この異世界はブラック企業と社畜で満ちていた~IT土方の仕事は全部がおかしい労働案件~

にゃま

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3話 震える粘液と半裸の部長

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「いやああぁぁぁぁ!!!」

 そして深夜4時30分。白みがかった宵闇は、女子1名の絶叫と共に幕を開けた。
 木村部長と、藤井の両者によって球体の中の女子2名が凄まじい勢いで転がる。地面に食い込んでいた土や草は同時にバリアの中を泳ぐように舞い、はたから見た情景は地獄絵図である。降りかかる土埃、雑草それらが女子2名に襲い掛かる。
 迫り来る巨大スライムは、木々をなぎ倒しながらその4人を追う。スライムの怨念であろうか、時折り聞こえる地響きのような唸り声が、4人の耳にも届く。

「こんなの朝の4時半にやる仕事じゃないですよ!! というか仕事じゃないですよこれ!」

「藤井。男は黙って転がせ! 少しでも妥協すると、仕事に殺られるぞ!」

「ちょっ……ちょっと、止めなさいよバカ部長!! 止め……口に土と草が!!」
 そう言って、慌てて声を荒げたのはミーナである。

「今は追われているんだから、少し辛抱しろよ!! それに、横のユウを見てみろ! 一言も文句を言わず、安らかな顔で寝てるじゃねーか! それに藤井だって頑張って転がしてるんだよ!」

「ね、寝てるんじゃなくて気絶してんのよ、アホ部長!!」
 手に持っていた樫の杖はユウ自身の頭部に直撃し、そのまま白目を向き涎を垂れ流していた。だが、それだけでは済まない。バリアが弾む度、中にいるミーナにその涎が襲いかかる!

「いやあぁあぁぁ、涎が! 土が! 早く、早くバリア解除……、解除しろつってんだよ!!!」
 ミーナは凄い剣幕で睨んでいるようだが、回転しているため、その形相は確認できない。
 だが、声だけは通る。震える声で叫び続けるミーナは必死に状況を伝えようとする。

「そんなこと言ったって藤井は作れんし、バリア作ったの君らだろうが!!」
 部長の一言が刺さる。――そう、バリアを作ったのは彼女であった。

「しまった。そうだった!!!」

――壮年期男子バリア緊急解除!

「なんて名前のバリアだよ……って――おい、突然解除するな!」
 さきほどまで煌々と光っていたバリアは突然消失、その影響で、部長の両手がミーナへと接触する。

「きゃあぁああぁ!! 手が、部長の手が!」「ぶ、部長! ちょ、ちょっと急には止まら……!」
 勢いは止まること無く、部長とミーナが、藤井とユウが絡まるように宙を舞い、そしてそのまま地面へと打ち付けられる。ズシンという鈍い音と、土煙と枯れ葉が舞い。部長とミーナが抱き合うように倒れ、そのまま藤井もユウも転倒した。

「あいたたた……。ってなんなのよもう!」

「いたたた……。す、すまんな……ミーナ……。って、柔らか……」

「――!!!!!!」

 下敷きになったミーナから立ち上がろうとした部長の手に、柔らかいものが手に当たる。
 部長が全ての言葉を発する前に、ミーナの拳は部長の頬を振り抜き、立て続けにミーナの膝が部長の腹部へとめり込んだ。その一連のコンボは地面と水平に飛ばせるほどの威力であった。部長は奇声を上げ、そのまま木にぶち当たると、涎を垂らし沈黙した。

「どこ触ってんの! セクハラで訴えますよ!!!」
 地を這うような声で怒号を飛ばすミーナであったが、失神した部長にその声が届くことは無かった。

 その一方では、着地の衝撃で、ようやくユウが意識を取り戻した。
「いったぁ……。なんか頭がグラグラする……。ミーナってば、何やったのよ……もう……」

「ほら、ユウ。そこで寝そべっていないでちゃんと立って! スライムがそこまで来てんのよ!」

「……おっきなスライムだ……」
 顔を青くし、そのまま意識を飛ばしそうになるユウを、ミーナが頬を叩いて正気に戻す。

「ちょっと、ちょっと、こんな所で意識飛ばしたら、本当に死ぬって! 藤井! この状況なんとかしなさいよ!」

「なんとかしなさいって、部長が間もなく飲み込まれそうですよ……」

「じゃあ、このまま部長を生贄にして逃げるか、幸い進路上に居るし……」

「きゃあああぁぁぁ部長さん飲み込まれて、クエスト失敗! きっと報酬0のタダ働きよ! わたし……もうあの草食べたくない……」

「あちゃあ……大丈夫かな部長……」

「でもゲームの中の世界なんでしょ? なら何回か死んでも大丈夫なんじゃないの? それに、ほら部長だし。身体鍛えてるから余裕でしょ」

「その鍛えてる部長が、ミーナさんの一撃で沈んでるんですよ。というかゲームの世界なのかも既に分かりませんけど、妙に現実味があるので死んだら死ぬと思いますけど」

「そりゃあ、死んだら……死ぬわね……」

「それより問題は、アイツをどうするかですね……。幸いなのは捕食中なのか、巨大スライムが停止しています。このまま部長を生け贄として差し出し、敗走することも出来ますが、それは倫理上やめましょう」

「……そうね」「なんとか助けないとボーナス抜きだ、って言われそうだし。報酬ゼロは嫌」

「とりあえず、攻撃魔法をぶちかまして消します? ミーナさん」

「そうは言うけど、藤井。バリア作った影響でMPがそれほど残ってないのよ……」

「じゃあ私のMP使えば良いんじゃ無い? たぶん出来るよ?」

「うーん。そうしたらその間、なんとかして弱点を解析してみますよ。でも、そのためのMP回復させるんで、二人とも一旦その寝袋を返してください」

「えー。返すの? 結構暖かかったのに……。でも、こんなものが良いとは、欲しがりだなぁ、藤井君は」

「……。とりあえず、MPに還元しときます……」

「えっ、あっ。ちょっ、ちょっと待って、藤井! あたしはこの下、下着なの!!」

「良いじゃないのミーナ。見たって見られたって減るもんじゃないし……折角だから見せつけときなさいよ」
「あ、無理なら良いんで……」

「なんかイラッとくるわね……。でも、ちょっとまって、1分もあれば木陰で着替えられるから!」

「でも、ちょっと部長の動きが怪しくなってきたんで、とりあえず寝袋1着分で解析してみます。だからその間、なんとかMPを回復させておいてください」

「ほらほら、ミーナは詠唱の準備よ。わたしはその後ろで“MPなんとか”ってヤツでサポートするから」

「マズいです! スライムが突然、体液をまき散らすようになってきました! ミーナさん。解析が終わるまで何が起こるか分かりません。念のためバリアを張った方がいいと思います!」

「わかったわ、藤井! それじゃあ、いくわよ!」

――壮年期男子バリア!

〈ぐるるるるるるぁ……〉

「す、すり抜けてくる……バリアが、バリアが効かないですって!? コイツ壮年期男子じゃないわ!」

「ミーナさん、ふざけないで下さい。もっと一般的で普通のバリアで良いんですよ!」

「ちょ、ちょっとまって。これなら……」

――壮年期女子バリア!

「……ダメっ! コイツにバリアは効かないわ!」

「スライムは雌雄同体じゃないですか! ……それと、壮年期から離れてくださいよ!」

「――! しまった……根本的に性別で判断しようとしたのが、間違いだった……」

「何者も侵入できないようなバリアは張れないんですか!」

「そんなこと言ったって、閾値の問題があって、限定せずに生成するとMPもたくさん使うし、何より強度が無くなるわ!」

「大丈夫、藤井君?」

「もう少しです……。ですが、プログレスバーの進みがイマイチ甘い……」

「部長さん、小刻みに震えてるけど大丈夫かな……」

「大丈夫よ、ユウ。震えてるって事は生きているって事よ! それに、むかつくけど、あの筋肉だもの絶対大丈夫よ!」

「……よし、出ました。解析出来ました!」

「で、どうなの? あいつの情報」

(名前は、インフィニティ・スライムか……。無駄に格好いいのが腹立つな……)

「名前……まぁ名前なんてどうでも良いんですが、重要なのはライフ。これが何故か「僅か」というファジー表示でした。だから、叩けばたぶん一発です。そして、これは雑魚と同じという事です。ですが、コア数というのがありまして。つまり核の数っていうんですか、これが65535になってるんですよ」

「なんでコア数だけ数値表示なのよ……」

「し、知らないですよ。おれのスキルこういうヤツなんで。でも、これだけのコアがこんな狭い範囲に集まっていれば、属性は何であれ、範囲魔法で簡単に殲滅できるんじゃないですかね」

「ミーナ……わたしのMPもう尽きそう。それに部長が……。部長が弾むように痙攣してるの。お願いミーナ、キツイのぶっ放してやって!」

「わかったわ、見てらっしゃい……」

 ミーナの持つ本から青白い稲妻が走り始める。それは、手を伝い黒いローブを伝い、やがては全身を覆い尽くした。そして、手をかざすと一筋の光りとなって、それは天へと伸びる。辺りは暗く、暗雲には青い雷光がほとばしる。

――ライトニング・サンダーブラスト!!

 ミーナの声に合わせ、稲妻がスライムを目掛けて天から降り注ぐ。凄まじい爆音と、弾けるような乾いた音が大地に響き、直撃した地面はえぐれ、木々は木っ端微塵に吹き飛んだ。

〈ドオオオオォン!〉

「ぎゃあああああ!」「ピぎィいいいいィ!」

 部長の悲鳴が、スライムの断末魔の叫びと共に響く。爆発は凄まじく、体液が一瞬遅れて、衝撃と共に飛び散る。それは木々や地面にへばりつき、辺りへと降り注いだ。

「や……やったか……」

「やったには、やったけど、藤井……。これって、絶対ユウの魔法の仕業でしょ……」

「わ、わたしは……MPなんとかって、言う魔法しか使ってないよ……」

「なんとかじゃなくて、もう少し魔法の効果と名前を覚えてよもう……。折角の眼鏡も、体液で前が見えないわよ……」

「ミーナは黒いローブだから良いけど、わたしの純白のローブは既に紫よ!」

「あーあ……、本もベタベタだよこれ……。って、ユウ。あんた何やってんのよ!」

「あっ、いや……これって、もしかして肌の保湿効果にもなるのかな……なんて。泥がいけるなら、きっとこれだって……」

 ミーナがユウの手を払った。

「そんなもので保湿しようとしないの! もう、なんだってこんなに天然なのよ……。そういや、部長は……。下敷きになった木村部長は、どうなったの?」

 クレーターの中心で、うつ伏せに横たわっている部長。藤井は急いで駆け下り、部長の額に手を当て、解析を試みる。そして、ミーナの方に向き叫んだ。

「大丈夫です! 背中から尻までが丸見えですが、息はあるようです! 解析の結果、ライフも「あと僅か」表示で、辛うじて踏みとどまっています!」
 同時にユウとミーナも部長に駆け寄り、その様子を伺いに来た。

「この倒れてる部長に、粘液飲ませれば回復しないかしら……」

「うう……。クソが……、ぶっ、ゴホォ!!!」

「おっ……うまく飲めるかなぁ……」

「ちょっとまて、そこ! ユウは俺に何を飲ませようとしてるんだ、全く。早く回復魔法をかけろよ!」

「おっと、さすがユウさん、意識が戻りましたよ!」

「“戻りました”じゃねぇよ!! クセえんだよこの粘液!! 通常のスライムの100倍以上クセえよ!!」

「まぁまぁ、そのお陰で復活できたわけですし、それにこうして無事にクエストも終わりました。あとは帰るだけですよ」

「帰るだけ……だと!? しまった、いま何時だ!」

「今は午前6時ですね……って、そうだ。しまった!」

「そうなんだよ! 急いでギルドに向かうぞ! 7時までに4人揃って報告しないと、報酬がパァだからな! 走るぞ藤井!」

「このクエスト報告の連帯システム、なんとかなりませんかね……」

「藤井。ミスも連携もチームの総意! 会社とは連帯責任の塊だ。チームの誰かが足を引っ張るような真似ではダメだぞ。そうクソ社長が仰っていた」

「いま、思いっきりクソって言いましたよね……」

「言葉の綾だ、気にするでない! 気にしたら会社に殺られると思え!」

「殺られるの前に、部長はその汚い尻を女子に見せないでよ! ただでさえ臭いのに、余計に臭いのよ!」

「ああん、知らねぇよ! だったら見るなよ! つーか、お前の攻撃魔法でこちとら半身裸なんだよ! お前がなんとかしろよ!」

「はぁん!? そんな貧相な尻なんて、この葉っぱで十分でしょ! 大体部長がこんなクエスト受けてきたのが悪いんじゃないの!」
 ミーナが手元にある葉っぱと土を掴み、そのまま部長に投げつけるが、部長は軽やかに避けた。そしてミーナの前に立ち怒号を飛ばした。

「お前もクエスト受注日に爆睡してたじゃねぇか!」

「くっ――! 返す言葉も無いわ……」

「まぁまぁ、部長。これ以上は色々なハラスメントにりそうですから、俺が何とか腰巻き作りますから、それで凌ぎましょう!」

「ちっ、ミーナとのバトルは一旦お預けだ。すまんな藤井、恩に着る! それじゃ急ぐぞ、野郎ども!」

「女子と野郎を一緒にしないでよね、もう!」

 こうして走り去る部長たち一行は、このあとに起こる惨劇を知らない。

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