6 / 230
新たなスキルでクロノ死す
しおりを挟む
「ゴブリンが出たって話だが、数は? 装備は覚えているか?」
「えっ、あっ……1匹だ。折れた直剣を持ってた……」
「そうか。それで、お前はどうした?」
逃げた。俺は逃げた。最弱に分類されるゴブリンを相手に、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。落ち着いた途端に、恥ずかしくなって何も答えられなかった。
「……お前、向いてねぇよ。今日はもう帰れ」
生返事をして宿舎へと向かう。その足取りは重い。自分がここまで弱いとは思っていなかった。目を閉じて過去の記憶を探ってみても、こういうときはどうやって立ち直っていたのかすぐには思い出せない。
(……あぁ、楽しいことないかな。それこそ、嫌なことを忘れるくらいに)
瞼の向こうに浮かび上がってくる黒い文字。それは【闇の喜び】。取得条件を満たすことで見える新しいスキル。
(逃げてるときにレベルアップしていたのか。強烈な快感があるらしいが、気づかないほどに怖がっていたなんてな。習得するべきか……?)
文字に触れても効果は分からない。そうなると【星の記憶】がもたらした未知のスキルだ。
(少しでも現状がましになるなら……っ!)
スキルを握り潰し、砕けた粒子が体に吸収される。周りに人の姿はない。新たなスキルをこっそりと呟いた。
「……ククッ、ククク……ハーッハッハッハ!! ……は?」
俺の口から出たのは、まるで悪役のような高笑い。ふざけたスキルだ。
【闇の喜び】
消費MP:1
スキルタイプ:アクティブ
闇の喜びによって恐怖への耐性を得る。
(これはハズレっぽいな……あれ?)
沈んでいた気持ちが嘘のように消えている。足取りも軽い。SPの対価には微妙なスキルかも知れないが、今の俺が求めていたスキルだ。
(消費MPはたったの1だし、アクティブスキル。笑いたいときに笑えるスキルと考えれば、これは当たりだな。ちょっとバカっぽいけど……)
スキルの便利さには驚いた。これは前世の常識では考えられない。せめてこのスキルを習得した状態で森に出ていれば……。
(……待てよ。俺はゴブリンに出会ったとき、スキルを使うという発想が浮かばなかった。持っていたところで、使えたのか?)
ハーゲルが俺に向いてないと言った意味が分かった。人は身の危険が迫れば手で体を庇ったり、目を閉じて防御を図る。この世界の人は、それに加えてスキルを使うのではないか。
(目標変更だ。まずはこの世界に馴染む。スキルを使うことを常識にする。人に会ったらまず挨拶するのは当たり前。だから魔物に会ったら挨拶代わりのスキルぶっぱ、これだな!)
欠けていたものが見つかると、視野が一気に広がる。俺の行動は間違いだらけだった。まずこの装備はどうしようもないゴミだ。
(もったいないの精神は、自分の命にだけ当てはまる。いくら無料でも、このゴミで自分の身を守ろうなんて俺は間抜けだ)
握るだけで欠ける杖は地面に叩きつけてへし折る。小枝に引っかかったくらいで裂けるローブは脱ぎ捨てる。そして俺が向かうべき場所は、宿舎ではなく、スキルを使える訓練場だ。
(人目を気にしてる余裕はない。時間がないんだ!)
訓練場に戻って来た俺は、さっそく【ダークネス】を唱えた。
(……おっそ)
はやる気持ちとは裏腹に、【ダークネス】は遅いの一言に尽きる。叫んでも囁いても効果なし。近づいて息を吹きかけても変化なし。当たれば強力なスキルを、どうすれば当てやすく出来るのか……。
(……やべっ、ギルド長が居ないからダークネスを消せねぇ!)
的を消し飛ばしても変わらず進み続ける暗黒球体が、このまま消えなかったら大変だ。良くて器物破損と建造物破壊。最悪は殺人未遂に成りかねない。
攻撃スキルによる打ち消し。それを自分の【ダークネス】でやればいい。走って追いつき、新しい【ダークネス】をぶち当てる!
(やっと消えたか……待てよ。これはダークネスが当たったと解釈して良いんじゃないか?)
【ダークネス】は、放つスキルだ。遠くから撃つと遅すぎて当たらない。だったら、避けられないほど近づいて使えばいい。
(まるでどこぞの忍者みたいな戦法だなぁ。○影は目指してないってばよ)
可能性が広がったのは良いことだが、魔物が怖くて逃げ出した俺が、近づかないといけない時点で【ダークネス】の弱点を克服したとは言えない。
(……試してみるか、ルーティン)
決まった動作を行うことで気持ちを落ち着かせるメンタルリセット術だ。深呼吸や手のひらに人を書いて飲む、など方法は様々だが、正解は人によって違う。効果があればルーティン。なければ悪い意味でおまじないになってしまう。
違いは精度にある。これと決めた動作を行い、大舞台を乗り越えた数だけ精度も上がる。一朝一夕で身に付くものではない。
(いつでもどこでも出来て、簡単なこと……手をかざす!)
魔物は待ってくれない。なるべく合理的な行動を取りたかった。手をかざすという行為をルーティンにすれば対象の狙いを定めつつ、気持ちも落ち着く。我ながら名案だと思った。
(……完成するのに何日かかるかねぇ)
あとはひたすらスキルを放ち、ダークネスに隠れた特性がないか様々な角度から観察する。目新しい発見はなかったが、俺の体にある変化が起きた。
「うぷっ……おろろろろろろっ」
いきなり強烈な吐き気に襲われてリバース。理由が分からず混乱したが、すかさずルーティンを実行し、気持ちを落ち着かせる。目を開けているはずなのに視界は暗く、頭痛と耳鳴りも酷い。
(くっ、闇に飲まれたかっ)
そんなものはない。原因はMP切れ。通称・マナ切れである。数字的には余力があるらしいが、無理して使うとたまに死ぬらしい。ポーチから取り出したマナポーションを飲むと、吐き気が収まった。
「ふぅ、スキル練習にも金がかかるなぁ」
下級ポーションは銅貨1枚だ。必要経費と割り切り、続けるしかないだろう。町の明かりが灯り始めたころ、ダークネスに新たな光を見た。夜になると若干の光沢のある黒い球体は、闇に溶け込んで視認が極めて困難となる。
(これは使えるかな……?)
夜目が利く魔物に通じるかは疑問だが、試す価値はある。いつか森で試そう。ギルド長の言いつけを破ることになるが、事故らなければ罰則もない。
(あっ、俺も見えないじゃん)
根を詰めすぎて脳が疲れたに違いない。酒場で補給をして、次の目的を果たすとしよう。
酒場に入った瞬間に、賑やかな場の空気は静まり返る。ほとんどの人が俺を見ている。もう慣れたことだが、いつもとは様子が違った。
「おい、あいつか。ゴブリンを見て半べそかいたやつ」
昼間の出来事がもう伝わっている。良くも悪くも横の繋がりがあるらしい。逃げ出したのは事実なので反論してもしょうがない。とにかく補給だ。カウンター席に座って、ハーゲルに注文する。
「マスター、ミルクをひとつ」
「ここは酒場だ!」
品揃えの悪い店である。せめてノンアルを寄越せ。
「こいつで我慢しろ。銅貨1枚な」
グラスを回し液体の香りを確かめる。甘い香りの中にほのかな酸味が隠れている。味はりんごジュースに似ていた。美味いからこれで勘弁してやろう。
「それ飲んだら帰りな。記憶喪失だろうと、場の空気くらい分かるだろ」
「いやぁ、広まるの早いですね。横の繋がりを実感しましたよ」
「そりゃそうだ。広めたのは俺だからな。文句あるか、んっ?」
この俺に面と向かって喧嘩売ってくるとはいい度胸だ。ハーゲルの凄んだ顔は怖いし、丸太のような太い腕で殴られたら普通に死ぬわ。野郎の顔面をドアップで見るのは嫌すぎるが、目だけは逸してはいけない。辛い。
「文句なんてありません。むしろ感謝したいくらいですよ」
「あぁ? 何言ってんだお前――」
「ご馳走様でした。美味しかったですよ、りんごジュース」
代金を支払い、席を立つ。周りの陰口に耳をすましながら、受付に向かう。ギルド長が担当しているのは酒場に入ったときに確認済みである。
「やぁ、君か。今は君の噂で持ち切りだ。用事があるのなら日を改めたほうが気分を害さずに済むかもしれないぞ?」
「ギルド長に頼みがあるんです。魔物に関するレポートを見せてください」
「ふむ。君は書庫を読破した。周辺の魔物の知識は頭に入っているはずだが?」
「俺が見たいのは、冒険者が依頼を達成したときに提出するレポートです」
「ほほぅ。次はそう来たか。やがて廃棄するものだから見せても構わないが、後日にしてくれないか。書庫は今、整理中の書類で埋まっていて使えない。私は反対したのだが、ハーゲルが誰も使わないからと勝手に置いてしまってな……」
「持ち出すわけにはいかないので、酒場で読んでもいいですか?」
「んんっ? 正気か? その、雑音が多すぎるのではないか?」
雑音とは俺の陰口のことだ。良い気分がしないのは事実だが、今この瞬間に限っては、ありがたいお言葉になるはずだ。
「平気です。どうしても今すぐ見たいんです」
「そ、そこまで言うのならいいとも。書庫に入り切らなかったもので良ければ好きなだけ読んでくれ」
分厚い紙の束を受け取り、席に向かおうとするとギルド長に呼び止められた。
「生きる。それすなわち、凶事への備えだ。頑張りたまえ」
(慰めなんていらなかったんだけどな。まぁ、悪い気はしないさ)
座れる席を探していると、中央付近に空きがある。俺が求めていた理想の位置だったので、迷わずそこに座った。
「あいつまだ居たのか。ゴブリンにびびるとか恥ずかしくないのか」
「低レベルって聞いたけど、流石にゴブリン相手じゃねぇ」
(いいぞ、もっと言え)
俺はマゾではない。自分の陰口を聞けばもちろん不快だ。しかし、ここは勇敢な人が集まる冒険者ギルド。そして酒も入っているとなれば……。
「ゴブリンなんて装備も貧弱だし、動きも遅いからな。先制攻撃を仕掛ければあっという間に片付けられるのになぁ、ははは」
「そうよね。あいつら脆いし索敵能力も低いから、遠くから矢であっさり倒せるしね」
知りもしない相手の陰口など、長くは続かない。そして飽きた人たちは、次第に己の力を誇示しようとする。ゴブリンなんて――。その一言から続く会話が、俺が求めていた攻略情報だ。
「昔さ、家にネズミが出たんだよ。駆除しようと思って毒団子を置いてたら、ゴブリンがそれ食って死んでたんだ。本当に間抜けだよな」
「あるある。狩りの罠によく引っかかって迷惑なんだよね」
中央の座席は素晴らしい。酒場の話し声が全て聞こえる位置なのだ。陰口が始まればレポートを読み、有益な情報が聞こえれば手を休めて耳を傾ける。人に尋ねるよりよほど効率がいい。
(好きなだけ俺を笑うといい。あんたらは悦に浸り、俺は情報を得る。WIN-WINってやつだ)
これほど順調にことが進むと、陰口さえもくすぐったく感じる。素晴らしい時間は、酒場が閉まるまで続いた……。
「えっ、あっ……1匹だ。折れた直剣を持ってた……」
「そうか。それで、お前はどうした?」
逃げた。俺は逃げた。最弱に分類されるゴブリンを相手に、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。落ち着いた途端に、恥ずかしくなって何も答えられなかった。
「……お前、向いてねぇよ。今日はもう帰れ」
生返事をして宿舎へと向かう。その足取りは重い。自分がここまで弱いとは思っていなかった。目を閉じて過去の記憶を探ってみても、こういうときはどうやって立ち直っていたのかすぐには思い出せない。
(……あぁ、楽しいことないかな。それこそ、嫌なことを忘れるくらいに)
瞼の向こうに浮かび上がってくる黒い文字。それは【闇の喜び】。取得条件を満たすことで見える新しいスキル。
(逃げてるときにレベルアップしていたのか。強烈な快感があるらしいが、気づかないほどに怖がっていたなんてな。習得するべきか……?)
文字に触れても効果は分からない。そうなると【星の記憶】がもたらした未知のスキルだ。
(少しでも現状がましになるなら……っ!)
スキルを握り潰し、砕けた粒子が体に吸収される。周りに人の姿はない。新たなスキルをこっそりと呟いた。
「……ククッ、ククク……ハーッハッハッハ!! ……は?」
俺の口から出たのは、まるで悪役のような高笑い。ふざけたスキルだ。
【闇の喜び】
消費MP:1
スキルタイプ:アクティブ
闇の喜びによって恐怖への耐性を得る。
(これはハズレっぽいな……あれ?)
沈んでいた気持ちが嘘のように消えている。足取りも軽い。SPの対価には微妙なスキルかも知れないが、今の俺が求めていたスキルだ。
(消費MPはたったの1だし、アクティブスキル。笑いたいときに笑えるスキルと考えれば、これは当たりだな。ちょっとバカっぽいけど……)
スキルの便利さには驚いた。これは前世の常識では考えられない。せめてこのスキルを習得した状態で森に出ていれば……。
(……待てよ。俺はゴブリンに出会ったとき、スキルを使うという発想が浮かばなかった。持っていたところで、使えたのか?)
ハーゲルが俺に向いてないと言った意味が分かった。人は身の危険が迫れば手で体を庇ったり、目を閉じて防御を図る。この世界の人は、それに加えてスキルを使うのではないか。
(目標変更だ。まずはこの世界に馴染む。スキルを使うことを常識にする。人に会ったらまず挨拶するのは当たり前。だから魔物に会ったら挨拶代わりのスキルぶっぱ、これだな!)
欠けていたものが見つかると、視野が一気に広がる。俺の行動は間違いだらけだった。まずこの装備はどうしようもないゴミだ。
(もったいないの精神は、自分の命にだけ当てはまる。いくら無料でも、このゴミで自分の身を守ろうなんて俺は間抜けだ)
握るだけで欠ける杖は地面に叩きつけてへし折る。小枝に引っかかったくらいで裂けるローブは脱ぎ捨てる。そして俺が向かうべき場所は、宿舎ではなく、スキルを使える訓練場だ。
(人目を気にしてる余裕はない。時間がないんだ!)
訓練場に戻って来た俺は、さっそく【ダークネス】を唱えた。
(……おっそ)
はやる気持ちとは裏腹に、【ダークネス】は遅いの一言に尽きる。叫んでも囁いても効果なし。近づいて息を吹きかけても変化なし。当たれば強力なスキルを、どうすれば当てやすく出来るのか……。
(……やべっ、ギルド長が居ないからダークネスを消せねぇ!)
的を消し飛ばしても変わらず進み続ける暗黒球体が、このまま消えなかったら大変だ。良くて器物破損と建造物破壊。最悪は殺人未遂に成りかねない。
攻撃スキルによる打ち消し。それを自分の【ダークネス】でやればいい。走って追いつき、新しい【ダークネス】をぶち当てる!
(やっと消えたか……待てよ。これはダークネスが当たったと解釈して良いんじゃないか?)
【ダークネス】は、放つスキルだ。遠くから撃つと遅すぎて当たらない。だったら、避けられないほど近づいて使えばいい。
(まるでどこぞの忍者みたいな戦法だなぁ。○影は目指してないってばよ)
可能性が広がったのは良いことだが、魔物が怖くて逃げ出した俺が、近づかないといけない時点で【ダークネス】の弱点を克服したとは言えない。
(……試してみるか、ルーティン)
決まった動作を行うことで気持ちを落ち着かせるメンタルリセット術だ。深呼吸や手のひらに人を書いて飲む、など方法は様々だが、正解は人によって違う。効果があればルーティン。なければ悪い意味でおまじないになってしまう。
違いは精度にある。これと決めた動作を行い、大舞台を乗り越えた数だけ精度も上がる。一朝一夕で身に付くものではない。
(いつでもどこでも出来て、簡単なこと……手をかざす!)
魔物は待ってくれない。なるべく合理的な行動を取りたかった。手をかざすという行為をルーティンにすれば対象の狙いを定めつつ、気持ちも落ち着く。我ながら名案だと思った。
(……完成するのに何日かかるかねぇ)
あとはひたすらスキルを放ち、ダークネスに隠れた特性がないか様々な角度から観察する。目新しい発見はなかったが、俺の体にある変化が起きた。
「うぷっ……おろろろろろろっ」
いきなり強烈な吐き気に襲われてリバース。理由が分からず混乱したが、すかさずルーティンを実行し、気持ちを落ち着かせる。目を開けているはずなのに視界は暗く、頭痛と耳鳴りも酷い。
(くっ、闇に飲まれたかっ)
そんなものはない。原因はMP切れ。通称・マナ切れである。数字的には余力があるらしいが、無理して使うとたまに死ぬらしい。ポーチから取り出したマナポーションを飲むと、吐き気が収まった。
「ふぅ、スキル練習にも金がかかるなぁ」
下級ポーションは銅貨1枚だ。必要経費と割り切り、続けるしかないだろう。町の明かりが灯り始めたころ、ダークネスに新たな光を見た。夜になると若干の光沢のある黒い球体は、闇に溶け込んで視認が極めて困難となる。
(これは使えるかな……?)
夜目が利く魔物に通じるかは疑問だが、試す価値はある。いつか森で試そう。ギルド長の言いつけを破ることになるが、事故らなければ罰則もない。
(あっ、俺も見えないじゃん)
根を詰めすぎて脳が疲れたに違いない。酒場で補給をして、次の目的を果たすとしよう。
酒場に入った瞬間に、賑やかな場の空気は静まり返る。ほとんどの人が俺を見ている。もう慣れたことだが、いつもとは様子が違った。
「おい、あいつか。ゴブリンを見て半べそかいたやつ」
昼間の出来事がもう伝わっている。良くも悪くも横の繋がりがあるらしい。逃げ出したのは事実なので反論してもしょうがない。とにかく補給だ。カウンター席に座って、ハーゲルに注文する。
「マスター、ミルクをひとつ」
「ここは酒場だ!」
品揃えの悪い店である。せめてノンアルを寄越せ。
「こいつで我慢しろ。銅貨1枚な」
グラスを回し液体の香りを確かめる。甘い香りの中にほのかな酸味が隠れている。味はりんごジュースに似ていた。美味いからこれで勘弁してやろう。
「それ飲んだら帰りな。記憶喪失だろうと、場の空気くらい分かるだろ」
「いやぁ、広まるの早いですね。横の繋がりを実感しましたよ」
「そりゃそうだ。広めたのは俺だからな。文句あるか、んっ?」
この俺に面と向かって喧嘩売ってくるとはいい度胸だ。ハーゲルの凄んだ顔は怖いし、丸太のような太い腕で殴られたら普通に死ぬわ。野郎の顔面をドアップで見るのは嫌すぎるが、目だけは逸してはいけない。辛い。
「文句なんてありません。むしろ感謝したいくらいですよ」
「あぁ? 何言ってんだお前――」
「ご馳走様でした。美味しかったですよ、りんごジュース」
代金を支払い、席を立つ。周りの陰口に耳をすましながら、受付に向かう。ギルド長が担当しているのは酒場に入ったときに確認済みである。
「やぁ、君か。今は君の噂で持ち切りだ。用事があるのなら日を改めたほうが気分を害さずに済むかもしれないぞ?」
「ギルド長に頼みがあるんです。魔物に関するレポートを見せてください」
「ふむ。君は書庫を読破した。周辺の魔物の知識は頭に入っているはずだが?」
「俺が見たいのは、冒険者が依頼を達成したときに提出するレポートです」
「ほほぅ。次はそう来たか。やがて廃棄するものだから見せても構わないが、後日にしてくれないか。書庫は今、整理中の書類で埋まっていて使えない。私は反対したのだが、ハーゲルが誰も使わないからと勝手に置いてしまってな……」
「持ち出すわけにはいかないので、酒場で読んでもいいですか?」
「んんっ? 正気か? その、雑音が多すぎるのではないか?」
雑音とは俺の陰口のことだ。良い気分がしないのは事実だが、今この瞬間に限っては、ありがたいお言葉になるはずだ。
「平気です。どうしても今すぐ見たいんです」
「そ、そこまで言うのならいいとも。書庫に入り切らなかったもので良ければ好きなだけ読んでくれ」
分厚い紙の束を受け取り、席に向かおうとするとギルド長に呼び止められた。
「生きる。それすなわち、凶事への備えだ。頑張りたまえ」
(慰めなんていらなかったんだけどな。まぁ、悪い気はしないさ)
座れる席を探していると、中央付近に空きがある。俺が求めていた理想の位置だったので、迷わずそこに座った。
「あいつまだ居たのか。ゴブリンにびびるとか恥ずかしくないのか」
「低レベルって聞いたけど、流石にゴブリン相手じゃねぇ」
(いいぞ、もっと言え)
俺はマゾではない。自分の陰口を聞けばもちろん不快だ。しかし、ここは勇敢な人が集まる冒険者ギルド。そして酒も入っているとなれば……。
「ゴブリンなんて装備も貧弱だし、動きも遅いからな。先制攻撃を仕掛ければあっという間に片付けられるのになぁ、ははは」
「そうよね。あいつら脆いし索敵能力も低いから、遠くから矢であっさり倒せるしね」
知りもしない相手の陰口など、長くは続かない。そして飽きた人たちは、次第に己の力を誇示しようとする。ゴブリンなんて――。その一言から続く会話が、俺が求めていた攻略情報だ。
「昔さ、家にネズミが出たんだよ。駆除しようと思って毒団子を置いてたら、ゴブリンがそれ食って死んでたんだ。本当に間抜けだよな」
「あるある。狩りの罠によく引っかかって迷惑なんだよね」
中央の座席は素晴らしい。酒場の話し声が全て聞こえる位置なのだ。陰口が始まればレポートを読み、有益な情報が聞こえれば手を休めて耳を傾ける。人に尋ねるよりよほど効率がいい。
(好きなだけ俺を笑うといい。あんたらは悦に浸り、俺は情報を得る。WIN-WINってやつだ)
これほど順調にことが進むと、陰口さえもくすぐったく感じる。素晴らしい時間は、酒場が閉まるまで続いた……。
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる