俺のチートって何?

臙脂色

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第二章   ― 争奪戦 ―

第38話 闇夜

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 走る。走る。
 野原を。草の中を。森の中を。
 高い山を目指し、闇夜の中をどこまでも走る。

 体から汗が絶え間なく滲み出てくる。その汗が、冷たい空気にさらわれていく。熱くなる身体をクールダウンしてくれる空気を普段であれば心地よく感じるところだが、今は違う。進めば進むほど冷たくなっていく空気は、まるで警告を発しているかのようで、不安な気持ちにさせられる。

 木々の隙間から差し込んでくる月?明かりが、白くなった息を照らす。物体の輪郭がわかる程度の弱い光だが、これのおかげで木にぶつかったり、石に躓かなくて済んでいるのだから、とてもありがたく思う。

 それにしても不思議な感覚だ。
 一言で言うと、軽い。

 既に1時間以上は走り続けているはずだが、呼吸は乱れていない。体も背中に羽が生えたように感じ、一回地面を蹴るだけで、どこまでも飛んでいけそうな勢いだ。緊急事態故に、火事場のクソ力が働いてるのかもしれない。

 暗闇を駆ける途中で、何回か真っ暗な森の中に動く二つの光点があった。おそらくモンスターの視線が俺に向けられていたのだろう。満腹の状態なのか襲ってくる気配はないが、油断はできない。

 まぁ、油断できないからといって、何かできるわけでもない。ただアイヴィール草を求めて突っ走るしかない。

 待ってろよ、マリン。
 絶対に助けるからな。


 「ふぅ」

 山が近くなり、雪が空からちらつき始めた頃、俺は一息ついていた。
 休憩しているわけじゃない。
 目の前に高さ約10mの崖が現れたから、登るべきか迂回するべきか考えていたのだ。

 「……登ろう。時間が惜しい」

 ボソリと口にすることで、自分の意思を固めた。
 手でしっかりと崖の隆起している箇所を掴み、足もそれに続いて岩場に引っ掛けていく。

 ……っ! 思った以上にきついぞ!
 雪のせいで崖が滑りやすくなってるし、掴んでいる手も凍りそうだ。
 やっぱり回り道するか? いや、それで間に合わなかったりしてみろ。一生後悔することになる。やるしかない。

 覚悟を決め、手と足を進めていく。

 こんなことになるんだったら、友達のI君に誘われていたボルダリング行けば良かったな。多少そこで鍛えてれば、もう少しスムーズに登れたかもしれない。実践して初めてわかったが、クライミングってホントにかなり握力が――!

 手を滑らせて、地面に落ちた。

 「いっつ!」

 背中を強打したものの、まだ5m程度しか登っていなかったのと、薄く雪が積もっていたことで大事には至らなかった。

 もう一度だ! 今度は手に意識をもっと集中させて……。

 再び崖登りへの挑戦を試みた。さっきよりもスムーズに手足が動き、速く登れている。それでも徐々に腕に疲れが溜まっていき、動きが緩慢になっていく。

 あと少し……あと少し…………よっしゃあぁ!
 なんとか登り切れたぞ! これで結構時間短縮できただろ!

 疲労した手足を休めることなく、俺はまた走り出した。


 ……雪が鬱陶しくなってきたな。

 大粒の雪が空から大量に降り始め、視界が悪くなっていた。しかも、寒い。
 普通、こういう環境下では防寒具を着込むのがあたりまえだが、今の俺はジャージだ。正直、裸でいるのと大して変わらないんじゃないかって思う。寒さで両耳が痛い。積雪もとっくに履いている靴の丈を超えているから、雪が靴の中に入り込みまくっている。

 「……ん?」

 雪が降る先に、あるものが見えた。

 「白い茎に黒い花弁……アイヴィール草!」

 リーの言っていた特徴にピタリとはまる!
 やったぞ! これでマリンを助けられる!

 そう思ったのも束の間。

 「……違う……」

 近づいてみれば、小さな石があるだけだった。
 石と雪の影でそれっぽい形に見えただけだったようだ。
 考えてみれば、アイヴィール草の特徴は最悪だ。
 白い茎なんて雪のせいで見分けがつかない。黒い花弁も同様で、この辺り一帯の岩や石はどれも黒いため勘違いしやすい。

 「チッ! 往復だけならまだしも、探すのにも時間がかかってたら間に合わないぞ!」

 待てよ、リーが言ってたじゃないか。
 アイヴィール草は気温がー50度の場所で生えてるって。
 まだ耐え切れる寒さであることからして、この周辺にはない。もっと先だ。

 俺はグジュグジュになった靴で新雪を踏んでいく。
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