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2.とりあえず邪神龍と契約しました

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 さて、仮に異世界に転移したとしても、この状況はなんなのだろう?
 見たところ辺り一面岩ばかりの洞窟だ。
 そして、デカい黒龍。

『しかし驚いたぞ。いきなり辺りが光ったと思ったらお主が現れたのだからな』

 目の前の黒龍が困惑した口調で話しかけてくる。
 もしかして、こいつも事情が飲み込めていないのか……?
 まさか生贄に召喚されたとかそう言うパターンじゃないよな?

『生け贄だと?なぜ我がそんなモノを必要とする?』

 え?
 違うんですか?

『違うも何も、なぜそんな物騒な事を言うのじゃ?意味が分からんぞ?』

 ドラゴンに意味が分からんとか言われた。
 なんか、へこむ。

『ぶわぁっはっは!面白いヤツだのう、お主は!』

 ドラゴンさん、大爆笑。
 なんか、俺のへこんでる姿がツボに入ったらしい。

『ふーむ、面白い。本当に面白いのう、お主は』

 何がッスか?

『こうし儂と普通に会話が出来てる事じゃ。お主は儂を“怖がらん”のだな』

 ドラゴンがふと、そんなことを口にする。
 そういえば……そうだな。

 普通こんな化け物を見れば、発狂しそうなモノなのに、俺はずいぶん落ち着いている。
 いや、確かに驚いたけどさ。でもなんだろうか?
 感覚としては、その辺の野良犬や猫を見つけたときの感覚と何ら変わらない。
 なんでだろうか?
 不思議と俺は、この黒龍に対して、恐怖心というモノが沸かないのだ。

『ふぅむ……興味深い。もしやお主、儂の契約者たる資格を持っておるやもしれん』

 契約者?資格?どういうことだ?
 
『言葉の通りじゃ。儂の主。つまり契約者じゃな。儂に恐怖しないと言うのが何よりの証拠じゃ』

 恐怖しないと、資格があるのか?

『いかにも。儂は邪神龍。生きとし生けるものの全てに恐怖や絶望を与える存在じゃ。故に、全ての生物は本能的に我に恐怖する。これは理屈でどうこうなるモノではない。魂そのモノに刻まれた根源的な衝動じゃ』

 何かすごい不穏なワードがいくつも聞こえた気がする……。
 それって完全に悪役じゃないか。
 勇者サイドや魔王サイドがあったら完全に魔王の方だな。

『まあ、そうだな。かつての儂の契約者にはそういうヤツもいたな』

 いたのかよ、魔王!?
 やっぱり居たよ!
 て事はアレか、コレって俺魔王とかになっちゃうんだろうか?
 魔王→人外ハーレム→きゃっほーい。
 ……意外と悪くないかもしれない。

『なるヤツはなったし、ならんヤツは別にそのままだったぞ。まあ、魔王になったヤツは大概討伐されていたがな』

 そんな物騒な事を事もなげに言う邪神龍さん。

 うわぁ……お前すっげぇやな存在だな……。

『……そういうことを臆面も無く言えるお主も大概だと思うぞ?』

 うーん、そうなのかなぁ……。
 なんか突然の展開で意味が分からんけど……。

『大体、儂自身は特になにもしておらん。過去に魔王と呼ばれ討伐された主達は殆どが自業自得の自滅じゃった』

でもお前と契約してたから、魔王と呼ばれたんじゃないのか?

『さあ?』

 さあって何!?
 さっきから受け答えが適当すぎるんですけど!

『いったじゃろう。儂は何もしとらんと』

 そんな無責任な……。

『実際、儂は何もしとらん。ただ気まぐれに話し相手を求め、そして恐怖しなかった者達を契約者とし、ただ一緒に居ただけじゃ。』

 へぇ……。
 それだけ聞くと無害な龍に聞こえるけど。
 それにしたって邪神龍は無いだろう。

『して、どうする?』

 どうするって?

『儂と契約するのか、しないのかと言うことだ』

 今の流れでそれを決めろと!?

 いきなりそんなこと言われても反応に困るわ!
 例えるなら、街角でいきなり「貴方神様になれますよ。」って言われる位に唐突だわ!
 怪しい宗教勧誘かよ!

『ぶわっはっはっは!面白いたとえをするのう!うむ!確かにたいして変わらんのう!』
 
 目の前の邪神龍は大爆笑している。
 一体どこがツボに入ったんだ?

『ますます気に入った。是が非でも、儂と契約してくれんか?』

 ひとしきり笑ってから再びそう言った。
 どこぞの魔法少女にしてくれる可愛い小動物かよ!
 僕と契約して邪神龍の契約者になって欲しいんだ。ってか!
 突然そんなことを言われても受け入れられるはずもない……。


 ……筈もないが、その一方で頭の冷静な部分が自分に問いかける。
 
 
 ―――――このままじゃ、お前は死ぬぞ、と

 この訳の分からない状況。
 このままでは、確実にのたれ死にするだけだろう。
 死にたくない。
 こんな訳の分からない状況で、訳も分からないまま、何も出来ずに死にたくない。

 ……なら少しでも、ほんの僅かでも、生き延びられるのなら、その可能性があるのならば、その手を摑むべきではないのだろうか?
 先のことは解らない。
 でも今すべきことは解る。

 だから俺は質問する。

 なぁ、お前と契約すれば、とりあえず俺は生き延びられるのか?

『無論よ。炊事、洗濯、掃除。睡眠時の子守歌まで、儂は家事全般も得意じゃぞ?』

 マジかよ!?
 意外と家庭的なドラゴンだった。

 じゃあもう一つ質問だ。お前と契約したら、俺はどうなる?
 
 これが一番気になるところだ。

『別に何も。ただ儂の話し相手にでもなってくれればそれで良い。』

 へっ?
 何それ?そんなんで良いのか?てっきり魔王になれとか、世界を滅ぼせとかそんなことを考えていたんだが……。

『別に儂は世界や支配といったモノには興味が無い。ただ……話し相手がいればそれで良い……』

 最後の部分はやけに感情がこもっていた。

 話し相手?

『そうだ。ここには儂しかおらぬ。他には誰もおらぬのだ。儂は……寂しい』

 そういって邪神龍は眼を細める。

「話し相手、ね……」

『うむ』

 うーん……。

 俺は悩むふりをした。そう、ふりだ。
 だって最初から答えは決まっているのだから。

 俺は自分の直感を信じた。

 コイツを信じてみよう、と
 
『わかった。契約するよ』

 邪神龍だろうがなんだろうが構わない。
 少なくともこんな訳の分からない状況で、このまま野たれ死ぬよりかはマシだろう。
 それに、なぜか俺にはこのドラゴンが俺をだまそうとしたり、嘘をつくようには思えなかった。勿論根拠なんて無い。でも、不思議とそう思えた。

『おおっ!それは有り難い!こちらとしても退屈しておったのだ!』

 そう言ってドラゴンは俺の胸に爪を当てる。
 チクリとした痛みと共に俺の胸に紋章が刻まれた

『これで契約は完了した』

ふぅん……なんかあっさりしてるな。
 何も身体に変化は見られない。後から出てくるのかな?
 
『そういえば、まだ名前を聞いておらなんだな我が新しき主よ』

 そういえば俺もお前の名前聞いてないや。

『ふむ、では儂から名乗ろうぞ。我が名はクルワール。
四龍が一匹にして最凶の龍、邪神龍クルワールじゃ』

 俺は静菜(しずな)。神木静菜(かみき しずな)だ。

『おお、宜しく頼むぞ、我が主シズナよ!』

 ああ、こちらこそ、クルワール。

 こうして俺は邪神龍の契約者となった。
 この訳の分からない状況を打開するために。





 ……後々、俺魔王とかにならないよね?
 ふと、そんなことを思ったが、そこはなるべく触れない様にしよう。
  

 ともあれ、こうして俺の異世界生活は幕を開けた。

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