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孤独な青年編

狂乱

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 アケロミは机を思いっきりぶったたいた。バキッ!という乾いた音が響きわたる。
「…っ!!!」
 アケロミははっとして手を机からどかした。し…、しまった…!!!机には大きなひびが入っていた。
「あーあ、やっちゃった…。」
 クラス中が静まり返る中、ダイアナだけが皮肉そうな笑顔を浮かべ、ニヤニヤとして言った。ベルクルは目を見開いて机を見つめている。
「え、マジで…??」

 アケロミが机を割ったことが信じられることができないのだ。まさか彼の力がそこまで強いとは…。悪魔と戦っていた時から強いと思っていたが、硬い机に簡単に日々を入れてしまうなんて…。信じられない。視線をあげてアケロミの方を見る。
「な、何で机を…!!」
「な、なんだよ…。」
 アケロミは焦った様子で言う。
「て、てめぇが俺を怒らすから悪いんだろ!!」
 アケロミは身を奮い立たせて言った。
「俺は何も悪いことは言っていないぞ!!!」
 ベルクルも負けじと言い返す。
「怖いんだろ、他の奴らと揉めて大事になるのが!!!手遅れだよ、もう…。もう大事になってる。」
「は…??」

 教室の中はもう二人以外誰も話していない。皆彼らに注目しているのだ。
「他の奴らがどう思っていようが俺の中では大事になってるんだ。許せないんだよ…お前が辛い思いしているのが。」
「だからさっきも言っただろ!!!…俺は辛くなんかない。俺はそんな感情を抱かない!!」
「そんなことはない。…人だったら誰でも感情があって辛い気持ちなんていくらでもある。…それを…認めないのはただの強がりだ。強がりの仮面を被った弱虫だぞ!!」
「なんだと…!?もう一度言ってみろよこのぼんくら!!俺に弱虫って言ったな!」
「何度でも言ってやる!この弱虫が!」
「あぁ!???」
 アケロミはベルクルにガンを飛ばした。ふたりともお互いに一歩も引かない。
「べ、ベルクル!一回落ち着こうよ!」
 ハーヴィが言ったがベルクルは一切聞いていない。
「そうですよ、ベルクル君!いや、ベルクル君だけじゃないです。アケロミもいったん落ち着きましょう!」
「黙ってろ、眼鏡!!」
 アケロミはラヴェルを恐ろしい目つきで睨んだ。
「カンケーねぇ奴がいちいち口を出してくるんじゃねぇ!」
「そ、そんなに言わなくても…!」
 ラヴェルは唇を噛みしめながら言った。
「あなたたちが騒いでいるから僕らも色々言うんです!ベルクル、ダルがらみはやめましょう!誰にだって踏み入れられたくない領域があるものなのですよ!そしてアケロミ君!」
「ああ?何だよ。」
「あなたは意地を張りすぎなのです!!!ベルクル君は何も悪いことは言っていません。あなたが勝手に怒っているだけ!!!!これ以上声を張り上げたって何も変わりませんよ!」
 しかし、アケロミはこれも無視。ベルクルも一つも話しを聞いていない。
「いい加減にしてください、2人とも!僕はもう知りません!!!」
 ラヴェルは怒って教室を出て行ってしまった。ハーヴィは途端に青ざめた。ラヴェルは普段そんなに怒ることはない。どんなにバカにされたって怒らないのだ。そんなラヴェルが怒った…。これは大変なことだ!!!!
「こりゃダメだ!」
 これは大騒ぎどころじゃないぞ!!早く何とかしなくちゃ…!!!ハーヴィはあわてて教室を出てラヴェルを追いかけて行った。

 教室で大きな青年たちが争っているという噂は下級生の間にも一瞬で伝わった。それどころか、プロキオンの住人にも知れ渡った。プロキオンという小さな集団では噂は良く広まる。それが厄介な所で、どこそこのお嬢さんがあそこの家の旦那さんといい関係だ、とか…。あすこの息子さんとあの穏やかな娘さんが逃げたらしいわよ。世界がこんな状況なのによくもそんなことができるな。あいつらは不届きものだ、など…。噂を流されている本人たちからすればよっぽど迷惑に違いない。その噂の大部分はでたらめで自分の名前に妙なお荷物が付いてしまう結果になる。間違った噂というのはとても恐ろしいものだ。
「なあ、アケロミがベルクルとケンカしてるらしいぜ。二人とも力が強いからこれはただでは済まないぞ…。これは大変なことになったな…。」
 ザッキーはダミータウンの警備をしながら弟に話しかけた。
「…。」
 ビリーは黙ったままうつむいた。
「ま…どちらが勝手にせよ、ただでは済まされないだろうな。」

 そしてハーヴィとラヴェルが急いで知らせに行ったおかげでこの大騒ぎのことはすぐにユーズにも届いた。
「あの二人…、何をしているんだ!」
 彼は目の色を変えて飛び上がった。
「今にも殴り合いになりそうなんです…。」
「もうなっているかもしれませね、どちらも感情的ですから。」
 二人からそれを聞いたユーズは急いで教室に向かう。そして勢いよくハッチを開けて中に飛び込んだ。
「アケロミ!!!ベルクル!!!!!やめろ!やめるんだ!!!」
 ユーズは必死に二人に呼びかける。アケロミがベルクルの胸ぐらをつかんでいる。ベルクルもアケロミの前髪をつかんでいる。
「アケロミ!!!!やめろ!」
 二人ははっとしたような表情になってユーズの方向を見た。特にアケロミは目を見開いてユーズを凝視している。ユーズは二人に走りよるとまずはアケロミの襟首をつかんでグイっと引き離した。アケロミは後方にぐいっと引かれてのけぞった。彼はまるで猛犬のように見えた。
「このおしゃべりクソ野郎がぁ!!!!」
 しかしアケロミはユーズには構わずに目をむき出しておぞましい声でベルクルに向かって吠えた。
「アケロミ!!!」
 ユーズはすごい剣幕でアケロミの頬っぺたに平手打ちを食らわせた。
「ゔぅ!!」
 アケロミは思わず床に手をついた。頬っぺたを押さえてうなだれている。
「何てことをしているんだアケロミ!君の力は他の子よりもずっと強いんだ!机だってひびが入るほどなのは分かっているだろう?ほら…机が一つ割れてしまったじゃないか。そんな君がベルクルに手をあげてみろ!大けがじゃすまないぞ!」
「大丈夫…?」
 後からやってきたハーヴィはベルクルに駆け寄った。ベルクルの襟のボタンは取れているし髪の毛もグシャグシャだ。
「なんだよ…。」
 アケロミは小声でつぶやいた。
「お前が俺に話しかけなけりゃこんなことにはならなかったんだろうが!」
「アケロミ、頭を冷やせ!!」
 ユーズの声ももはや聞こえない。

「ね、あいつマジやばくない???」
 向こうの方でダイアナが友達の女子とヒソヒソ話している。それに気が付いたアケロミの怒りは増々膨れ上がっていく。そして彼はヨロヨロと立ち上がってベルクルをにらみつけた。
「俺に関わろうとするんじゃねぇ!!!ウザいんだよ!」
 彼は再びベルクルに詰め寄る。彼の目は充血していた。まるで正気じゃない。ユーズはどこか嫌な予感がした。
「コリャいかん!!アルフレット、今すぐ来てくれ!アケロミが暴れているんだ。このままじゃ死者が出てしまう!!」
 ユーズは腰につけていた無線に向かって吠えると暴れるアケロミを羽交い絞めにして止めようとした。応援が来るまで何とか…!何とか食い止めなければ!!!!それは命がけのことだったがベルクルに怪我をさせるわけにはいかない。このままでは自分が怪我をしてしまいそうだが、自分がケガをするなんて言っている場合ではないのだ。生徒を守らなくては…!!!
「放せ!!!」
 アケロミはユーズから逃れようと必死に身をよじった。いやはやものすごい力だ!ユーズは振り放されそうになるが必死にアケロミにしがみつく。
「ぐ…!!!アケロミ…!!!頼む、落ち着いてくれ!!!」
 しかし、ユーズの必死な訴えは一切アケロミには届いていない。
「おいベンジャミン!よく覚えておけ!」
 アケロミはユーズを振り払おうと躍起になりながら言った。
「…!」
「もう一生俺に話しかけるな!!!」
「いやだ!!俺はお前の友達だ!!!!」
「ふっざけてんじゃねぇぞ!!!」
「いやだって言ったらいやだ!俺はお前と友達になりたいんだ!」

 その言葉がいけなかった。アケロミはとうとうずっと心に秘めていた思いを吐き出してしまったのだ。
「ふざけんな!てめぇらみたいなカスで何もできない奴らどもと関わるなんて御免だよ!!!」
 アケロミは牙をむき出して大声で吠えた。目は半狂乱になったドラゴンのように瞳孔の形が変化している。皆アケロミの変わりように思わず後ずさりした。なんせ目の瞳孔は猫のようで、おまけに口には牙が生えていたのだから。これではっきりと分かった。アケロミは人間なんかじゃない。そして誰も彼のような種族を見たことが無い。
「アケロミ…!その姿は一体…。」
 ユーズは思わずアケロミから離れてしまった。ユーズのその言葉でアケロミははっと我に返った。途端に自分が何を言ったのか、どんな姿になったのか悟ったアケロミ…。あわてて口に手を当てて牙を隠そうとするがもう遅い。「こ、これは…その…。」
 アケロミは何を思ったのか、ふいに割れた机のかけらを手に取った。
「ベンジャミン…。てめぇがいなければ俺は…!」
 ベルクルはアケロミに真剣なまなざしを送った。
「アケロミ。俺を殺しても意味ないよ。」
「黙れ!!!」
 アケロミはベルクルの頭に向かって割れた木の板を振り下ろそうとした。
「そこまでだ!」
 力強い手が伸びてきてアケロミの腕をつかんだ。人語を話すドラゴンの教師アルフレット・アルファが駆けつけてきたのだ。その後ろにはゲルデがスナイパーライフルを構えて立っている。
「放せ!!」
 アケロミは暴れるがユーズも加わっては歯が立たない。アルフレットはそのままアケロミを羽交い絞めにして食い止めた。流石のアケロミでも精神が不安定な状態ではアルフレットには敵わなかった。アケロミはアルフレットに羽交い絞めにされて大声で喚いた。
「俺に近づくな!俺に触れるな!」
 そう言いながらアケロミはアルフレットに牙を立てる。ガツン!!!!しかし、鋼鉄のように固い鱗を身にまとったアルフレットにその牙は届かない。
「やめろ!放せ!放せったら!」
「放したらベルクルを殺してしまうだろうが!頭を冷やせ!!!」
 アルフレットもユーズも必死にアケロミを押さえつける。ベルクルは涙を流しながら暴れるアケロミをジッと見つめていた。そして涙ににじむアケロミの目を見て何かを悟った。瞳孔がギュッと絞られている。「先生、アケロミ怖がっています。」彼は静かにそういった。「え?」ゲルデも思わず構えていたライフルをおろす。「アケロミは怖がっているんです!俺のことも先生たちのことも。…放してやってください。」
「正気か…???ベルクル。」
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