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孤独な青年編

タフガイ

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 彼は仮面を取って、ベルトに仮面の紐を結び付けた。そして槍をベルトから抜き取った。
「…抜いたか、摩訶不思議な金属でできている二対の槍。」
「ほう、良く知っているね。」
「当然だ。君のことについては良く知っているとも。」
 マシューはニヤリと笑った。
「アケロミ君よ、君は完全に包囲されている。諦めるんだな。」
「…。」
 アケロミは目だけを動かして周囲の様子を確認する。いつの間にか25人くらいのポラリスの兵士たちがアケロミを囲んでいるのだ。皆アサルトライフルやミニガンを手にしている。正直こんなに数が多いなんて思っていなかった。…ちょっとまずいかもな。

「てかさ、こんな男に時間をかけて無駄にするよりか悪魔を一体でもやっつけた方がいいんじゃないのか?労力の無駄だ、こんなことしても人類の役には立たんぜ。」
「フン、関係のないことだ。」
「無駄…?一体どういうことだ…??」
 そう呟いたのはジェイク。見たところ、ジェイクはアケロミの言葉に動揺しているようだ。少しはまともに会話ができる奴かもしれないな。
「ジェイク!!!!」
 マシューがジェイクをひっぱたいた。
「我々は総督の命令を忠実にこなすのが使命だ!」
 マシューはそう言ってアケロミの肩に向かって発砲した。彼の右半身が大きく後方へ傾いた。弾丸はアケロミの肩に深く食い込んでいる。血が流れる。
「いってぇな。」
 アケロミはその傷口に手を持って行くと傷口から弾丸をほじくりだした。血が噴き出すがおかまいなし。そして地面時捨てる。
「…!?!?!?」
 ジェイクは思わず口を押えた。
「な、何でそんなことができるんだ!?…正気じゃない。弾丸を抜き取るなんて!!痛くないのか?」
「もちろん痛い。…でも俺が耐えられるのは俺がタフだからだ。それ以外にない。」
「でも効いているはずだろ?」
 マシューはニヤリとした。そして連続でアケロミの体に弾丸を打ち込む。
「利かないね。」
 弾丸を5発ほど受けたが彼の体はびくともしない。まるで蚊に刺されたかのように涼しい表情をしている。
「ちっ………。」
 マシューは舌打ちした。やはり…噂は本当だったか。人間でありながら人間離れした身体能力と耐久力を持つ男…。やはり一筋縄ではいかなさそうだな。マシューは体から弾丸を抜き取って捨てていくアケロミをじっと睨みつけた。噂じゃ弾丸を10発受けてもなお戦い続けたとか…。あいつにどれほどの耐久力があるのか試してみたいが今はそんなときじゃない。総督からの使命を…達成しなくては面目が立たん!!!!

「じゃ、お前らの相手をする程俺は暇じゃないんだよ。とりあえずもう一回やり直してくるんだな。」
「ま、待て!!」
「待つわけないじゃーん!」
 アケロミは兵士を押しのけて全力で走り始めた。
「こ、この役立たずめ!何をぼーっとしているんだ!早く追いかけろ!」
 マシューの一声で兵士たちは我に返りアケロミを追いかけた。
「お前らじゃ俺に追いつけない!」
 アケロミは急に角を曲がったり、建物の中に入り込んだりしながら逃げる。
「あ、それと一ついいこと教えてあげる。」
 アケロミは走りながら振り返った。
「俺らの隠れ家にそっちの馬鹿な女とアホな男が来たからとりあえず殺しといておいたわ。なんか昇級かなんかって言ってたけど真面目に聞いてなかったから知らねぇな。」
「なっ!そいつらはこの前疾走した奴らじゃ…。」
 兵士の一人が言った。
「あんな馬鹿な奴らは死んで当然。むしろこの俺様に感謝しろ!ありがてぇぞ、この俺に殺してもらえるのだからな!!」

 アケロミは彼らを散々に煽った。そして複雑に走りながらユーズのもとに帰ってきた。そして帰ってくるなり叫んだ。
「先生!ポラリスの奴らに見つかりました!!」
「え、えぇ???」
 荷物の片づけをしていたユーズは大慌て!!大きな木箱を落っことした。
「早く出ますよ!!」
「ど、どこにいるんだ!」
「そんなことどうでもいいでしょ!!」
 アケロミはユーズを四駆の運転席に押し込んだ。そして先ほどユーズが落とした木箱をひょいっと荷台に投げ入れる。
「さぁ、早く出して!!」
「わ、分かった!!で、でも何が起こっているのか分からん!!!」
 ユーズは何が何だか訳が分からないままエンジンをふかした。
「早く!!」
「そんなに危ない状況なのか!?」
「あいつらライフルを持っているんです。」
「はぁ!???」
 しかし、驚いている暇はなかった。急に四駆が動き出し、二人は前につんめのったのだ。それと同時に四駆は一気に外に飛び出す。壁を突き破った先にはマシューが…!!!!
「あぁ!!お前はユーズ!」
「マシュー!!」
 ユーズとマシューの目が合った。
「知り合いなんですか?」
「ああ、昔の仲間さ…。」
 しかし、今はそんなこと気にしている暇はない。兵士たちはライフルをこちらに向かって発砲している。一つの弾丸がユーズの頭の上をかすめた。四駆はフェンスを突き破って外に飛び出す。
「あーあ、もうここには来れないよ!!派手に暴れたな、アケロミ!」
 ユーズはそう言って頭を抱えたが怒ってはいない。それどころか少し楽しんでいるようだ。

「追いかけてきているか?」
「いえ、流石にここまでは来てないですね。」
 ユーズは四駆の速度を落とした。悪魔たちが追いかけてくるが勢いよく走る四駆にひかれてほとんどが死んでいく。「何でここにアケロミがいたと分かったんだろう。」
「あの軍人たちを騙して情報を知ったみたいです。どこまでも汚い奴らだ。」
「そうか…。油断はしていられないな。今回でさらに思い知ったよ。…でもとにかく無事でよかった。」
 ポラリスは神出鬼没だ。いや、神出鬼没と言うよりは彼らは高い技術を詰め込んだ飛行船を持っているのだ。そのおかげで基本的に世界中のどこへでも行けるというわけ。だからポラリスはどこにいてもおかしくないのだ。
「あいつら…いつか痛い目を見るといいのに。」
「…はぁ君がそう思うのも無理はないと思うがね…僕はそうは思わないよ。」
「???」
 アケロミはユーズをジッと見た。
「僕は、皆が幸せになればいいと思っているんだ。確かにポラリスは強くて賢くて…そして強引だ。だがそんな人たちも必死に生きているんだよ。」
「し、しかし…奴らは…。」
「アケロミ、たまには人を許すということも大事だよ。」
「俺はあいつらだけは許せない。」
「…ははは…そうかもね。確かに…追われている君からすればそう思ってもしかたがないかもしれないな。」
 ユーズはバックミラーに写る悪魔たちをじっと見つめて言った。
「君はポラリスが憎いかい?」
「そりゃあもう。」
「過去に何かあったのかい?」
「……いろいろ。」
 アケロミはボソッと言った。
「あいつらにはいつか必ず恩返しをしなくちゃいけないんです。それが…俺の使命です。」
「どうやって??」
「あのじじいを殺します。」
「じじい…あぁ、ステファノか。」
 ユーズは隣に座っているアケロミをチラリと見た。彼の手はギュッと握られていた。手の甲に血管が浮き出ている。

「まぁまぁ、いったん落ち着いて!!!」
「…。」
「前向きに行こうじゃないか。もしかすると、あちらにも事情があるのかもしれないし。」
「そら、あるから俺を狙っているんでしょうが。」
「…うぅ、それを言われちゃ困る…。」
「すみません。」
「いやいや、謝る必要はないよ。」
 そう言ってユーズは笑った。
「だけど…むしろステファノを叩くのはかえって逆効果かもしれない。」
「え…??」
 アケロミは驚いてユーズを見た。ユーズなら…先生なら自分の意見に賛同してくれるはず。そう思っていたのだ。だから驚いた。
「今…なんて言いました?」
「ステファノを叩くのはかえって逆効果になるかもしれない…と言ったんだよ。」
「え…、どうして。」
「実はな、こんな噂があるんだ。」
「噂…??」
「そう。」
 ユーズは頷いた。
「ステファノを暗殺しに行った人物がいたそうだ。結局失敗したんだそうだが…妙なことを言っていたと。」
「妙な事…。」
「なんでも…ある少女に邪魔をされたんだと。」
「少女…!!!」
「あぁ、男たちが何とかステファノの部屋まで行くとそこには…ステファノと少女がいたそうだ。二人で話をしていたらしい。とても…可愛らしい人だったといううわさだ。」
「何ですか、先生。」
 アケロミは顔をしかめて言った。
「ただのガキのことについての噂なんて俺には関係ないんですよ。」
「それがな…アケロミ。その少女というのが何とも言えないエネルギーと光を発していたそうだ。そして…その光を浴びると途端に戦意が落ちて武器が自然と手から落ちたんだと。…あり得るかい??こんなことが。」
「…さぁ、俺には分かりません。ステファノの野郎がまた新しく兵器でも作ったんじゃないんですかね。」
「そうかな…君はその少女は何の関係もないと?」
「…はい。そのガキはたまたまそこにいただけだと思います。」
「…本当にそうかな。」
「先生??」
「その少女には不思議な力があったとしか思えないんだ。そんなにおかしいことかな。この世にはまだまだ僕らの知らない人種がいるんだなぁ。」
 先生…完全に乗せられてるな。あくまで噂なのにどうしてここまで憧れるんだろう。それにしても…ステファノと謎の女ガキ…か。気にならないと言えば嘘になる。ステファノとそいつの関係性は…??その少女が放っていた?と言われているエネルギー光線…。何かありそうだな。

「何、失敗したのですか??」
「…はい。申し訳ありません。」
 マシューは通信装置の前でペコペコと頭を下げた。誰かと通信をしているようだ。
「ま、まぁ…、私に謝られてもどうしようもありませんが…。かなり困りましたね。」
「なぜですか?何かあったんですか、グラリオンテさん。もしかして…ステファノ様のご機嫌が悪くなられるようなことが…。」
 通信装置の向こう側、ポラリスの本拠地ではステファノの側近であるグラリオンテが困ったような表情をしていた。グラリオンテはため息をついてから話し出した。
「よく分かりましたね、ステファノ様のご機嫌がかなり悪いのですよ。姫君のこともありますが今朝、失礼な手紙を受け取ったのです。」
「ほう…、どんな手紙ですか。」
「シリウスの国王の息子さんが姫君に求婚したらしい。それが相当癪だったようでして。」
「それだけですか。何てことは無いように聞こえますが。」
 マシューはジェイクに目配せした。
「ステファノ様が怒ってらっしゃるのはそのことではない。シリウスの思惑を知ったからなのです。」
「…どういう意味です??」
「………。」グラリオンテは黙ってしまった。
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