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本編
昼休みに降臨する大天使-1
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翌日の昼休み、紗綾は教室で香澄と昼食を食べようとしていた。
いつも学食に行くわけではない。教室で済ませることの方が多いくらいだ。
不意にぴたりと教室の喧噪が止み、何事かと紗綾は入り口の方を見た。
「ぶ、部長!?」
「ま、将也先輩……?」
香澄と同時に紗綾も驚きの声を上げた。
教室内がおかしな空気になった根源は将也だったのだ。
彼はゆっくりと教室内に入ってきて、また教室内はざわめきに包まれる。
将也は少し困ったように眉を下げて、それでもいつも通り穏やかに微笑んでいた。
「やあ、田端君、紗綾ちゃん。ご一緒しても構わないかな?」
手には弁当の包み、紗綾は思わず香澄と顔を見合わせた。
学食で遭遇し、昼食を共にしたことは何度かある。陸上部の面々が一緒だったことも彼だけだったこともある。
しかし、今まで彼が教室にやってきたことはなかった。
「それとも、教室まで押し掛けて女の子同士の楽しいランチタイムを妨害するのは無粋かな?」
微笑まれて、追い返すことなどできるはずもなかった。少なくとも紗綾には不可能だ。 近くの席のクラスメイトが気を利かせて席を譲り、将也は笑顔を浮かべた。
昨日のことかもしれない。紗綾は身構え、香澄は眉間に皺を寄せ、首を傾げていた。
「急にどうしたんですか?」
「まあ、ちょっとね……お詫びも兼ねてってことで」
やっぱり、と紗綾は心の中で呟く。
昨日のことが関係しているのではないかと思ったのだ。彼はとても律儀なところがある。
「お詫び?」
「昨日、折角、見学に来てくれたのに嫌な思いをさせてしまったみたいだからね」
紗綾は香澄に昨日のことを言っていなかった。
彼女が切り出さなかったから黙っていたのだが、気付いていなかったようだ。
「昨日、来てたの?」
「うん、色々あって、帰っていいって言われたから……」
何だか悪いことをしたような気分になりながら紗綾が言えば、香澄は何やらショックを受けたように頭を抱えた。
「嘘っ、全然、気付かなかった!」
「君もまだまだだね、田端君」
「部長だけずるいですよ!」
「ずるくないよ。まあ、集中しているっていうのはいいことだよ」
クスクスと将也が笑えば、香澄がくわっと噛み付く。
陸上部の先輩と後輩、こういったやり取りは何度か見ているが、面白いものである。
部の中でも噂が立つのも納得できるほど仲の良い二人だと紗綾は思っていた。
しかし、そこで香澄がぴたりと動きを止めた。
「でも、嫌な思いって……」
「私が悪いの……ご迷惑おかけしました」
香澄の心配そうな眼差しさえ申し訳なく思いながら、紗綾はぺこりと頭を下げた。
心配される筋合いではない。全て自分が悪いのだから。
それなのに、将也はひどく優しい笑みを浮かべる。
「迷惑なんて思ってないよ。折角、士気が上がったのに、いいところで君が帰ってしまうから、少し黒羽の言葉を借りたくなったけどね」
「……あー、急に女の子達追い払ったのってそういうことだったんですか」
納得したように香澄は言うが、その表情には陰りがあり、将也の表情からも笑みが消える。
「君、嫌なところだけは見逃してくれないんだね」
将也が溜め息を吐いて、紗綾は香澄を見たが、彼女は黙ったまま何も言わない。
「とにかく、僕はうちの部だけでも君の味方でありたいと思ってるんだ。だから、君に酷いことを言って、追いやるような子たちには見学してもらいたくない。空気が淀んでしまうからね」
「でも……」
確かに昨日は知らない女生徒達にひどいことを言われたが、そんなことは既に慣れているし、わかっていた。直接言われたわけでもない。
だから、やはり、迷惑だったのだと思いたくなってしまう。その淀んだ空気の根源は間違いなく自分なのだから。
いつも学食に行くわけではない。教室で済ませることの方が多いくらいだ。
不意にぴたりと教室の喧噪が止み、何事かと紗綾は入り口の方を見た。
「ぶ、部長!?」
「ま、将也先輩……?」
香澄と同時に紗綾も驚きの声を上げた。
教室内がおかしな空気になった根源は将也だったのだ。
彼はゆっくりと教室内に入ってきて、また教室内はざわめきに包まれる。
将也は少し困ったように眉を下げて、それでもいつも通り穏やかに微笑んでいた。
「やあ、田端君、紗綾ちゃん。ご一緒しても構わないかな?」
手には弁当の包み、紗綾は思わず香澄と顔を見合わせた。
学食で遭遇し、昼食を共にしたことは何度かある。陸上部の面々が一緒だったことも彼だけだったこともある。
しかし、今まで彼が教室にやってきたことはなかった。
「それとも、教室まで押し掛けて女の子同士の楽しいランチタイムを妨害するのは無粋かな?」
微笑まれて、追い返すことなどできるはずもなかった。少なくとも紗綾には不可能だ。 近くの席のクラスメイトが気を利かせて席を譲り、将也は笑顔を浮かべた。
昨日のことかもしれない。紗綾は身構え、香澄は眉間に皺を寄せ、首を傾げていた。
「急にどうしたんですか?」
「まあ、ちょっとね……お詫びも兼ねてってことで」
やっぱり、と紗綾は心の中で呟く。
昨日のことが関係しているのではないかと思ったのだ。彼はとても律儀なところがある。
「お詫び?」
「昨日、折角、見学に来てくれたのに嫌な思いをさせてしまったみたいだからね」
紗綾は香澄に昨日のことを言っていなかった。
彼女が切り出さなかったから黙っていたのだが、気付いていなかったようだ。
「昨日、来てたの?」
「うん、色々あって、帰っていいって言われたから……」
何だか悪いことをしたような気分になりながら紗綾が言えば、香澄は何やらショックを受けたように頭を抱えた。
「嘘っ、全然、気付かなかった!」
「君もまだまだだね、田端君」
「部長だけずるいですよ!」
「ずるくないよ。まあ、集中しているっていうのはいいことだよ」
クスクスと将也が笑えば、香澄がくわっと噛み付く。
陸上部の先輩と後輩、こういったやり取りは何度か見ているが、面白いものである。
部の中でも噂が立つのも納得できるほど仲の良い二人だと紗綾は思っていた。
しかし、そこで香澄がぴたりと動きを止めた。
「でも、嫌な思いって……」
「私が悪いの……ご迷惑おかけしました」
香澄の心配そうな眼差しさえ申し訳なく思いながら、紗綾はぺこりと頭を下げた。
心配される筋合いではない。全て自分が悪いのだから。
それなのに、将也はひどく優しい笑みを浮かべる。
「迷惑なんて思ってないよ。折角、士気が上がったのに、いいところで君が帰ってしまうから、少し黒羽の言葉を借りたくなったけどね」
「……あー、急に女の子達追い払ったのってそういうことだったんですか」
納得したように香澄は言うが、その表情には陰りがあり、将也の表情からも笑みが消える。
「君、嫌なところだけは見逃してくれないんだね」
将也が溜め息を吐いて、紗綾は香澄を見たが、彼女は黙ったまま何も言わない。
「とにかく、僕はうちの部だけでも君の味方でありたいと思ってるんだ。だから、君に酷いことを言って、追いやるような子たちには見学してもらいたくない。空気が淀んでしまうからね」
「でも……」
確かに昨日は知らない女生徒達にひどいことを言われたが、そんなことは既に慣れているし、わかっていた。直接言われたわけでもない。
だから、やはり、迷惑だったのだと思いたくなってしまう。その淀んだ空気の根源は間違いなく自分なのだから。
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