巨大交通都市 アピオ

麦杜 紅

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第一章

終点、アピオ

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〈車内アナウンス〉

 ようこそ、『アピオ国際総合交通都市』へ。
 人を、街を、国を、すべてを繋ぐ。アピオから行けないところはありません。
 2318年に開業した、交通機関のために作られた都市であるアピオ。ここでは電車を主に、バス、タクシー、飛行機などすべての交通機関が完備されています。
 交通機関のほかに、アピオには様々な商業施設や娯楽施設が揃っています。ショッピングモール、遊園地、商店街。図書館や公園もあり、あなたの心と体を癒すお手伝いをいたします。
 フライトの延期や突然の予定の変更で空いた時間があっても、アピオではその時間を有意義に過ごせます。 

――さあ、あなたはどこへ行きますか?



*   *   *



 イヤホンを外し、耳のなかに流れ込んできた車内アナウンスに緊張で胸が浮き立った。
 特急列車の車窓から眺めた景色は馴染みのある田園風景から、高層ビルや密集する住宅地が佇む四角い景色へと変わっていき、今では大海原が広がっている。
山育ちの田舎娘にとって、こうも景色が目まぐるしく変わっていくとどうにも頭が混乱する。
 けれども、そんな混乱を感じるのも今日が最後かもしれない。
『まもなく、終点〈アピオ国際駅都市1区方面〉に到着いたします。お出口は右側です』
 車内アナウンスを耳に、唯一の手荷物であるトートバッグを片腕に通す。他の荷物は既に社宅に郵送済みだ。
 電車が止まると、座席から乗客が立ち上がりぞくぞくと扉まで行列が出来た。東京からアピオまでの特急列車はいつも満席でこうして酷く混み合うという。どうやらそれは水曜日である今日も例外ではないらしい。
 通路に出るタイミングを見失い、結局最後尾について扉へと向かった。ようやくホームへ足を出せたことで安堵し、俯きがちに息を吐き出すととんでもなく明るい声が私の名前を呼んだ。
「あなたがアカネ・ローアンさんですね!」
 顔を上げると、そこにはネイビー色の生地にイエローのラインが入った制服を着た若い青年が立っていた。キャスケット帽からは赤い巻き毛がはみ出ていて、蛍の光のような綺麗なエメラルドグリーン色の瞳はまっすぐに私を捉えている。大きな目をしているからか、凝視をされると目を逸らしたくなった。
「はい。アカネ・ローアンです……あの、なんで私の名前を?」
「履歴書を見ました! ウォレス駅長にあなたを迎えに行くようにと言われまして!」
 ウォレス駅長。面接のときにいた人だ。
「僕は7区のヨロズ部に所属しているリガレ・ワイルズと言います!」
 どうやら私の先輩にあたる人らしい。
 アピオは人口的に作られた都市で、その中心部にある大きな円柱型の建物が駅と空港を兼ねている。駅自体が都市のようなものであるため、その大きさは一つの街に等しい。中は全部で8区に分かれており、私はそのうちの7区にあるヨロズ部というところに配属されることになっている。
「ワイルズさん。改めて、今日からアピオ7区のヨロズ部に配属されることになったアカネ・ローアンです。よろしくおねがします」
「わあっ。やっぱり日本出身だと丁寧ですね! でも、僕のことはリガレでいいですよ!」
「え⁉︎ いやでも、先輩ですし……」
「僕、後輩ができるの初めてなんです。みんなからもリガレって呼ばれるし、ワイルズさんなんてなんだか小っ恥ずかしくて……。それに、ヨロズ部のみんなは基本名前呼びだから、これから会うみんなにも名前呼びでいいよ」
 そばかすの散った頬がほんのり赤く染まり、へへへっとまるで子供のように照れている。仕草や雰囲気が幼く見えるからか、あまり先輩には見えない。
「では、リガレさんとお呼びします」
「うん! よろしくね! じゃあ、ひとまずヨロズ部まで行こっか」
「はい」
 先に歩くリガレさんの後を追うようについて行く。歩くのが早くて、一歩でも遅く歩いたら置いていかれそうだ。改札付近なんて人でごった返していて、少しでもリガレさんから目を離そうものなら二度と見つからなくなりそうで焦ってしまう。
「ヨロズ部はいいところだよ! 僕が思うに、このアピオの中で働くならヨロズ部が一番楽しいと思う!」
「そ、そうですか」
「だってね、ヨロズ部のみんなって本当に、本当に楽しい人たちばっかりなんだ! あんなに楽しい人たちなんて滅多にいないよ! それに優しいしね! もう毎日ずっと一緒にいても飽きないくらい!」
「そう……なんですね」
「あ、でも毎日みんなと一緒にいるわけじゃなくて、もし毎日みんなと一緒にいることになっても飽きないって意味ね! そうだ! この間なんてサイモンさんがね」
 それにしても、リガレさん。
「あっ、サイモンさんっていうのはヨロズ部の人だよ! サイモンさんはヨロズ部ができる前からアピオで働いてる人なんだ! まあもうすっごくおじいちゃんなんだけど、でもすごく元気なんだよ! そのサイモンさんがね」
 喋りすぎ。本当に喋りすぎ。本当にずっと喋ってる。なんなのこの人。マシンガントークどころじゃない。まるで永久的に製造されるポップコーン並に次から次へと言葉が出てくる。正直、リガレさんについていくのに必死で話なんかあんまり耳に入ってこないのだけれど、それでもずっとリガレさんの声が耳に届いてくる。正直、ちょっと、なんというか――いや、だめだ。あくまで先輩なのだから。心の中で思うだけでもだめだ。
 半永久的に耳に流れ込んでくるリガレさんの声のせいか、それとも雪崩のように人が流れていく通路を歩いているせいか、半分酔いながらもなんとか駅の出口に繋がるエスカレーターに辿り着いた。
 長いエスカレーターの上でリガレさんの話を半分聞き流しながら1区に出ると、リガレさんの声も忘れて目の前の光景に息をのんだ。
 まさに都会の街だ。カフェやらブティックが並んでいて、その前には道路が通っている。駅の構内だなんて信じられない。思わず立ち尽くしてしまい、建物を見渡してしまう。
「あれ? もしかしてアピオに来るのは初めて?」
 私が立ち止まったのでリガレさんが振り向いた。
「はい。面接は地方の会場でホログラムを使って行われたので」
「旅行とかでも来たことないの?」
「ないですね。あまり旅行というものをしたことがないので」
「じゃあ、これからたくさん旅行できるね! アピオは休暇申請取りやすいし、社割も聞くから便利だよ」
 知っている。けれど、私は旅行をする気はない――というよりも、出来ない。
「私、社宅住みなんです」
 リガレさんの表情が驚きに満ちた。けれど、無理もない。アピオの社宅に住もうと考える人はほとんどいないからだ。
 国や街の重要人物が日々行き交っているアピオでは、セキュリティ対策としてひとつの例外を除き居住が禁止されており、住宅が一切ない。その例外というのが、社宅である。アピオ内にある商業施設で働いている従業員や駅員たちは、各区に完備されている社宅を一切の家賃を払うことなく利用することができる。けれども、社宅で暮らすには一つ条件がある。
 それは、アピオから一歩も外へ出てはいけないこと。
 つまり、アピオの社宅に完全無償で住めることと引き換えに、アピオ以外の場所へは一切行くことが出来なくなるのだ。悪い言い方をすれば、監獄に近い。
 理屈で言えば、外に出たくなったら社宅で暮らすことをやめればいいということになるが、それも簡単にはいかない。
 アピオはテロ対策などを徹底しており、セキュリティ対策はどんな国にも勝っている。怪しい人物を住まわせて、密かにテロ計画が進んだりしたら大事では済まされないからだ。そのため、社宅に暮らすとなると厳重なセキュリティが自分の部屋に施される。八桁のパスワード、指紋・声帯・網膜スキャン。それだけではなく、常に個人の生体を管理し本人確認をするための特注のリストバンドが配布されるのだ。それには莫大な手間と費用がかかっており、ころころと社宅の住人が変わるようではそこに住む者を管理しきれず、セキュリティ面が危うくなる。
 そんな様々な理由から、一度社宅契約を結べば20年はその契約を破棄することが出来なくなる。
 その20年間はどんなことがあっても外へは出られない。旅行をしたくても、俳優や歌手のオーディションに受かっても、身内の葬式があっても、決してアピオの外に出ることは許されないのだ。
 だからこそ、アピオの社宅に暮らすものはほとんどいないと、面接の際に聞かされた。社宅住みを選べば20年間外に出られないことは承知かどうかも入念に、何度も聞かされた。まるで『やめておけ』と言わんばかりに。
 それでも私は、社宅に住むことを選んだ。
 だからこそ、目の前のリガレさんの反応にも納得がいく。
 けれど、リガレさんはすぐに輝かしい笑顔を私に向けた。
「そうなんだ! ならまた仲間が増えたなあ。いや、ヨロズ部だから必然なのかな?」
 ひとり言のように呟いたリガレさんの言葉に耳を疑った。
「……え?」
「ヨロズ部のみんなは社宅住みなんだよ」
「みんなって、何人ですか」
「僕を入れて8人。でもアカネを入れたら9人だね!」
 そう言ってリガレさんは再び速足でどんどん歩みを進めて行った。
 もしかしたら、私はとんでもないところに配属されたのかもしれない。
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