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闇の魔術師クロノ死す

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『……力が、欲しいか?』

「欲しい! 敵を阻む力、全てを拒絶する力が欲しい!」

『……よかろう。手を伸ばせ。さすれば与えられん』

「おぉ、これが新しい力。俺のっ、力なのかっ!」



【シャドウバインド】

消費MP:3

対象の影を拘束する。



 ナイトメアと楽しい茶番をして習得したスキルは、俺の戦法に新しい可能性を与えてくれる。【ナイトスワンプ】は妨害系だが、湿地帯の魔物には効果がなかった。


 そこで求めたのが拘束スキルだ。これなら場所を選ばない。光あるところに、影がある。真昼だろうと場所を選ばず使えるはずだ。


 南の森でホーンラビットの巣を見つけ、小便による説得でおびき出すことに成功した。


「【シャドウバインド】からの【ダークネス】」


 飛び上がろうとしたホーンラビットの動きが止まった。これならきっと、俺様の最強魔術ダークネスが当たるはず……っ。


「いけっ、良し、良し……当たれ……よっしゃぁぁぁぁっ!」

『うぇぇぇーい!』


 消し飛んだホーンラビットから目をそらし、ナイトメアをぽよぽよして喜びを分かち合う。その騒ぎに釣られてやってきたゴブリンにも使えたので、リザードマンにも有効だと思っているが……。


「……うーん、まだ何か足りない」

『リザードマンの攻撃、痛いもんね』


 リザードマンの一撃は、手が痺れるほど強力だ。力任せに押し込まれたら、湿地帯のぬかるんだ地面も合わさって、また体勢を崩すかもしれない。ソロなら死んでもおかしくない大失態であった。


「【闇の祝福】より強い強化スキルなんてなさそうだし……」

『避けないの? ボクたち魔術師なんだよ? 力勝負は悪手でしょ』

「分かってるさ……あっ、分かった! 俺が強くなる必要ないじゃん!」


 瞼の裏に浮かび上がる、新たなスキル。黒い輝きを見て、思わず微笑んだ。俺が本当に求めたスキルを掴み、握りつぶすっ!



【エンチャント・ダークネス】

使用回数制限:1日3回

対象にダークネスを付与する。効果は30分持続する。



 強化スキルで強くなれないなら、強い装備を買えばいいじゃない。金がないなら、装備を強化すればいいじゃない。アントワネット強化論の誕生である。


「【エンチャント・ダークネス】」


 太陽の光を反射するほど磨き抜かれた剣をゆっくりと撫でると、黒い剣に変わった。黒く怪しい光は、まさしくダークネスが付与された証だ。


『これは……凄いね』

「分かるか、ナイトメア。本当にあるなら強いと思ってスキル化で取ったわけだが、俺たちの最強スキルになるかもしれないぞ……ふんっ!」


 手頃な大木に攻撃する。バチリと黒い稲妻が走り、木の幹が消失していた。次の木も、その次の木も……当てるだけで伐採できる!


「ふはははは……環境破壊は気持ちいいぞい」

『何だかボク、そわそわして来ちゃったよ……』

「大いなる闇の力を、この手に収めたぞっ! ハッハッハ……あっ」


 ハイテンションでブンブン振り回していたら、大木の下敷きになった。


『……どうしよう?』

「えっと……【ナイトスワンプ】」


 地面に潜って脱出に成功する。お前のことを忘れていたわけじゃないんだ。ちょっとテンションが上がって見移りしちゃっただけで。何事も使い所だよな、悪かったよ。


 謝ったので許された。ナイトスワンプのことはすっかり忘れて、湿地帯にやってきた。新スキルで試し斬りをするしかあるまい!


「【エンチャント・ダークネス】」


 円盾にダークネスを塗り込むように触れると、黒く禍々しい盾に変わった。エンチャントは付与するものなのだから、別に剣じゃなくてもいいわけだ。


「見ろよ、ナイトメア! 盾も最強だぞ!」

『凄い、凄いよ! ボクたち最強だよ!』

「慌てるな。剣にもしっかり塗って……出来たっ!」


 黒い剣に、黒い盾……。多感なお年頃なら誰もが一度は憧れるであろう、漆黒の剣士の誕生だ。


 ぼっちのリザードマンを見つけて、いざ尋常に勝負だっ!


「どこからでも、かかって来なさい……っ!」


 リザードマンの攻撃を盾で受けると、剣がへし折れて飛んでいった。折れた剣を二度見しているリザードマンを盾で殴る。ダークネスを直撃したときのように、盾が触れた部分が大穴に変わっている……。


「……強すぎぃ!」

『きゃー! かっこいいー!』


 長き苦悩から開放された俺は、もう止まらない。湿地帯を駆け回り、リザードマンのパーティーだろうと軽々と粉砕し、どんどんレベルを上げていく。


「おらおら、どうしたぁ!? もっと骨のあるやつは居ねぇのか!?」

『……あっ』

「……何かさ、遠くからさ、ヤバいやつ来てね? 蜃気楼かな?」

『ところがどっこい! 現実だよっ!』

 地平線の彼方にヘビが見える。体をくねらせて、沼をスイスイと渡りこちらへ向かってくるではないか。リザードマンの群れを、轢き潰しながら。


『逃げよう逃げよう逃げよう!?』

「お、落ち着け。雑魚に飽きていたところだ。エンチャントの強さを試すならあれくらいのラスボスじゃないと……?」


 最強装備から、黒い輝きが消えた。エンチャント終了のお知らせ。


「うわぁぁぁん! 効果切れたぁぁぁ!? もう3回使っちゃったよぉぉぉ!」

『お、落ち着いて。君にはもうひとつのスキルがあるじゃないか!』

「そうだった! 喰らえっ、【シャドーバインド】」

『……どう? 止まった?』

「ちょっとだけ、ビクってしてた! それだけ!」

『ぼぼぼ、ボクが戦おうか!? 勝てる気がしないけど、頑張るよっ!?』

「ムリムリムリ! レベル下がったら湿地帯を歩ける気がしない!」


 なんだあのバカみたいに巨大なヘビは。アナコンダか? 映画スターか?


『や、やっぱりボクが戦うしか……』

「だ、大丈夫だ! ナイトメアに頼らなくてもいいように、煙幕をめっちゃ持って来てるから! 【イグニション】」


 マジックポーチを開けて、イグニションで大量の煙幕に点火した、はずなのに……何も起こらない!


『……ねぇ、湿気ってない?』

「【イグニション】【イグニション】【イグニション】 やった、点火したぞ……げっほ、げほっ、ごほっ!」

『ぎゃ、逆風だーっ!?』

「爆煙で何も見えん! 白いよ煙いよ怖いよげっほげっほ」


 万策尽きた。走るのに必死で頭が回らない。新しいスキルを求める余裕がない。せめて、この視界さえなんとかなれば……。


 マジックポーチを捨てる? 雑貨屋のばばあは、これはもうひとつの命だと言っていた。何より愛着がある。俺が初めて手に入れたまともな装備だぞ。捨てるなんて出来ない……っ。


「もうひとつの命……? ナイトメア! お前は、死なないんだな!?」

『君が死なない限り、ボクは死なないよ!』

「俺とお前は、契約してるんだよな? 召喚すれば、視界の共有が出来るはずだよな!?」

『出来るよ! ボクらは魂で繋がっている!』

「分かった。俺は、お前を信じる!」


 ナイトメアを、上空に向かって全力で投げる。煙幕の範囲から少しでも離れれば、あのヘビと俺の距離感が分かるはず……っ。


『たーまやーっ!』

「眷属よ、我が魂を喰らえっ!」


 捧げたのはLV1。ナイトメアの戦闘力は皆無だし、すぐに消えてしまう。それまでに目的を果たすっ!


「何も見えないぞ!? どうなってるんだ!?」

『手で顔を覆って! それが視界を共有するサインだっ!』


 左手で顔半分を覆い隠すと、左目に青空が広がっていた。ぶん投げたせいでナイトメアは激しく回っているらしく、ひどく酔う。


「ナイトメア! 体勢を立て直せっ! ヘビと俺をなるべく視界に入れろ!」


 回転は止まったが、上空は風が強い。揺れる景色のなかに、敵の姿を捉えた。煙幕の切れ目に、薄っすらと俺の姿も見えた。ほんの数秒で、俺は大蛇に轢き殺されるだろう……。


『もう時間がない! ボクをちゃんと召喚するなら今しかっ』

「きっとなんとかなる! 3……2……1……【ナイトスワンプ】」


 大蛇の腹に触れた瞬間に、押しつぶされながら地面に潜った。柔らかい湿地帯と、ナイトスワンプが合わさることで、水に飛び込んだような感触がした。


 ナイトスワンプの効果範囲は1mほど。その大きな体では入れまい。湿地帯のヘドロごと俺を食うのは、労力に合わないはず……。


 煙幕も決して無駄ではなかった。あれがなければ轢かれる前に食われていた。ナイトメアの視界で分かったが、とてつもない範囲で煙幕が広がっていた。おおよその位置はなぜか知られていたが、的確な座標までは知らなかったようだ。


 そろそろナイトメアが着陸する。回収できればいいのだが、ヘビの巨体は今も俺の上を通過中だ……。


『ボクのことは気にしないで。君が生き延びることだけを考えてね。大蛇はこの様子だと、しばらくは移動を続けると思う』

(……俺を見失ってるのか?)

『どうもそうらしいね。ボクに至っては、ぶつかったのに反応さえしてないよ』

(……お前に、熱はないからな。そして俺は、冷たい水の中だ)


 相手はヘビだ。熱を感じ取るピット器官を持っているのは不思議なことじゃない。そんなことに気づけないほどパニックになっていたのは事実だが。



 大蛇が諦めて去って行く。スワンプから這い出て大きなため息をついた。


「……はぁ、調子乗りすぎたわ」

『まさかあんな魔物がここに居たとはね』

「結局、頼みの綱はナイトスワンプ様ってことだな」

『何事も使い所が大事だね……』


 疲れた体に沼の水がのしかかる。パンツまでずぶ濡れだし、マジックポーチを逆さまにして詰まったヘドロを落としながら帰った……。




 剣を杖代わりに歩き続けて、やっとの思いでギルドにたどり着いた。ランタンの優しい光が目に染みる。ぽたぽたと水を垂らしながら受付に行こうとすると、周りの視線が痛い。


「あいつずぶ濡れだな。まるで負け犬だ」

「がっはっは! 元気だせよ、負け犬。そんな日もあるさ!」


 励ましてるのか煽ってるのかいまいち分からない。今は絡み返す余裕もない。


「ハゲー、換金してくれぇ……」

「リザードマンの皮と鱗か。その様子にしては、大した量だ。銀貨3枚だな」

「うるせぇ。こっちはそれどこじゃなかったんだよ。バカみたいにデカいヘビに襲われて……」

「ヴェノムサーペントか? 10メトルくらいあるだろ」

「あほか。何十倍もデカかったわ……はぁ、帰る」

「ま、待て! 話はまだ終わってないぞ!」

「ヒーラーは勘弁してくれ。今日は本当に疲れたんだよ……」

「いいからこっち来い!」


 ハゲに襟を掴まれ、別室に放り込まれた。床にへばりついていると、ギルド長が早足でやってきた。パンツ見え……。


「ブサクロノくん、ヨルムンガンドを見たというのは、本当かね!?」

「さぁ……? リザードマンが豆粒のようでしたけど……」

「君の話を、銀貨30枚……いや、50枚で買おう!」


 死にかけた気力が戻ってきた。むくりと立ち上がり、椅子に座る。テーブルに軽く手を叩きつけ、こう言った。


「……家、欲しいなぁ!」
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