1 / 4
1 自分がもう一人いたらいいのに
しおりを挟む
自分がもう一人いたらいいのに、と思ったことはありませんか。
見た目も声も性格もあなたそっくりの『バーチャルAIクローン』を作成して、自分の代わりに仕事をさせましょう。
宮永由紀(みやながゆき)は、普段だったら、そんな広告を見ても詳細ページを見てみようなどと思わない。
しかし、その日はいつにも増して残業で疲れていて、やろうと思っていたゲーム実況の生配信もまったくやる気にならなくて、要するにすべてが面倒になっていた。投げやりにもなっていた。
だから宮永由紀は、ほんの十五秒間だけ表示されて消えるはずだったくだらない広告をクリックしていた。
ようこそ、『バーチャルAIクローン』の世界へ。
今すぐたった3つのステップで、無料であなたの分身を作成できます。
作成したあなたの分身は、デジタル作業を行なわせたり、一緒におしゃべりを楽しんだりすることができます。
さあ、始めましょう。
飛ばされたサイト上の文章を流し読みして、「始める」をクリックした。
このときはまだ、『バーチャルAIクローン』が人生を狂わせることになるとは思ってもいなかった。
***
宮永由紀がYUKIKIとしてゲーム実況の顔出し生配信を始めたのは、一年ほど前。会社に勤め始めて三年が経った頃のことだ。
何気なく始めたにもかかわらず、今ではフォロワーは一万五千人に達し、配信をすれば数百人から千人を超える人たちが視聴してくれるようになった。
週に何度かの夜の生配信が日課であり、趣味であり、副業にもなっている。
ゲーム実況の生配信というのは、自分がゲームをプレイしているところを、インターネットでLIVE配信することだ。配信者によってどんなゲームをどのように配信をするかは様々であり、視聴者をトークで楽しませる配信者もいれば、ゲームの華麗なテクニックを披露する配信者もいる。視聴者は配信を見ながら配信者にチャットでコメントを送ってコミュニケーションを取ったり、「投げ銭」をして配信者を応援することができる。
由紀にとって、生配信をして視聴者から投げ銭を稼ぐことが副業だった。
「今日はもうちょっと早く配信始めたかったんですけど、帰り際に仕事振るなよクソ上司って感じです! マジもう仕事やめたいです。なーんて。あひゃはははははっ!」
由紀はスウェット姿で、イヤホンを耳につけ、デスクトップパソコンのモニターの前に座っている。由紀がつぶやいた愚痴に対して、視聴者たちがすぐさま反応し、同調するコメントが画面の隅を流れる。
視聴者の多くは由紀のトークを目当てに集まっている。独特の笑い方が面白がられ、「くせになる」と評判だ。
仕事、辞めちゃえば?
そんな無責任なコメントが画面の隅を流れた。
「いやいや、辞めたら生活が続かないし。なんだかんだ、サラリーマンって安定じゃないですか。せめて残業が減ればもっと配信できるんですけどね。それか私がもう一人いればね」
本当は会社を辞めて専業の配信者としてもっと稼ぎたい。しかし、成功するかわからないのに安定収入を手放す勇気はない。
自分がもう一人いたらいいのに。
そんなことを考えていた矢先、『バーチャルAIクローン』の広告を見たのだ。
『バーチャルAIクローン』の作成は簡単だった。
まず、名前などのプロフィールを入力し、長すぎる利用規約に同意する。
次に、WEBカメラに向かってしゃべり、現在の容姿や声を取り込む。
最後に、過去の配信のアーカイブから、自分の配信動画をアップロード。
アップロードした動画から、AIが由紀の話し方や性格などを学習し、模倣し、疑似人格を作るらしい。由紀は撮り貯めた過去の配信動画が100本以上あったので、これらを使って学習したAIによる人格の再現精度はかなり高くなりそうだ。
由紀の分身が完成し、ディスプレイに自分の顔が映った。
いや、正確には自分の顔を元にして再現した『バーチャルAIクローン』――宮永由紀クローンの顔だ。画面の中で、あたりの様子をうかがうようにきょろきょろとする姿は、本当に生きているみたいだった。
「へえ、すごっ。そっくりじゃん」
由紀が関心してつぶやくと、画面の中の由紀クローンが得意げな笑みを浮かべた。
「そっちこそ、私にそっくり。さすが本物だね」
本当にしゃべっているみたいに、口や顔の筋肉が動いている。声質や話し方もそっくりだ。
生身の由紀は驚いて、さらに語りかけた。
「普通の会話だけじゃなくて、冗談も言えちゃうの?」
「それくらいできなきゃ、使い物にならないでしょ?」
さも当然というふうに、由紀クローンが答えた。
「ひえー。AIなめてたわ。これじゃあ、何も知らない人が見たら本物の私と区別つかないじゃん」
「クローンなんだから、簡単に区別できたら三流」
「それもそうか」
「ゲームの実況生配信だって楽勝だよ」
由紀クローンは、にやりと唇の端を上げた。
「マジ? 私、笑い方が特徴的って言われるんだけど、再現できたりする?」
「あひゃははははっ! ってね」
由紀クローンがいきなり笑い声をあげた。
「うわ、私だ……。へー、すげー、マジかー、できちゃうんだー。あれ? じゃあ明日にでも私の代わりに生配信やってくれたりする?」
半信半疑で尋ねてみると、由紀クローンは憎らしいほどのドヤ顔で、
「お望みとあらばね」
見た目も声も性格もあなたそっくりの『バーチャルAIクローン』を作成して、自分の代わりに仕事をさせましょう。
宮永由紀(みやながゆき)は、普段だったら、そんな広告を見ても詳細ページを見てみようなどと思わない。
しかし、その日はいつにも増して残業で疲れていて、やろうと思っていたゲーム実況の生配信もまったくやる気にならなくて、要するにすべてが面倒になっていた。投げやりにもなっていた。
だから宮永由紀は、ほんの十五秒間だけ表示されて消えるはずだったくだらない広告をクリックしていた。
ようこそ、『バーチャルAIクローン』の世界へ。
今すぐたった3つのステップで、無料であなたの分身を作成できます。
作成したあなたの分身は、デジタル作業を行なわせたり、一緒におしゃべりを楽しんだりすることができます。
さあ、始めましょう。
飛ばされたサイト上の文章を流し読みして、「始める」をクリックした。
このときはまだ、『バーチャルAIクローン』が人生を狂わせることになるとは思ってもいなかった。
***
宮永由紀がYUKIKIとしてゲーム実況の顔出し生配信を始めたのは、一年ほど前。会社に勤め始めて三年が経った頃のことだ。
何気なく始めたにもかかわらず、今ではフォロワーは一万五千人に達し、配信をすれば数百人から千人を超える人たちが視聴してくれるようになった。
週に何度かの夜の生配信が日課であり、趣味であり、副業にもなっている。
ゲーム実況の生配信というのは、自分がゲームをプレイしているところを、インターネットでLIVE配信することだ。配信者によってどんなゲームをどのように配信をするかは様々であり、視聴者をトークで楽しませる配信者もいれば、ゲームの華麗なテクニックを披露する配信者もいる。視聴者は配信を見ながら配信者にチャットでコメントを送ってコミュニケーションを取ったり、「投げ銭」をして配信者を応援することができる。
由紀にとって、生配信をして視聴者から投げ銭を稼ぐことが副業だった。
「今日はもうちょっと早く配信始めたかったんですけど、帰り際に仕事振るなよクソ上司って感じです! マジもう仕事やめたいです。なーんて。あひゃはははははっ!」
由紀はスウェット姿で、イヤホンを耳につけ、デスクトップパソコンのモニターの前に座っている。由紀がつぶやいた愚痴に対して、視聴者たちがすぐさま反応し、同調するコメントが画面の隅を流れる。
視聴者の多くは由紀のトークを目当てに集まっている。独特の笑い方が面白がられ、「くせになる」と評判だ。
仕事、辞めちゃえば?
そんな無責任なコメントが画面の隅を流れた。
「いやいや、辞めたら生活が続かないし。なんだかんだ、サラリーマンって安定じゃないですか。せめて残業が減ればもっと配信できるんですけどね。それか私がもう一人いればね」
本当は会社を辞めて専業の配信者としてもっと稼ぎたい。しかし、成功するかわからないのに安定収入を手放す勇気はない。
自分がもう一人いたらいいのに。
そんなことを考えていた矢先、『バーチャルAIクローン』の広告を見たのだ。
『バーチャルAIクローン』の作成は簡単だった。
まず、名前などのプロフィールを入力し、長すぎる利用規約に同意する。
次に、WEBカメラに向かってしゃべり、現在の容姿や声を取り込む。
最後に、過去の配信のアーカイブから、自分の配信動画をアップロード。
アップロードした動画から、AIが由紀の話し方や性格などを学習し、模倣し、疑似人格を作るらしい。由紀は撮り貯めた過去の配信動画が100本以上あったので、これらを使って学習したAIによる人格の再現精度はかなり高くなりそうだ。
由紀の分身が完成し、ディスプレイに自分の顔が映った。
いや、正確には自分の顔を元にして再現した『バーチャルAIクローン』――宮永由紀クローンの顔だ。画面の中で、あたりの様子をうかがうようにきょろきょろとする姿は、本当に生きているみたいだった。
「へえ、すごっ。そっくりじゃん」
由紀が関心してつぶやくと、画面の中の由紀クローンが得意げな笑みを浮かべた。
「そっちこそ、私にそっくり。さすが本物だね」
本当にしゃべっているみたいに、口や顔の筋肉が動いている。声質や話し方もそっくりだ。
生身の由紀は驚いて、さらに語りかけた。
「普通の会話だけじゃなくて、冗談も言えちゃうの?」
「それくらいできなきゃ、使い物にならないでしょ?」
さも当然というふうに、由紀クローンが答えた。
「ひえー。AIなめてたわ。これじゃあ、何も知らない人が見たら本物の私と区別つかないじゃん」
「クローンなんだから、簡単に区別できたら三流」
「それもそうか」
「ゲームの実況生配信だって楽勝だよ」
由紀クローンは、にやりと唇の端を上げた。
「マジ? 私、笑い方が特徴的って言われるんだけど、再現できたりする?」
「あひゃははははっ! ってね」
由紀クローンがいきなり笑い声をあげた。
「うわ、私だ……。へー、すげー、マジかー、できちゃうんだー。あれ? じゃあ明日にでも私の代わりに生配信やってくれたりする?」
半信半疑で尋ねてみると、由紀クローンは憎らしいほどのドヤ顔で、
「お望みとあらばね」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる