旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第一章 二人の日常 1

小さな恋の物語編 2

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 アニエスに教えてもらい、手伝ってもらってクッキーを焼き上げたララは、どきどきしながら学校へと向かった。その隣には、猫の姿のセラフィとアクア。
 クッキーが焼き上がった時、ちょうどダイニングにいた二匹にララが頼みこんで、ついてきてもらったのだ。
(ほんとはアニエスお姉さんについてきてもらいたかったけど…、)
 ララがさんざん汚した調理器具や厨房の後片付けをやってくれているアニエスに、これ以上は甘えられない。
 でも一人で向かうには勇気が無くて、誰かについていて欲しくて。
 誰かに、背中を押してほしくて。
 ちらと隣に並ぶ猫達を見ると、彼らは「「にゃー」」と鳴いた。
 大丈夫だ、自分達がついている、と言うように。
「…あ…」
 校庭で遊んでいる数人の少年達の中にアンディの姿を見つけ、ララはどきりとした。
 遠目にも一番に目がいく、陽に焼けた肌に短い金髪の少年。
(…ど、どうしよう…)
 近くに行かなきゃ、渡さなきゃ。
 そう思うのに、足が動かない。
 おめでとうって、誕生日おめでとうって、言うだけなのに。
 嫌がられたらどうしよう。変な顔をされたらどうしよう。そう思うと、足が動かなかった。
「ララ…」
 そんな少女に、気遣わしげにセラフィが声を掛ける。
 三毛猫の使い魔は、優しい声で、言った。
「呼んで来てやろうか? 他にも友達がいたら、渡しにくいだろう?」
「う…うん…」
 確かに。あの中に入っていってプレゼントを渡すのは恥ずかしいし、騒がれたら嫌だ。
 ララがこくんと頷くと、セラフィは人の姿になって、アンディ達の方へ歩いていく。
「ララ、ここだとあの子達からもばっちり見えるにゃ。こっちなら、見えないにゃ」
 アクアがそう言って、すぐそこの大きな木の陰に向かう。
 ララはその後ろについていった。
「大丈夫にゃよ、ララ。そのクッキー、とっても美味しそうにゃ。アンディも気に入ってくれるにゃ」
「…ありがとう…、アクア…」
 猫達は優しい。やっぱりついてきてもらったと、ララは思う。
 そして、励ますように隣に寄り添ってくれるアクアと一緒に、アンディが来るのを、待った。それは、とても、とても長い時間のように感じられた。


「ララ? 呼んでるって、言われたんだけど…」
 そう、どこかそっけない様子で声を掛けられ、ララの小さな体がびくっと震える。
 アンディだ。
「あっ、あのっ…っ!」
 見れば、アンディの隣に立つセラフィが、「大丈夫」というような目でこちらを見ている。その眼差しに勇気づけられ、ララは「これっ!!」とラッピングしたクッキーの包みを彼に手渡した。
「今日っ! た、誕生日でしょう! これっ、クッキー作ったの…。よかったら、た…食べ…」

「「ララの手作りクッキー??」」

 ふいに、アンディでも猫達でもない声が響いた。
「お前ら…」
 アンディと一緒に遊んでいた少年達が、いつの間にかこちらに来ていたのだ。
「来るなって言ったろ」
 アンディが不機嫌そうに彼らに言う。が、少年達はにやにやと笑って、「だってさー」と猫達、そしてララを見た。
「魔法使いの猫からの呼び出しだぜ? 気になるじゃん」
「そうそう。そしたら、アンディ呼び出したのってララだし」
 ララはびくっと、体を震わせた。
 いつもは少年達と対等に渡り合っている少女も、この場面を見られたのは恥ずかしいらしい。
「しかも、手作りクッキーとかって」
 少年の一人が、ぷっと噴き出す。
「ガラじゃねー!!」
「なにお前、アンディのことが好きなわけ?」
「アンディ、ララと付き合うのかー?」
 けらけらと、ララとアンディをからかって笑う少年達。
 ララの頬が、羞恥に赤らむ。
「お前ら、うるさい」
 アンディが、いらいらとした声で少年達を睨む。
 そして、手に持ったクッキーの包みを、ララに突っ返した。
「…いらないから」
 ララの顔色が、さっと蒼褪める。
 アンディの拒絶の言葉は、他の少年達のどんなからかいよりも、胸に重く突き刺さった。
「あ…、ご…ごめん…。迷惑だったよね…」
「迷惑っつーか」
 嫌だ、聞きたくない。
 これ以上、この場にいられない。
「ごめんねっ!!」
 ララは付き返されたクッキーの袋をぎゅっと握りしめ、だっと駆けだした。
「ララっ!!」
 その背を、セラフィが追う。
 残された少年達は、走り去ったララとセラフィの後ろ姿に、口々に呟く。
「おいおいアンディ。良いのかよ~」
「おっかけねえの?」
「あのララがねー」
 もう、堪忍袋の緒が限界だった。
 アクアの。

「こっのクソガキ共があっ!!」
 
 人型になったアクアの見事なとび蹴りが、少年の一人の横腹に決まる。
「ぐえっ」
 少年の一人が地に倒れ、残された少年達はびくっとアクアを見る。
 その目が獲物を狙う捕食者のように、きらんと光ったように見えた。
「ひがんでんじゃねーよバカ共がっ!!」
 炸裂する猫パンチ。 
 アクアは次々と、少年達の頬を猫パンチではったおしていった。
 アンディは茫然と、それを見ていることしかできなかった。
「おい、アンディ」
 アクアが、呆然とするアンディの胸倉を掴んで引き寄せる。
 殴られる!! そう身構えるアンディに、アクアは唸るように言葉をぶつけた。

「お前がいちばん、かっこわるいよ」

 その言葉は、蹴られるより、殴られるより、痛いと思った。
「………」
 アクアはアンディを殴らなかった。猫の目が、ひたとアンディを見据える。
「もしお前が、ララのこと、ちょっとでも、好きなら」
「……………」
「追いかけてやれよ。んで、とりあえず、謝れ」
 アクアはそれだけ言って、アンディの胸倉から手を離した。
 そして猫の姿に戻り、自分もララ達の後を追う。


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かっこいいアクアが書きたかったんです。
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