Catch-22 ~悪魔は生贄がお好き?~

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本編

黒い大天使、降臨-2

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「きっともう、噂は色々聞いたよね? 聞いちゃったからああいうことになってたんだろうね」
「趣味悪いっスよ。まあ、丁度真偽を確かめたいと思ってたところっスけど」
「噂は事実に近かったり遠かったりするからね」

 見られたくないところを、かなり見られたくない相手に見られてしまったものだ。
 だが、圭斗にとって好都合でもあった。

「部長に逆らうと呪われるとか、部活が廃部にされて廃人になるとか、バックに魔女がいるとか」

 嘘だと明らかに判断できることは圭斗も言わなかった。

「それ、全部、本当だよ。まあ、呪いの方は思い込み的なやつで、部活も勝手にノイローゼになっちゃったとか。魔女っていうのは前の前の……って言うか、部長さん。たまに来るからその内会えるよ。俺はあの人かなり苦手だけどね」

 その話は紗綾から聞いたものなのか。
 彼はオカ研に最も近い男、あるいは、一番の理解者なのかもしれない。
 そんな彼でなければ聞けないことが一つだけあった。

「部長が、人を殺したことがあるとか」
「ああ、あれね。よくあるでしょ? 危ないやつにつき纏う危ない噂」
「あいつならあり得るって思っちゃうんスよね」

 噂のダークサイド、黒い噂、十夜には似合い過ぎる言葉だ。
 尤も、圭斗は十夜の別の意味での危うさを感じ始めていた。
 だから、それが完全なる虚偽であるとも思えず、将也に揺さぶりをかけたのだ。

「俺、本人に聞いたことあるよ」
「聞いたんスか」
「うん。クラスメートだし、仲良くなろうと思って」

 よくわからない男だと圭斗は心底思う。
 十夜の人を寄せ付けないオーラはおそらく昔からだろう。それが噂を生み、オカ研部員という背景が増長させる。
 今、正にその過程を辿っている圭斗からすれば将也は勇者とも言える。だが、無謀とも言える。

「もちろん、否定してくれると思ったけど、あっさり肯定されちゃってね。からかわれてるのかな、とも思ったけど……」

 将也は重い口調で言う。
 言葉通りではないと彼もわかっているだろう。
 面倒だから敢えてそうしたと考えることもできるが、その時、彼は何かを感じ取ったようだった。

「人をからかえるほどスキル高くないっスよね、あいつ」
「あ、これ、内緒ね?」
「言わないっつーか、言えるはずがないっスよ」

 一方的に他人の秘密を押し付けられ、共犯のような気分にもなる。
 将也はそのつもりなのかもしれないが、秘密を共有したい人間ではない。


「そういえば、昨日、黒羽、部に出なかったでしょ?」
「いつものこと、らしいっスね」
「何か色々溜め込むタイプらしくて、たまに倒れたりするんだよ。まあ、昨日のは多分、俺のせい。っていうか、昨日に限らず、何回かは本当に俺のせい」
「は?」

 圭斗はつい間抜けな声を出していた。
 彼の早退はよくあること、嵐は彼をヘタレと言い、紗綾は繊細だと言う。
 どちらも間違いではないだろうが、紗綾以外に彼を繊細などと言う人間はいないだろうと圭斗は思う。
 しかも、早退の原因が自分だと思っているのだ。それなのに、この男は何を言い出すのか。

「俺がちょっと文句を言った日に限って、直後に早退するんだよ。もし、どこかにハゲがあったら間違いなく俺のせいだと思って、お詫びに育毛剤を送ったこともあるんだけど」
「それ、ただの嫌がらせじゃないっスか」

 絶対にちょっとどころじゃない。
 圭斗はそう思っても口にはしなかった。
 口にすれば面倒なことになることはわかっている。

「まあ、冗談はここまでにしてさ」

 冗談には聞こえなかったが、気にしない方が幸せだと言うことはわかる。

「一応、黒羽なりに気にしてるらしいんだけど、物凄く鈍感でどうしようもなく不器用だから。俺が何回言っても駄目なんだよ」
「つーか、馬鹿なんじゃないっスか? 認めたがらない辺りが特に」
「ああ、君はやっぱり気付いたんだ」

 感心したように将也は言うが、どこかわざとらしくもあり、圭斗は内心うんざりしていた。
 嵐も将也も穏やかで優しげに見えながらかなりの曲者である。圭斗としてもやりにくいところがあるのは事実だ。

「俺、勘は鋭いんで」

 それは自信と言うには皮肉なものかもしれない。
 もしかしたら、気付かれているのかもしれなかったが、圭斗は自ら言う気にはやはりなれなかった。

「あの態度、本当にむかつくよね。まあ、彼女の意思に背くことは君ならしないと思ってるけど」
「そうやって、俺を縛るなんて卑怯な人っスね」

 かもしれないね、と将也は肩を竦める。

「俺にできないことが君にできるから少しだけ悔しいんだ」

 人間誰しも心に多かれ少なかれ闇がある。それが彼の闇なのかもしれない。

「もし、兄貴みたいに視えたなら、もっと側にいけるのに? トラブルメーカーとしてでも近付けるから?」

 おそらく将也は兄のように視えるわけではない。だから、今の位置から遠ざかることもなければ、近付くこともない。

「……君はその答えを知っているんだろうね」
「あんたが、もう既に絶望的なほどに知っているように、ね」

 二人の視線が交わって、将也は目を伏せ、圭斗は窓の外の空を見上げた。
 まるで、これからの二人の行先を暗示するかのように。
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