【完結】美人の先輩と虫を食う

吉田定理

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夏の章

5 スカベンジャーズ・チャレンジ②

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 ビーチバレーをしてから、ちょっと海に入ってキャッキャとはしゃいで、岩場へ行って生き物の観察をして、僕らは研究室に帰ってきた。
 いつもの手順で海の掃除屋(スカベンジャー)ことフナムシたちは素揚げにされた。熱湯での加熱殺菌。水気を拭き取ってから、油の中へ。ごく簡単な調理である。
 揚げフナムシをお皿に並べて、途中のスーパー『マム』で買ってきたお菓子や餃子も広げて、試食会は軽い飲み会の様相だ。まだまだ日は高いのに、先輩や斎藤さんはお酒の缶を開けている。いつも何かしら飲むための口実を探しているのだ。
「ではみなさん、いただきましょう! そしておいしかったら来年もまた食べましょう!」
「おまえ卒業してんだろうが」
「あ、確かに! 来年はいないじゃん!」
 みんなが笑って、試食会が始まった。
 僕以外はフナムシに興味津々で、じっくりと匂いを嗅いだり見た目を楽しんだりしている。僕はみんなが毒見をした後に食べるつもりだ。
「微妙に磯くせえな」
「なんか臭うっすね」
「そう? 私、臭くないけど」
「おまえも磯臭いんだが?」
「だってまだシャワー浴びてないし! 仕方ないじゃん!?」
 僕らは海から研究室に直接来たので、みんな服の下に水着を着ている。先輩の白Tシャツにオレンジ色の水着が透けていて、目のやり場に困る。
「絶食してフンを出させてからのほうがいいみたいだねぇ」
 わざわざそういう手間をかけることもあるらしい。食材をおいしく食べたいという人間の欲望の深さは計り知れない。
 匂いの評価はあまり良くないようだ。では、味はどうか。
「苦いなこりゃ」
「苦いっす」
「にがっ!?」
「うーん、この味はエグいねぇ」
「まずいです」
「微妙にエビの風味があるな」
「でもうまくはないっすね」
「食感は好きだよ、私」
「内臓取らなきゃダメだねぇ。いつまでも苦いのが口の中に残ってるよ」
「これは人間の食べ物じゃないです」
 ダメじゃん!! 誰も高評価の人いないじゃん。全員渋い顔してるよ……。
「渡辺は食わないのか?」
 斎藤さんがギロリと僕を見た。
「い、いや~、まずいなら遠慮しておこうかと……」
「いらねえなら、残りも全部食っちまうぞ?」
「低評価してるのにまだ食べるんですか?」
「そりゃそうだ。食えないほどまずくねえからな。食いながら、うまく食う方法を考える」
「まずい命にも感謝だよ、渡辺くん」
 間違ってはいない。称賛に値する精神だけど……。
 斎藤さんはひょいと揚げフナムシをつまんで口に放り込み、咀嚼しながら「焼いたら香ばしいエビ感が増してマシになるかもな……ちょっと試してみっか……」とつぶやく。おもむろに立ち上がってフライパンを準備し始める。
「斎藤くん、私も焼きで食べたい!」
「僕も焼きで一匹味わいたいねぇ」
 今までの虫料理はどちらかというとおいしかった。『あまり味がない』とか『まずくはない』という評価も含めてだけど。それはたぶん先輩たちが経験的においしい虫やその虫に合った調理方法を知っていたからであって、未知に挑戦するときはいつもこんなふうに手探りなのかもしれない。
 挑戦、失敗、改善。トライアル・アンド・エラー。試行錯誤。
 そうやって前に進んでいくのだ。みんな、そうやって。
 それなのに僕は、挑戦すらしていないじゃないか。何もしないで済まそうとしているじゃないか……。
「んじゃ、これ全部焼いちまうぞー」
「お願いしまっす」
「斎藤さん……!」
 僕はフナムシをフライパンに投入しようとしている斎藤さんを止めた。
「なんだ? いきなり」
「焼いちゃう前に、一匹ください」
「いや、別に無理して食わんでもいいんだが」
「いいえ、食べておきたいです。そうじゃないと、焼いたらどう変わるのか分からないです」
「ほら」
 僕は一匹だけ斎藤さんからもらって、匂いを嗅いだ。うん、磯臭い!
「まずいって分かってるのに食べようとする渡辺くんに、私は感動してるよ!」
 これから食べようとしてるのに、まずいって言わないでほしい。見た目は正直、気持ち悪い。見るからにまずそうだ……。
 僕は意を決して口に入れた。
「……どう?」
 オエッ……マッズ……。サクサクした食感と、ほのかに感じるエビっぽい風味は悪くないんだけど、それを遥かに上回る強烈な苦味が口の中を支配している。
「ひ、ひどい味でした」ちょっと涙が出た。
「だよねー!」
 そんなことをしているうちに、焼きフナムシが出来上がってきた。見た目はさっきとそれほど変わっていないけれど、香ばしい香りが漂う。
「改めていただきます!」
 先輩が一番乗りで焼きフナムシにチャレンジした。次々と他のメンバーも続く。僕も今度は他の人の感想を待たずに食べてみた。
 うん、まずい! でもさっきよりはマシ。焦がして香ばしさをUPしたおかげで、臭みと苦さが少しだけ打ち消されている。でも何度でも言うけど、まずい。まずすぎる。
 メンバーの意見も同じようなものだった。ちょっとマシになったけど結論は苦い。まずい。以上。
 でもみんな、そんなことは気にしていないみたいだ。今回のように食べてみたらまずかった、という経験は何度もあるのだろう。だからこそ、たくましい。
 僕らは捕まえてきたフナムシの命を完食した。
 食後、おのおのくつろいでいるメンバーを見ていたら、一つの疑問がわいてきて、どうしても聞きたくなった。実際は前から思っていたのだけど、なんとなく聞くのをためらっていた疑問だ。
「そもそもなんですが、みなさん、どうして虫を食べるんですか? すごくおいしいなら兎も角、おいしいかどうか分からないものまで……」
「いい質問だね」と先輩が身を乗り出したので、胸の辺りが強調されて気まずくなった。
「私は日本に虫食い文化を広めるための研究と実践です!」
 先輩はドヤッという顔で言い放った。
「そういえば猪俣さん、サークル作ったばかりの時はだいぶ壮大なこと言ってたよねぇ」
「もちろん今でも初心を忘れてませんよ、私は」
「僕も昆虫食を日本の素晴らしい文化として伝えていきたいという気持ちかなぁ」
 須藤教授も真面目な理由を挙げた。他の人もそんな感じだったらどうしよう、と不安になる。なんせ僕は先輩に一目惚れしたから虫を食べてる、という不純すぎる動機しかないのだから。
「俺は虫っていうより、食ったことない食材、スーパーとかコンビニじゃ売ってない食材に興味があるだけだな。虫にこだわりはない」
「え、斎藤くん、昆虫食への愛情、そんなに薄いの?」
「あと楽しく酒が飲めれば正直何でもいい」
「それはある!」
 うんうんと頷く二人。
「石橋さんは?」
「話のネタのために面白半分で参加してみたら勧誘されたっす。まあ、昔はカブトやクワガタを探して走り回ったこともあるんで、虫を捕まえるのは少年時代みたいで好きっすね。それだけっす」
「石橋くんも愛情薄くない!?」
「最初はかなり抵抗ありましたけど、一度食べちゃえば全然イケるって分かったんで。そのままなんとなく継続してる感じっすかね」
「惰性ってやつじゃん! そのうち倦怠期が来て不倫するよ!?」
「サークルならここ以外も三つほど入ってるっすけど」
「もう不倫してたよ、この男!?」
 先輩、知らなかったらしく、ショックを受けている。聞いちゃまずかったか……。でも複数のサークル入るのは大学では普通のことだと聞いたことがあるから、そんなものなのかもしれない。
「凜ちゃんは……教授がいるからだよね?」
「はい、暇なので」
 部活とかやってないんだろうか。変な女子高生だ……。
「渡辺さんは猪俣先輩に一目惚れしたからですよね」
 ブフ――ッ!! 僕はお茶を噴き出した。
「ななな、なにを言ってるのかな!? 凜ちゃんは」
 白黒する目で周りの様子をうかがうと、先輩はちょうど冷蔵庫のほうへビールを取りに行っており、聞いてなかったらしく、「渡辺くん何やってるの!? うけるんだけど!」と大笑いしていた。
「冗談なのですが……?」
 凜ちゃんはホントに冗談のつもりで言ってみただけなのか、不思議そうに首をかしげている。
「ぼ、僕は、入るときにここで話した通り、あの写真を見て、いいなって思って」
「そうでしたね」
 心臓が飛び出たかと思った。
 凜ちゃんは発言が予測できなくて怖い。まるで爆弾だ。
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