合も理由も考えようとしないでいきなり殺しにくるやつがよくそんな台詞吐けるわね」
「小娘が! こちらの事情も知らないで!」
「あんたらだってこっちの事情知ろうともしないでしょ?」

 す、すげぇ。只の一般人が異世界の勇者と互角に言い合ってる。

「というか、自分たちで解決できる力得たんだったらいつまでも下らないことに拘ってんじゃないわよ。危険性だのなんだの。こっちの世界に迷惑かけないでくれる?」
「この、言わせておけば!」

 バッと掴みからんばかりの勢いのエレクリオット。あかりを守ろうとして足を一歩踏み出して。

「この男だって貴様を騙していたんだぞ!」

  そして、止ってしまった。

「こいつは、青井レオンのフリをして、勇者としての責務を放棄したんだ! 貴様にそのことを内緒にして、個人的感情を優先していたんだ! 何食わぬ顔で貴様の側にいてこの世界の住人のフリをしていたんだぞ!」

 反論できない。女神フローラが現われてから、なにがなんでも隠そうとしていた事実。見方によっては騙していた、フリをしていたと捉えられても仕方がない、後ろめたい秘密を暴露されて、俺は動けなくなってしまった。

 チラッとあかりがこちらを窺う。申し訳なくて、目を合わせられなくて、俯くしかない。

「うん、やっぱりね」

 ボソッとなにかを呟いたあかりは、もう一度エレクリオットとむきあった。

「だからなに?」
「は?」
「例え前世で勇者だっただろうと、なに? 転生したからなに? くだらないわ」
「な、な?」
「あんた達にとってこいつが勇者ジンであるのと同じように、私にとってはゲーム好きで、デリカシーなくて、困ったやつで、ずっと小さいときから一緒だった幼なじみだってことに変わりないから」

 やばい、泣きそうだ。

「こいつにはちゃんとした両親も戸籍もあるのよ。この世界で私と一緒に過ごした時間もたっぷりとあるのよ。フリってなによ。こいつは青井レオンだって、偽物だっていうなら、私が証人よ。違う世界の価値観に当て嵌めるんじゃ無いわよ」

 あかりが幼なじみでよかった。あかりを好きになってよかったと、こんなに実感できたことはない。
 
「新藤白亜も、神田川桃音も、同じよ。今後私達に関わったら承知しないから」
「あかりっち・・・・・・」
「谷島さん・・・・・・・・・」

 桃音も、白亜も、俺に似た気持ちなのか。なんともいえない表情に。

「そもそも、あんたらにとって勇者って、なに? 勇者だったら幸せを求めちゃいけないの? 楽しく生きちゃいけないの? 私だったらごめんよ。そんな自由もない称号なんて。ゲームの中だけのほうがまだマシだわ」
「う、ううううう・・・・・・・・・・・・」

「うわああああ!!!」

 飛びかかりかけたエレクリオットに、あかりはただ指を一本当てた。スピード、勢い、体躯。エレクリオットに比べともすれば折れてしまいかねない、細く小さく頼りない。けど、それだけでエレクリオットがとまった。その場に浮いた状態で留まり。空中に固定されたかのように、指一本ですべての動きを制止させられた。

「なにが勇者よ。なにが女神で魔王よ」

 そのまま、ぐぐぐぐぐ、と大きく仰け反りながら拳を硬く握りしめて振りかぶった。エレクリオットに直撃した攻撃は、空が、天が、世界が割れたかのような衝撃の余波と音波を発生させた。

「幼なじみ舐めんじゃないわよ」

 エレクリオットはそのまま天井を突き破り、小さくなっていく姿さえ晒せないほどの速さで吹き飛んでいく。どこまで行ってしまったのか。もう残滓さえ辿ることもできない。

「レオン?」

「とりあえず、全部説明しなさい。あんたのこと、そして私のこと。あんたの口から」

 あかりの怒っていて、それでいて真剣な面持ち。ああ、まだ終わっていないんだなってことを悟った。
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