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第三章 ― 筆頭勇者と無法者 ―
第70話 乙女心
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ここは渡辺 勝麻が知らない世界。
女湯である。
ミカが買ってきた米やら焼き魚やらが入った弁当を、渡辺、マリン、ミカの三人が食した後、マリンとミカは一日分の汚れと疲れを洗い流すべく、銭湯に来ていた。
マリンは自身の長髪をタオルでまとめて包み込み、ミカは頭の後ろに団子を形成した状態となっていて、二人とも熱い湯に肩まで浸かっている。
実は二人が一緒になって銭湯に来るのはこれが初めてではない。渡辺が入院している間も二人で来ていた。
その期間中、友好関係を築こうとマリンからミカに何度か話しかけていたが、「そうだよ」「うん」などミカは相槌を打つばかりでなかなか会話が広がらず、パートナー同士の関係はほとんど進展がなかった。
「今日はあっちこっちのお店まわって疲れちゃったね」
尚もミカとお近づきになりたいマリンは懲りずにアタックする。
「そうだね。だからかな、いつもより湯が体全体に染み渡よーう」
オッサンくさい口調で語るミカ。
「…………」
「…………」
カポーン。
と、他の女性客の桶を置く音が二人の間に残響する。
うぅ、どうしよう。話が続かないよ。私がもっと話を続けやすい話題を言えればな。マリンは埋まらないミカとの距離に肩を落とす。
……ううん、まだ会ってから五日、きっと今より時間が経てば仲良くできるよね。マリンはウンウンと一人で頷き、肩の位置をシャキッと正す。
気を取り直して、ショウマ様からのお願いを果たさなきゃ。どう聞こうかな。直接的過ぎると身構えられちゃうかもしれないから、遠回しに今日の出来事から話して――。
「マリンさんってご主人様が好きなんです?」
「へっ!」
初めてミカから質問されたことと、質問の内容でマリンは二重に驚く。
「え、えぇーと、好きっていうのはその……」
「ライクじゃなくてラブの方ですよ」
体を包む湯で、たたでさえ火照っていた顔がさらに赤みを帯びる。その表情からマリンの答えを読み解いたミカは言う。
「ほっほう、昼間にパンティを見られて、乙女な顔をしていたのはそういうことでしたか。そっかそっか、マリンさんはご主人様が好きなのかぁ」
「違うよ! ショウマ様のことは慕っているのであって、好きとは違うからね!」
マリンの動揺ぶりを表すかのように、湯が波打つ。
「そ、そういうミカちゃんこそショウマ様をどう思ってるんですか?」
「……私は、男の人ってやっぱりエロいなって思ったなぁ」
*
「というわけで、ミカちゃんはショウマ様をエッチな方だと思っているようです」
銭湯から戻ってきたマリンは、ミカが手洗いに家を出て行くのを見送った後、俺に対して何故か少し恥ずかしそうにしながら、結果を報告してきた。
「……待ってくれ。いきなり過ぎてちょっと考えが追いついてないんだけど、まずどうやって聞いたんだ?」
「その、経緯については聞かないでくださると、ありがたいです」
「わ、わかった。とにかく、俺はエロいと思われて、それが避けられている理由なのか」
「それが原因かまではハッキリしませんが、ショウマ様に対して良い印象を持っていないのは間違いなさそうですね」
「えー、俺スケベだと思われるようなことした覚えないぞ」
エッチなことに興味があるのは否定しないが、人前でそれを大っぴらにしてはいないはずだ。
「本当ですか?」
「うおっ!」
マリンが急にジト目で俺を見始めたものだから、ビックリしてしまう。
「私の――コホンッ、スカートの中を見たとき、顔がニヤけてましたよ」
「マジで?! ご、ごめん」
し、しまったぁ……こりゃあマリンの好感度ダウンかな……。
「……ふふふっ」
かと思いきや、マリンは口元に手を当て、強張らせていた表情を柔らかくした。
「冗談ですよっ。男の方が多少エッチなのは仕方のないことですから」
「よ、良かった。もー驚かすなよなぁ。とりあえず、ミカには俺が誠実ってところを見せつければ、心を開いてくれるってことだよな。よし、俺はもうニヤニヤしないぞ、ポーカーフェイスだ」
俺は両手で頬をバシッと叩いて真顔になってみる。
「え、えーとおそらくそういう問題ではないかと」
「俺がイヤらしく見えるから警戒してるって話だろ? だったら」
「私の勘ですが、ミカちゃんのショウマ様への警戒心はもっと深いところからきているのではないかと予想します」
「深いところっていうと」
「――前の主人の影響です」
あ。
何でそのことに頭が回らなかったのだろう。
ミカの前のパートナーであった匠は、パートナーたちを慰みものとして扱っていた。実際、俺もマリンが働いている店でヤツのパートナーへの行いをこの目で見ている。あの場にミカの姿はなかったが、ミカも同じ様にされていたことは想像に難くない。
「匠のせいだとしたら、ミカは男そのものが怖くなってるのかもしれないな」
「ショウマ様、そろそろミカちゃんが戻ってくるかもしれません。話は一度ここまでにしましょう」
「ああ」
主人の身勝手な欲望でできた心の傷。
もしそうなのだとしたら、一朝一夕で片付く話じゃないし、俺はミカにちゃんと向き合わなくちゃいけない。
望んでミカの主人になったけじゃないが、それでも俺のパートナーになったんだ。
責任は果たす。
女湯である。
ミカが買ってきた米やら焼き魚やらが入った弁当を、渡辺、マリン、ミカの三人が食した後、マリンとミカは一日分の汚れと疲れを洗い流すべく、銭湯に来ていた。
マリンは自身の長髪をタオルでまとめて包み込み、ミカは頭の後ろに団子を形成した状態となっていて、二人とも熱い湯に肩まで浸かっている。
実は二人が一緒になって銭湯に来るのはこれが初めてではない。渡辺が入院している間も二人で来ていた。
その期間中、友好関係を築こうとマリンからミカに何度か話しかけていたが、「そうだよ」「うん」などミカは相槌を打つばかりでなかなか会話が広がらず、パートナー同士の関係はほとんど進展がなかった。
「今日はあっちこっちのお店まわって疲れちゃったね」
尚もミカとお近づきになりたいマリンは懲りずにアタックする。
「そうだね。だからかな、いつもより湯が体全体に染み渡よーう」
オッサンくさい口調で語るミカ。
「…………」
「…………」
カポーン。
と、他の女性客の桶を置く音が二人の間に残響する。
うぅ、どうしよう。話が続かないよ。私がもっと話を続けやすい話題を言えればな。マリンは埋まらないミカとの距離に肩を落とす。
……ううん、まだ会ってから五日、きっと今より時間が経てば仲良くできるよね。マリンはウンウンと一人で頷き、肩の位置をシャキッと正す。
気を取り直して、ショウマ様からのお願いを果たさなきゃ。どう聞こうかな。直接的過ぎると身構えられちゃうかもしれないから、遠回しに今日の出来事から話して――。
「マリンさんってご主人様が好きなんです?」
「へっ!」
初めてミカから質問されたことと、質問の内容でマリンは二重に驚く。
「え、えぇーと、好きっていうのはその……」
「ライクじゃなくてラブの方ですよ」
体を包む湯で、たたでさえ火照っていた顔がさらに赤みを帯びる。その表情からマリンの答えを読み解いたミカは言う。
「ほっほう、昼間にパンティを見られて、乙女な顔をしていたのはそういうことでしたか。そっかそっか、マリンさんはご主人様が好きなのかぁ」
「違うよ! ショウマ様のことは慕っているのであって、好きとは違うからね!」
マリンの動揺ぶりを表すかのように、湯が波打つ。
「そ、そういうミカちゃんこそショウマ様をどう思ってるんですか?」
「……私は、男の人ってやっぱりエロいなって思ったなぁ」
*
「というわけで、ミカちゃんはショウマ様をエッチな方だと思っているようです」
銭湯から戻ってきたマリンは、ミカが手洗いに家を出て行くのを見送った後、俺に対して何故か少し恥ずかしそうにしながら、結果を報告してきた。
「……待ってくれ。いきなり過ぎてちょっと考えが追いついてないんだけど、まずどうやって聞いたんだ?」
「その、経緯については聞かないでくださると、ありがたいです」
「わ、わかった。とにかく、俺はエロいと思われて、それが避けられている理由なのか」
「それが原因かまではハッキリしませんが、ショウマ様に対して良い印象を持っていないのは間違いなさそうですね」
「えー、俺スケベだと思われるようなことした覚えないぞ」
エッチなことに興味があるのは否定しないが、人前でそれを大っぴらにしてはいないはずだ。
「本当ですか?」
「うおっ!」
マリンが急にジト目で俺を見始めたものだから、ビックリしてしまう。
「私の――コホンッ、スカートの中を見たとき、顔がニヤけてましたよ」
「マジで?! ご、ごめん」
し、しまったぁ……こりゃあマリンの好感度ダウンかな……。
「……ふふふっ」
かと思いきや、マリンは口元に手を当て、強張らせていた表情を柔らかくした。
「冗談ですよっ。男の方が多少エッチなのは仕方のないことですから」
「よ、良かった。もー驚かすなよなぁ。とりあえず、ミカには俺が誠実ってところを見せつければ、心を開いてくれるってことだよな。よし、俺はもうニヤニヤしないぞ、ポーカーフェイスだ」
俺は両手で頬をバシッと叩いて真顔になってみる。
「え、えーとおそらくそういう問題ではないかと」
「俺がイヤらしく見えるから警戒してるって話だろ? だったら」
「私の勘ですが、ミカちゃんのショウマ様への警戒心はもっと深いところからきているのではないかと予想します」
「深いところっていうと」
「――前の主人の影響です」
あ。
何でそのことに頭が回らなかったのだろう。
ミカの前のパートナーであった匠は、パートナーたちを慰みものとして扱っていた。実際、俺もマリンが働いている店でヤツのパートナーへの行いをこの目で見ている。あの場にミカの姿はなかったが、ミカも同じ様にされていたことは想像に難くない。
「匠のせいだとしたら、ミカは男そのものが怖くなってるのかもしれないな」
「ショウマ様、そろそろミカちゃんが戻ってくるかもしれません。話は一度ここまでにしましょう」
「ああ」
主人の身勝手な欲望でできた心の傷。
もしそうなのだとしたら、一朝一夕で片付く話じゃないし、俺はミカにちゃんと向き合わなくちゃいけない。
望んでミカの主人になったけじゃないが、それでも俺のパートナーになったんだ。
責任は果たす。
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