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葬儀場の静寂が、俺の心を押しつぶしそうだった。
お経を唱える僧侶の声が、やけに遠くに聞こえる。参列者たちのすすり泣く声が、俺の耳に痛い。
祭壇の中央には、朝日の遺影が飾られている。
あの笑顔が――もう二度と見られない。
俺は黒いスーツを着て、葬儀場の隅に座っていた。周りには朝日の親族や友人たちが集まっている。みんな、涙を流していた。
朝日の母親は、ずっと泣いていた。父親は、必死に涙をこらえている。
俺は、ただ呆然としていた。
まだ信じられなかった。朝日が死んだなんて。
あの日、遊園地で一緒に笑っていたのに。
観覧車の中で、「大好き」って言ってくれたのに。
「また明日ね」って、手を振ってくれたのに。
それなのに――もう、朝日はない。
「それでは、お焼香をお願いいたします」
僧侶の声で、俺は我に返った。
参列者が順番にお焼香をしていく。俺の番が来た。
俺は立ち上がって、祭壇の前に進んだ。
朝日の遺影が、俺を見つめている。あの明るい笑顔が、そこにあった。
俺は手を合わせて、頭を下げた。
そして、朝日の棺の前に立った。
棺の中には、きっと朝日が眠っている。きっと安らかに眠っているだろう。
「朝日……」
俺の声が震える。
「なんで、なんでお前が死ななきゃいけないんだよ……」
涙が止まらなかった。俺たち、やっと付き合えたばかりだったのに。これから、たくさんデートして、たくさん思い出を作るはずだったのに。
「ごめん……ごめんな、朝日」
俺は朝日の棺を見つめた。いつもの明るい笑顔は、そこにはない。
「俺のせいだ……俺が、白州なんかと付き合わなければ……お前を悲しませることもなかったのに」
走馬灯のように、朝日との思い出が蘇る。
小学生の頃、初めて会った時のこと。
あれは、俺が転校してきた日だった。クラスに馴染めずにいた俺に、朝日が話しかけてくれた。
『ねぇ、一緒に遊ぼうよ!』
その笑顔が、とても眩しかった。
中学生の頃、俺がいじめられていた時、朝日が助けてくれたこと。
『隆太郎をいじめるな! 隆太郎は私の大切な友達なんだから!』
朝日の強い言葉に、いじめっ子たちは黙り込んだ。
高校に入学して、朝日が俺の恋を応援してくれたこと。
『隆太郎、頑張って! 私が応援してるから!』
あの時、朝日はどんな気持ちだったんだろう。好きな人が、他の女の子を好きになる。それを応援する朝日の気持ちを、俺は考えもしなかった。
そして、数日前のデート。観覧車の中で、朝日が言った言葉。
『私と一緒に幸せになろう?』
俺は、朝日を幸せにすることができなかった。
「朝日……朝日ぃ……!」
俺は棺に縋りついて、泣いた。周りの参列者たちが、俺を心配そうに見ている。でも、俺にはそんなこと、どうでもよかった。
朝日が、いない。
もう二度と、朝日の笑顔を見ることができない。
もう二度と、朝日の声を聞くことができない。
もう二度と、朝日に「大好き」って言ってもらえない。
俺の世界から、光が消えてしまったような感覚だった。
「隆太郎くん……」
朝日の母親が、俺の肩に手を置いた。
「ありがとう。朝日と、仲良くしてくれて」
その言葉に、俺は顔を上げた。朝日の母親も、涙を流していた。
「朝日、最後まで隆太郎くんのこと、大好きだったのよ」
「……はい」
「あの子、昨日も嬉しそうに帰ってきたの。『隆太郎と遊園地に行く』って」
朝日の母親が、優しく笑った。
「『隆太郎が笑ってくれた』って、本当に嬉しそうだった」
その言葉を聞いて、俺の涙が止まらなくなった。
「ごめんなさい……俺が……俺がもっと早く、朝日の気持ちに気づいていれば……」
「いいのよ。朝日は、隆太郎くんと過ごした時間、とても幸せだったと思うから」
朝日の母親が、俺の頭を撫でた。
「だから、隆太郎くんは前を向いて。朝日の分まで、幸せになって」
「……はい」
俺は、朝日の母親に頭を下げた。
※ ※ ※
葬儀が終わり、俺は朝日の家を後にした。夜の闇が、俺を包み込む。
俺は、どこへ行けばいいのか分からなかった。家に帰る気にもなれない。
気づけば、俺は公園のベンチに座っていた。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。白州に裏切られて、朝日と付き合って、そして朝日が死んだ。全てが、あまりにも急すぎた。
「なんなんだよ……これ……」
俺は顔を両手で覆った。
「朝日……会いたいよ……」
もう一度、朝日に会いたい。もう一度、朝日の笑顔が見たい。
もう一度、「大好き」って言いたい。
そんな叶わない願いを、俺は何度も何度も心の中で繰り返した。
どれくらい、そうしていたのだろうか。
「あの……」
突然、声をかけられた。
俺は顔を上げた。そこには――金髪の美少女が立っていた。
青い瞳。整った顔立ち。まるで、外国人のモデルのような美しさだった。白いワンピースを着て、長い金髪が風に揺れている。
「え……?」
俺は驚いて、その少女を見つめた。こんな夜中に、こんな公園で、なぜこんな美少女が。
「あ、あの……私――」
少女が何か言おうとした時、俺の目に涙が溢れた。
「ごめん……今、人と話せる状態じゃないんだ……」
俺はそう言って、立ち上がろうとした。
「待って!」
少女が俺の腕を掴んだ。その手は、確かに温かかった。
「私――太刀川朝日だよ!」
「……は?」
俺は思わず、少女の顔を見た。
「太刀川って……何言ってんだよ、お前」
「本当なの! 信じて!」
少女――いや、朝日を名乗る少女は、必死な表情で俺を見つめている。その青い瞳が、俺を真っ直ぐ見つめていた。
「お前、人の心の傷に塩を塗るようなこと言うなよ……太刀川は、死んだんだ……」
俺の声が震える。
「違う! 私、死んだけど――でも、こうして生き返ったの!」
「生き返った……?」
俺は混乱していた。何を言っているんだ、この子は。
「冗談じゃないんだよ……俺は、本当に……本当に太刀川のことが好きだったんだ……それなのに……」
俺の目から、涙が溢れる。
「隆太郎、見て!」
少女が俺の顔を両手で掴んで、自分の顔を近づけてきた。その青い瞳を、俺に見せつけてくる。
「私の目、青いでしょ? でも、元々は黒だったの。隆太郎が好きだった、黒い瞳」
「それが、何の証明に――」
「あのね! 隆太郎が小学校三年生の時、学校でウンチ漏らしたでしょ? それ、知ってるの私だけだよ!」
「な、なんでそれを!?」
俺は驚愕した。それは、俺と朝日しか知らない秘密だ。あの時、俺は朝日に泣きながら助けを求めた。朝日は俺を保健室に連れて行ってくれて、誰にも言わないでくれた。
「あと、隆太郎が中学二年生の時、私にラブレター渡そうとして間違えて給食のパン渡したこと!」
「や、やめろ!」
その出来事も、俺と朝日しか知らない。あの時、俺は朝日に告白しようとして、緊張のあまり間違えて給食のパンを渡してしまった。朝日は笑いながら「このパン、美味しいね」って言ってくれた。
「隆太郎が高校入学した時、白州ちゃんに告白する練習を私として、『好きです!』って言った後に噛んで『ちゅきでちゅ!』って言ったこと!」
「やめてくれぇぇぇ!」
俺は顔を真っ赤にして、叫んだ。
それは、全部本当のことだった。朝日にしか話していない、俺の恥ずかしい過去だった。
「あと、隆太郎が去年の夏、海に行った時、海パン忘れて下着で泳ごうとしたこと!」
「もういい! 分かった! 分かったから!」
俺は少女の口を手で塞いだ。
「……本当に、朝日なのか?」
俺は、少女を見つめた。
「うん、本当だよ」
少女――朝日が、頷いた。
「でも、どうして……なんで、お前が生き返って……しかも、見た目が全然違うんだ……」
「それは……私にも分からないの」
朝日が困った顔をした。
「駅のホームで、誰かに押されて――それで、気づいたら真っ暗な場所にいて……」
朝日の声が、少しだけ震える。
「そこで、声が聞こえたの」
「声?」
「うん。『もう一度、チャンスをあげよう』って」
朝日が俺の手を握った。
「それで、気づいたらこの姿になってて……最初、鏡を見た時びっくりしたよ。金髪で、青い目で……」
朝日が自分の髪を触る。
「でも、確かに私は私なの。記憶も、感情も、全部太刀川朝日のまま」
俺は、朝日の言葉を聞きながら、まだ信じられなかった。でも、朝日しか知らない情報を、この少女は知っている。
「ねぇ、隆太郎。信じてくれる?」
朝日が、俺の手を強く握った。その手は、確かに温かかった。
「……朝日しか知らない情報を、お前は知っている」
「うん」
「でも、見た目が全然違う」
「うん……」
「どうやって、お前が朝日だって証明できるんだ?」
俺がそう言うと、朝日は少し考えてから、俺の顔を見つめた。
「隆太郎、私の目を見て」
俺は、朝日の青い瞳を見つめた。
青い瞳――本来なら見慣れないはずの色。でも、その瞳が俺を見つめる時の、あの優しい眼差し。少し心配そうに眉を寄せて、それでいて温かく包み込むような視線。
あ――
これだ。
小学生の時、俺が転校してきて教室で一人ぼっちだった時。朝日が俺に話しかけてくれた時の、あの目。
中学生の時、いじめられていた俺を庇ってくれた時の、あの目。
高校で、白州への恋を応援してくれた時、寂しそうなのに笑顔を作ってくれた時の、あの目。
あの日、屋上で告白してくれた時の、真剣で一途な、あの目。
色は違う。顔も違う。髪も違う。
でも――この目の、俺を見つめる時の温かさは、紛れもなく朝日のものだった。
目は口ほどに物を言うというが、本当にそうだ。朝日の目は、いつも俺に語りかけてくれていた。「大丈夫だよ」って。「私がいるよ」って。
そして今も、この青い瞳は同じことを語りかけている。
「……朝日」
「うん」
「本当に、お前なのか……」
「うん、本当だよ」
俺の目から、また涙が溢れた。でも、今度は悲しみの涙じゃない。
「良かった……本当に良かった……!」
俺は、朝日を抱きしめた。朝日も、俺を抱きしめ返してくれる。
「ごめんね、隆太郎。心配かけて」
「バカ……お前が死んだって聞いた時、俺は――」
言葉が続かなかった。あの時の絶望を、思い出したくなかった。
「でも、もう大丈夫だよ。私、ここにいるから」
朝日が、俺の背中を優しく撫でる。
しばらく、そうしていた。
やがて、俺たちは離れて、向かい合った。
「なぁ、朝日。これからどうするんだ?」
「それが……分からないの」
朝日が困った顔をした。
「私、死んだことになってるから……家にも帰れないし……お母さんとお父さんにも会えない……」
朝日の目に、涙が浮かぶ。
「葬儀、行ったんでしょ? お母さん、泣いてた?」
「……ああ」
「そっか……ごめんね、心配かけちゃって……」
朝日が涙を拭う。
「でも、私がこの姿でお母さんたちに会っても、信じてもらえないよね」
「確かに……」
俺は考えた。朝日は、公的には死んだことになっている。葬儀も終わった。でも、今目の前にいる。
「とりあえず、今日は俺の家に来いよ」
「え、いいの?」
「ああ。お前、行くところないんだろ?」
「うん……ありがとう、隆太郎」
朝日が嬉しそうに笑った。その笑顔は、確かに朝日のものだった。
※ ※ ※
俺の家に着いて、俺たちはリビングで向かい合って座った。
「なぁ, 朝日。もう一度、整理させてくれ」
「うん」
俺は、今までのことを頭の中で整理し始めた。
「お前は、駅のホームで誰かに押されて、線路に落ちた」
「うん」
「そして、死んだ」
「うん……」
朝日の表情が暗くなる。
「でも、気づいたら真っ暗な場所にいて、声が聞こえた」
「『もう一度、チャンスをあげよう』って」
「それで、気づいたらこの姿になっていた」
「うん。最初、鏡を見た時びっくりしたよ。金髪で、青い目で……でも、確かに私は私なの」
朝日が自分の髪を触る。
「記憶も全部残ってる。隆太郎との思い出も、お母さんやお父さんとの思い出も、全部」
「でも、なんで生き返ったんだろうな……」
「分からない……でも、多分――」
朝日が俺を見つめた。
「隆太郎に会うためじゃないかな」
「え?」
「だって, 私――隆太郎を残して死にたくなかったもん」
朝日の目に、涙が浮かぶ。
「やっと、やっと隆太郎と付き合えたのに……一日デートしただけで、死んじゃうなんて……そんなの、嫌だよ」
「朝日……」
「線路に落ちる瞬間、私ね、思ったの。『隆太郎と、もっと一緒にいたかった』って」
朝日の涙が、ポロポロと落ちる。
「『隆太郎を、幸せにしたかった』って」
「朝日……」
「だから, 神様が――もしかしたら、私にもう一度チャンスをくれたのかもしれない」
朝日が、俺の手を握った。
「隆太郎, 私――もう一度、やり直したい」
「やり直す?」
「うん。私と隆太郎の、恋を」
朝日が、真剣な目で俺を見つめる。
「でも, お前――見た目が全然違うぞ?」
「うん、分かってる。でも、中身は太刀川朝日だよ」
「……そうだな」
俺は、朝日の手を握り返した。
「隆太郎, 私ね――転生したんだと思う」
「転生?」
「うん。一度死んで、別の姿で生まれ変わった」
朝日が、自分の体を見下ろす。
「この姿は、多分――私の新しい人生なんだと思う」
「新しい人生……」
「でもね、記憶は全部残ってる。隆太郎との思い出も、全部」
朝日が、俺の顔を見つめた。その青い瞳が、真剣だった。
「だから――私と、付き合ってよ」
「え?」
「もう一度、最初から。この姿の私と、付き合ってほしいの」
朝日の頬が、少し赤く染まる。
「でも、お前――」
「お願い。私、隆太郎のこと、本当に好きなの。死んでも、その気持ちは変わらなかった」
朝日の目から、涙が一筋流れた。
「だから――もう一度、チャンスをちょうだい」
俺は、朝日を見つめた。
目の前にいるのは、金髪で青い目の美少女だ。でも、確かにその中身は朝日だ。
俺の幼馴染で、ずっと俺を支えてくれた人。
そして――俺が、愛した人。
俺は、朝日が死んだと聞いた時、どれだけ絶望したか。
もう二度と会えないと思った時、どれだけ後悔したか。
でも、今――朝日は、目の前にいる。
「……分かった」
俺は、朝日の手を強く握った。
「俺も、お前のことが好きだ。見た目が変わっても、お前は太刀川朝日だ」
「隆太郎……!」
「だから、付き合おう。もう一度」
朝日の顔に、笑顔が戻った。
「ありがとう、隆太郎! 大好き!」
朝日が、俺に抱きついてきた。
俺は、朝日を抱きしめ返した。
これから、どうなるか分からない。朝日が転生したなんて、誰も信じないだろう。
でも――
俺には、朝日がいる。
それだけで、十分だった。
窓の外では、月が静かに輝いていた。
俺たちの新しい物語が、今、始まろうとしていた。
お経を唱える僧侶の声が、やけに遠くに聞こえる。参列者たちのすすり泣く声が、俺の耳に痛い。
祭壇の中央には、朝日の遺影が飾られている。
あの笑顔が――もう二度と見られない。
俺は黒いスーツを着て、葬儀場の隅に座っていた。周りには朝日の親族や友人たちが集まっている。みんな、涙を流していた。
朝日の母親は、ずっと泣いていた。父親は、必死に涙をこらえている。
俺は、ただ呆然としていた。
まだ信じられなかった。朝日が死んだなんて。
あの日、遊園地で一緒に笑っていたのに。
観覧車の中で、「大好き」って言ってくれたのに。
「また明日ね」って、手を振ってくれたのに。
それなのに――もう、朝日はない。
「それでは、お焼香をお願いいたします」
僧侶の声で、俺は我に返った。
参列者が順番にお焼香をしていく。俺の番が来た。
俺は立ち上がって、祭壇の前に進んだ。
朝日の遺影が、俺を見つめている。あの明るい笑顔が、そこにあった。
俺は手を合わせて、頭を下げた。
そして、朝日の棺の前に立った。
棺の中には、きっと朝日が眠っている。きっと安らかに眠っているだろう。
「朝日……」
俺の声が震える。
「なんで、なんでお前が死ななきゃいけないんだよ……」
涙が止まらなかった。俺たち、やっと付き合えたばかりだったのに。これから、たくさんデートして、たくさん思い出を作るはずだったのに。
「ごめん……ごめんな、朝日」
俺は朝日の棺を見つめた。いつもの明るい笑顔は、そこにはない。
「俺のせいだ……俺が、白州なんかと付き合わなければ……お前を悲しませることもなかったのに」
走馬灯のように、朝日との思い出が蘇る。
小学生の頃、初めて会った時のこと。
あれは、俺が転校してきた日だった。クラスに馴染めずにいた俺に、朝日が話しかけてくれた。
『ねぇ、一緒に遊ぼうよ!』
その笑顔が、とても眩しかった。
中学生の頃、俺がいじめられていた時、朝日が助けてくれたこと。
『隆太郎をいじめるな! 隆太郎は私の大切な友達なんだから!』
朝日の強い言葉に、いじめっ子たちは黙り込んだ。
高校に入学して、朝日が俺の恋を応援してくれたこと。
『隆太郎、頑張って! 私が応援してるから!』
あの時、朝日はどんな気持ちだったんだろう。好きな人が、他の女の子を好きになる。それを応援する朝日の気持ちを、俺は考えもしなかった。
そして、数日前のデート。観覧車の中で、朝日が言った言葉。
『私と一緒に幸せになろう?』
俺は、朝日を幸せにすることができなかった。
「朝日……朝日ぃ……!」
俺は棺に縋りついて、泣いた。周りの参列者たちが、俺を心配そうに見ている。でも、俺にはそんなこと、どうでもよかった。
朝日が、いない。
もう二度と、朝日の笑顔を見ることができない。
もう二度と、朝日の声を聞くことができない。
もう二度と、朝日に「大好き」って言ってもらえない。
俺の世界から、光が消えてしまったような感覚だった。
「隆太郎くん……」
朝日の母親が、俺の肩に手を置いた。
「ありがとう。朝日と、仲良くしてくれて」
その言葉に、俺は顔を上げた。朝日の母親も、涙を流していた。
「朝日、最後まで隆太郎くんのこと、大好きだったのよ」
「……はい」
「あの子、昨日も嬉しそうに帰ってきたの。『隆太郎と遊園地に行く』って」
朝日の母親が、優しく笑った。
「『隆太郎が笑ってくれた』って、本当に嬉しそうだった」
その言葉を聞いて、俺の涙が止まらなくなった。
「ごめんなさい……俺が……俺がもっと早く、朝日の気持ちに気づいていれば……」
「いいのよ。朝日は、隆太郎くんと過ごした時間、とても幸せだったと思うから」
朝日の母親が、俺の頭を撫でた。
「だから、隆太郎くんは前を向いて。朝日の分まで、幸せになって」
「……はい」
俺は、朝日の母親に頭を下げた。
※ ※ ※
葬儀が終わり、俺は朝日の家を後にした。夜の闇が、俺を包み込む。
俺は、どこへ行けばいいのか分からなかった。家に帰る気にもなれない。
気づけば、俺は公園のベンチに座っていた。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。白州に裏切られて、朝日と付き合って、そして朝日が死んだ。全てが、あまりにも急すぎた。
「なんなんだよ……これ……」
俺は顔を両手で覆った。
「朝日……会いたいよ……」
もう一度、朝日に会いたい。もう一度、朝日の笑顔が見たい。
もう一度、「大好き」って言いたい。
そんな叶わない願いを、俺は何度も何度も心の中で繰り返した。
どれくらい、そうしていたのだろうか。
「あの……」
突然、声をかけられた。
俺は顔を上げた。そこには――金髪の美少女が立っていた。
青い瞳。整った顔立ち。まるで、外国人のモデルのような美しさだった。白いワンピースを着て、長い金髪が風に揺れている。
「え……?」
俺は驚いて、その少女を見つめた。こんな夜中に、こんな公園で、なぜこんな美少女が。
「あ、あの……私――」
少女が何か言おうとした時、俺の目に涙が溢れた。
「ごめん……今、人と話せる状態じゃないんだ……」
俺はそう言って、立ち上がろうとした。
「待って!」
少女が俺の腕を掴んだ。その手は、確かに温かかった。
「私――太刀川朝日だよ!」
「……は?」
俺は思わず、少女の顔を見た。
「太刀川って……何言ってんだよ、お前」
「本当なの! 信じて!」
少女――いや、朝日を名乗る少女は、必死な表情で俺を見つめている。その青い瞳が、俺を真っ直ぐ見つめていた。
「お前、人の心の傷に塩を塗るようなこと言うなよ……太刀川は、死んだんだ……」
俺の声が震える。
「違う! 私、死んだけど――でも、こうして生き返ったの!」
「生き返った……?」
俺は混乱していた。何を言っているんだ、この子は。
「冗談じゃないんだよ……俺は、本当に……本当に太刀川のことが好きだったんだ……それなのに……」
俺の目から、涙が溢れる。
「隆太郎、見て!」
少女が俺の顔を両手で掴んで、自分の顔を近づけてきた。その青い瞳を、俺に見せつけてくる。
「私の目、青いでしょ? でも、元々は黒だったの。隆太郎が好きだった、黒い瞳」
「それが、何の証明に――」
「あのね! 隆太郎が小学校三年生の時、学校でウンチ漏らしたでしょ? それ、知ってるの私だけだよ!」
「な、なんでそれを!?」
俺は驚愕した。それは、俺と朝日しか知らない秘密だ。あの時、俺は朝日に泣きながら助けを求めた。朝日は俺を保健室に連れて行ってくれて、誰にも言わないでくれた。
「あと、隆太郎が中学二年生の時、私にラブレター渡そうとして間違えて給食のパン渡したこと!」
「や、やめろ!」
その出来事も、俺と朝日しか知らない。あの時、俺は朝日に告白しようとして、緊張のあまり間違えて給食のパンを渡してしまった。朝日は笑いながら「このパン、美味しいね」って言ってくれた。
「隆太郎が高校入学した時、白州ちゃんに告白する練習を私として、『好きです!』って言った後に噛んで『ちゅきでちゅ!』って言ったこと!」
「やめてくれぇぇぇ!」
俺は顔を真っ赤にして、叫んだ。
それは、全部本当のことだった。朝日にしか話していない、俺の恥ずかしい過去だった。
「あと、隆太郎が去年の夏、海に行った時、海パン忘れて下着で泳ごうとしたこと!」
「もういい! 分かった! 分かったから!」
俺は少女の口を手で塞いだ。
「……本当に、朝日なのか?」
俺は、少女を見つめた。
「うん、本当だよ」
少女――朝日が、頷いた。
「でも、どうして……なんで、お前が生き返って……しかも、見た目が全然違うんだ……」
「それは……私にも分からないの」
朝日が困った顔をした。
「駅のホームで、誰かに押されて――それで、気づいたら真っ暗な場所にいて……」
朝日の声が、少しだけ震える。
「そこで、声が聞こえたの」
「声?」
「うん。『もう一度、チャンスをあげよう』って」
朝日が俺の手を握った。
「それで、気づいたらこの姿になってて……最初、鏡を見た時びっくりしたよ。金髪で、青い目で……」
朝日が自分の髪を触る。
「でも、確かに私は私なの。記憶も、感情も、全部太刀川朝日のまま」
俺は、朝日の言葉を聞きながら、まだ信じられなかった。でも、朝日しか知らない情報を、この少女は知っている。
「ねぇ、隆太郎。信じてくれる?」
朝日が、俺の手を強く握った。その手は、確かに温かかった。
「……朝日しか知らない情報を、お前は知っている」
「うん」
「でも、見た目が全然違う」
「うん……」
「どうやって、お前が朝日だって証明できるんだ?」
俺がそう言うと、朝日は少し考えてから、俺の顔を見つめた。
「隆太郎、私の目を見て」
俺は、朝日の青い瞳を見つめた。
青い瞳――本来なら見慣れないはずの色。でも、その瞳が俺を見つめる時の、あの優しい眼差し。少し心配そうに眉を寄せて、それでいて温かく包み込むような視線。
あ――
これだ。
小学生の時、俺が転校してきて教室で一人ぼっちだった時。朝日が俺に話しかけてくれた時の、あの目。
中学生の時、いじめられていた俺を庇ってくれた時の、あの目。
高校で、白州への恋を応援してくれた時、寂しそうなのに笑顔を作ってくれた時の、あの目。
あの日、屋上で告白してくれた時の、真剣で一途な、あの目。
色は違う。顔も違う。髪も違う。
でも――この目の、俺を見つめる時の温かさは、紛れもなく朝日のものだった。
目は口ほどに物を言うというが、本当にそうだ。朝日の目は、いつも俺に語りかけてくれていた。「大丈夫だよ」って。「私がいるよ」って。
そして今も、この青い瞳は同じことを語りかけている。
「……朝日」
「うん」
「本当に、お前なのか……」
「うん、本当だよ」
俺の目から、また涙が溢れた。でも、今度は悲しみの涙じゃない。
「良かった……本当に良かった……!」
俺は、朝日を抱きしめた。朝日も、俺を抱きしめ返してくれる。
「ごめんね、隆太郎。心配かけて」
「バカ……お前が死んだって聞いた時、俺は――」
言葉が続かなかった。あの時の絶望を、思い出したくなかった。
「でも、もう大丈夫だよ。私、ここにいるから」
朝日が、俺の背中を優しく撫でる。
しばらく、そうしていた。
やがて、俺たちは離れて、向かい合った。
「なぁ、朝日。これからどうするんだ?」
「それが……分からないの」
朝日が困った顔をした。
「私、死んだことになってるから……家にも帰れないし……お母さんとお父さんにも会えない……」
朝日の目に、涙が浮かぶ。
「葬儀、行ったんでしょ? お母さん、泣いてた?」
「……ああ」
「そっか……ごめんね、心配かけちゃって……」
朝日が涙を拭う。
「でも、私がこの姿でお母さんたちに会っても、信じてもらえないよね」
「確かに……」
俺は考えた。朝日は、公的には死んだことになっている。葬儀も終わった。でも、今目の前にいる。
「とりあえず、今日は俺の家に来いよ」
「え、いいの?」
「ああ。お前、行くところないんだろ?」
「うん……ありがとう、隆太郎」
朝日が嬉しそうに笑った。その笑顔は、確かに朝日のものだった。
※ ※ ※
俺の家に着いて、俺たちはリビングで向かい合って座った。
「なぁ, 朝日。もう一度、整理させてくれ」
「うん」
俺は、今までのことを頭の中で整理し始めた。
「お前は、駅のホームで誰かに押されて、線路に落ちた」
「うん」
「そして、死んだ」
「うん……」
朝日の表情が暗くなる。
「でも、気づいたら真っ暗な場所にいて、声が聞こえた」
「『もう一度、チャンスをあげよう』って」
「それで、気づいたらこの姿になっていた」
「うん。最初、鏡を見た時びっくりしたよ。金髪で、青い目で……でも、確かに私は私なの」
朝日が自分の髪を触る。
「記憶も全部残ってる。隆太郎との思い出も、お母さんやお父さんとの思い出も、全部」
「でも、なんで生き返ったんだろうな……」
「分からない……でも、多分――」
朝日が俺を見つめた。
「隆太郎に会うためじゃないかな」
「え?」
「だって, 私――隆太郎を残して死にたくなかったもん」
朝日の目に、涙が浮かぶ。
「やっと、やっと隆太郎と付き合えたのに……一日デートしただけで、死んじゃうなんて……そんなの、嫌だよ」
「朝日……」
「線路に落ちる瞬間、私ね、思ったの。『隆太郎と、もっと一緒にいたかった』って」
朝日の涙が、ポロポロと落ちる。
「『隆太郎を、幸せにしたかった』って」
「朝日……」
「だから, 神様が――もしかしたら、私にもう一度チャンスをくれたのかもしれない」
朝日が、俺の手を握った。
「隆太郎, 私――もう一度、やり直したい」
「やり直す?」
「うん。私と隆太郎の、恋を」
朝日が、真剣な目で俺を見つめる。
「でも, お前――見た目が全然違うぞ?」
「うん、分かってる。でも、中身は太刀川朝日だよ」
「……そうだな」
俺は、朝日の手を握り返した。
「隆太郎, 私ね――転生したんだと思う」
「転生?」
「うん。一度死んで、別の姿で生まれ変わった」
朝日が、自分の体を見下ろす。
「この姿は、多分――私の新しい人生なんだと思う」
「新しい人生……」
「でもね、記憶は全部残ってる。隆太郎との思い出も、全部」
朝日が、俺の顔を見つめた。その青い瞳が、真剣だった。
「だから――私と、付き合ってよ」
「え?」
「もう一度、最初から。この姿の私と、付き合ってほしいの」
朝日の頬が、少し赤く染まる。
「でも、お前――」
「お願い。私、隆太郎のこと、本当に好きなの。死んでも、その気持ちは変わらなかった」
朝日の目から、涙が一筋流れた。
「だから――もう一度、チャンスをちょうだい」
俺は、朝日を見つめた。
目の前にいるのは、金髪で青い目の美少女だ。でも、確かにその中身は朝日だ。
俺の幼馴染で、ずっと俺を支えてくれた人。
そして――俺が、愛した人。
俺は、朝日が死んだと聞いた時、どれだけ絶望したか。
もう二度と会えないと思った時、どれだけ後悔したか。
でも、今――朝日は、目の前にいる。
「……分かった」
俺は、朝日の手を強く握った。
「俺も、お前のことが好きだ。見た目が変わっても、お前は太刀川朝日だ」
「隆太郎……!」
「だから、付き合おう。もう一度」
朝日の顔に、笑顔が戻った。
「ありがとう、隆太郎! 大好き!」
朝日が、俺に抱きついてきた。
俺は、朝日を抱きしめ返した。
これから、どうなるか分からない。朝日が転生したなんて、誰も信じないだろう。
でも――
俺には、朝日がいる。
それだけで、十分だった。
窓の外では、月が静かに輝いていた。
俺たちの新しい物語が、今、始まろうとしていた。
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