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取引45件目 禁酒の誓い

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 社会の荒波に揉まれながらも真剣に仕事に取り組んだであろう人間がこんな姿だと思うと、適度に過ごすのが賢い生き方なのではないだろうかとすら思ってしまう。

「はー、お酒は控えるかぁ」
「たまに飲む程度が一番美味いって」
「考えてみたら私、お酒は酔うためだけに飲んでたかも」
「一番ヤバいタイプのアル中」

 精神安定剤がわりにアルコールを摂取する社会人はだいたい鬱がすぐそこまで迫っていると相場が決まっている。

 そうと知ってしまったからには、見過ごすわけにも行かないだろう。

「今度からは美味い酒を飲もうぜ、俺とさ」
「……!? いいの?」
「一緒に飲む相手いればただ酔うだけの道具にはならんでしょ」

 きっとのんさんは一人の寂しさを紛らわせるためにも手っ取り早く酔いたいタイプ。だったら誰かと飲めば酒のおいしさを堪能できるだろう。

「私、夢都くんと飲む時以外は極力禁酒する! 真っ当な人間になるって決めた!」

 その極端さは真っ当な人間の思考なんだろうか。
 やや疑問に思いつつも、無茶な飲み方をしないと決めたなら特に制止することもないか。

 とりあえずしばらくは休肝日として、飲みの予定は俺の禁酒が終わってからのんさん宅ですることになった。

「――じゃあ俺はもう帰るわ」
「ご飯食べて行かなくていいの?」
「うん、家で鬼のような妹が心配してるかもだから帰るわ」

 電話を切る直前に何か言ってた気がするし、相当怒られるかもしれない。

「妹さん想いのいいお兄ちゃんだ」
「長男だからね」

 のんさんの自宅からタクシーで帰る最中、俺のスマホに一件の通知が入る。
 相手はさっきまで一緒にいたのんさん。
 内容は、決済アプリの残高受け取り申請のリンクだった。

「いいって言ったのにあの人……」

 帰り際も頑なに現金を握らそうとするのを止めたのに、今度は電子マネーと来た。あの人金銭感覚死んでる……?

「受け取り拒否……っと」

 ポチポチっとスマホを操作して受け取りの拒否、のんさんに気を遣わなくていいと連絡しているうちに、自宅の前へとタクシーが停まっていた。

「……ただいま」

 玄関を恐る恐ると開けて、そろりと帰宅。

「お、帰ってきたな不良息子」
「……酒瓶持ち歩いてるやさぐれ親父に言われたくないんだけど」

 日本酒の一升瓶とお猪口を両手に持って、俺を出迎える父さんは少しふらついている。

 酒豪の父さんにしては珍しく酔いが回っているらしい。

「なんでそんな酔ってんの?」
「うちの女子二人がさぁ、楽しそうに映画見てるからさぁ」
「あー、ハブられて酒浸ってたわけね。水飲めよ」

 たまたま持っていたペットボトルの水を父さんに投げ渡し、俺は自室へと移動したのだが。

「お兄ちゃん、とりあえず座れ」
「……悪い部屋間違えた」

 俺のベッドや机が視界には入っているが、唄子がいるってことはここは唄子の部屋なんだろう。

「間違えていない、座れ」
「……は、はい」

 どうやら唄子――もとい百鬼さんは、昨夜俺が留守の間に俺の部屋で母さんと映画を見ていたらしい。

「お兄ちゃんと映画を見たかったが、事前に誘っていなかった私が悪い。それはいい。ただ、少し説明することがあるようだが?」
「なんのことだか」

 帰るのが次の日になってしまったことだろうか。流石に遅くなっても連絡なしで翌日帰宅はダメなのか。一人暮らしならともかく、実家暮らしの俺には配慮がいるのかもしれない。

 連絡がなければ何かあったのかと心配になるもんな。

「あの時間に女性と共に過ごすのは、つまり……そう言うことなのか……」
「なんか勘違いしてる? 帰る時に見つけた酔っ払いを看病してただけだから、百鬼さんが想像する関係ではないっすよ」

 百鬼さんはきっと、俺に彼女ができたとかを想像したのだろう。嫉妬だろうか。

 これは決して自惚れているわけではないが、百鬼さんはきっと俺のことを異性としてみてくれている気がする。

 そして、おそらく。なかなかに好印象のはずだ。

 つまり導き出される回答は、百鬼さんと俺は両思い!

 ……とまでは流石にいかねぇか。分かってる。

「それはそれで問題じゃないか? 看病ということはホテルにでも入ったのだろう? 交際していない男女が個室に二人きりは感心しないな」
「いや、自宅に行ったからホテルなんか行ってないすよ」
「……行く方も行く方だが、招き入れるほうも招き入れる方だな。危機感はないのか」

 やれやれと呆れる百鬼さんは、あからさまに苦悩の表情を浮かべている。

「百鬼さん嫉妬っすか?」
「……っ」

 プイッと顔を逸らす百鬼さんはぼそりとつぶやくように言葉を落とす。

「悪いか」
「悪くないっす……」

 否定するか誤魔化されたら揶揄えたのに、こうも素直に開き直られると俺が照れてしまう。
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