異世界で【まもののおいしゃさん】を開業しました 元Sランク冒険者、故郷の村で一人娘とのんびりスローライフ

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)

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1巻

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 第一章 スイートビーのなだめ方


「アスガルド……すまないが、俺たちはお前を連れて行かないことにした」

 青天せいてん霹靂へきれきとはまさにこのことだった。
 冒険者になって早十余年、テイマーの俺――アスガルドにランウェイはそう告げる。ランウェイはクラン『けものおり』のクランマスターで、俺がパーティーを組んだ最初のメンバー、かつ幼馴染おさななじみで俺の親友だ。
 クランとは冒険者ギルドに所属する団体の名称のことで、最高でSランク、以下A~Cランクまでのクランが所属している。冒険者そのものにもランクがあり、一番上がSランク、以下A~Fランクまでが存在する。D未満はクランに所属することができない野良のらの冒険者だ。ランクが足りていても所属しない冒険者もいるが。
 順調とは言えない道のりながらも、Sランクまで獣の檻が上り詰め、いよいよ、最下層まで到達した者は伝説の勇者のみ、という最高難度のダンジョンに潜る手筈てはずとなっていた。
 俺もそれに備え、準備をしている最中、部屋にクランの主要メンバーが突然訪ねてきたのだ。

「俺たちは明日、目標にしていたダンジョンに潜る。メンバーは最高戦力にしておきたい。ダンジョンには一度に六人しか潜れない。だから一人でも攻撃や回復ができるメンバーが欲しい……それは分かるな?」

 ランウェイが静かに言う。

「──ハッキリ言って足手まといなんすよ」

 主要メンバーの後ろから、ファミーアキャットの獣人、アノンがニヤニヤした顔を覗かせる。
 ファミーアキャットは目の周りと耳が黒く、目元だけが人と同じという特徴を持つ。

「ちょっと、いくらなんでも先輩に失礼だよ」

 槍使やりつかいのリスタがアノンをたしなめる。
 俺なんかの何がよかったのか、リスタは俺に告白してきてくれた女性だ。
 俺には故郷に残してきた妻と子どもがいたので断ったが、断った後も遺恨を抱かず気さくに接してくれた、俺には勿体もったいないくらいの美女だ。

「だってえ、本当のことっすもん。この人を追い出して、俺を代わりに入れることに、違いはないじゃないっすか」

 アノンは最近クランのBランクパーティーの中でメキメキと頭角を現してきた武闘家ぶとうかだ。
 パーティーはクランよりも小規模の数人の冒険者グループのことだ。
 みんながアノンの言葉に一様に視線を下げる。

「……お前はテイマーだ。主な仕事はダンジョンの探索。俺たちがまだ弱い頃、何度助けられたか分からない。それについては本当に感謝してるんだ」

 剣士のサイファーが言う。
 コイツとも、割と長い付き合いだなあ。
 酒に弱いメンバーが多い中で、俺とコイツは、よく潰れるまで飲んだっけ。
 一緒に世界中の美味い酒を飲もう。
 そう約束した日を、今でも昨日のことのように覚えている。

「けど……ダンジョンのレベルが上がるうちに、戦力にならないなって思うようになったの。テイムしてる魔物のランクが上がれば、話は別だったんだけど。アンタ、その子と別れる気がないんでしょ? テイマーは一体しかテイムできないのに」

 魔道士まどうしのサーディンが言う。
 サーディンは途中参加ながらパーティーの盛り上げ役を買って出てくれた女の子。
 アイテムも尽き、心が折れそうな時、最後まで諦めずみんなを励ましてくれた。
 サーディンのおかげでクリアできたダンジョンが、いくつあったか分からない。
 俺のテイムしている魔物はロックバードのフィッチだ。
 ロックバードは岩山に群れでんでいるBランクの魔物だ。灰色の羽で、首の後ろと背中と胸と尻尾の一部がオレンジ色をしていて、所々黒い模様がある。
 ダンジョンにもランクがあり、最低Cランクから。俺はAランク以上のダンジョンにフィッチを伴って潜るため、テイマーには珍しく自らが戦うようになった。

「知っての通り、僕たちは、ダンジョンに潜る費用を稼ぐためのBランクパーティーがあるだろ。あんたさえよければ、その……そこで……」

 弓使ゆみつかいのグラスタが、言いにくそうに言葉をにごす。
 入ったばかりの頃、右も左も分からなかったコイツに、冒険者のいろはを教えたのは俺だった。
 俺を兄貴としたってくれた可愛い後輩。いつも笑顔で明るいグラスタが、今は悲しげにうつむいている。
 ダンジョンは高難易度ともなると、レアドロップがあれば黒字だが、大抵はアイテムの大量消費により赤字になる。
 そのためAランク以上のクランでは、コスパのいいダンジョンに潜らせるために、Bランクのパーティーを別で稼働させている。
 要するに、主要メンバーが高ランクダンジョンに潜る費用を稼ぐための、資金稼ぎメンバーにおいてくれようと言うのだ。

「そうか……すまない、俺のワガママで、フィッチを手放せなかったばかりに、お前たちに気を使わせてしまっていたんだな」
「アスガルド……」

 ランウェイが呟く。

「俺は冒険者になった時から、このパーティーで戦ってきた。今更他の奴らと組む気はせんよ」

 俺はそう言って微笑ほほえんだ。

「それに、そろそろ潮時しおどきかなとも思ってはいたんだ。故郷に娘を待たせているし、金も大分貯まった。これを機に、俺は冒険者を引退するよ」

 それは強がりだった。
 伝説のダンジョン制覇。それは冒険者なら誰しも夢見る、俺も最初に掲げた夢の一つだった。
 だが、何度も俺を救ってくれたフィッチを手放せないのも、コイツら以外と組んでまで、冒険者を続けたいと思っていないのも本当だった。
 ここまで……か。
 かくして心が折れた俺は、最高の仲間たちを失い、失意の中、生まれ育った故郷、ルーフェンを目指すこととなったのだった。


     ★  ★  ★


「おっ、来たぞ来たぞ!」
「アスガルド!」
「お帰りなさい!」

 ルーフェンの村が見える真っ直ぐな道の先で、村長をはじめとする村人たちが手を振って俺を出迎えてくれていた。
 戻ると手紙を送っておいたが、まさか村人総出で迎えにきてくれるとは。
 中央には、村長に肩に手を置かれた俺の娘、リリアの姿も見える。
 近付いた途端、リリアは村長にしがみつき、隠れてしまった。

「おいおい、どうした? リリア、お父さんだぞ?」
「久しぶり過ぎて照れてるんだろう。この年頃の子どもにはよくあることだ」

 白髪と顔中に生やしたヒゲが印象的な村長は、小さな目を優しく穏やかに細めながら俺を見た。

「……お帰り、アスガルド」
「ただいま戻りました」

 村長の変わらぬ姿に俺は涙が出そうになった。
 俺は転生者てんせいしゃでこの世界では孤児だった。
 前世は日本に住んでいたが事故に遭い、一度死に、気が付くと赤ん坊になってこの村の近くの森で泣いていたのだ。
 村長は俺を拾って育ててくれた親代わりで、恩人である。
 そして村長はランウェイの実の父親でもある。
 俺は冒険に出た先で知り合った女性と結婚したが、冒険者だった俺が、度々家をあけたことで、妻は三年前に蒸発した。以来リリアは村長のもとで育てられた。
 村とリリアに稼いだ金を送るためとはいえ、仕事ばかりして長年ほったらかしたのだ。
 これからリリアとのみぞを埋めなくちゃならないな、と、村長にしがみついたままのリリアを見ながら思った。

「……リリアは俺がいない間、どんな様子でしたか? その……母親を恋しがって泣いたりですとか、俺がいなくて寂しがっていたりですとか……」
「うん……そうだね……言いにくいことだが、アスガルドはほとんど家に戻ってこなかったし、母親も物心つく前に出ていってしまったからね……正直アスガルドたちを恋しがってはいなかったよ」
「そう……ですよね……」

 予想はしていたが、やはりそうか。リリアは母親の顔も覚えていない。
 かく言う俺も、幼馴染のランウェイの父親である村長に、冒険者で稼いでくる、を理由に預けっぱなしだったのだ。あまり母親である彼女を責められたものじゃない。
 彼女はとても華やかな人だったから、こんな何もない村に、子どもと二人きりで取り残されるのが嫌だったのかもな。

「でもね、とってもいい子でお留守番していたんだよ。なあ、リリア」

 村長が笑顔でそう言う。

「そうなのか? 偉かったなリリア。寂しくさせちまってごめんな。これからは、お父さん、ずっと家にいるから、たくさんリリアと一緒にいられるぞ?」
「……」

 リリアは俺に、何も言葉を返さずに、けれど何か言いたげに、口をモゴモゴと動かしていた。
 ……まあ、今までほとんど接してこなかった人間に、いきなり父親面ちちおやづらされても、リリアも困惑するだろう。
 少しずつ、少しずつだ。リリアとの関係を、また一から構築していこう。

「──家は綺麗きれいにしてある。いつでも使えるようになっているよ」
「本当ですか? ありがとうございます。リリア、ずっと村長の家に寝泊まりしていたが、今日からはお前の生まれた家に住むんだぞ? さあ、お父さんと一緒に行こうな」

 笑顔で差し出した手を、リリアは握ってはくれなかった。
 だけど俺が家に向かって歩いていくと、黙ってついてきてはくれる。
 今はこれでいいか。
 俺はリリアを連れて、久し振りの我が家へと戻った。
 家を出た頃と何も変わらない。
 換気もしていてくれたのか、カビ臭くもなく、シーツも新しいものが敷かれていた。
 リリアはどうも落ち着かなそうにキョロキョロとしていた。
 椅子を窓の近くに持ってきて、窓を開けて外を見ている。
 何を見ているのかと思ったら、村長の家だった。
 ……今のリリアには、村長の家の方が落ち着く場所なんだろうな。

「──そうだリリア、お土産みやげがあるんだ。ほら、綺麗だろう?」

 俺はリリアに虹色に光る綺麗な石のようなものを差し出した。
 興味津々にそれを見ているリリア。
 だけど俺が怖いのか、なかなか近付いてこようとはしなかった。

「これをリリアにあげるだけだ。ほら、手に取って見てごらん」


 俺がそう言うと、リリアはおずおずと近付いてきて、俺の手から虹色に光る石を取って握りしめた。
 これはペリットという鳥型の魔物が誤って飲み込んだ石が、胃の中で変化してできたものだ。
 ペリットはそれを時々口から吐き出して捨てるんだ。
 一見綺麗に見えるが、結局のところ資産価値はゼロだ。
 ただとても珍しいもので、昔近くの村の男の子にあげたら、とても喜んでいたものでもある。
 だからリリアも興味を示すんじゃないかと思ったんだ。
 そして案の定、リリアはペリットの石に夢中になった。
 手のひらの上に乗せて、目をキラキラさせながら、嬉しそうに眺めている。
 うんうん、女の子はやっぱり綺麗なものが好きだよな。
 宝石はさすがにあげられる年齢じゃないし、何か他にと考えた時に、アクセサリーより、俺しか手に入れられないものの方がいいだろうと思ったんだ。

「これはペリットという鳥型の魔物が、時々吐き出すものなんだ。手に入れるのにとっても苦労したんだぞ?」

 魔物がよく分からないのか、リリアはきょとんとしながら俺を見つめていた。

「ペリットは警戒心の薄い魔物だから、近付くのは訳ないんだが、滅多に吐き出さないからな。それこそ雨の日も風の日も、じーっと待ってなきゃならないんだ」

 そう説明する俺を、不思議そうに見ているリリア。

「最後はペリットの群れの仲間だと思われちまって、お父さん慌てたよ」

 俺がそう話すと、それがちょっと面白かったのか、リリアはクスクスと笑った。
 俺もそれを見て思わず微笑む。
 いったんリリアとの会話をやめ、俺は生活に必要なものを買い出しに出かけようと思ったが、村の人たちに次々と足止めをくらった。
 パン、野菜、タオル、牛の乳、料理に使うすみ。俺が買おうと思っていたものを次々ともらい、抱えきれないそれらで、前がほとんど見えなくなりながら家に戻る。すると、村長が笑いながら手伝ってくれた。

「……みんなお前に感謝してるんだよ。リリアを育てる金だけでなく、村のみんなが使える金を送ってくれた。こんな貧乏な村が、誰一人死ぬことなく冬を越せたのも、お前のおかげだ」

 俺はただ罪悪感から、村長に預けられたリリアが、何不自由なく暮らせる環境を整えてやりたかっただけだ。
 リリアだけに金を送ると、他の子どもに恨まれていじめられるんじゃないかと思っていた。
 だから村のみんなで使ってほしいと多めに金を送ったに過ぎない。
 だからこうして素直に感謝されると、なんだかむずがゆくなる。

「……そういや、なんでこんな時間に、みんなは村にいたんですか? 普段なら、畑に働きに行ってる頃なんじゃ?」

 この村は自給自足だ。近くの森や畑で採れたものを食べ、少し余ったらよそに売りに行って、その金で冬支度をして年を越す。
 学校に行っている子どもはおらず、村人総出で昼間は働いているのだ。
 それでようやく食べていける程度。だから村を出る人も多い。それを村人全員が冬も食べ物の心配をしなくていい金額を送っていたのだから、そこに感謝してくれているとは思うが、だからといって働かなくなるということはないはずだが。
 というかそもそも平民の入れる学校がない。近くに教会でもあれば、時々そこの祭司様が勉強会を開いてくれることがあるんだが、この村の近くに教会はなかった。
 たまに出稼ぎに行く男たちもいるものの、冒険者ほど稼げる訳ではないので、男も女も夜家にいる時は内職をしている。

「それが……困ったことになってな。冒険者のお前にも、ちょっと見てほしい。今からワシについてきてもらえんか?」

 村長はうなだれて視線を落とした。俺は不思議に思いながら頷いた。

「リリア、村長さんがなんだか困ってるみたいだ。ちょっとお父さんと一緒にお話を聞きに行こう」

 リリアを一人にはできないからな。俺がそう言うと、リリアはコックリとうなずいた。
 村長は俺を森に連れて行くと、レレンの木が群生しているところまで来た。
 レレンはリンゴに似た果実のなる木で、その蜜はとても甘い。冷たい温度で甘みが増す特性があり、寒ければ寒いほど、甘い実がなる。この村の重要な売り物の一つだ。

「……あれを見てくれんか」

 村長は一番大きな木のてっぺんを指差した。そこには大きな巣が作られ、スイートビーという巨大な蜂の魔物が辺りをブンブンと飛び交っていた。
 人里近くに現れる魔物はCランク以下が普通だ。Cランク以上の魔物を求める場合、ダンジョンに行くことになる。ちなみにスイートビーはDランクに相当する。
 巨大といっても普通の蜂に比べたらの話で、そのサイズは大人の握り拳程度。
 しかし、その毒針は一刺しで馬を殺す。
 巣を作るところを選ばず、巣に近付くものを群れ全体で攻撃する。
 何より厄介なのは、スイートビーは冬眠をしないということ。
 年がら年中動き回って、人々を襲う。
 スイートビーに巣を作られた村は、村を捨てて逃げ出さなくてはならなくなる、危険な魔物だと思われている。

「……長年親しんだこの村だが、大事なレレンの群生地にあんなものができてしまっては、レレンの木に近付くことすらできない。我々は畑だけでは生活できない」

 村長がそう静かに言った。
 俺が冒険者になる以前も、この村がギリギリなんとかなっていたのは、レレンの木があればこそだ。
 畑の作物はそのほとんどが村人たちが暮らすためのもので、売りに出せる量はたかが知れているからな。

「しかも、その畑にすら毎日スイートビーが現れて、畑仕事もままならん。冒険者ギルドに討伐を頼みたくとも、金がない……この村を捨てなくちゃならん。悲しいことだ」

 村長は目を閉じ、涙をこらえているようだった。
 俺の隣でじっと話を聞いていたリリアも、村長の様子を見て、悲しそうに眉を下げている。

「……そんちょうさん、なかないで?」

 リリアは村長に近付き、服のすそを引っ張って見上げた。
 村長はそんなリリアに目尻を下げ、腰を曲げてしゃがみ、「ありがとうな、リリア」と言った。
 リリアは心配そうに、村長の頭をイイコイイコして、でてやっていた。

「……村長、リリアをとっても優しい、いい子に育ててくれて、ありがとうございます」

 俺は思わずそうお礼を言った。
「なあに、お前の血を引いているからさ」と村長は笑った。
 俺はランウェイと幼い頃、この木に登ってレレンの実を食べ、大人たちに怒られたことを思い出していた。
 俺は冒険者を辞め、その収入が今後村に入らなくなる。
 レレンの木まで手放すことになってしまえば、ルーフェンの村はたちまち生活がたちゆかなくなることだろう。

「……ん? っていうか、討伐? ──って、いやいや、討伐しなくとも、なんとかなるぞ?」
「どういうことだ? ワシに分かるように話してくれんか」
「……村長、みんなに言って用意してもらいたいものがあるんです。なあに、すぐに解決してみせますよ」

 半信半疑な村長に、俺はニカッと笑ってみせた。


 俺が村人に用意してもらったものは、ナイフ、おの、軍手、木でできたおけをいくつか、それとハシゴだった。

「それ……なににつかうの?」

 リリアが自分から俺に話しかけてくれた!
 俺は嬉しくなって微笑むと、「スイートビーを退治しないで、どうにかするためのものだよ」と答えた。

「……それをしたら、そんちょうさんなかない?」
「ああ、そうだな。みんな泣かなくて済むようになるよ。まあ、見ててごらん。すぐに分かるさ」

 俺はハシゴを使って木のてっぺんにある巣まで近付く。
 巣の周りでは、スイートビーたちが警戒しながら、ブンブンとうるさく飛び回っていた。
 至近距離に魔物がいても恐れない俺を、村人たちが遠巻きに見ている。
 俺は思い切り巣に斧を突き立てた。
 スイートビーたちが一瞬で攻撃態勢に移り、俺に襲いかかった。
 村人たちの悲鳴が上がる。
 だが俺は落ち着いていた。
 俺の周囲を飛んでいたフィッチが、スイートビーを追い払う。フィッチはBランクダンジョンで活躍していた魔物だ。こんな人里近くに現れる魔物など、百体いたって敵じゃない。
 俺は巣の一部をナイフで削り取ると、その下に桶を当てた。
 削った部分からトロトロと濃厚な蜂蜜が溢れ出る。
 黄金色に輝く液体は、まさに食べる宝石といった感じだ。
 俺は桶がいっぱいになる頃に、「おーい、誰か受け取ってくれないか? フィッチがいるから、魔物は大丈夫だ。それと新しい桶を持ってきてくれ」と叫んだ。
 みんなが互いを見回し、一番若い少年が、母に背中を押されて、新しい桶を手に、なかば転げるように前に出た。
 少年は戦々恐々せんせんきょうきょうとしながら、俺から桶を受け取ると、素早くその場を離れた。
 スイートビーは素早く動くものを攻撃する習性がある。
 スイートビーの一部が少年に向かって行き、それをフィッチが防ぐ。
 次の桶もいっぱいになり、再び桶を受け取りにきた少年に、俺は「ゆっくり動いた方が襲われないぞ?」とアドバイスをした。
 すると、リリアも近付いてきて、新しい桶に手を伸ばして受け取りたがった。

「──やってみたいのか? リリア」

 そう聞いてみると、こっくりと頷くリリア。

「そうか、でも、たくさん入れると、とっても重たいからな、リリアは少しにしておこうな。ほら、桶を持ってきてくれ」

 リリアはまだ小さいからな。
 蜂蜜をたっぷり入れた桶なんて持ったら、歩けなくなっちまう。
 ほんの少し、桶に五分の一ほど蜂蜜を入れたものをリリアに渡し、リリアから代わりの桶を受け取った。

「ありがとうな、リリア。気をつけて運ぶんだぞ?」

 リリアは力いっぱいコクッと頷くと、それでもちょっと重たいのか、えっちらおっちら桶を両手で持ちながら、みんなのところに運んだ。
 リリアが勇気を出したことで、大人たちも怖がっている場合じゃないと思ったのだろう。代わる代わる桶を持ってきてくれた。
 用意してもらった桶だけでは足りなくなり、家から追加で持ってきてもらう。
 桶七つを満タンにし、巣から流れる蜂蜜がようやく止まった。
 俺は村人たちを連れて村に帰った。

「……あんなことして大丈夫なの?」
「奪われた蜂蜜を取り戻そうと、スイートビーが、襲ってくるんじゃ……」

 美味うまそうな蜂蜜には惹かれるが、それを村に置くことには反対、といった空気がみんなの間に漂う。

「大丈夫だよ、これで女王が落ち着くから」
「どういうことなんだ?」

 先程から半信半疑だった村長が俺に尋ねる。

「……どうして?」

 リリアも俺に尋ねてきた。
 とっても不思議そうで、興味津々な様子だ。
 俺はニッコリと微笑むと、「スイートビーはとても不器用な頑張り屋さんなのさ。頑張って蜂蜜を集めるんだけど、たまに集め過ぎて、女王の部屋まで蜂蜜でいっぱいにしちゃうんだ」と言った。

「そうなの?」

 リリアが驚いたように、感心したようにそう言った。
 花のない畑にまで現れた理由がそれだ。普段は決してそんなことはしないからな。

「考えてごらん? 女王が自分の部屋にオシリを入れたら、蜂蜜でベッドがビッチャビチャ。そりゃあスイートビーの女王だって怒るだろう?」
「オシリがビッチャビチャ……」

 そのキーワードに、リリアと子どもたちがぷぷっと笑い出す。

「女王が怒ってストレス成分を出すと、それにやられたスイートビーたちは、花のないところにも現れて、近くで動くものを襲うようになるんだ」
「そうだったのか……」

 誰ともなく村人がそう言った。

「ああ。だから巣を壊して、蜂蜜を取ってあげれば、女王のストレスがなくなって、スイートビーたちは落ち着く。しかも巣を直すのを優先して、中も掃除するから、人を襲わなくなるんだよ」

 初めてこのことを知った時、魔物といえど、そこで暮らす一つの命で、むやみに人を襲う訳じゃなく、ただ自分たちの生活を守ってるだけなんだなあ、と思った。

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