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孤独な青年編

ステファノの計画

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「今は…言えません。こちらに帰ってきてからお伝えします。」
「いえ、こちらとしてもこれ以上詮索はしたりしませんのでご安心ください。とにかくステファノ様の機嫌が悪いから早急にアケロミを捕まえてこいということですね。」
「その通りです。主人はたまに無理難題を言いますがどうか許して下さい。」
「もちろんです。あ、それと…。」
「何ですか。」
「もうちょっと援軍が欲しいのです。あの青二才は思った以上に厄介だ。ポラリスの強豪10人を合わせても敵わなかった…。そのくらい危険な奴なのです。なんせライフルの弾丸が効かないのですから。」
「何人くらい必要なのですか。何でも言ってください。」
「…そうですね。銃器を持った男を20人くらい追加してください。」
「あれ、銃器担当は何人かいたんじゃないのかね。」
「ああ…。いますがあまり役に立たないのでね。」
 絶対自分のことだ。ジェイクは肩をすくめた。僕は確かに弱虫で役には立たないけどそれなりに存在しているんだぞ。毎日の軍の食事だって僕が作っているし。でも…最近は貧乏くじを引かされることが多いなぁ…。それに上司はちっとも自分のことを褒めてくれない。もうここにいたって僕は何も輝けない。あの男の子が言ったこともあながち間違いじゃなかったな…。あの子が言ったのは僕の本音そのものだったんだ。
「もうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいのになぁ。」
「何か言ったか?」
「い、いえ…何も。」
 ジェイクは慌てて言った。危なかった…。つい本音を口に出してしまった。
「ん?どうかしたのですか。」
「うちのガキがちょっと小言を言っておりましたのでね。でもちゃんと言って聞かせましたから大丈夫です。」
 マシューは嫌らしく笑った。
「頼みましたよ。君は元々プロキオンにいましたからある程度の内部情報は分かるでしょう。本当に助かっています、あなたがいてくれてね。」
「それほどでもありません。」
 マシューはチラっとジェイクを見る。ジェイクは仲間と一緒にポーカーを始めたところだった。
「プロキオンの外部はかなり強固だがいったん中を潰してしまえば簡単に崩れる。地下にいる人間というのは思った以上にもろくて不器用ですから。」
「…頼もしいです。期待していますよ。」
「必ずやアケロミを捕まえてきます。それまでもう少しお待ちください。」
 そう言ってマシューは通信を切った。

「お前ら。」
「はい!!」
 不安そうなジェイク以外の男たちは全員威勢のよい返事をした。
「いい返事だ。ジェイク以外はな。」
「…はい、すみません。」
 ジェイクはうなだれた。
「それは置いておいて、これからの話をする。」
「どこに行くんですか?プロキオンに攻め込みますか??」
「それは後ででいい。俺たちの狙いはあくまでアケロミだ。アケロミさえ捕まえることができればあとは何もいらない。今はアケロミだけを目標にしろ。それ以外のことは余計なことだから考えるな。」
 そんなことできるかよ。ジェイクは心中で文句を言った。だがマシューには彼が心の中で考えていることが何となく分かっていた。いつものことなので口には出さなかったが。
「では奴らを追いかけましょう。飛行船で行けば今からでも間に合うはずです!」
「いや、それはやめておいた方がいい。今追いかけてもユーズという強敵がいる。いくら俺でもあいつと生で張り合う勇気はない。」
「…あの男はそんなに実力があるのか…。」
「あいつは人間のくせに他の種族よりも強い。生まれてから一年も過ぎれば剣の扱いを教え込まれた殺戮マシーンだ。」
「そうは見えないですよ?」
「それが恐ろしいところだ。俺はあいつが3m級の悪魔の頭を一瞬で落とすのを見たことがある。あいつの実力は本物だ。ニコニコしていておっとりとしているが中身は殺人鬼そのものだ。」
 マシューの瞳の中にはユーズの姿があった。7年前までプロキオンにいたマシュー。その頃は戦う技術も戦略も持っていないただの住民だった。だがある日ふと疑問に思ったことがあったのだ。それが今になってはどうしても思い出せないが、気が付けばステファノに心酔していた。そして密にプロキオンを抜け出し、ポラリスに入った。彼はかなり重宝された。だってプロキオンの内部情報や強者の情報などを知っていたのだから。彼はあっという間に重要人物の地位に上り詰めた。ここなら自分の存在が認めてもらえる…。プロキオンではユーズがもてはやされるだけで自分は何も持っていなかった。ただの住民だった。もしかしてマシューは存在が欲しかったのかもしれない。プロキオンでは誰もが自分の存在をどこか失っているような、そんな雰囲気が漂っているのだ。そのことに耐えきることができなかったのだろう。今となっては彼はそんな事実があったことは忘れてしまっただろうが。とにかく、今のマシューにはステファノの命令を忠実にこなすことしか頭になかった。「明日は早くから出るぞ。早く寝ておけ。」「…。」ジェイクは渋々ポーカーを片付け始めた。メンバーの中で色々な疑問を持っているのはジェイクだけだ。ステファノの命令に対しても疑問があるし、マシューの存在も気に入らない。気に入らないというか、怖がっていた。マシューは色々とイチャモンをつけて来るし、彼が若いからって雑用をおしつけてくる。いい加減に自立したいがそれほどまでの実力や信頼がない…。このままだと一生マシューの下で歯がゆい思いをすることになってしまう。ステファノ様やグラリオンテさんはマシューさんをかなり信用しているからな…。俺のことなんて知らんぷりだろうな。そう思うとより一層みじめになってきた。マシューはジェイクがたいた火にあたっている。手には地図を持っていて色々と赤ペンでマークしているのが見える。マシューは地図を凝視していた。トルコには大きく赤いペンで丸くしるしが付けてあった。そしてトルコからイランに続く汽車の線路は緑のマーカーでラインが付けられていたのだった…。

 ステファノは制作中の飛行船の視察にやってきた。
「マシューがアケロミを取り逃がしたと通信をしてきました。」
「…そうか。その報告をわしにしてどうする。」
「…。」
 グラリオンテはステファノの横で小さくなっている。いくら側近でもやはりステファノは恐ろしいのだ。機嫌が悪いと特にそう思う。
「シリウスの王子はどうなったのですか。手紙に返事はしましたか。」
「…。」
「まさか姫君本人には…。」
「伝えるわけがないだろう。あのような汚らしい筆跡を姫に見せるわけにはいかない。」
「おっしゃる通りです。」
「…返事はした。」
「どう返事したのですか。」
「貴様たちの思惑は分かっている。なぜわしの娘を狙うのかも分かっておるのだ。それでも手紙を送ってくるというのならこちらも容赦はしない。もし次に何かを送ってくるようなバカな真似をするのなら間違いなくわしは貴様らの息を止めだろう、とな…。はははっ、一言一句とも忘れちゃおらん。何を書いたのかすべて覚えているぞ。」
 ステファノは不気味な笑みを浮かべた。それは側近でもゾッとするものだった。この人はどこまでやるつもりなんだろう。このままだとシリウスを滅ぼしかねないな…。老人は少し心配そうな表情で主人を見た。
「グラリオンテ。分かっていると思うがわしは決してバカではないし決して過ちを犯さない。」
「承知しておりますとも。」
「別にむやみに命を奪ったりするつもりは一切ない。だから恐れなくともよいのだ。」
「しかしながら少なくともポラリスの兵士及び住民の中にはステファノ様を恐れている者もおりますゆえ…。」
「それは分かっておる。わしであってもポラリス全員から好かれようなど思ってなどいない。全員から好かれようなど到底出来んことだ。」
「…そうですか。」
 グラリオンテは作りかけの飛行船を見上げた。それにしても今これだけの勢力があるのはステファノ様がいるおかげだ。わしにはこれだけの軍や住民を統率するだけの器量がないからな…。ステファノ様は大したものだ。この統率力…。このように優秀な人物は今後現れることはあるのだろうか。
「この飛行船はいつできる予定なのですか?私はいまいち機械類に詳しくないものでして…。」
「今週末には出来上がる。」
「今日は何曜日でしたっけ。」
「今日は火曜日だ。完成予定日は日曜日の午前6時前後。この時間に狂いはないはず。念入りに計画したからな。」いつものことだ。ステファノ様はいつも何かと言って計算したがる。きっと私よりもずっと頭が良いのだろう。私ももう年だ。そろそろ引退したいがステファノ様は私を大切にしてくれるからこの職を離れることができないのも事実…。
「ステファノ様。」
「どうした。」
「…ステファノ様は私が死んだらどうしますか。」
「…さぁな。」
「代わりの若者をさがしますか。」
「その前にわしはお前を死なせるつもりはない。」
「…。」
 ちょっと嬉しかった。これで安心してステファノ様についていける…。と思った。グラリオンテは長く伸ばしたひげを擦った。目のまえでは飛行船のプロペラが運ばれてきて船体に装備されている。
「素晴らしい…。完璧だ。」
 ステファノの目が輝いて見える。この人は何を考えているのだろうか。この人の目には…わしの目には到底見れないようなものが見えているのだろう。

「そういえば娘の様子はどうだった。」
「姫君は今朝はかなりお気分が悪いようでしてずっと横になっておられます。やはり環境の影響が強いのかと…。」「そうか。また午後になったら様子を見に行ってやってくれ。わしが行くよりもお前が行く方がいいだろうから。」「たまには御父上本人も行ってみてはいかがでしょうか。たまには良いのではありませんか?」
「…。」
 ステファノは何も言わなかった。姫君は別に御父上を嫌っているわけではない。だが正直私でも姫君のご心中は分かりかねる…。あの方は本当に何も語ってくれない。何も…。
「わしは行かない。娘に申し訳ないからな。」
「…。」
「わしは自分の計画を遂行するために何人もの命を奪ってきた。アケロミというたった一人の青年をを捕まえることに人生の半分をかけてきた。その間、救える命もあったはずだ。わしはあの子に合わせる顔がない。」
「しかし…。この計画が完成すれば必ず悪魔は全滅します!もう一度…、我々の時代がやってくるはずです!!」「…そうとは限らない。」
 ステファノは少し表情を暗くした。
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