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3、秘密
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その後、凜と雪菜は無事に帰宅し、母に報告を済ませた。
「ごめんなさい。私の考えが甘かったせいで、二人を危険な目にあわせた。本当にごめんなさい」
報告を聞いた母は、姿勢をただし、深々と頭を下げた。
凜は、普段いい加減に見える母が自分たちにこんなふうに謝罪するなんて、と申し訳なさで胸が痛んだ。
「母さんが悪いわけじゃない。妖魔の王が一枚上手だっただけ。それにあたしたちも甘かった」
「いいえ、今回のことで万が一、二人の身に何かあったら取り返しのつかないこと。全て私の責任よ。二人は私の指示に従っただけなのだから、何も非はないわ」
『何も非はない』という言葉を聞いても、「そうか」と思うことはなかなかできそうになかった。隣でうつむきがちに話を聞いている雪菜も同じだろう。
「雪菜、あなた……本当になんともないの?」
雪菜は頷き、「はい」と小さく答えたが、顔は伏せたままだった。
「もし何かあったら、すぐに相談しなさい」
「……はい」
「今後のことも考えなければね。妖魔の王がいなかったということは、こちらの動きに気付かれていたと見るべきね。こうなると、もう私たちだけで処理するわけにはいかない。この件は私から協会に報告して、判断を仰ぐことにします」
その後、妖魔の王についての情報はぱたりと途絶えてしまった。妖魔の動きについても、退魔師協会の動きについても、何も情報が入ってこない。
凜も雪菜も、普通の女子高生としての生活を送っていた。巫女装束ではなく制服をまとって、前髪の長さを気にしてみたり、誰と誰が付き合っているとかいう噂話を楽しんだり。
凜の目下の悩みは期末テストだった。
「テストが終われば、すぐに夏休みだ。だからって気を抜くんじゃないぞ。いいか?」担任はこれから告げる重大事を聞いた生徒たちが、どんな反応をするか分かっていて、それを楽しんでいた。「このクラスには一人もいないと思うが、万が一、期末テストの結果で赤点を取ったやつがいたら・……夏休み中に補習授業に参加すること! そうしなければ二年生にはなれんぞ!」
期待通り、生徒たちは一斉に暗黒のうめき声を上げて担任を満足させた。凜もうめいた一人だったが、雪菜のほうを見ると、素知らぬ顔で英単語帳を読んでいた。
そんなこんなで、凜は三割増しの真面目さで授業を聞くようになったのだが、雪菜は相変わらず赤点とは無縁で、あくまで上位争いのために勉学に励んでいた。昼休みにクラスメイトたちと昼食をとったあと、自分の席に参考書を広げて勉強したり、その様子を見て分からないところを質問してくるクラスメイトに、丁寧に解説してあげたりしている。
ただ凜は、雪菜にある変化が生じたことに気が付いた。その変化とは、昼休みになると、たまに雪菜が焦った顔をして一番に教室を出ていくのだ。どこへ行ったか分からないが、しばらくすると戻ってきて、落ち着いた様子で席に着き、昼食を食べたり勉強したりする。初めてその行動を目にしたときは、いなくなっていたのはせいぜい十五分くらいだったろう。だが日によっては三十分くらい抜けていたりもする。
あるとき凜は雪菜のその行動の目的を確かめてみようと思った。秘密を暴いてやろうなどと考えたわけではなく、姉として妹を心配する気持ちだった。
その日も雪菜は二時限目の授業が終わると同時に、逃げるように教室を出ていった。凜は気づかれないように後を追った。
雪菜は廊下を突っ切り、階段を上った。五階へ来た。五階は理科準備室や視聴覚室など、使用頻度の低い教室が多いため、いつの時間も人が少ない。雪菜は上がってきた階段から、最も遠い場所にある女子トイレに入った。
凜は近づき、まずトイレの前で耳を澄ませた。「あ」という声が聞こえたような気がしたが、判然としないので、少しだけドアを開けて、もっと聞こえるようにした。
「はぁ……はぁ……ん……ぁ……」
声というより息遣いが聞こえる。鼻に詰まったような、粘っこく熱い息が、かすかな音になって凜の耳へと届く。衣擦れの音もしている。雪菜なのか?
「ん…………あぁ……んっ……はぁ、……いっ……クゥ…………っ!! …………っ。…………はぁ、…………はぁ、…………はぁ……」
高すぎて声になりそこなった音が、体の奥底から絞り出されたようだった。一瞬静まり返ったかと思うと、大きく全身で呼吸するかのような、ゆっくりとした息遣いが続いた。
この声、この息遣い、この衣擦れ。人けのないトイレという場所。何をしているかを想像するには充分だ。
凜は金縛りにあったかのように、その場から動けなくなっていた。はっきりとした声ではないので、雪菜かどうか100%の確信は持てない。あの真面目で優秀な雪菜が校内で淫らな行為にふけるなど想像しがたい。だがもし声の主が雪菜以外だったとしても、雪菜が無関係とは考えにくい。
「あぁ……だめ……んっ……あっ……はぁ……」
今度は雪菜の声に違いなかった。雪菜がこんなに甘く熱い声を出すのは、凜でさえ聞いたことがなかった。見えない雪菜の息遣いは徐々にせわしなくなり、呼吸も乱れ始める。声――あるいは音の粘性が増し、唇に糸を引くよだれが目の前に見えるかのようだ。衣擦れの音、呼吸の音、衣擦れの音、呼吸の音……。そして声になりきらない歓喜。
知ってはいけないことを知ってしまった、という後悔の念が押し寄せた。心臓がバクバクと早鐘を打っている。雪菜が……あの雪菜がこんなことをしていたなんて……。
凜は鼓動の音がドアの向こうの、個室のどこかにいる双子の妹に聞こえてしまうような気がして怖くなって、その場を立ち去った。
凜が教室に戻ってから十分ほど経って、雪菜が戻ってきた。何の変哲もない、いつもの雪菜の顔をして。
「雪菜どこ行ってたの? 先に食べ始めてたよ?」
仲のいいクラスメイトたちが雪菜の登場を見て、声をかけた。
「ちょ、ちょっとおなかが痛くて」
「雪菜、大丈夫? 最近、多くない?」
「うん、大丈夫だよ。心配しないで。わたしも食べよっと」
雪菜がお弁当箱を開けると、「すごい」「かわいい」などの賞賛の声が、次々と上がった。「そんなことないよ。ネットのレシピ見て、おんなじにやってみただけ」と雪菜が少し照れたように答える。
凜はイヤフォンで音楽を聴きながら、そんな様子を横目でうかがっていた。
何かの間違いだと思いたかった。
その日の放課後、凜は弓道部の友達を見かけて、声をかけた。
「雪菜のことだったら、私もちょっと気になってたんだよね」
友達はちょうどよかった、と言わんばかりに言葉を続けた。
「雪菜ね、最近、部活を何度か休んだでしょ? 理由はよく分からないけど、体調がよくなさそうだったじゃん? なんかあったのかって心配になってきてさ」
「部活を休んだ?」
「え? 知らなかったの?」
「いつ? 教えて」
「先週の木曜あたりが最初だったかな……。今週も二回休んでる」
「今日は?」
「え? 来るかどうか、私は知らないけど……」
凜はしばらく弓道場の前で待っていたが、雪菜は来なかった。文武両道を真面目に実践している雪菜が、部活をさぼるのは考えられない。
夕食後、雪菜の部屋をノックした。
「あたし。入っていい?」
「いいよ」
雪菜は中央のテーブルで、教科書とノートを開いて勉強していた。
「宿題?」
「ううん、予習。お姉ちゃんも予習したほうがいいと思うよ」
「あー、うん、検討しとく」
凜は妹のベッドに腰かけて、部屋の中を見回した。当然ながら変わったところはない。
「えーっと、どうしたの?」
雪菜がシャーペンを置いて、凜を見た。
「いや、ちょっと、気になることがあって」
「どんなこと?」
「その、なんだ。今日、部活休んだって聞いたから、何かあったのかと思って」
「うん、部活はときどき休ませてもらってるよ。ほら、わたしって運動音痴で体力ないし、最近すっごく暑かったりするでしょ? くらくらすることがあって、みんなに迷惑かけたくないから」
嘘だ、と思った。それは優等生の雪菜がでっち上げた創作だ。
「そうか。この前、変な妖魔に取りつかれたから、その影響かと思ったけど。あれからおかしなところはないか?」
「わたし、おかしく見える?」雪菜の顔が、わずかにこわばった。
「いや、そういう意味じゃない」あの日盗み聞いたことを言う勇気はなかった。「双子の勘ってやつだ。もしあの妖魔のせいで何か悪い影響が出ているなら、どうにかしたいって思っただけ」
「ありがとう、お姉ちゃん」雪菜は礼を言った。「そうだよね。お姉ちゃんにはたぶん、そのうちばれちゃうかもしれないって、思ってた。……あのね、少し体が変なの。だけど、これはわたしのミスだから、わたしが自分で戦って、自分で解決する」
「ミスだなんて、あんな罠、誰にも予想できない。母さんだって予想してなかったんだぞ。もしこれが雪菜のミスなら、半分はあたしのミスだ」
「違うよ、お姉ちゃん。わたしがミスして、わたしが妖術を浴びたんだよ」雪菜は譲らない。「お願いお姉ちゃん。お母さんには、わたしのこと、何も言わないで」
「どうして? 妖術による呪いなら、母さんに相談したほうがいい」
「ダメだよ。お母さんは、わたしの失敗に失望してる。その上、わたしが呪いを浴びたなんて知ったら、もっと失望するし、これ以上、迷惑をかけたくない。協会に余計な報告もしなきゃならなくなるよ。こんなの、柏崎家の恥だよ」
「恥かどうかより、雪菜の体のほうが……」
「お願い。秘密にして。わたしが自分で呪いを解けば、何も問題ないよ」
「でも……」
「お願いだから。お姉ちゃん、わたし、誰にも迷惑かけたくない。これ以上、誰かの足を引っ張りたくない。わたし、強くなりたい。お願いだから……」
気づけば、雪菜はボロボロと涙を落して、凜の両腕に縋りつくようにして、頼んでいた。
凜は何も言えなくなった。
父が死んだことも、この腹の傷も、雪菜のせいではない。雪菜が自分を責める必要はないのだと、言ってやりたかった。一人で抱え込まなくていいのだと、抱きしめてやりたかった。
それなのに、口は開かなかったし、もしいくつかの言葉を紡げたとしても、ちゃんと雪菜に届かせる自信がなかった。
「ごめんなさい。私の考えが甘かったせいで、二人を危険な目にあわせた。本当にごめんなさい」
報告を聞いた母は、姿勢をただし、深々と頭を下げた。
凜は、普段いい加減に見える母が自分たちにこんなふうに謝罪するなんて、と申し訳なさで胸が痛んだ。
「母さんが悪いわけじゃない。妖魔の王が一枚上手だっただけ。それにあたしたちも甘かった」
「いいえ、今回のことで万が一、二人の身に何かあったら取り返しのつかないこと。全て私の責任よ。二人は私の指示に従っただけなのだから、何も非はないわ」
『何も非はない』という言葉を聞いても、「そうか」と思うことはなかなかできそうになかった。隣でうつむきがちに話を聞いている雪菜も同じだろう。
「雪菜、あなた……本当になんともないの?」
雪菜は頷き、「はい」と小さく答えたが、顔は伏せたままだった。
「もし何かあったら、すぐに相談しなさい」
「……はい」
「今後のことも考えなければね。妖魔の王がいなかったということは、こちらの動きに気付かれていたと見るべきね。こうなると、もう私たちだけで処理するわけにはいかない。この件は私から協会に報告して、判断を仰ぐことにします」
その後、妖魔の王についての情報はぱたりと途絶えてしまった。妖魔の動きについても、退魔師協会の動きについても、何も情報が入ってこない。
凜も雪菜も、普通の女子高生としての生活を送っていた。巫女装束ではなく制服をまとって、前髪の長さを気にしてみたり、誰と誰が付き合っているとかいう噂話を楽しんだり。
凜の目下の悩みは期末テストだった。
「テストが終われば、すぐに夏休みだ。だからって気を抜くんじゃないぞ。いいか?」担任はこれから告げる重大事を聞いた生徒たちが、どんな反応をするか分かっていて、それを楽しんでいた。「このクラスには一人もいないと思うが、万が一、期末テストの結果で赤点を取ったやつがいたら・……夏休み中に補習授業に参加すること! そうしなければ二年生にはなれんぞ!」
期待通り、生徒たちは一斉に暗黒のうめき声を上げて担任を満足させた。凜もうめいた一人だったが、雪菜のほうを見ると、素知らぬ顔で英単語帳を読んでいた。
そんなこんなで、凜は三割増しの真面目さで授業を聞くようになったのだが、雪菜は相変わらず赤点とは無縁で、あくまで上位争いのために勉学に励んでいた。昼休みにクラスメイトたちと昼食をとったあと、自分の席に参考書を広げて勉強したり、その様子を見て分からないところを質問してくるクラスメイトに、丁寧に解説してあげたりしている。
ただ凜は、雪菜にある変化が生じたことに気が付いた。その変化とは、昼休みになると、たまに雪菜が焦った顔をして一番に教室を出ていくのだ。どこへ行ったか分からないが、しばらくすると戻ってきて、落ち着いた様子で席に着き、昼食を食べたり勉強したりする。初めてその行動を目にしたときは、いなくなっていたのはせいぜい十五分くらいだったろう。だが日によっては三十分くらい抜けていたりもする。
あるとき凜は雪菜のその行動の目的を確かめてみようと思った。秘密を暴いてやろうなどと考えたわけではなく、姉として妹を心配する気持ちだった。
その日も雪菜は二時限目の授業が終わると同時に、逃げるように教室を出ていった。凜は気づかれないように後を追った。
雪菜は廊下を突っ切り、階段を上った。五階へ来た。五階は理科準備室や視聴覚室など、使用頻度の低い教室が多いため、いつの時間も人が少ない。雪菜は上がってきた階段から、最も遠い場所にある女子トイレに入った。
凜は近づき、まずトイレの前で耳を澄ませた。「あ」という声が聞こえたような気がしたが、判然としないので、少しだけドアを開けて、もっと聞こえるようにした。
「はぁ……はぁ……ん……ぁ……」
声というより息遣いが聞こえる。鼻に詰まったような、粘っこく熱い息が、かすかな音になって凜の耳へと届く。衣擦れの音もしている。雪菜なのか?
「ん…………あぁ……んっ……はぁ、……いっ……クゥ…………っ!! …………っ。…………はぁ、…………はぁ、…………はぁ……」
高すぎて声になりそこなった音が、体の奥底から絞り出されたようだった。一瞬静まり返ったかと思うと、大きく全身で呼吸するかのような、ゆっくりとした息遣いが続いた。
この声、この息遣い、この衣擦れ。人けのないトイレという場所。何をしているかを想像するには充分だ。
凜は金縛りにあったかのように、その場から動けなくなっていた。はっきりとした声ではないので、雪菜かどうか100%の確信は持てない。あの真面目で優秀な雪菜が校内で淫らな行為にふけるなど想像しがたい。だがもし声の主が雪菜以外だったとしても、雪菜が無関係とは考えにくい。
「あぁ……だめ……んっ……あっ……はぁ……」
今度は雪菜の声に違いなかった。雪菜がこんなに甘く熱い声を出すのは、凜でさえ聞いたことがなかった。見えない雪菜の息遣いは徐々にせわしなくなり、呼吸も乱れ始める。声――あるいは音の粘性が増し、唇に糸を引くよだれが目の前に見えるかのようだ。衣擦れの音、呼吸の音、衣擦れの音、呼吸の音……。そして声になりきらない歓喜。
知ってはいけないことを知ってしまった、という後悔の念が押し寄せた。心臓がバクバクと早鐘を打っている。雪菜が……あの雪菜がこんなことをしていたなんて……。
凜は鼓動の音がドアの向こうの、個室のどこかにいる双子の妹に聞こえてしまうような気がして怖くなって、その場を立ち去った。
凜が教室に戻ってから十分ほど経って、雪菜が戻ってきた。何の変哲もない、いつもの雪菜の顔をして。
「雪菜どこ行ってたの? 先に食べ始めてたよ?」
仲のいいクラスメイトたちが雪菜の登場を見て、声をかけた。
「ちょ、ちょっとおなかが痛くて」
「雪菜、大丈夫? 最近、多くない?」
「うん、大丈夫だよ。心配しないで。わたしも食べよっと」
雪菜がお弁当箱を開けると、「すごい」「かわいい」などの賞賛の声が、次々と上がった。「そんなことないよ。ネットのレシピ見て、おんなじにやってみただけ」と雪菜が少し照れたように答える。
凜はイヤフォンで音楽を聴きながら、そんな様子を横目でうかがっていた。
何かの間違いだと思いたかった。
その日の放課後、凜は弓道部の友達を見かけて、声をかけた。
「雪菜のことだったら、私もちょっと気になってたんだよね」
友達はちょうどよかった、と言わんばかりに言葉を続けた。
「雪菜ね、最近、部活を何度か休んだでしょ? 理由はよく分からないけど、体調がよくなさそうだったじゃん? なんかあったのかって心配になってきてさ」
「部活を休んだ?」
「え? 知らなかったの?」
「いつ? 教えて」
「先週の木曜あたりが最初だったかな……。今週も二回休んでる」
「今日は?」
「え? 来るかどうか、私は知らないけど……」
凜はしばらく弓道場の前で待っていたが、雪菜は来なかった。文武両道を真面目に実践している雪菜が、部活をさぼるのは考えられない。
夕食後、雪菜の部屋をノックした。
「あたし。入っていい?」
「いいよ」
雪菜は中央のテーブルで、教科書とノートを開いて勉強していた。
「宿題?」
「ううん、予習。お姉ちゃんも予習したほうがいいと思うよ」
「あー、うん、検討しとく」
凜は妹のベッドに腰かけて、部屋の中を見回した。当然ながら変わったところはない。
「えーっと、どうしたの?」
雪菜がシャーペンを置いて、凜を見た。
「いや、ちょっと、気になることがあって」
「どんなこと?」
「その、なんだ。今日、部活休んだって聞いたから、何かあったのかと思って」
「うん、部活はときどき休ませてもらってるよ。ほら、わたしって運動音痴で体力ないし、最近すっごく暑かったりするでしょ? くらくらすることがあって、みんなに迷惑かけたくないから」
嘘だ、と思った。それは優等生の雪菜がでっち上げた創作だ。
「そうか。この前、変な妖魔に取りつかれたから、その影響かと思ったけど。あれからおかしなところはないか?」
「わたし、おかしく見える?」雪菜の顔が、わずかにこわばった。
「いや、そういう意味じゃない」あの日盗み聞いたことを言う勇気はなかった。「双子の勘ってやつだ。もしあの妖魔のせいで何か悪い影響が出ているなら、どうにかしたいって思っただけ」
「ありがとう、お姉ちゃん」雪菜は礼を言った。「そうだよね。お姉ちゃんにはたぶん、そのうちばれちゃうかもしれないって、思ってた。……あのね、少し体が変なの。だけど、これはわたしのミスだから、わたしが自分で戦って、自分で解決する」
「ミスだなんて、あんな罠、誰にも予想できない。母さんだって予想してなかったんだぞ。もしこれが雪菜のミスなら、半分はあたしのミスだ」
「違うよ、お姉ちゃん。わたしがミスして、わたしが妖術を浴びたんだよ」雪菜は譲らない。「お願いお姉ちゃん。お母さんには、わたしのこと、何も言わないで」
「どうして? 妖術による呪いなら、母さんに相談したほうがいい」
「ダメだよ。お母さんは、わたしの失敗に失望してる。その上、わたしが呪いを浴びたなんて知ったら、もっと失望するし、これ以上、迷惑をかけたくない。協会に余計な報告もしなきゃならなくなるよ。こんなの、柏崎家の恥だよ」
「恥かどうかより、雪菜の体のほうが……」
「お願い。秘密にして。わたしが自分で呪いを解けば、何も問題ないよ」
「でも……」
「お願いだから。お姉ちゃん、わたし、誰にも迷惑かけたくない。これ以上、誰かの足を引っ張りたくない。わたし、強くなりたい。お願いだから……」
気づけば、雪菜はボロボロと涙を落して、凜の両腕に縋りつくようにして、頼んでいた。
凜は何も言えなくなった。
父が死んだことも、この腹の傷も、雪菜のせいではない。雪菜が自分を責める必要はないのだと、言ってやりたかった。一人で抱え込まなくていいのだと、抱きしめてやりたかった。
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