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1巻
1-2
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「あとは巣箱と遠心分離機を作れば、養蜂ができるぞ?」
村人たちが、わあっと歓声を上げる。
「スイートビーの巣からは一か月に一回蜂蜜が採れるから、それを売ったり加工したりしたら、それで商売ができるし、レレンの木は今はスイートビーにあげちまおう?」
「……レレンの実は、もう食べられないの?」
子どもたちが心配そうに俺を見上げる。
リリアもそれがとても心配なようだ。
娯楽の少ない貧乏なこの村じゃ、子どもにとっても大人にとっても、甘いレレンの実は貴重なデザートだからな。
「いや、スイートビーがレレンの木に集まるのは、レレンの花が咲いている間だけさ」
「そうか、レレンの木が実をつけて、蜜が取れなくなれば、別の花に移動するって訳だな?」
「ああ。その時スイートビーが巣を移していれば、レレンの木の巣を壊せばいい」
俺は村人の言葉にコックリと頷いた。
「花が萎めば、新しい巣に引っ越して、レレンの木に近付かなくなるからな。養蜂用の巣箱を安全なとこに設置すれば、蜂蜜も取れるしみんなも自由にレレンの実を取りに行けるようになるよ」
わあっとみんなが沸く。リリアは年齢の近い子どもたちと微笑み合っていた。
スイートビーで養蜂をすると何が凄いかというと、取れる蜂蜜の量がかなり多い。普通の蜜蜂は年に数回か、少ないものだと一回しか蜂蜜が取れない。
それをスイートビーは月に一回取れるほど集めてしまうのだから、どれだけ優秀な頑張り屋さんかが分かるというものだ。頑張り過ぎて女王のベッドをビッチャビチャにしてしまうほどに。
しかも冬眠しないので冬にしか咲かない花の蜜も集めてくれ、季節ごとに違う花の蜂蜜を楽しむことができるのだ。
俺は村人たちに巣箱と遠心分離機の製作方法について話をし、それからスイートビーの蜂蜜を食べてみることにした。
糖度の高い実をつけるレレンの花の蜂蜜。これはもう期待しかなかった。
俺は蜂蜜を一口、スプーンですくって食べた。
「~~~~!!」
口の中でさらりと溶ける。濃厚なのに爽やかな甘み。
ほんの少し鼻に抜ける、レレンの香り。これは本当に蜂蜜か?
俺は正直蜂蜜というものがそこまで好きではない。
舌に乗せた時の、まとわりつく感じが苦手で、甘みが強く美味しいのだが、そこまで食べたいものでもない。
だがこれはそういうのが一切なく、まるで飲み物を飲んでいるかのようにグイグイ食べてしまう。
ドリンクにして売れるかもしれない。
思わず何杯も口に運んでしまい、村長が俺をたしなめた。
順番を待っている子どもたちが、ジトッとした目で俺を見ている。
俺は咳払いをすると、「──最高だ」と言った。
みんなは一気に興奮すると、次々と自分の家からパンを持ってきて、塗って食べ始めた。
「リリア、ほら」
俺もパンに蜂蜜を塗って、リリアに差し出した。
リリアはそれをおずおずと受け取ると、恐る恐る小さなお口で一口パクッと食べる。
するとびっくりしたのか、目がまん丸になって愛らしい。
とても美味しかったようだ。
みんながどんどんパンを持ってきて、蜂蜜を食べ尽くしそうな勢いだ。
「オイオイ、ちょっと待て。パンで食べるのなら、美味い料理があるぞ?」
俺は村人とリリアを引き連れて自宅に戻る。家の中に入りきらない人には外で待ってもらう。
ボウルに牛の乳、卵を入れて泡立てると、それをザルで濾した。
濾すことで、混ざりきらない卵白やカラザが取れて、卵液がより滑らかになる。
「ほら、リリア、やってごらん? このフォークでパンに穴を開けてくれ」
パンとフォークをリリアに差し出す。面白そうだと興味を持ったのか、リリアが素直にフォークを受け取った。
俺は左腕でリリアを抱え上げて、右手で椅子を持ってきてテーブルの前に置き、リリアをその上に座らせてやった。
リリアはプスプスとフォークでパンを突き、卵液を染み込ませやすくしている。
その次はフライパンにバターを塗ってから、こんがり焼き目がつく程度に卵液に浸したパンを焼く。
最後にスイートビーの蜂蜜をたっぷりとかけた。
「スイートビーのハニーフレンチトーストだ」
俺が村人にフレンチトーストを配ると、みんながアチチチ、と言いながら頬張る。
砂糖が貴重なこの国では、甘いものは滅多に楽しむことができない。
みんな笑顔で楽しそうにしている。
こうなると、俺はもう一品作りたくなってきた。
「誰か、何人か野菜のスープを分けてくれないか? 野菜の種類は違う方がいい。あと、鶏の肉と骨が両方欲しいんだが。ああ、クズ肉なんかもあるといい」
何をするんだ? と一様に不思議そうな顔をしながら、村人たちが各家庭で作った野菜のスープを少しずつ持ち寄ってくれる。
この世界は調味料が少ないので、ほんの少しの塩でしか味付けされていない。
野菜は各家庭ごとに違っている。
俺は野菜を取り除くと、スープだけを集めて、クズ肉と骨を一緒に鍋にぶち込んだ。
グツグツと煮えている。ほんとはローリエとかあるといいんだけどな。
「──ふきんを取ってくれ」
俺は別の鍋に、ザルを引っ掛けると、ザルの上にふきんを敷いた。丁度いい感じにふきんがザルに引っ掛かっている。
そしてそこに、火にかけていた鍋の中身をゆっくりと入れた。
空っぽだった鍋には、クズ肉や骨がふきんで取れて、綺麗になった薄茶色の液体が入っている。
「これは何?」
野菜スープを持ってきてくれた女性の一人、ラナが鍋を覗き込みながら尋ねる。
「俺、特製のスープさ」
作り方は至って簡単だ。肉と野菜と塩コショウを入れて煮るだけ。コショウはなくてもいい。
それだけで立派な一つの料理になるのだ。
俺は更にスープに、一口大に切った鶏肉、生姜を一欠薄切りにしたもの、蜂蜜を大さじ一杯入れて煮た。
ほんとは醤油とか料理酒とかあるともっといいんだけどな。まあなくてもそれなりに美味い。
蓋をして中火で三分ほど煮て、かき混ぜて更に二分。
リリアはお手伝いに目覚めたのか、やってみたいというので、かき混ぜるのを手伝ってもらった。
お玉を持つリリアの手を上から握ってサポートしたが、リリアは嫌がることなく一緒に鍋をかき混ぜてくれた。
ほんの少しリリアとの心の距離が縮まったような気がした。
「さあ、食べてくれ。鶏肉の生姜蜂蜜煮だ」
俺が料理を配ると、みんなはゴクリと唾を飲み込んだ。そして、バクバクと食べ始めた。
「……美味しい!」
「柔らか~い」
「蜂蜜が料理にも使えるなんて……」
「野菜のスープがここまで変わるのか!?」
みんな、煮汁まで飲んでいる。
たくさんの野菜の煮汁を合わせたスープは、そのままでも美味しいし、こうして他の料理にも使えて便利だ。
みんなの満足そうな顔に、俺も満足だった。
食べたあとはみんなで瓶を煮沸消毒して蜂蜜をその瓶に詰めた。
俺は温めた牛の乳にほんの少し蜂蜜を混ぜると、まだこの蜂蜜を楽しんでいない赤ん坊に差し出した。
母親のエレンは戸惑った表情をして、それを受け取らない。
「あの……うちの子は、まだ一歳になったばかりだから、牛の乳は大丈夫でも、蜂蜜は無理だと思うの」
「いや、この蜂蜜は大丈夫なのさ。騙されたと思って飲ませてごらん」
蜂蜜というのは、ボツリヌス菌を含んでいる可能性がある。
ボツリヌス菌は熱に強く、調理で菌が死なず、腸内環境の整っていない、一歳未満の子どもに与えてはいけないとされている。
だが、このスイートビーの蜂蜜の凄いところは、スイートビーがボツリヌス菌を殺してしまうことにある。
スイートビーには動物のような内臓がある。だから菌にやられることもある。
自分たちの子どもに食べさせるものなのだから、危険なものは与えられない。
進化の過程で菌を殺す方法を生み出したのだ。
これは貴族や王族の間では広く知られ、この国の王は代々栄養豊富なスイートビーの蜂蜜を食べて育つ。
「さすがだな、アスガルド。とても魔物に詳しいんだな」
村長が微笑みながら言う。
「冒険者なら初心者じゃなければみんな知っていることです。討伐しないと生活できないから、対処法をわざわざ依頼人に教えないってだけで」
この世界の平民たちは学校に行かないので、魔物や動物の知識を学ぶ機会がない。俺は転生者でSランクのテイマーだから、人より知識が豊富ではあるが、一定レベルの冒険者であれば、俺と同じことができる。まぁ、魔物の声を真似して、意思の疎通がとれるのはテイマーだけだがな。
「──それはどうするの?」
俺が瓶に詰める用とは別に分けておいた蜂蜜を見て、村人の女性――ニナイが聞いてくる。
「ああ……これはな。おーい、ザンギス、ちょっと手伝ってくれないか?」
俺はザンギスを呼んだ。今日は俺が帰ってくるというので休みを取って村に戻ってきてくれたが、ザンギスはいつもは酒工房へ出稼ぎに行っている。
「これは、酒にしようと思ってるんだ」
実は人類最古の酒は蜂蜜酒と言われている。
蜂蜜に酵母を加えて発酵させて、酒を作ろうと思っている。
水の代わりにレレンの果汁と合わせたら、それは美味い酒ができるはずだ。
しかも、男の子ができやすいという言い伝えがあるため、後継者が欲しい王族や貴族は初夜に蜂蜜酒を飲むのだ。きっと高く売れることだろう。
「スイートビーの蜂蜜と蜂蜜酒。コイツを売れば、冬を越すどころか、みんなの新しい服も買えるし、蓄えだってできる。どうだ、みんな手伝ってくれるだろ?」
みんなは笑顔で互いの顔を見比べた後、「もちろんだ!」と大声で答えてくれた。
そのために、まずはスイートビーに巣を移してもらう必要がある。
巣箱の材料は森で取ってこられるが、釘なんかは街に買い出しに行かなくてはならない。
俺が金を出してもいいのだが、みんなで使うのだから、スイートビーの蜂蜜を少し売って金を作ろうということになった。
「街か……久し振りだな」
俺は懐かしい商人の店を尋ねることにしたのだった。
★ ★ ★
次の日、俺はリリアと連れ立って、王宮の近くの街の道具屋に来た。
二人だけでどこにも出かけたことがなかったのと、一度街を見せておきたいと思ったからリリアも連れてきた。
うちの村は馬車がないので、当然街までは徒歩だ。
小さいリリアにはちょっと距離が遠すぎるので、肩車をして歩いた。
最初ちょっと遠慮気味というか、抵抗するそぶりを見せたが、いざ肩車をしてやると、リリアはキャッキャと喜んだので思わずホッとしたのだった。
ここの道具屋はとにかくデカい。釘や金槌などの日曜大工品から飼料まで。
五階建てのレンガ造りの建物の中に、ジャンルごとに分かれて様々な商品が並べられ、冒険者から街の人たちまで、様々な利用者がいる。
冒険者をしていた時、色んな街を回ったが、王宮に近いこの店より品揃えの多い店はない。
男からすると見て回るだけでも楽しいのだが、果たしてリリアがどう感じるかは分からなかった。
だが心配はいらなかったようだ。
リリアは店に入った途端、目をキラキラさせて店内を見回すと、急に走り出してしまった。
「危ないぞリリア! 人とぶつかる! お店の中では静かに、ゆっくりだ。他の人の迷惑にならないようにな」
たしなめなくてはいけない程度には、リリアはこの店に興味を持ったようだった。
目的の場所へ歩いていると、リリアが突然、食器のコーナーで立ち止まった。
イチゴのような実がたくさんあしらわれたデザインのグラスがそこには置かれていた。
気に入ったのかな?
「リリア、それが気に入ったのか?」
リリアは振り返って、こっくりと遠慮がちに頷いた。
「じゃあそれも買って帰ろうか。新しい生活の記念に、お父さんもお揃いのグラスにしようかな」
俺はそのグラスを二つ手に取った。
これから選ぶものとまとめて会計しようと思ったのだが、リリアはグラスが気になって仕方がないらしい。
先にグラスの会計をすると、「ほら。それを持って走って転んだら危ないからな? しっかり持って、ゆっくり歩きなさい。大切にするんだぞ?」とグラスの一つをリリアに手渡した。
リリアはそれをしっかりと抱きしめて、ニコニコと嬉しそうに見つめている。
それから必要なものを買うために店の中を歩いた。
リリアの歩幅はとても狭いので、かなりゆっくりな速度になったが、まあ、急ぐ訳でもないしな。
とても楽しそうなリリアの姿を見ているだけで、俺は胸が温かくなる。
そうしてようやく目的の場所に到着した。
リリアにあまり俺から離れたところに行かないよう言って、チラチラとリリアの様子を見ながら、品物を選んだ。
俺は巣箱の材料の他に、身隠しのローブを数枚手に取った。
これはCランク以下の魔物からなら完全に姿を隠すことができる。初心者が魔物から逃げる時にも使えるし、これを使った一般人向けのダンジョン探索ツアーも人気だ。
これを使えば誰でもスイートビーの巣箱に近付けるようになる。
スイートビーの養蜂には欠かせないアイテムだ。
俺が身隠しのローブを選んでいると、リリアより少し年上くらいの、高価そうな服に身を包んだ男の子が、悲しげな目でローブを見上げていた。
すぐに白髪の執事のような男性が迎えにきたので、おそらくどこかの裕福な商人か、貴族のお坊ちゃんなのだろう。
俺が選んだものを会計に持って行くと、高ランクの冒険者だと気づいた店員がカウンターの奥に入り、顔馴染みの店長、ニマンドを呼んでくれた。
「久し振りだな、元気そうじゃないか。冒険者を辞めたって本当なのか?」
「ああ、そちらこそ息災で何よりだ……まあ、ここらが潮時だと思ってな。今は村に戻ってるよ」
「その子がリリアちゃんかい? こんにちは。おじさんはお父さんの友達なんだよ?」
リリアがコクッと小さく頷いて挨拶する。
「それで? 今日は何を買うつもりなんだ?」
「実はスイートビーの養蜂を始めようと思ってな。既に蜂蜜は取れているから、それをこれから売りに行くつもりだ。商人ギルドは街の入り口の反対側だから、先にこっちに寄ったんだ。すまないが、金を払うのはその後でもいいか?」
「ああ、もちろんだ。こちらで預かっておくよ」
ニマンドが、荷物を預ける用の受付に置いた品物を奥で管理しておくよう、店員に告げる。
「……おじさん、スイートビーを飼ってるの?」
声のした方を振り返ると、さっき身隠しのローブを悲しげに見上げていた男の子だった。
「飼ってる訳じゃないんだが、おじさんたちのお仕事に使うんだ」
「そっか……魔物を飼ってるなら話が聞きたかったの。ごめんね」
あまりに悲しそうなその様子に、俺とニマンドは顔を見合わせる。
俺は男の子の目線までしゃがむと、「……何が聞きたいんだ?」と優しく尋ねた。
「ルクシャ様! こんなところにいらしたのですね? じいから離れてはいけませんと申し上げたではないですか」
先程男の子を迎えにきた、執事のような服装の男性が、慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。私はガウリス、ベルエンテール公爵にお仕えしている執事です。この方は小公爵のルクシャ様です」
やはりいいとこの子だったか。小公爵ということは後継者だな。
「いや、特に迷惑はかけられてないぞ。何か俺に聞きたいことがあるようなんだが、話を聞いてやってもいいだろうか? 俺はSランク冒険者のアスガルドだ」
俺の冒険者登録は消していないので、引退した身とはいえ現役の冒険者扱いだ。
要するに、身分証明書代わりなのだ。
ルクシャくんは俺とガリウスさんの表情を交互に見比べる。ガリウスさんがコックリと頷いたのを見て、ルクシャくんは安心したような表情を浮かべた。
「……あのね、うちで飼ってる、ガラファンの様子がおかしいの。大人しかったのに、急に暴れ出したの」
ガラファン……!!
ガラファンはCランクのダンジョンに棲息する、ゾウのような鼻を持つ、毛むくじゃらの魔物だ。
ゾウのような長い牙はなく、代わりに爪がとても長い、ゾウとクマの間の子みたいな感じだ。
自分からあまり人を襲わない魔物とはいえ、よく飼う気になったものだ。
お貴族様の考えることは分からんな。
「アスガルドはSランクのテイマーで、魔物についてはとても詳しいのです。どうだ、アスガルド。一度見てやっちゃくれないか? ベルエンテール公爵家はうちのお得意さんでな。もし行ってくれるなら、さっきの商品、オマケしとくぜ?」
ガリウスさんとルクシャくんのあとに俺を見てニマンドが言う。
公爵家をお得意様にしているとか、ニマンドはかなり手広く商売をやっているんだな。
貴族の出入り商人になるには、かなりの実績と、上位商人からの保証が必要だと聞いたことがある。
「別に俺は構わんが……どうする?」
俺はルクシャくんの保護者であるガリウスさんに尋ねた。
「……大変急なお願いで恐縮ですが、当家にいらしていただけませんでしょうか?」
ガリウスさんは眉を下げながら、遠慮がちにそう言った。
「ルクシャ様はダンジョン探索ツアーで見かけたガラファンを連れて帰ってしまったことに、大変責任を感じていらっしゃいます」
ガリウスさんは目を伏せながら言った。
「一度人に飼われたガラファンを、ダンジョンに戻すことはできません。このままですと、処分することに」
「分かった……俺にできるか分からんが、一度見てみよう」
俺がそう言うと、ルクシャくんの表情がパアッと明るくなる。
「近くに当家の馬車を待たせております。そちらで参りましょう」
そうして俺たちはベルエンテール公爵家へと向かうことになったのだった。
ベルエンテール公爵邸は広大な土地を持つ大豪邸だった。
使用人の住まいがあるエリアだけでも、俺たちの住むルーフェンの村が、五つは入りそうな広さだ。
「こちらです」
ガリウスさんの案内で、裏庭の山を登る。ここでガラファンを放し飼いにしているらしい。
「ルクシャ様がまだ幼い頃にガラファンをダンジョンから連れ帰ってきて、それからずっととても可愛がっておりまして……」
先導して登りながら、ガリウスさんがそう説明してくれる。
「ルクシャ様が餌を持っていっても警戒しなくなったり、毛づくろいを黙って受けるようにもなったりして、それこそ一緒に昼寝などもして、日々良好な関係を築いていたのですが……」
「それはダンジョン内の魔物を連れてきたにしちゃ、いい方の反応だと思うぞ。普通は自分のテリトリーから連れ出された魔物は、ずっと警戒したままで心を許さないんだ。テイマーでも雇っているのか?」
「いいえ、つけた方がよろしかったでしょうか?」
困惑したようにガリウスさんが言う。
「ガラファンが凶暴になってからも、ルクシャ様はご自分で餌を運んで話しかけていましたが、まずかったでしょうか?」
「そりゃあそうだ! テイマーもなしに魔物を子どもに近付けるなんて自殺行為だぞ? よく今まで無事だったな?」
「幼体の時に連れてきたのがよかったのでしょうか。ルクシャ様がガラファンを気に入られて連れて帰りたいとおっしゃった時、捕獲を依頼した冒険者からは、特に何も言われなかったのですが……」
「そりゃあ捕獲だけが仕事だからな。その先のことは聞かれない限り言わない。まさか飼うつもりだなんて、思ってもみなかったのかもしれないしな」
実際、幼体だからよかったのだろう。
特に周囲に仲間や親がいなければ、教わる相手がいないからまだ人間は攻撃してくるものだという警戒心がない場合も多いからな。
教えてくれる仲間や親がいない場合は、攻撃されて初めて人間を怖がったり、警戒したりするようになるんだ。
昔、俺がテイムしていた魔物もそうだったからな。
幼体をテイムしたことは何度かあるが、やはり成体をテイムするよりも楽だったことを思い出す。
「今まで大丈夫でも、今後何があるか分からない。テイマーは雇った方がいいと思うぞ」
「かしこまりました。そのようにさせていただきます」
ガリウスさんが胸に手を当てる。
「僕、小さい頃からガラファンにいっぱい遊んでもらったんだ。僕はまだ大好きなのに……もう僕のこと、嫌いになっちゃったのかな……」
ルクシャくんが寂しそうにそう呟いた。
「おとうさん、あの子かわいそう」
リリアが俺のズボンをクイッと引っ張った。
「リリア……今俺のことをお父さんと言ったのか?」
俺がそう言うと、リリアは少し恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
「リリア……」
胸がジーンとなりながら、俺はリリアを見つめた。
リリアは何か言いたげに俯いたまま、ジッと押し黙っていた。
「……あの子をたすけてあげられる?」
ポツリとそう言うリリア。
「ああ、もちろんだ、お父さんに任せておけ」
俺はドン、と拳で胸を叩いた。
「……あれです。気が立っているのでお気をつけください」
ガリウスさんが立ち止まった。
広い草むらをガラファンがウロウロしている。
魔物は一見雌雄が分かりづらいが、ガラファンは毛の色で判別できる。
くすんだオレンジ色をしているから、あれはオスだ。
「……ああやって一日中うろついて、人を寄せ付けません。メスの方は日に日に元気がなくなっていきますし、このままでは処分しなくとも死ぬかもしれません」
「──番なのか!?」
俺は驚いてガリウスさんを見る。
「なあ、この近くにナナカンの木はあるか? それと最近──」
俺はガリウスさんに耳打ちをする。
子どもたち二人が不思議そうに俺たちを見上げた。
「はい、その通りです、何故お分かりになったのですか?」
満足した顔で頷く俺を、ガリウスさんが不思議そうな表情で見る。
「エンダー」
ルクシャくんがガラファンに呼び掛けたが、それに気付いたオスのガラファンが、「ガアッ」と吠えて威嚇してくる。
ビクッとして下がるルクシャくんを、ガリウスさんが庇う。
リリアも怯えて思わず俺の後ろに隠れて、俺のズボンを握った。
俺はこの大切な宝物を、何があっても全力で守ろうという、愛おしい気持ちで心がいっぱいになる。
「やはり処分しなくてはならないでしょうか……」
「処分? ──って、いやいや、それ、処分しなくとも、なんとかなるぞ?」
「本当ですか!?」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだが、今から言うものを持ってきてくれないか?」
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
村人たちが、わあっと歓声を上げる。
「スイートビーの巣からは一か月に一回蜂蜜が採れるから、それを売ったり加工したりしたら、それで商売ができるし、レレンの木は今はスイートビーにあげちまおう?」
「……レレンの実は、もう食べられないの?」
子どもたちが心配そうに俺を見上げる。
リリアもそれがとても心配なようだ。
娯楽の少ない貧乏なこの村じゃ、子どもにとっても大人にとっても、甘いレレンの実は貴重なデザートだからな。
「いや、スイートビーがレレンの木に集まるのは、レレンの花が咲いている間だけさ」
「そうか、レレンの木が実をつけて、蜜が取れなくなれば、別の花に移動するって訳だな?」
「ああ。その時スイートビーが巣を移していれば、レレンの木の巣を壊せばいい」
俺は村人の言葉にコックリと頷いた。
「花が萎めば、新しい巣に引っ越して、レレンの木に近付かなくなるからな。養蜂用の巣箱を安全なとこに設置すれば、蜂蜜も取れるしみんなも自由にレレンの実を取りに行けるようになるよ」
わあっとみんなが沸く。リリアは年齢の近い子どもたちと微笑み合っていた。
スイートビーで養蜂をすると何が凄いかというと、取れる蜂蜜の量がかなり多い。普通の蜜蜂は年に数回か、少ないものだと一回しか蜂蜜が取れない。
それをスイートビーは月に一回取れるほど集めてしまうのだから、どれだけ優秀な頑張り屋さんかが分かるというものだ。頑張り過ぎて女王のベッドをビッチャビチャにしてしまうほどに。
しかも冬眠しないので冬にしか咲かない花の蜜も集めてくれ、季節ごとに違う花の蜂蜜を楽しむことができるのだ。
俺は村人たちに巣箱と遠心分離機の製作方法について話をし、それからスイートビーの蜂蜜を食べてみることにした。
糖度の高い実をつけるレレンの花の蜂蜜。これはもう期待しかなかった。
俺は蜂蜜を一口、スプーンですくって食べた。
「~~~~!!」
口の中でさらりと溶ける。濃厚なのに爽やかな甘み。
ほんの少し鼻に抜ける、レレンの香り。これは本当に蜂蜜か?
俺は正直蜂蜜というものがそこまで好きではない。
舌に乗せた時の、まとわりつく感じが苦手で、甘みが強く美味しいのだが、そこまで食べたいものでもない。
だがこれはそういうのが一切なく、まるで飲み物を飲んでいるかのようにグイグイ食べてしまう。
ドリンクにして売れるかもしれない。
思わず何杯も口に運んでしまい、村長が俺をたしなめた。
順番を待っている子どもたちが、ジトッとした目で俺を見ている。
俺は咳払いをすると、「──最高だ」と言った。
みんなは一気に興奮すると、次々と自分の家からパンを持ってきて、塗って食べ始めた。
「リリア、ほら」
俺もパンに蜂蜜を塗って、リリアに差し出した。
リリアはそれをおずおずと受け取ると、恐る恐る小さなお口で一口パクッと食べる。
するとびっくりしたのか、目がまん丸になって愛らしい。
とても美味しかったようだ。
みんながどんどんパンを持ってきて、蜂蜜を食べ尽くしそうな勢いだ。
「オイオイ、ちょっと待て。パンで食べるのなら、美味い料理があるぞ?」
俺は村人とリリアを引き連れて自宅に戻る。家の中に入りきらない人には外で待ってもらう。
ボウルに牛の乳、卵を入れて泡立てると、それをザルで濾した。
濾すことで、混ざりきらない卵白やカラザが取れて、卵液がより滑らかになる。
「ほら、リリア、やってごらん? このフォークでパンに穴を開けてくれ」
パンとフォークをリリアに差し出す。面白そうだと興味を持ったのか、リリアが素直にフォークを受け取った。
俺は左腕でリリアを抱え上げて、右手で椅子を持ってきてテーブルの前に置き、リリアをその上に座らせてやった。
リリアはプスプスとフォークでパンを突き、卵液を染み込ませやすくしている。
その次はフライパンにバターを塗ってから、こんがり焼き目がつく程度に卵液に浸したパンを焼く。
最後にスイートビーの蜂蜜をたっぷりとかけた。
「スイートビーのハニーフレンチトーストだ」
俺が村人にフレンチトーストを配ると、みんながアチチチ、と言いながら頬張る。
砂糖が貴重なこの国では、甘いものは滅多に楽しむことができない。
みんな笑顔で楽しそうにしている。
こうなると、俺はもう一品作りたくなってきた。
「誰か、何人か野菜のスープを分けてくれないか? 野菜の種類は違う方がいい。あと、鶏の肉と骨が両方欲しいんだが。ああ、クズ肉なんかもあるといい」
何をするんだ? と一様に不思議そうな顔をしながら、村人たちが各家庭で作った野菜のスープを少しずつ持ち寄ってくれる。
この世界は調味料が少ないので、ほんの少しの塩でしか味付けされていない。
野菜は各家庭ごとに違っている。
俺は野菜を取り除くと、スープだけを集めて、クズ肉と骨を一緒に鍋にぶち込んだ。
グツグツと煮えている。ほんとはローリエとかあるといいんだけどな。
「──ふきんを取ってくれ」
俺は別の鍋に、ザルを引っ掛けると、ザルの上にふきんを敷いた。丁度いい感じにふきんがザルに引っ掛かっている。
そしてそこに、火にかけていた鍋の中身をゆっくりと入れた。
空っぽだった鍋には、クズ肉や骨がふきんで取れて、綺麗になった薄茶色の液体が入っている。
「これは何?」
野菜スープを持ってきてくれた女性の一人、ラナが鍋を覗き込みながら尋ねる。
「俺、特製のスープさ」
作り方は至って簡単だ。肉と野菜と塩コショウを入れて煮るだけ。コショウはなくてもいい。
それだけで立派な一つの料理になるのだ。
俺は更にスープに、一口大に切った鶏肉、生姜を一欠薄切りにしたもの、蜂蜜を大さじ一杯入れて煮た。
ほんとは醤油とか料理酒とかあるともっといいんだけどな。まあなくてもそれなりに美味い。
蓋をして中火で三分ほど煮て、かき混ぜて更に二分。
リリアはお手伝いに目覚めたのか、やってみたいというので、かき混ぜるのを手伝ってもらった。
お玉を持つリリアの手を上から握ってサポートしたが、リリアは嫌がることなく一緒に鍋をかき混ぜてくれた。
ほんの少しリリアとの心の距離が縮まったような気がした。
「さあ、食べてくれ。鶏肉の生姜蜂蜜煮だ」
俺が料理を配ると、みんなはゴクリと唾を飲み込んだ。そして、バクバクと食べ始めた。
「……美味しい!」
「柔らか~い」
「蜂蜜が料理にも使えるなんて……」
「野菜のスープがここまで変わるのか!?」
みんな、煮汁まで飲んでいる。
たくさんの野菜の煮汁を合わせたスープは、そのままでも美味しいし、こうして他の料理にも使えて便利だ。
みんなの満足そうな顔に、俺も満足だった。
食べたあとはみんなで瓶を煮沸消毒して蜂蜜をその瓶に詰めた。
俺は温めた牛の乳にほんの少し蜂蜜を混ぜると、まだこの蜂蜜を楽しんでいない赤ん坊に差し出した。
母親のエレンは戸惑った表情をして、それを受け取らない。
「あの……うちの子は、まだ一歳になったばかりだから、牛の乳は大丈夫でも、蜂蜜は無理だと思うの」
「いや、この蜂蜜は大丈夫なのさ。騙されたと思って飲ませてごらん」
蜂蜜というのは、ボツリヌス菌を含んでいる可能性がある。
ボツリヌス菌は熱に強く、調理で菌が死なず、腸内環境の整っていない、一歳未満の子どもに与えてはいけないとされている。
だが、このスイートビーの蜂蜜の凄いところは、スイートビーがボツリヌス菌を殺してしまうことにある。
スイートビーには動物のような内臓がある。だから菌にやられることもある。
自分たちの子どもに食べさせるものなのだから、危険なものは与えられない。
進化の過程で菌を殺す方法を生み出したのだ。
これは貴族や王族の間では広く知られ、この国の王は代々栄養豊富なスイートビーの蜂蜜を食べて育つ。
「さすがだな、アスガルド。とても魔物に詳しいんだな」
村長が微笑みながら言う。
「冒険者なら初心者じゃなければみんな知っていることです。討伐しないと生活できないから、対処法をわざわざ依頼人に教えないってだけで」
この世界の平民たちは学校に行かないので、魔物や動物の知識を学ぶ機会がない。俺は転生者でSランクのテイマーだから、人より知識が豊富ではあるが、一定レベルの冒険者であれば、俺と同じことができる。まぁ、魔物の声を真似して、意思の疎通がとれるのはテイマーだけだがな。
「──それはどうするの?」
俺が瓶に詰める用とは別に分けておいた蜂蜜を見て、村人の女性――ニナイが聞いてくる。
「ああ……これはな。おーい、ザンギス、ちょっと手伝ってくれないか?」
俺はザンギスを呼んだ。今日は俺が帰ってくるというので休みを取って村に戻ってきてくれたが、ザンギスはいつもは酒工房へ出稼ぎに行っている。
「これは、酒にしようと思ってるんだ」
実は人類最古の酒は蜂蜜酒と言われている。
蜂蜜に酵母を加えて発酵させて、酒を作ろうと思っている。
水の代わりにレレンの果汁と合わせたら、それは美味い酒ができるはずだ。
しかも、男の子ができやすいという言い伝えがあるため、後継者が欲しい王族や貴族は初夜に蜂蜜酒を飲むのだ。きっと高く売れることだろう。
「スイートビーの蜂蜜と蜂蜜酒。コイツを売れば、冬を越すどころか、みんなの新しい服も買えるし、蓄えだってできる。どうだ、みんな手伝ってくれるだろ?」
みんなは笑顔で互いの顔を見比べた後、「もちろんだ!」と大声で答えてくれた。
そのために、まずはスイートビーに巣を移してもらう必要がある。
巣箱の材料は森で取ってこられるが、釘なんかは街に買い出しに行かなくてはならない。
俺が金を出してもいいのだが、みんなで使うのだから、スイートビーの蜂蜜を少し売って金を作ろうということになった。
「街か……久し振りだな」
俺は懐かしい商人の店を尋ねることにしたのだった。
★ ★ ★
次の日、俺はリリアと連れ立って、王宮の近くの街の道具屋に来た。
二人だけでどこにも出かけたことがなかったのと、一度街を見せておきたいと思ったからリリアも連れてきた。
うちの村は馬車がないので、当然街までは徒歩だ。
小さいリリアにはちょっと距離が遠すぎるので、肩車をして歩いた。
最初ちょっと遠慮気味というか、抵抗するそぶりを見せたが、いざ肩車をしてやると、リリアはキャッキャと喜んだので思わずホッとしたのだった。
ここの道具屋はとにかくデカい。釘や金槌などの日曜大工品から飼料まで。
五階建てのレンガ造りの建物の中に、ジャンルごとに分かれて様々な商品が並べられ、冒険者から街の人たちまで、様々な利用者がいる。
冒険者をしていた時、色んな街を回ったが、王宮に近いこの店より品揃えの多い店はない。
男からすると見て回るだけでも楽しいのだが、果たしてリリアがどう感じるかは分からなかった。
だが心配はいらなかったようだ。
リリアは店に入った途端、目をキラキラさせて店内を見回すと、急に走り出してしまった。
「危ないぞリリア! 人とぶつかる! お店の中では静かに、ゆっくりだ。他の人の迷惑にならないようにな」
たしなめなくてはいけない程度には、リリアはこの店に興味を持ったようだった。
目的の場所へ歩いていると、リリアが突然、食器のコーナーで立ち止まった。
イチゴのような実がたくさんあしらわれたデザインのグラスがそこには置かれていた。
気に入ったのかな?
「リリア、それが気に入ったのか?」
リリアは振り返って、こっくりと遠慮がちに頷いた。
「じゃあそれも買って帰ろうか。新しい生活の記念に、お父さんもお揃いのグラスにしようかな」
俺はそのグラスを二つ手に取った。
これから選ぶものとまとめて会計しようと思ったのだが、リリアはグラスが気になって仕方がないらしい。
先にグラスの会計をすると、「ほら。それを持って走って転んだら危ないからな? しっかり持って、ゆっくり歩きなさい。大切にするんだぞ?」とグラスの一つをリリアに手渡した。
リリアはそれをしっかりと抱きしめて、ニコニコと嬉しそうに見つめている。
それから必要なものを買うために店の中を歩いた。
リリアの歩幅はとても狭いので、かなりゆっくりな速度になったが、まあ、急ぐ訳でもないしな。
とても楽しそうなリリアの姿を見ているだけで、俺は胸が温かくなる。
そうしてようやく目的の場所に到着した。
リリアにあまり俺から離れたところに行かないよう言って、チラチラとリリアの様子を見ながら、品物を選んだ。
俺は巣箱の材料の他に、身隠しのローブを数枚手に取った。
これはCランク以下の魔物からなら完全に姿を隠すことができる。初心者が魔物から逃げる時にも使えるし、これを使った一般人向けのダンジョン探索ツアーも人気だ。
これを使えば誰でもスイートビーの巣箱に近付けるようになる。
スイートビーの養蜂には欠かせないアイテムだ。
俺が身隠しのローブを選んでいると、リリアより少し年上くらいの、高価そうな服に身を包んだ男の子が、悲しげな目でローブを見上げていた。
すぐに白髪の執事のような男性が迎えにきたので、おそらくどこかの裕福な商人か、貴族のお坊ちゃんなのだろう。
俺が選んだものを会計に持って行くと、高ランクの冒険者だと気づいた店員がカウンターの奥に入り、顔馴染みの店長、ニマンドを呼んでくれた。
「久し振りだな、元気そうじゃないか。冒険者を辞めたって本当なのか?」
「ああ、そちらこそ息災で何よりだ……まあ、ここらが潮時だと思ってな。今は村に戻ってるよ」
「その子がリリアちゃんかい? こんにちは。おじさんはお父さんの友達なんだよ?」
リリアがコクッと小さく頷いて挨拶する。
「それで? 今日は何を買うつもりなんだ?」
「実はスイートビーの養蜂を始めようと思ってな。既に蜂蜜は取れているから、それをこれから売りに行くつもりだ。商人ギルドは街の入り口の反対側だから、先にこっちに寄ったんだ。すまないが、金を払うのはその後でもいいか?」
「ああ、もちろんだ。こちらで預かっておくよ」
ニマンドが、荷物を預ける用の受付に置いた品物を奥で管理しておくよう、店員に告げる。
「……おじさん、スイートビーを飼ってるの?」
声のした方を振り返ると、さっき身隠しのローブを悲しげに見上げていた男の子だった。
「飼ってる訳じゃないんだが、おじさんたちのお仕事に使うんだ」
「そっか……魔物を飼ってるなら話が聞きたかったの。ごめんね」
あまりに悲しそうなその様子に、俺とニマンドは顔を見合わせる。
俺は男の子の目線までしゃがむと、「……何が聞きたいんだ?」と優しく尋ねた。
「ルクシャ様! こんなところにいらしたのですね? じいから離れてはいけませんと申し上げたではないですか」
先程男の子を迎えにきた、執事のような服装の男性が、慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。私はガウリス、ベルエンテール公爵にお仕えしている執事です。この方は小公爵のルクシャ様です」
やはりいいとこの子だったか。小公爵ということは後継者だな。
「いや、特に迷惑はかけられてないぞ。何か俺に聞きたいことがあるようなんだが、話を聞いてやってもいいだろうか? 俺はSランク冒険者のアスガルドだ」
俺の冒険者登録は消していないので、引退した身とはいえ現役の冒険者扱いだ。
要するに、身分証明書代わりなのだ。
ルクシャくんは俺とガリウスさんの表情を交互に見比べる。ガリウスさんがコックリと頷いたのを見て、ルクシャくんは安心したような表情を浮かべた。
「……あのね、うちで飼ってる、ガラファンの様子がおかしいの。大人しかったのに、急に暴れ出したの」
ガラファン……!!
ガラファンはCランクのダンジョンに棲息する、ゾウのような鼻を持つ、毛むくじゃらの魔物だ。
ゾウのような長い牙はなく、代わりに爪がとても長い、ゾウとクマの間の子みたいな感じだ。
自分からあまり人を襲わない魔物とはいえ、よく飼う気になったものだ。
お貴族様の考えることは分からんな。
「アスガルドはSランクのテイマーで、魔物についてはとても詳しいのです。どうだ、アスガルド。一度見てやっちゃくれないか? ベルエンテール公爵家はうちのお得意さんでな。もし行ってくれるなら、さっきの商品、オマケしとくぜ?」
ガリウスさんとルクシャくんのあとに俺を見てニマンドが言う。
公爵家をお得意様にしているとか、ニマンドはかなり手広く商売をやっているんだな。
貴族の出入り商人になるには、かなりの実績と、上位商人からの保証が必要だと聞いたことがある。
「別に俺は構わんが……どうする?」
俺はルクシャくんの保護者であるガリウスさんに尋ねた。
「……大変急なお願いで恐縮ですが、当家にいらしていただけませんでしょうか?」
ガリウスさんは眉を下げながら、遠慮がちにそう言った。
「ルクシャ様はダンジョン探索ツアーで見かけたガラファンを連れて帰ってしまったことに、大変責任を感じていらっしゃいます」
ガリウスさんは目を伏せながら言った。
「一度人に飼われたガラファンを、ダンジョンに戻すことはできません。このままですと、処分することに」
「分かった……俺にできるか分からんが、一度見てみよう」
俺がそう言うと、ルクシャくんの表情がパアッと明るくなる。
「近くに当家の馬車を待たせております。そちらで参りましょう」
そうして俺たちはベルエンテール公爵家へと向かうことになったのだった。
ベルエンテール公爵邸は広大な土地を持つ大豪邸だった。
使用人の住まいがあるエリアだけでも、俺たちの住むルーフェンの村が、五つは入りそうな広さだ。
「こちらです」
ガリウスさんの案内で、裏庭の山を登る。ここでガラファンを放し飼いにしているらしい。
「ルクシャ様がまだ幼い頃にガラファンをダンジョンから連れ帰ってきて、それからずっととても可愛がっておりまして……」
先導して登りながら、ガリウスさんがそう説明してくれる。
「ルクシャ様が餌を持っていっても警戒しなくなったり、毛づくろいを黙って受けるようにもなったりして、それこそ一緒に昼寝などもして、日々良好な関係を築いていたのですが……」
「それはダンジョン内の魔物を連れてきたにしちゃ、いい方の反応だと思うぞ。普通は自分のテリトリーから連れ出された魔物は、ずっと警戒したままで心を許さないんだ。テイマーでも雇っているのか?」
「いいえ、つけた方がよろしかったでしょうか?」
困惑したようにガリウスさんが言う。
「ガラファンが凶暴になってからも、ルクシャ様はご自分で餌を運んで話しかけていましたが、まずかったでしょうか?」
「そりゃあそうだ! テイマーもなしに魔物を子どもに近付けるなんて自殺行為だぞ? よく今まで無事だったな?」
「幼体の時に連れてきたのがよかったのでしょうか。ルクシャ様がガラファンを気に入られて連れて帰りたいとおっしゃった時、捕獲を依頼した冒険者からは、特に何も言われなかったのですが……」
「そりゃあ捕獲だけが仕事だからな。その先のことは聞かれない限り言わない。まさか飼うつもりだなんて、思ってもみなかったのかもしれないしな」
実際、幼体だからよかったのだろう。
特に周囲に仲間や親がいなければ、教わる相手がいないからまだ人間は攻撃してくるものだという警戒心がない場合も多いからな。
教えてくれる仲間や親がいない場合は、攻撃されて初めて人間を怖がったり、警戒したりするようになるんだ。
昔、俺がテイムしていた魔物もそうだったからな。
幼体をテイムしたことは何度かあるが、やはり成体をテイムするよりも楽だったことを思い出す。
「今まで大丈夫でも、今後何があるか分からない。テイマーは雇った方がいいと思うぞ」
「かしこまりました。そのようにさせていただきます」
ガリウスさんが胸に手を当てる。
「僕、小さい頃からガラファンにいっぱい遊んでもらったんだ。僕はまだ大好きなのに……もう僕のこと、嫌いになっちゃったのかな……」
ルクシャくんが寂しそうにそう呟いた。
「おとうさん、あの子かわいそう」
リリアが俺のズボンをクイッと引っ張った。
「リリア……今俺のことをお父さんと言ったのか?」
俺がそう言うと、リリアは少し恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
「リリア……」
胸がジーンとなりながら、俺はリリアを見つめた。
リリアは何か言いたげに俯いたまま、ジッと押し黙っていた。
「……あの子をたすけてあげられる?」
ポツリとそう言うリリア。
「ああ、もちろんだ、お父さんに任せておけ」
俺はドン、と拳で胸を叩いた。
「……あれです。気が立っているのでお気をつけください」
ガリウスさんが立ち止まった。
広い草むらをガラファンがウロウロしている。
魔物は一見雌雄が分かりづらいが、ガラファンは毛の色で判別できる。
くすんだオレンジ色をしているから、あれはオスだ。
「……ああやって一日中うろついて、人を寄せ付けません。メスの方は日に日に元気がなくなっていきますし、このままでは処分しなくとも死ぬかもしれません」
「──番なのか!?」
俺は驚いてガリウスさんを見る。
「なあ、この近くにナナカンの木はあるか? それと最近──」
俺はガリウスさんに耳打ちをする。
子どもたち二人が不思議そうに俺たちを見上げた。
「はい、その通りです、何故お分かりになったのですか?」
満足した顔で頷く俺を、ガリウスさんが不思議そうな表情で見る。
「エンダー」
ルクシャくんがガラファンに呼び掛けたが、それに気付いたオスのガラファンが、「ガアッ」と吠えて威嚇してくる。
ビクッとして下がるルクシャくんを、ガリウスさんが庇う。
リリアも怯えて思わず俺の後ろに隠れて、俺のズボンを握った。
俺はこの大切な宝物を、何があっても全力で守ろうという、愛おしい気持ちで心がいっぱいになる。
「やはり処分しなくてはならないでしょうか……」
「処分? ──って、いやいや、それ、処分しなくとも、なんとかなるぞ?」
「本当ですか!?」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだが、今から言うものを持ってきてくれないか?」
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
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