スライムを1万回倒さないと出れない部屋で、いつの間にか世界最強の剣聖になってました!

沢田美

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1万回の試練の先にある転生

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 次に意識がはっきりした時、俺の目の前には大きな男女がいた。
 火照ったような表情をしている女と、俺を見て笑っている男。

 そうか俺は転生したのか――赤子として。

「うー、あー」

 言葉を出そうにも、言葉が出ない……。
 これが赤子か。体も不自由であまり動かない。

「いい子でちゅねー、ウィル」

 ウィル、それがこの世界の俺の名前らしい。
 異世界なのに言語が分かる……なんて親切な設計だ。

 俺の母親と思われる女は男と熱いキスをしている。
 おい、生まれたばかりの子供の前でなにしてんだ!

 そんなツッコミを入れつつも、俺は視界を動かす。
 まず視界に入ったのは、壁に立てかけられている文字の入った木の板。

 言語こそは読めないが、文字の形は分かる……てか俺結構目良くないか?
 これも身体強化スキルの影響か?

 様々な考えが巡る中で、俺はそのまま赤子用の木のベッドに置かれた。
 そして、父と母はプロレスという名の性行為を始めた。

 どんだけお盛んなんだよ!



 あれから1年の月日が流れた。
 俺、田中誠二――いやウィル・フローベルは1歳になっていた。

「3、2、1」

 呟きながら、俺は家中を走り回っていた。
 1歳とは思えない成長速度だ。

 普通の1歳児ならようやく言葉を発して、歩けるか歩けないかのところだろう。
 だが今の俺は走れるし、言葉だって喋れる。

 おそらく――いや絶対にあの1万回の試練で得たスキルの影響だ。
 身体強化……まだ数パーセント程度しか影響が出てないが、多分本気で走れば音速で走れる。

「こらー! ウィル!」

 走り回る俺を捕まえ、抱き上げる俺のNEW母親――シル・フローベル。

「おぉ、また走ってたのか? ウィルは成長が早いな!」

 そう言って、俺の頬をツンツンと突くNEW父親――ジーク・フローベル。

 母親に抱き上げられ、家の窓から見えるのはThe田舎と言えるような畑と少しの家が見える風景。

「シル! もっと外に出てみたいです」

 俺は母親にそう言うと、彼女は少し叱るように俺の頬をつついて、

「ダメです、外には怖くておっかない魔物がいるから」

「そうだぞーウィル。今のお前がどれだけ走れても魔物相手にはすぐ捕まるからなー?」

「むー」

 なんだよこのケチ!! 少しくらい外見たっていいだろ!?

 俺は抱き上げられたまま、食卓に座らせられる。

「さ! 食事をしましょうか!」

「そうだな!」

 ジークとシルはそう言って、手を合わせて何かを願うように目をつぶった。
 俺もワケも分からず両親と同じように、手を合わせて目をつぶった。

「それじゃ、食べましょうか!」

 シルのその言葉と共に、食事が始まった。

「今日はいい獲物が捕れたからな!」

「そうね! どれも美味しそう!」

 そう言って、シルが手をつけようとするのは、めちゃくちゃ大きい焼かれて調理された豚肉。
 豚の丸焼きとはこれのことを指すのだろうか。

 鼻をくすぐるような良い匂いがするものだから、俺も豚肉に手を伸ばす。
 ――が、シルに手を軽く叩かれて邪魔された。

「ウィルー? あなたには赤ちゃん用の食べ物があるんだからダメよ?」

「ウィルにはまだこの肉は早いからな! もうちょっと大人になってからだな!」

「むー!」

 チェッ、少しくらい食べたっていいだろ!

 俺は不満の言葉を心に吐露しながら、目の前に置かれた子供用のご飯――離乳食とやらを食べた。

 ウゲッ……ベチョベチョしてる、味も薄い……。

「そうだ! ウィル! このあと」

「ダメよジーク! ウィルはまだ1歳、剣の鍛錬なんて無謀すぎる」

「アハハ! 冗談、冗談」

「――やりたい」

「「は?」」

「剣を持ってみたい」

「ちょっとウィル……」

「いいじゃねぇか、シル!」

 ジークが力強く立ち上がる。
 俺はシルに席から下ろされて、ジークに抱っこされる。

「ウィル、お前に剣技ってやつを教えてやる」

「はい! お願いします!」

 俺は目を輝かせた。
 あの日、あの時鍛えられた自分の剣術がどれだけのものかと。

 心配するシルをよそに、外に連れ出される。

 そして、とうとう手渡される俺の剣――とは似ても似つかない小さな木の剣。
 少しガッカリしながらも、目の前に立っているジークは、手に持っていた鞘から剣を抜き放つ。

 鋭く光る刃、重厚で重そうな剣。
 ジークはそれを軽々と振り回しながら、俺に剣技を見せてくれた。

「ウィル! 見とけよ! お前もきっと俺みたいになるからな!」

 鮮やかな剣さばき、綺麗な動き、鍛え抜かれた剣術――俺はそれを見て思わず息を呑んだ。

「どう? お父さんはここに来るまで、王国直属の近衛兵だったのよ?」

「兵隊さん??」

「そう! この近くの王国にいた七英傑の1人! とっても強いのよ」

 七英傑……ってなんだ?
 まぁでも素人目の俺でもジークの剣さばきが常人には真似できないことは理解できた。

 そして、ジークは俺の元に来るなり、まるで品定めをするように見つめる。

「うーん、はッ!」

 俺はあの時と同じように剣を振るった。

「――ッ! ウィル……お前、なんだその動きは? ナメクジか?」

「え?」

 な、なんでだよ!?
 俺一応【剣聖】のスキル持ってるよな!?
 てか体が全くイメージしてる動きについてこないんだが!?

 ジークが俺を舐めるような目で見ている――めちゃくちゃ腹立つな。

「ま、最初はそんなものだ。いずれ俺みたいになれるさ」

「は、はい……」

 俺の頭を優しく撫でて、ジークは剣の鍛錬を始めた。

 絶対にギャフンて言わせてる!

「ジーク!」

「なんだ?」

 俺は鍛錬を始めた彼に声をかけた。
 そして、木の剣を構えた。

「1試合お願いします!」

 ふ、これで俺の実力を――

「――無理だ」

「え? どうしてですか!?」

「だって、お前……まだ1歳だろうが」

 ジークが何言ってんだこいつ、みたいな顔で言うと、シルはフフっと笑って言った。

「そうよ、ウィル。ジークと戦いたかったらまずは待つ事ね?」

「……はい」

 クソ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい!

 そんなことを思いながら、俺はシルに抱き上げられて家に戻った。

 この先ジークと剣を交えるまで時間はまだある。
 であれば、俺はその時が来るまでこの日々を堪能することにしよう。
 それも俺が望んだスローライフだ。

 ※

 後ろから聞こえる私を追ってくる魔物たちの声。
 赤い満月の月光が私の辿る道を照らしている。

 夜道を朦朧とする意識の中で歩く。
 ボロボロになった服と装備を引きずりながら、私はとある民家のドアの前で倒れた。

 意識が沈む中、私が倒れた民家から人が現れる。

 私はまだ――死ねない。



 俺が6歳になる頃、家の前に、1人の女が倒れていた。
 年は10代後半くらいの見た目で、青髪のエルフ。

 父のジークはその子を保護して、今は別室のベッドに寝かせている。
 どうやらこの世界にも戦争が起きているらしい。

 魔界と人間界との果てしない戦争が今でも続いていて、今年でその戦争が起きて570年になるらしい。

 父が言うには、エルフは人間界を守る責務があるため、戦争の戦士として駆り出されているらしい。

 よって、ここにたどり着いたあのエルフもきっと、戦争で深手の傷を負って逃げてきたのだろうと父は言った。

 母のシルは目を覚まさない彼女に、食べ物を運んだり身体を拭いたりと、献身的に世話をしている。

 この世界にも戦争……。

 俺の中には、前世の世界にも同様の出来事が起きていたことを思い出す。
 どの世界にも秩序や命を踏みにじる戦争があるらしい。

 そんなことを思いながら俺は、エルフの少女がいる部屋を覗く。

 息はしている。
 傷も少しあるが治ってきている。

 眠っているようだが、うなされているようにも見える。

 そして、彼女の寝ているベッドの近くには、戦争で使ったものと見られる武器とボロボロになった傷だらけの装備が置かれていた。

 装備を見るだけで、彼女がどれだけ酷い戦場にいたのか簡単に想像できる。

 俺はそんなエルフの少女を見ながら、なんとも言えない無力感に襲われた。

 あんなに若そうな子でも戦争に駆り出される現実。
 今の自分がどれだけ恵まれているのかがよく分かる。

 そんなことを思いながら、俺はその部屋から立ち去った。



 それから1週間程が経過しても、彼女は目を覚まさなかった。
 そしてこの日も俺は彼女の元へ行って、様子を見ていた。

 息はしている。脈もある。
 ただうなされている。

 そんな彼女の様子を今日も確認し、俺がその部屋から出ようとした時――。

「ここはどこ?」

 綺麗で透き通るような声が聞こえた。

「……貴方は誰?」

 振り返ると、俺を静かな瞳で見つめるのは、さっきまでうなされながら眠っていたエルフの少女だった。
 
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