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ギルド職員編

本気出さずにクロノ死す

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「今日から新章突入だ!!」


 気合を入れるために、それっぽいことを叫んで家の扉を開け放つ。朝の冷たい空気を物ともせずギルドに向かう。


 目的は情報収集だ。ギルド職員になるためには、『魔術師の塔』を単独で調査しなければならない。だが、俺はその周辺のことも含めて何も知らないのである。


 【強運】が発動しても生き残るため、完璧な備えをして挑む予定である。期限は特に設けられてないし、じっくりとやるつもりだった。そのつもりだったのだが……。


「……やべぇ。どうしよう」


 ギルドから家に帰ってきてた俺は、流れるような自然な動作で頭を抱える。ギルド職員の試験の内容に、またしても落とし穴があったのである。


 それは、『未知の環境を実地調査するのが試験だ。情報は一切やらん。周囲の冒険者に聞いても誰も知らない場所だし、王都ギルドにも黙秘を通達済みだ』とのこと……。


「くそっ。あのハゲめ。正論吐きやがって」


 本来なら、ギルド職員は腕っぷしが立つ。未開の地だろうとこれまでの経験と頼もしい装備で打開するのだろう。


 悲しいかな、おじさんは弱いのである。そこに【強運】まであるんだから、なんとなるの精神で行くと確実に死んでしまう……。


『参ったね。それで、どうするつもりだい?』

「……決まってる。切り札を使う」


 新章突入から一ヶ月が過ぎた。俺は何もしなかった。いや、厳密に言えば、その時を待っているのだ。


 家の扉が乱暴に叩かれた。とうとう、その時が来たらしい。家の扉を開けると、やつれた顔のハゲが居た。


「よぅ、ハゲ。少し痩せた?」

「お陰様でな……お前、いつ魔術師の塔に行くの!?」

「あの手この手で情報収集してるんだよ。それがちっともうまくいかないもんだから、冒険に出たくても出られないんだ」

「いや、その辺は秘密だって伝えたよな!? そこも試験なんだって!」

「未知の場所を調査する。その理屈は分かる。しかし、未開の地であるからこそ、ほんの少しでも情報を仕入れて出向くべきだと確信した」

「……クソうぜぇぇぇ」


 ハゲの言い分は正論である。こちらも正論をぶつける。俺の切り札は、既に発動している。


 それこそが、『ゴネ得』である。


 女々しいと思われても、人間のクズだと罵られても、決して潔く散ってはいけない。そんなこと言いましたっけ? ふふっ、と笑って流せ。


 ハゲのやつれっぷりからして、ギルドの運営がギリギリなのは火を見るより明らか。猫の手も借りたい。その心理につけ込んで、どっしりと構えて無理やりにでも情報を引き出す高度な作戦なのだ。


 少しでも教えてくれたら冒険に出るよ? 言葉にせずとも、この意図はハゲにも伝わる。


 さぁ、どうする。ハゲ……っ!?


「明日、朝イチで行け!! 直行便を手配した!! 乗らなかったら地獄行きだ!!」


 ハゲが乱暴に扉を閉めた。開けたら誰も居ない。これは、ひょっとして……?


「ゴネ得しっぱぁい!? 乗っても地獄行きじゃねーか」

『君の切り札、ざっこ』

「なんてこった。ゴネ得で2倍の年俸を勝ち取った選手も居るというのに!」

『保留すると減俸する球団もあるでしょ』


 現状維持になっただけましと考えよう。気持ちを切り替えて、次の一手を考えていると、テレサちゃんが絡んできた。


「あたしが一緒に行ってあげよっか? 隠密には自信があるし、バレないと思うけど?」


 さも名案のように言ってくるが、実に悪手である。


「バカもん。実力が足りないやつが、重要なポストに就いてもろくな結果にならん。一生カメレオンを続けるほうがよほど難しい。その辺もいずれ勉強だな」

「……はぁい」


 いちいち落ち込んでいるテレサちゃん。髪をぐちゃくちゃにしてやった。


「うー、じゃあ正解は……?」

「正解は、『隠密が得意だから、盗み聞きしてみよっか?』だ。頼まなかったのは、どうせ話題に上がらないから無駄骨に終わるからだ」

「あぁ、それもそうね! じゃあ、あたしがその魔術師の塔を下見して来るわ」

「バカもーん! そんな危ないことさせるわけないだろ。どれだけレベル下がってるかも分からないんだぞ。ついでに、それも間違いだ」

「レベルは……そうだけど……どこが間違いなの?」

「盗み聞きは合法だ。聞かれたくないなら話すな間抜けで済む。だが、誰かに先に調査させると試験の趣旨をぶち壊す。不合格は明らか。別のヤバげな場所の調査に変更されるかもしれん」

「……なるほどねぇ。あんた、やっぱりギルド職員とやら向いてるんじゃない? 誰かに指導するんでしょ? 分かりやすいわよ?」

「テレサちゃんには何をしてもいい風潮がある。だから俺が正しいと思ったことをそのまま話せる。正しいと感じたら覚えて、違うと思ったら鼻で笑えばいい」

「何をしてもいいって、何よ!? ムカつくぅぅぅっ! はぁぁ、それで、指導とはどこが違うの」


 感情の制御がうまくなってるな。やはり性教育が実を結んだ。親心ある身としては感動しちゃう。だから何でも答えちゃう。


「新人すなわち他人だ。他人の人生を勝手に決めるようなことはしない。責任取れない。もし仮に、熱心に指導したとして、俺のせいで死んだなんて誰かに言われたら……」

「……そっか。自分を責めちゃうかも」

 死んだそいつがザコ。だって俺は生きてるしって煽ると思う。


 やべー思想は胸のうちに閉まっておく。これ大事。


「明日、朝イチで出かけてくる。心配するな。秘策がある」


 そんなものはないが、テレサちゃんに悪い意味での逃げグセを教えるわけにはいかない。そもそも、死ぬ確率のほうが低いだろう。


 魔術師の塔は、俺にとっては未開の地なだけで、ギルドはその全貌を把握している。俺が心配していたのは、シャドーウルフしか魔物の情報がなかったことだ。


 そこに、新たな情報を得た。明日にでも行けと言われる程度の難易度であり、俺の実力でも突破可能というわけだ。


 やはり、ゴネ得は最強だ! 【強運】さえ発動しなければ、普通に生きて帰れるさ。


「帰ったら食事のマナーを教えてやる。外出は自由だが、なるべく見つからないように。戸締まりもしっかりして、夜更かしは禁止だぞ」

「はいはい。分かってるわよ。いい子にしてるから、さっさと帰って来なさいよ」


 翌朝、予め用意していた荷物とともに、俺専用の馬車に乗り込む。ガタゴトと揺られながら流れる景色を眺めていると、売られた家畜になった気分である。


 余りにも暇なので、大あくびをしている御者のおっさんに話しかける。


「おっさん、魔術師の塔ってどんなところか知ってる?」

「……さぁ。俺は渡された地図を頼りにあんたを運ぶだけなんで」

「俺が死んだら、最後に見た人の顔はおっさんになるのかぁ……」

「後ろ髪を引くようなことを言うなよ。知らんものは知らん」


 人情に訴えかけて情報を引き出そうとしたが、ダメだった。服の内側には防具を装備しているし、荷台の隅には御者の物と思われる装備もある。確実に冒険者なのだが口は堅いようだ。


「おっさんの装備、見てもいい?」

「ぶっ殺すぞ」

「すまん。もう見た」

「この野郎……大人しくしてろ」


 気だるそうにしていても、アルバのぼんくらどもとは雰囲気が違う。王都の冒険者は、やはり強いのだろう。


「ねぇねぇ、魔物に襲われたらおっさんになすりつけていい?」

「そういうのはこっそりやれ。一応、道中の護衛も兼ねてる」


 くだらない話を続けていたが、本当に平和だった。昼寝を挟んで夜になると、馬車も止まって一夜を過ごすらしいが、揺れる馬車の中で目覚めたときには朝になっていた。


「あれ? おっさんは徹夜? 何も夜まで働かなくていいんじゃないの」

「誰かさんのいびきがうるさくて眠れなくてな。野営は諦めてあんたを運ぶことにしたんだよ……」

「へぇ。居眠り運転しなくて良かったね」

「この野郎……そんなことより、到着したぞ」


 遠くに森の中に佇む建物が見える。あれが魔術師の塔で間違いないだろう。それほど高くはなく、せいぜい5~6階ほどだ。石造りのようだが、苔が生えてとってもノスタルジー。


「森をまっすぐ進め。塔の調査が終わったらまたここに戻って来い」


 いよいよ冒険が始まる。いや、始まってしまう。【強運】が発動しないことを祈りながら、森に入って行った……。



 あとがき

Zen2欲しい。まじ欲しい。補足だけど今日から新章突入です。
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