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夏の章
3 学内の嫌われ者①
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「こんにちはー!」
ノックせずに元気よく挨拶して研究室に入ってきたのは猪俣先輩だ。今日は真っ白のブラウスに紺のロングスカートを合わせていて、夏らしく涼しげだ。寝ぐせも立っていない。もし麦わら帽子でもかぶって、海岸にでも立ってもらえば、映画のワンシーンか絵画にでもなる。全てを台無しにする、汚い白衣さえ羽織っていなければ!
「こんにちは、先輩」
僕は女神のようなその姿に見惚れているのを気付かれぬように、平静を装いつつ挨拶を返した。先輩の持つ魅力――透明感や清楚でみずみずしい感じは、汚れた白衣のマイナス分を遥かに凌駕する。注:個人的見解。
「渡辺くん、さすがだよ。このあと講義とか大丈夫?」
「今日はもう終わったので、何時まででも大丈夫です」
「素晴らしい!」
先輩が満面の笑みを浮かべる。それだけで僕は幸せになれる。
今日は木曜日。虫の輪の活動はないはずの日だ。それなのに僕が須藤教授の研究室にいるのは、わけがある。
昨日の夜、虫の輪のLINEグループに、先輩からメッセージがあったのだ。
『スズメバチを退治しよう!』
なんのことやら不明だったが、次々と先輩から追加のメッセージが入った。要約すると、最近大学構内で学生がスズメバチに刺される被害が、数件あった。そこで僕らがスズメバチ捕獲装置――スズメバチトラップを作って設置し、被害防止に貢献しつつ、食材を手に入れようというのだ。すでに大学から許可も取ったらしい。
善は急げということで、さっそくメンバーに集合がかかった。それで僕は指定された時間、ちょうど暇だったので研究室に来たのである。
「ほかに誰か来るって言ってたっけ?」
「斎藤さんも石橋さんも来れないらしいですけど」
「斎藤くんは修論で忙しいからねー。石橋くんは講義かな?」
「たぶんそうだと思います」
先輩には申し訳ないのだけど……実は二人とも来ようと思えば来られるのだが、あえて来ないのだ。僕と先輩を二人っきりにするために。あとでご飯をおごろうと誓う。
「先生は講義中だよね?」
凜ちゃんは高校生なので当然、平日の昼間に来られるはずがない。つまり二人きり――完璧すぎるシチュエーションだ。
「じゃあ私と渡辺くんだけだね。まあ二人でも問題ないでしょ」
先輩は明るい笑みを僕に向けてくれる。
「はい、がんばります」
僕は先輩の期待に応えられるように、語気に力をこめた。
「スズメバチトラップの材料はうちに用意してあるから、あとは簡単な工作と料理をするだけ。一時間もかからないと思う。というわけで、うちに来てもらってもいい?」
それはつまり、先輩のアパートにお邪魔するという意味だろうか!? 他にどんな解釈もできない。先輩の家で先輩と二人きりだなんて、想像しただけで変な汗が出てくる。
「い、いいんですか? 僕みたいなのが行っても……」
「いいに決まってるじゃん。それとも歩くのやだ?」
「嫌じゃないです! 行きます! 迷惑でなければ!」
「迷惑なわけないじゃない。じゃ、行こうか」
僕は速くなる鼓動を抑えつつ、先輩のあとについて研究室を出た。斎藤さんと石橋さんにはご飯を二回ずつおごろうと誓った。
ノックせずに元気よく挨拶して研究室に入ってきたのは猪俣先輩だ。今日は真っ白のブラウスに紺のロングスカートを合わせていて、夏らしく涼しげだ。寝ぐせも立っていない。もし麦わら帽子でもかぶって、海岸にでも立ってもらえば、映画のワンシーンか絵画にでもなる。全てを台無しにする、汚い白衣さえ羽織っていなければ!
「こんにちは、先輩」
僕は女神のようなその姿に見惚れているのを気付かれぬように、平静を装いつつ挨拶を返した。先輩の持つ魅力――透明感や清楚でみずみずしい感じは、汚れた白衣のマイナス分を遥かに凌駕する。注:個人的見解。
「渡辺くん、さすがだよ。このあと講義とか大丈夫?」
「今日はもう終わったので、何時まででも大丈夫です」
「素晴らしい!」
先輩が満面の笑みを浮かべる。それだけで僕は幸せになれる。
今日は木曜日。虫の輪の活動はないはずの日だ。それなのに僕が須藤教授の研究室にいるのは、わけがある。
昨日の夜、虫の輪のLINEグループに、先輩からメッセージがあったのだ。
『スズメバチを退治しよう!』
なんのことやら不明だったが、次々と先輩から追加のメッセージが入った。要約すると、最近大学構内で学生がスズメバチに刺される被害が、数件あった。そこで僕らがスズメバチ捕獲装置――スズメバチトラップを作って設置し、被害防止に貢献しつつ、食材を手に入れようというのだ。すでに大学から許可も取ったらしい。
善は急げということで、さっそくメンバーに集合がかかった。それで僕は指定された時間、ちょうど暇だったので研究室に来たのである。
「ほかに誰か来るって言ってたっけ?」
「斎藤さんも石橋さんも来れないらしいですけど」
「斎藤くんは修論で忙しいからねー。石橋くんは講義かな?」
「たぶんそうだと思います」
先輩には申し訳ないのだけど……実は二人とも来ようと思えば来られるのだが、あえて来ないのだ。僕と先輩を二人っきりにするために。あとでご飯をおごろうと誓う。
「先生は講義中だよね?」
凜ちゃんは高校生なので当然、平日の昼間に来られるはずがない。つまり二人きり――完璧すぎるシチュエーションだ。
「じゃあ私と渡辺くんだけだね。まあ二人でも問題ないでしょ」
先輩は明るい笑みを僕に向けてくれる。
「はい、がんばります」
僕は先輩の期待に応えられるように、語気に力をこめた。
「スズメバチトラップの材料はうちに用意してあるから、あとは簡単な工作と料理をするだけ。一時間もかからないと思う。というわけで、うちに来てもらってもいい?」
それはつまり、先輩のアパートにお邪魔するという意味だろうか!? 他にどんな解釈もできない。先輩の家で先輩と二人きりだなんて、想像しただけで変な汗が出てくる。
「い、いいんですか? 僕みたいなのが行っても……」
「いいに決まってるじゃん。それとも歩くのやだ?」
「嫌じゃないです! 行きます! 迷惑でなければ!」
「迷惑なわけないじゃない。じゃ、行こうか」
僕は速くなる鼓動を抑えつつ、先輩のあとについて研究室を出た。斎藤さんと石橋さんにはご飯を二回ずつおごろうと誓った。
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