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第一章
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こんなにも明日が来なければいいと願った夜はない。
夜七時。光太郎は校舎二階の個人スペースに敷いた布団の上で、眠れない時間を過ごしていた。電気が供給されなくなってからはロウソクの灯かりやライターが頼りだ。だが今夜のように月が明るい夜は節約のため道具は使わない。
陽菜がゾンビに噛まれたという現実がまだ受け入れられない。陽菜がゾンビ化して自我を失うまで長くて七日。168時間の余命宣告はすでになされた。いっそその人が目の前でゾンビに八つ裂きにされたなら諦めざるを得ないが、現状はふわふわとしている。明日の朝、目が覚めたら今までと変わらぬ日常が始まるのではないか。陽菜、沙紀、悠一、光太郎――四人で過ごす終末世界のささやかな日常が待っているのではないか。そんな気がしてならない。
「私がゾンビに噛まれた?」
陽菜は冗談やめてよと笑うだろう。沙紀はあきれて背中を叩いてくるだろう。悠一はお前は医務室にでも行ってこいと指示するだろう。
「――俺は何を考えてるんだ。バカか」
寝ころんだまま自分の頭を叩き、くだらない妄想はやめろと言い聞かせる。
「考えろ。ない知恵を絞って最善策を考えろ」
だが結局、何をどうすれば現状がよくなるのか分からない。そもそもゾンビに噛まれた人間を救う方法は一つも見つかっていない。何がどう転んでも七日後に陽菜という少女の人生は終わる。その確定的な未来があまりに絶望的で、もはや何をしても全て無駄に思えてくる。
限界だった。自分一人で考えるにはあまりに重たい。役に立ちそうな経験も知識もない。
頼れる相手は限られていた。このまま悶々として何も進まないよりは、リスクを冒してでも相談するしかない。
だから悠一に声をかけてみた。最も頼れる、だが最も危険な相手。
「悠一、起きてるか?」
悠一は光太郎の隣に個人スペースを設けている。二人のスペースの間は、布を垂らして仕切ってあるだけだ。
「起きている」
布の仕切りの向こう側からはっきりとした声が返ってきた。布団の上に寝転んでいる悠一のシルエットは動かない。
「ちょっと聞きたいことがある。いいか?」
「なんだ?」
「もしもの話だぞ。万が一、自分がゾンビに噛まれたらどうする?」
「決まっているだろう。ここを出ていく」
「それ以外の選択肢はないのか」
「人知れず自殺する」
「……他には」
「ない。一人でも多く道連れにしたいなら別だが」
悠一らしい、きっぱりとした答えだった。
確かにここに残る選択をすれば、無事な誰かを巻き添えにする危険性がある。死が近づいたとき、一人で死にたくない、誰かを道連れにしたいという気持ちが生まれる可能性も理解できる。果たして陽菜はどうだろうか……。
「光太郎、あれを見て可哀想だとか思ったのか?」
あれというのはもちろん、今日、青年が追放された事件だろう。
「……まあな。沙紀じゃないけど、もうちょっと他にやり様がなかったのかなって思うよ」
「無理な話だな」
「なあ、もしも、噛まれたのが俺たちの中の誰かだったとしても?」
「誰であっても同じだ。甘いことを言っていたら生き残れない。そもそも追放になる前に、噛まれた人間が自分で自分の終わり方を決めるべきだ」
悠一の指摘は憎らしいほどもっともだし、生き残るための最適解に違いない。ならば陽菜の自ら出ていくという決断も正しい。
だがそれでいいのか? 頭では何が正しいか分かっているつもりでも、もっと別の答えがあるはずだと諦めの悪い自分がいる。
陽菜だから甘く考えてしまうのか? もしも噛まれたのが沙紀だったら? 悠一だったら? 出ていくのを引き止めて、考え直そうと提案しただろうか。
「悠一の考えは分かったよ。ありがとう」
「…………」
返事はなかった。その沈黙がなんとなく不気味に感じられた。
光太郎は寝返りを打ち、悠一に背を向けた。やはり悠一に陽菜のことを打ち明けるのは危険すぎる。
沙紀と話してみようか。いや、沙紀の答えはなんとなく分かる気がしたし、打ち明けた途端泣き叫んで大騒ぎになりそうだ。
大人たちは……誰が味方になってくれるか見当もつかないからリスクが高すぎる。
明日の夕方までに、自分一人で陽菜がここに居られる方法を考えなければならない。そうでないと陽菜を追放するしかなくなる。
「他人に甘えようとするな。陽菜は俺だけに打ち明けたんだ。俺の力でなんとかするんだ」
あぐらをかき、静かに決意を口にして折れそうになる自分に上を向かせた。
そのときにわかに校舎が騒がしくなる。ざわめき、怒声、誰かの悲鳴。
隣で悠一が身体を起こす気配。他の居住者もそわそわし始める。
騒がしさはだんだん大きく近くなり、それに伴って胸の内が無性にざわめき立ってくる。手のひらにじっとりと汗がにじむ。
近づく複数の足音。廊下を走るいくつかの影が交錯する。足音がはっきりと聞こえるところまで迫っていた。
部屋のドアが勢いよく開かれた。
「みんな起きろ! ゾンビだ! ゾンビに噛まれたヤツがいる!」
夜七時。光太郎は校舎二階の個人スペースに敷いた布団の上で、眠れない時間を過ごしていた。電気が供給されなくなってからはロウソクの灯かりやライターが頼りだ。だが今夜のように月が明るい夜は節約のため道具は使わない。
陽菜がゾンビに噛まれたという現実がまだ受け入れられない。陽菜がゾンビ化して自我を失うまで長くて七日。168時間の余命宣告はすでになされた。いっそその人が目の前でゾンビに八つ裂きにされたなら諦めざるを得ないが、現状はふわふわとしている。明日の朝、目が覚めたら今までと変わらぬ日常が始まるのではないか。陽菜、沙紀、悠一、光太郎――四人で過ごす終末世界のささやかな日常が待っているのではないか。そんな気がしてならない。
「私がゾンビに噛まれた?」
陽菜は冗談やめてよと笑うだろう。沙紀はあきれて背中を叩いてくるだろう。悠一はお前は医務室にでも行ってこいと指示するだろう。
「――俺は何を考えてるんだ。バカか」
寝ころんだまま自分の頭を叩き、くだらない妄想はやめろと言い聞かせる。
「考えろ。ない知恵を絞って最善策を考えろ」
だが結局、何をどうすれば現状がよくなるのか分からない。そもそもゾンビに噛まれた人間を救う方法は一つも見つかっていない。何がどう転んでも七日後に陽菜という少女の人生は終わる。その確定的な未来があまりに絶望的で、もはや何をしても全て無駄に思えてくる。
限界だった。自分一人で考えるにはあまりに重たい。役に立ちそうな経験も知識もない。
頼れる相手は限られていた。このまま悶々として何も進まないよりは、リスクを冒してでも相談するしかない。
だから悠一に声をかけてみた。最も頼れる、だが最も危険な相手。
「悠一、起きてるか?」
悠一は光太郎の隣に個人スペースを設けている。二人のスペースの間は、布を垂らして仕切ってあるだけだ。
「起きている」
布の仕切りの向こう側からはっきりとした声が返ってきた。布団の上に寝転んでいる悠一のシルエットは動かない。
「ちょっと聞きたいことがある。いいか?」
「なんだ?」
「もしもの話だぞ。万が一、自分がゾンビに噛まれたらどうする?」
「決まっているだろう。ここを出ていく」
「それ以外の選択肢はないのか」
「人知れず自殺する」
「……他には」
「ない。一人でも多く道連れにしたいなら別だが」
悠一らしい、きっぱりとした答えだった。
確かにここに残る選択をすれば、無事な誰かを巻き添えにする危険性がある。死が近づいたとき、一人で死にたくない、誰かを道連れにしたいという気持ちが生まれる可能性も理解できる。果たして陽菜はどうだろうか……。
「光太郎、あれを見て可哀想だとか思ったのか?」
あれというのはもちろん、今日、青年が追放された事件だろう。
「……まあな。沙紀じゃないけど、もうちょっと他にやり様がなかったのかなって思うよ」
「無理な話だな」
「なあ、もしも、噛まれたのが俺たちの中の誰かだったとしても?」
「誰であっても同じだ。甘いことを言っていたら生き残れない。そもそも追放になる前に、噛まれた人間が自分で自分の終わり方を決めるべきだ」
悠一の指摘は憎らしいほどもっともだし、生き残るための最適解に違いない。ならば陽菜の自ら出ていくという決断も正しい。
だがそれでいいのか? 頭では何が正しいか分かっているつもりでも、もっと別の答えがあるはずだと諦めの悪い自分がいる。
陽菜だから甘く考えてしまうのか? もしも噛まれたのが沙紀だったら? 悠一だったら? 出ていくのを引き止めて、考え直そうと提案しただろうか。
「悠一の考えは分かったよ。ありがとう」
「…………」
返事はなかった。その沈黙がなんとなく不気味に感じられた。
光太郎は寝返りを打ち、悠一に背を向けた。やはり悠一に陽菜のことを打ち明けるのは危険すぎる。
沙紀と話してみようか。いや、沙紀の答えはなんとなく分かる気がしたし、打ち明けた途端泣き叫んで大騒ぎになりそうだ。
大人たちは……誰が味方になってくれるか見当もつかないからリスクが高すぎる。
明日の夕方までに、自分一人で陽菜がここに居られる方法を考えなければならない。そうでないと陽菜を追放するしかなくなる。
「他人に甘えようとするな。陽菜は俺だけに打ち明けたんだ。俺の力でなんとかするんだ」
あぐらをかき、静かに決意を口にして折れそうになる自分に上を向かせた。
そのときにわかに校舎が騒がしくなる。ざわめき、怒声、誰かの悲鳴。
隣で悠一が身体を起こす気配。他の居住者もそわそわし始める。
騒がしさはだんだん大きく近くなり、それに伴って胸の内が無性にざわめき立ってくる。手のひらにじっとりと汗がにじむ。
近づく複数の足音。廊下を走るいくつかの影が交錯する。足音がはっきりと聞こえるところまで迫っていた。
部屋のドアが勢いよく開かれた。
「みんな起きろ! ゾンビだ! ゾンビに噛まれたヤツがいる!」
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